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第三話 爺さんの教え

 連れ帰ってきたドラゴンの名前はクーに決まった。

 キューキュー鳴いてたからという「九」の読みを変えて「クー」という安直なネーミングである。まあ、ペットのネーミングなんてどこの世界でもこんなもんだろう。俺の家の近くに、猫にエリザベス三世とか付けてたおばさんが居たが、ああいうネーミングはネーミングでちょっとどうかと思う。


 山から下りた俺たちは、軽い食事を済ませるとすぐに床に就いた。そしてぐっすり眠ること数時間、あっという間に朝がやってくる。いよいよ今日から、本格的な修行の始まりだ。爺さんはいつものラフな服から中華風の胴着へと着替え、ひょうたんを背中に背負う。俺はまだ寝ているクーの頭をなでると、爺さんと同じようにひょうたんを背負い、外へ出た。


「さて、秘伝の修練を始める前に我が流派のことについて詳しく話しておこう」


 そういうと、爺さんはごほんともっともらしい咳払いをした。俺は足をまっすぐにそろえると、背筋を伸ばして話を聞く態勢をとる。


「我が流派は正式名称を龍泉流りゅうせんりゅうという。なぜこういう名なのかについては後々説明するとして、その理念はまあ簡単に言うと、健全な精神と肉体の育成じゃな」


「健全な精神と肉体か……。予想してたよりすっごく単純」


 どんなありがたい話を聞かせてくれるのかと思ったら、拍子抜けだ。てっきり校長レベルの長くてよくわからない話をすると思ってたのに。張り詰めていた俺の気が、ほんの少しだが緩んだ。すると爺さんはたちまちそれを察して、大きなため息をつく。


「わかっとらんのう。武道や魔道というものはな、どれだけ突き詰めて行っても結局のところ体と精神を鍛える物に他ならんじゃろ。ためになるようでならん小難しい理論を考えとるよりも、よく鍛えよく学びよく遊ぶというのが我が流派のモットーなのじゃ」


「わかったようなわからんような……」


「ようは魔道と武道を身につけることによって、まともな人間になろうと言うことじゃ。ま、話はそれぐらいにしてさっそく修練を始めるぞ。お主、小屋へ戻って盃を持ってこい」


「杯ですか?」


 朝っぱらから何を呑むつもりなんだ? 俺は思わず、調子っぱずれな声で聞き返してしまった。


「ああ、そうじゃ。早く持ってこんかい」


「はいっ!」


 強い口調で爺さんが行ったので、俺は慌てて小屋に戻った。そして釜戸の前に置かれている籠をまさぐると、適当に一つ杯を手に取る。お椀の蓋ぐらいのそれは、爺さんには少し大きいような気がしたがこの際仕方なかった。


「持ってきたぞ」


「ふむ」


 爺さんは俺から受け取った杯を近くにあった石の上に乗せると、背中のひょうたんを下ろした。そしてポンっと栓を抜くと、ひょうたんの中に入っている水をドバッと杯に注ぐ。大ぶりの杯は一瞬でいっぱいになり、波打つ水が少しばかりこぼれた。


 杯を手に取ると、爺さんはそれを一気に傾ける。喉仏が躍動し、ゴクゴクという音がココまで聞こえてきそうなほどだ。そうして水を一気に飲み干すと、杯を石にたたきつける。


「よし、次はお主の番じゃ。ひょうたんの口を開けい!」


 爺さんに言われるまま、俺はひょうたんを下ろして口を開けた。すると何やら、メチルアルコールのような鼻を突く刺激的なにおいがする。もしかして、ただの水じゃないのかこれ。俺は匂いに鼻をひくつかせながらも、爺さんと同じように盃に水を注ぎ、唇をそこへつける。すると――。


「ウヴァ!!!!」


 なんだこりゃ!

 苦いなんてもんじゃねーぞ!

 青汁を鍋で煮詰めて、さらに十倍濃縮したところに工業用のアルコールをぶち込んだような液体だ。まずいとかそんなレベルじゃなく、本能レベルで危機感を感じる味である。しかもたった一口飲んだだけで、脈がわずかだが速くなり顔が熱くなってくる。正月に親戚の親父に無理やり酒を飲まされたことがあったが、あのときと似たような感覚だ。


「爺さん、なんだよこれ……」


「苦しかろう苦しかろう。あの泉に湧いておる水は濃密な魔力を含んでおってな、それが酒と同じように生物の身体を狂わせるのじゃ。その効能から別名、龍酔酒りゅうせいしゅとも呼ばれておる。心配せずとも良いぞ、気分は悪いが体に害はない」


「いくら害はないからって……なんでこんなもん……」


「龍酔酒を用いて負荷をかけることでの、己の感覚を極限まで鍛えあげることができるのじゃ。さらに外界からの魔力を取り入れやすい体質になるというメリットもある。一石二鳥の素晴らしい修行なんじゃよ。これをやっとるから、我が流派は龍泉流などと呼ばれておるのじゃしの」


「わ、わかった。ならこれぐらい、克服してやらァ……!」


 不良にボッコボコにされたあの日のことを思い出す俺。

 あんなみじめな思いをもう一度するぐらいなら、この修行の方がはるかにましだ。これぐらい、気合いで何とかしてやる……! 俺は強く、強くなるんだ!


 昨日の十倍ほどの重さに感じるひょうたん。それをどうにか背中まで持っていくと、背筋力に物を言わせて無理やりに背負い込んだ。そして震える足の膝小僧あたりをパンパンと叩くと、どうにか気をつけの姿勢を取る。爺さんはそれを見ると、満足げにうなずいた。


「何とかいけそうじゃの。今から軽いランニングをするから、急いでわしについてこい!」


「お、おう!」




 爺さんと龍泉流の本格的な修行を始めてから、はや二年。

 クーはなぜかほとんど大きくなっていないが、俺はだいぶでかくなった。あと二年もすれば、前世の俺を追い越せそうである。鏡がないので顔は何とも言えないが、チビとデブにはならなくて済みそうだ。


 子どもの身体は適応力が凄いのか、俺はすでに龍酔酒の酔いを克服しつつあった。さすがに爺さんの様に平時とほとんど変わらないとまではいかないものの、毎日の修行をこなすぐらいなら全く問題ない。

 そんな俺の変化に爺さんはいち早く気づいたのか、最近では修行の後に座学もするようになった。それができるだけの余裕が俺にできたってことだろう。前は、修行を終えるたびにぶっ倒れそうになっていたから。


 人生経験が長いだけあって、爺さんには戦闘力だけでなくそれなりの教養もあるようだった。彼が語る話は実に要領よくまとめられていて、かつ面白い。俺の精神が異世界人で、この世界が俺の大好きなファンタジーだというのもそう感じさせる大きな要因だろうけれども。


 俺たちが住んでいる大陸はフィルール大陸という。

 人間をはじめとして、エルフやドワーフなど非常にたくさんの種族が入り乱れて住む混沌とした大地だ。その中でも人間が一番幅を利かせていて、ほとんどの国や都市は人間を中心に形成されているらしい。


 なぜこうなったのかというと、それは人間が最も数が多いというのもあるが、勇者が人間だったというのが一番大きいらしい。ウソかホントか、かつてこの大陸には世界を滅ぼそうとした凶悪な魔物の王が住んでいて、それを今から八百年前に倒したのが人間の勇者だとのことである。


 勇者の子孫というのは今でも大陸に住んでいて、光の一族と呼ばれている。彼らを中心にして大陸政府と呼ばれる国家の連合体が形成されていて、そこが現在の大陸の九割を支配しているそうだ。大陸政府は直属の巨大な軍事力を持っていて、ここががっしりと押さえているため今の大陸は非常に平和な状態らしい。


 この大陸政府のおかげで、大陸中どこへ行っても同じ貨幣や言葉が通用する。なので俺は、前世と違って文字を一種類だけ覚えればそれこそ世界中どこへ行っても大丈夫なのだが――。


「爺さん、落書きか?」


「馬鹿もん、わしの美文をなんと心得るか!」


 爺さんの拳が俺の頭をポカッと叩いた。俺は少し前のめりになりながらも、恨めしい思いで目の前の紙を見る。少しばかり厚ぼったい紙には、アラビア系の文字をさらに崩したような複雑怪奇な文字が躍っていた。俺にはもはや、文字というよりもアートにしか見えない。


「こりゃ、文字もしっかりやらなきゃな……!」


 俺は額に汗をしながら、そうつぶやいたのであった――。


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