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第五話

ストックがあと1話しかないので更新がですね・・・・・・

この辺りでエタry

大悟郎の朝は一杯の味噌汁から始まる。



□ ■ □



――――――懐かしい夢を見た。

浮上する意識に任せ、大悟郎はふつ、と笑みが浮かぶのを自覚する。

悪の秘密結社などという、けったいな会社……と言ってもいいのだろうか、そんなものに入社してはや二年。

気付けば四天王などと呼ばれるに至る。


――――――そう、おれは四天王。何の因果か、四天王が一人、獣面人身のわんわん丸よ。


戦場での時の流れは早いものだ。戦いの場にある当人だけでなく、周囲まで時を加速させる。

大悟郎が入社して後、幹部に数えられる立場の者達が何人も入れ替わり立ち替わりしているのを知っている。人事がどのような仕組みになっているのはわからぬが、回転率が早いということは、それだけ戦いが激しいということだ。

世界大戦後からしばらくして、日本に秘密結社なるものが台頭し始めたのは、だれしもが知る所である。

戦後の政治体系の交換機、軍部主体の政治体系からGHQによる資本と民主主義の概念が持ち込まれた混乱期に、これら組織が発生したという。

秘密結社。

そう、秘密結社である。

黒服に身を包み、人体改造を以て人間型超兵器を製造する、尋常ではない科学力を振るう、テロリスト集団がそれのことだ。

初めはGHQの支配から逃れんと、あるいはレジスタンス的な存在としてのゲリラ活動が、ある時を境に、無差別テロリズム行為へと転じたのである。

今や日本の垣根を越えて、世界各国あらゆる場所で活動している彼ら。

流れ者をかき集めたやくざ集団と呼ぶ者もいるし、アニミズム的な宗教集団の過激派だと言う者もいる。

各結社によって差異はあれど、目的はシンプルにして唯一つ。

即ち――――――世界征服である!


「――――――ん」


何者かの息遣いと、熱を感じる。

意識は未だ、眠りの泥の底。

さて……当時一小国でしかなかった日本発のゲリラ集団が、世界中に羽根を伸ばすこととなるには、そう時間は掛らなかったらしい。

比較的規模が小さいとされる結社ですら、アメリカ軍も容易に手出し出来ぬ科学力を有するのだから、性質が悪い。そんな、局所的に限るが量を質で覆し得る集団が、ゲリラ活動をそこかしこでおっ始めたのだ。各国首脳人にしてみれば、悪夢以外なかったであったろう。

国が執った選択はといえば、逆に彼らを取り込み、取引をして、良いように操作して技術力を搾り取る、という方針であった。

いかに目的が世界征服であろうと、行うのは人である。金を積まれたら、口も滑らかになろう。

いつしか各国政府はそうして得たデータを用いて、カウンターテロ部隊……対秘密結社専門部隊を組織した。

そう――――――ヒーローの誕生である!

こうして結社達とヒーロー達のいたちごっこが始まったのである。

技術流動による日進月歩の科学技術。モラルの壁がヒーロー達の身体改造を良しとせず、その装備に技術を結集させるパワードスーツ方式を執らせている。

その分、秘密結社は何でもありなのだから、ヒーロー達は悪の根を絶やすことは出来ず、ずるずると現代にまで五十年以上、戦いは続いているのであった。

その戦いの中心となるはここ。

秘密結社発祥の地。

日本である。

考えてみれば、大悟郎は運が良い。

あの日、大悟郎が駆け込んだ秘密結社は、どうにも理解のある秘密結社であったようで、悪を自負する者に相応しい言い方ではないだろうが、非常に良心的に接してくれている。

正直、こうして人の身のままでいさせてくれるのが、信じられぬと思っている程だ。

秘密結社が日々社会を脅かしているのはこの世界に住まう人間として、もはや日常のことだ。

これもまた当然として、その構成員には“まとも”な人間などほとんどおらぬことを、大悟郎もまた知っていた。

その門戸を叩いた時には、既に人の身を捨てることを覚悟していたというのに。

どうも開発研究部とお偉方達は、大悟郎をアンチヒーローとして使いたいらしい。

待遇は良かろうとも、身体改造を施さずにヒーロー達と同じように強化装備を使っての、しかも一対多数の危険な戦闘を強いられている、と言われたらばそれまでであるが。

大悟郎としては感謝してもし足りぬ程だ。

端から、身を捧げてもよいとさえ考えていたのだから。

悪に殉じて命を捨てても、よいと考えていたのだから。


――――――おれに魔法しょうじょさえ、斬らせてくれるのならば。


冷え冷えとした思考とは裏腹に、手足に熱が籠る。

身体の隅々まで意識が浸透し、大悟郎の意識が浮上する。目覚めの時だ。

感じるのは、胸の上に落ちる緩やかな圧迫。重さ。

何時ものことである。

知っていても、今の今まで重みに気付かぬは、眠りが深いが故。

眠りが深すぎて目覚められぬは武芸者として欠陥であるが、こればかりは生まれつきのものだ。どうにもならない。

身を休める場所を探しておくのは当然であるし、いざとなれば眠らねばよいだけのことだ。

さあ、するりと目を開け、大悟郎。


「……ふん、起きちまったか」


視界いっぱいに映る、金色の眼球が、“一つ”。

鼻先が触れ合うほどに、何者かの顔面が近づけられていた。

大悟郎の胸に馬乗りになって、こちらをぐいと覗き込まれている。


「へっ、もう少しでお前の喉笛、噛み切ってやれたのによ」


擦れ合っていた鼻先が離れていく。

それは少女であった。

野に咲く野草が咲かせた花の如くに強く、たくましい印象を与える、美しい少女であった。

頭の後ろで一つにまとめられた豊かな灰色髪。

ポニーテールというやつか。ただ、ポニーなどと可愛らしくしゃんとしたものではなく、方々に散っているふくれた髪を、無理矢理まとめただけのものだ。

薄い唇は桜色なれど、皮肉の笑みに歪められた隙間からは、鋭い牙が覗いている。

細い顎は、しかし鉄も噛み千切る膂力が込められていることを、大悟郎は知っていた。

服装は、袖をまくった赤ジャージが上下。

スポーティな格好が、実によく似合っている。

大層整った鋭い顔立ちに、しかし開かれた眼は、片方だけ。

一つの金の眼球が、月のように白い顔に浮かんでいる。

その片方だけの眼に睨まれると、大悟郎は彼女を、まるで深い緑の山河を駆ける、狼の様だと感じるのであった。


「おはよう。ウルフ殿」


大悟郎は起き抜けのはっきりとしない頭で、ぼんやりとして言った。

大悟郎、起床。


「ばっかお前、外じゃ偽装ネームで呼べっつったろ。いつまでも寝ぼけてんなよ」


「ああ、すまない――――――狼谷アシナ殿」


狼谷と書いてはアシナと呼ぶ。

アシナの名は、彼女に“与えられた”バックグラウンドの一つである。

大悟郎が所属する秘密結社の社則が一。“外”にて作戦名で呼ぶを禁ずる。

情報保持のために設けられたルールの一つである。

秘密結社なのだから、秘密性を保たねば、ということだ。


「殿も余計なんだよ、ばーか」


「いや、しかし……この道の先達に対して、呼び捨てはどうかと」


「下のもんに示しがつかねえから止めろってんだよ。お前が頭なんだよ。忘れるな、お前が頭なんだ。私じゃない。

 なあ、おい、これも何度目だ。いい加減目を覚ませって。これが最後だぞ。殿はいらねえ。わかったな」


「そう、か。いや、心得た」


「ほんとかよ。へいほーだかやっほーだか知らねえけど、お前みたいに小賢しい武人気取りの奴らってのは、みいんな嘘吐きだからな」


「う、む。善処する」


「あと、下の方の名前で呼べよな」


「あれは女子の名では」


「ああん?」


「いや、ああ、そちらも善処する」


“今の”彼女が名乗る名は、大悟郎が口を滑らせたものを使っている。

女子には似合わぬ名ではあるが、彼女の自由にさせるしかあるまい。

人は、己が何者であるかを生まれてから決める。

彼女はそうではない。生まれる以前より、己が運命は決められていた。

なればせめて、名くらいは、好む字を使わせてやりたいと思うのは、これは感傷でしかないのだろうか。


「そろそろ退いて欲しいのだが」


「はん」


苛立ちを全面に押し出した顔をして、一つ大悟郎の頭を叩き、アシナは腰を浮かした。胸の上から彼女の重さと体温が消えていく。

尻肉のやわらかさに数瞬心奪われていたことに、自身の男としての機能がまだ錆付いてはいないのだと安心する。

そんなことを直接言えば、アシナは躊躇無く大悟郎の命を奪いにくるだろう。

つい今しがた、そうせんとしていたように。


「なんだよ、言いたいことがあるなら、はっきり言えよな」


アシナの一眼が危うい光を帯びて行くのに、大悟郎は口を閉じた。

大悟郎よりも二回りも小さく、そして細い女子に、大悟郎は確かに恐れを抱いているのだ。

彼女もまた、人外の住人であるが故に。

そう、アシナは、秘密結社に属する闇を生きる人外なのである。

それも、改造人間などという生易しいものではない。

彼女は改造人間のように、元が人間であったものを改造したような、そんな急ごしらえの“模造品”ではないのだ。

彼女こそは秘密結社が誇る、究極の一。“オリジン”が一。

細胞の一つ一つから、遺伝子の一つ一つから厳選による厳選を重ねて産み出された、いいや、産まれる前よりあらゆる強化手段を用いられた、人造人間であるのだ。

そう――――――この狼谷アシナこそ、組織が誇る人造人間である!

大悟郎は一年前、人造人間アシナを打倒した!

人間、大悟郎が、人造人間を打倒したのだ!

その日から大悟郎はアシナに命を付け狙われ、追い回されている!

危うし、大悟郎!


「いいや、なんでもない」


と、内心の動揺を隠し、勤めて平静にして大悟郎は言った。

恨まれるだけの仕打ちを彼女にはした。

寝込みを襲われ命を落とすは、武芸者の恥。そうだとしても、全ては大悟郎の責である。

文句は言えまい。

言う必要もないのだから、ゆるりと構えるしかないのだ。

腹さえ据われば、後はいかようにもなろうぞ。


「おはよう――――――アシナ」


「……ちっ」


朝の浄気に乗せるようにして、大悟郎は頷いた。

あらゆる邪気を削ぎ落とした言の葉であった。

これだから、と呆れたようにしてアシナは舌打ちを零す。


「おら、飯できてっから、さっさと顔洗ってきな」


そっぽを向いていて、その表情は伺い知れぬ。

しかし、見えずとも大悟郎にはわかる。

その顔が、恥辱に歪んでいるだろうことを。

憎い男の世話をせねばならんとは、さぞ悔しかろう。


「味噌汁の良い匂いがする」


「おう、いいあさりが買えたからな」


「まっことすまんな、アシナ。いつもいつも、おれのような能無などに飯を作ってくれて」


「止めろ。勘違いするなよ」


拒絶の声。

大悟郎は口を紡ぐ。


「私がお前の世話をするのはな、そう命じられたからだ。浄軍副官として、お前の体調管理を任されたからだ。だから重ねて言うぞ。勘違いするんじゃねーぞ」


後ろを向いたまま、アシナは言う。

わかっている。大悟郎にはすべてわかっている。

その言に、どれだけの屈辱が滲んでいるかを。


「ああ。わかっている」


「ん……まあ、そんならいいけどよ」


見るがいい。

その証拠に、あの小さな耳に、すらりとした細い首筋に、血が昇って朱に染まりつつあるではないか。怒りに打ち震えているではないか。

大悟郎にはわかる。わかっておるのだ。

彼女の生れ付いての、設定された強化因子の誇り高きを。

憎い相手の世話を命じられるは、筆舌に尽くし難き屈辱であろう。

それを彼女は、組織からの命であると、自らの恨み辛みを飲み干して、こうして大悟郎の世話を焼いているのだった。

組織内人事が故の仕事となれば、大悟郎も拒絶は出来ぬ。

彼女への申し訳なさで一杯だった。

許されぬならば、せめて感謝を。

そう思いつつ、大悟郎は日々の糧を彼女と共にする。


「あ、おい大悟郎。顔洗ってくるついでに、私の眼帯も持ってきてくれ」


「心得た」


と大悟郎。

洗面所に立てば、タオル掛けに黒皮の眼帯が括りつけられていた。彼女が先に顔を洗った際に、忘れたものだろう。

振り向いてはひょいと投げれば、待ち構えていたかのように空中で搔っさらわれて消える。

顔を洗いつつ、大悟郎は思った。

不覚傷は、隠さねば恥だ。

それを付けた相手に見られ続けるというのは、耐え切れぬだろう。

当然である。

アシナが大悟郎に殺意を抱くは、当然であるのだ。

彼女を四天王の座から追い落としたは、大悟郎であるのだから。

彼女の金眼が一つであるは、大悟郎に理由があるのだから。

元第二部隊浄軍隊長『餓狼流牙』……餓狼姫アシナを組み伏せ、片目を抉り抜いたは、大悟郎であるのだから――――――!


「おうい」


居間からの呼び声。


「私はこれから制服に着替えるけど、覗くなよ」


「ああ」


「……覗くなよ」


「ああ」


「覗くなって言ってるだろうが」


「覗かぬと言っている」


「そういうことじゃなくてだな! ほら、こう……浦島太郎みたく、だな! わかれよ!」


「いや、わかれと言われてもな。まあ、安心せいよ。誓って不徳を致すことはない。おれは女子に気を使える男でありたいと思っておるからして。

 言うなれば、そう……紳士よ。例え馬鹿と変態とそしりを受けたとしても、そのような名の紳士に、おれはなりたい」


「何言ってんだこいつ……」


「それに覗くなと言われて覗く馬鹿が、どこにおる」


「ああ、ああ! お前は覗かない馬鹿だったよな、ばーか、ばーか!」


朝から活気があってよろしい。

やはり、元四天王であるだけのことはある。

力のある発声に丹田に活力が漲っておるわ。

などと思いつつ、もういいぞ、との声に居間に戻れば、そこには制服に着替えたアシナがちゃぶ台を前にして座っていた。

白と紺が眩しいセーラー服は、近隣の私立高校のもの。

タイツに包まれたすらりとした細い足。

まとめていた髪は下ろされ、顔には、潰れた眼を隠す眼帯が巻かれていた。これがまた似合っていて、彼女の鋭い刃物然とした容姿に磨きが掛かっている。

常のアシナのスタンダードである。

黒皮の眼帯さえ除けば、どこにでもいる女子高生がそこにいた。

否、どこにでもいる、というのは言いすぎだろうか。

アシナのような女子高生は、スケバンというものに区分されるらしい。

大悟郎にはあまり馴染みのない言葉ではあったが。


「ちょっ、おまっ、服、服!」


「うむ」


寝巻きを脱ぎつつ大悟郎。

鍛えられた裸体が外気に晒される。

朝の寒気にあって、湯気を発する程に熱く打ち鍛えられた体であった。傷に埋め尽くされた身体であった。

剣を振るだけに特化した筋肉。

まさしく、剣士の躯よ。


「うむじゃねえよ! なんで私の前で脱いで……あああ下まで、ってえ、おまっ、また褌か!」


「ああ、褌だが……何かおかしなところでも?」


「おかしいわ! 見せるな! お、お、お前には恥じらいってもんがねえのかよ!」


「男のおれは、別に裸を見られても何とも思わぬ。居間で堂々と着替えよう。見苦しかろうが、少々の間だけ許してくれ。洗面所は狭いがゆえにな」


「お、お前がそう言うんなら私だって見てやっかんな! お前が恥ずかしくないって言ったんだからな! お前が勝手に脱いだだけだから、べ、別に見たくって見てるわけじゃないんだかんな!」


「うむ。すきになされよ」


「う、うわ……すご……くない! ぜんぜん、見慣れてるもんね! へ、へへーん、たいしたことないな!」


「うむ。レオ元帥に比べたらば、おれなど足元にも及ばんな」


「なんか私ばっかり騒いでるのが、腹が立ってきたぞ。なんとしてもお前をぎゃふんと言わせてやりてえ」


「その意気や良し……まあ、間違っても好かれているとは思ってはおらんが、憎い相手の前でそう敵意を口に出すのは、よくないと思うぞ。気取られてしまっては、為るものも為らん」


「真面目天然か! このっ、ぐぬぬ!」


着替え終わった大悟郎。

ちゃぶ台の向かいに座れば、台にはすでに朝餉が並べてあった。

さすが、現在の隊長補佐である。

大悟郎も毒があるやなどとは思わない。

疑いを持つは、以前に彼女にそれを見極められ、怒鳴りつけられるまでであった。

それは私に対する侮辱である、と。

さもあらん。産まれた時から骨の髄まで秘密結社の一員である彼女は、任務に忠実だ。

大悟郎に対する憎しみは疑いはない。それと同じくして、彼女が組織に捧ぐ忠誠心をも、疑うべきところは一片もないのだ。


「では」


「おう」


合掌礼拝。


「いただきます」


「いただきます」


朝一番、静かに響く、汁の音――――――大悟郎、心の俳句。

良いあさりであると言うだけのことはある。貝の出汁が効いた旨い味噌汁であった。

飯も粒が立っていて、やや堅めの炊き加減は、大悟郎の好みにあったもの。

付け合せの菜っ葉は、湯がいたほうれん草の水を切って醤油を垂らしただけのものであるが、十分だ。

一汁一菜の粗食であるが、大悟郎には十分なのだ。

なにしろ、これがこの上なくうまいのだから。

うまい。

これ以上の説明はいるまい。


「なあ」


「……んむ」


「その、なんだ、何とか言ったらどうだよ」


「……んむ」


「うまいとかまずいとか、色々あっだろうがよ。何も言わないのは、その、失礼だろうが」


「……んむ」


「このっ、ちゃぶ台ひっくり返してやろうか!」


「んぐ……あ、いや、すまん。おれを呼んだか?」


「呼んだよ! 無視すんな!」


「それは、すまない。その、あんまりにも飯がうまくて、聞こえなかったんだ。まっこと、申し訳ない」


「ん、お、おう。それならいいんだ。うん、それならいいんだ。別に、何か用事ってこともないけどよ、次からは呼んだら返事くらいしろよな」


「そうだな。せっかくのうまい飯だ。楽しく食ったほうがいい。きっと、もっとうまくなる」


「ん、そっかそっか。そんなにうまいか。そっか……ふへへ。おい、もっと食えよ。おかわりは一杯あっかんな」


アシナが何事かを言う頃には、再び大悟郎は舌鼓を打つのに夢中になっていた。

これほどの料理を称するには、言葉だけでは足りぬ。

しかしあえて表現するならば、さて。

究極と呼ぶべきか、はたまた至高と呼ぶべきか。それが問題だ。


「そういやさ、大悟郎。次は超戦隊共に、どいつを当たらせるつもりなんだ?」


「うむ。おれに考えがある」


前置きしてから、茶で口を濯ぐ。

濃さもおれ好みに淹れてある、と口元がほころぶのを、大悟郎は無理矢理に引き戻した。

これは観察されている、と捉えるべきだ。

気を引き締めねば、いつか本当に寝首をかかれてしまう。

今朝は本当にギリギリのところだったのだ。

明日はどうかわからぬぞ。


「馬頭怪人、奴を当たらせようかと考えている」


「馬頭怪人――――――ウマナミンか!」


大悟郎には、四天王として超戦隊に当たらせる怪人の人選を任されている。

所属する結社では、四天王がローテーションで、超戦隊迎撃の任にあたるという取り決めがあった。

今月はわんわん丸の月。浄軍……仕置き部隊なれど、外敵迎撃の準備を進めねばならぬ。

浄軍とは、怪人を罰する怪人部隊である。

仕置きを任されし浄軍は、結社内において、個々の戦闘力が非常に高い部隊であった。

しかし、個々の能力が高いと言えども、差は当然にして存在する。


「私はもう、人選には口出しできないけどよ、あいつは戦闘向きの怪人じゃ……」


「わかっておる。十中八九、やられて終いだろうな」


「手前えっ、それじゃ、それじゃウマナミンは犬死に、いやっ、馬死にじゃねえか!」


「ああ……だが、奴たっての願いだ。受け入れてやるに他は無い」


「どういうことだよ、説明しろ大悟郎! 部下を見捨てるに足る理由を!」


「ウマナミンはな、テラパオーンの義兄弟だった」


はっとしたように、アシナは顔を上げた。


「ウマナミンは昔、テラパオーンの妹……確か、毒穴ウツボカズラ女、だったか。それと結婚の約束をしていたそうだ」


大悟郎は天を仰ぐ。

テラパオーンのいななきが、聞こえたような気がした。


「二人とも、超戦隊に仕留められた。ウツボカズラ女は、仮面騎兵に止めを刺されたようだが……」


「……」


もはやアシナは言葉もなく。

無念。

ああ、無念。

何が無念ぞ。

義弟を、死地に送り込まねばならなんだ、己の無力ぞ!

そう、テラパオーンが鼻先から白濁液を噴出し、泣きながら叫んでいる様を幻視する。


「本当のところを言うとな、次の任務には、別のものを就けようと思っていた。

 だが、ウマナミンがおれの所にやってきて、跪いて、泣いて、叫ぶのだ。どうか、と。どうか自分を使ってくれ、と。使い捨ててくれ、と」


「あいつが、あんなプライドの塊みたいな男が、泣いて頼んだのか……」


「言っていたよ。ウツボカズラ女が改造手術を受諾した理由は、自分にあったのだと。あらゆる全てが馬並みで、人間からかけ離れた自分を受け入れるために、彼女も同じ改造人間となったのだ、と。

 言っていたよ。テラパオーンが死んだのは、自分のせいだと。ウツボカズラ女を命を掛けて守りきると約束したのに、守れなかった。その時からテラパオーンは、死ぬための戦いを続けてしまうようになった。

 それらは全て、改造人間になったくせに、心は人間のままの、弱いままだった自分に責任があると、奴は言っていた。

 だから、今度は自分の番だと。証明せねばならないのだと。

 体だけではない。心までも、このウマナミンは馬並みであると、証明する機会をくれ、と!」


大悟郎の眉間に力が篭る。

ウマナミンの嘆願。それは男の叫びであった。

テラパオーンのそれと重なる――――――。


「だからおれはくれてやったのだ。巨大化促進薬をな!」


「巨大化、促進薬、だと……! 馬鹿な! あれはまだ実験段階のはずだ!」


「そうだ。他の秘密結社から奪いし、巨大化を促す薬を分析し、ようやくかこつけた実験段階のものだ。どの道、完成させねばおれたちに未来はない。超戦隊共の巨大兵器に対抗するには、これしかないのだから」


「だから、使ったのか! 一歩間違えたら、細胞が分裂過多を起こして肉の塊になるんだぞ! それなのに……ウマナミンは望んだっていうのか!」


「そうだ。そして、見事耐え切った! 耐え切ったのだ!」


「お……おお!」


「完成したのだ! 巨大化促進薬は! 今後は体内にあらかじめ薬を仕込んでおき、衛星軌道上からの信号照射にて自在に巨大化を発動できる!

 ウマナミンは手柄を立てたのだ! 我々を救ったのだ! ならば、送り出してやるが将の責務である! 奴に最高の死地をくれてやる!」


「おお、おお! ウマナミンの奴! 最後に底力を示したか! いいや、馬力だな!」


「そう、これぞ本物のうまぢからよ!」


眼をむく男と女。

ここに、秘密結社の悲願が為ったのだ。

そう――――――超戦隊共の巨大兵器への対抗手段、怪人巨大化が!


「それで、大悟郎。その巨大化促進薬、いいや、システムか。そいつの名前は、なんていうんだ?」


「うむ、それはだな」


コアグラーゼという酵素がある。

黄色ブドウ球菌の菌体外酵素の一つであるが、詳しい説明は省こう。

簡潔に述べれば、宿主の免疫反応を回避する働きがある、という酵素だ。

巨大化促進薬の分析と実験に、これまで失敗し続けていた理由。

それは、怪人の強化された免疫力にあったのだ。

薬とは言うものの、人体からしてみれば、それは毒である。

異物を持って、異物を駆逐、ないしは体内のバランスを整えるのが薬の役目である。抗生物質とは、つまり毒を以って毒を制しているのだ。

巨大化促進薬の場合は、脳下垂体等の器官及び、強化成長ホルモンのバランスを崩し、さらには周囲の物質をミクロン細胞が発する振動波で分解してもって細胞内に吸着させ、巨大化させる仕組みとなっていた。

だがこの最初の段階、薬効を発揮する以前に、免疫機能によってあらゆる巨大化促進物質が排除されてしまっていたのだ。

今まではそれを、薬効が無いと勘違いしていたのだ。確かに、効果は有ったのだ。理論は間違っていなかったのだ。薬効を阻害する酵素までが強化されていたとは露とも知らずにいた、それだけだ。

これまで巨大化薬を完成させるには数をこなし、サンプルを取るしかないのだと言われ続けてきた。

だが、これをウマナミンは覆したのである。

元より改造への適正が低く、あまり強くはない方の怪人だったウマナミンだ。浄軍においては足の速さを活かし、偵察兵として扱われていた。当然、改造人間としてのあらゆる機能は他に劣り、弱いものであった。

だが、その弱さが、ウマナミンの力となったのである。

つまり、巨大化薬の失敗は、怪人の強化された免疫力にあったのだと、ここで初めて判明したのだ。

あとはその免疫力を低める物質、コアグラーゼを代表する種々様々なそれらを投与してやればよいだけのこと。

こうして完成した巨大化促進薬を中心とする、怪人巨大化システム――――――その名は。


「コアグラーゼの機能を数倍に高めたものを中心に組み上げられた、一次抗免疫薬投与後からの、二次巨大化薬投与までの倍加システム……その名も、倍・アグラー!」


「倍・アグラー……!」


ごくりと喉を鳴らすアシナ。

頬は上気し、喚起の涙を眼に携えていた。

身をくねらせては悶えるアシナ。吐息が荒く、熱くなっていく。


「興奮、しているのか」


「だって、こんな、すごいっ……倍だなんて! ああっ、はやくっ、はやくいかせてくれぇ!」


「まだだ。まだだぞアシナ。いくときはおれと一緒に、な」


「もう、我慢できないよっ!」


「ああ、おれもだ。だがまだ日が高い。おれ達闇に生きる者の時間は、夜と相場が決まっている。今夜は寝かさんぞ、アシナ」


「んくっ、ああっ! 見回りがっ、もっと、もっと早くっ……深夜の見回りっ、いきたいようっ……!」


大悟郎はわざと音をたてて、アシナが作ったとろけるような蜜をずるりと啜った。

残った雫を舌でなめあげて。

そのたびにアシナの体が興奮でビクビクとして、跳ねる。

満足そうにして大悟郎はニヤリとして笑う。


「しかしこの味噌汁、美味いな」


「あさりが良いからな。あさりが」


アシナが作りし神の蜜。あさりの味噌汁。

まっこと素晴らしきお手前でござ候。


「では」


「おう」


「ごちそうさまでした」


「お粗末さまでした、と。あー、時間ないから洗い物は帰ってきてからやるか」


「そうだな。今日は戦日であるからな」


言って、大悟郎は着替えたシャツの上から、詰め襟を着込む。

ぬかりはない。ボタンは一つだけ開けるのがトレンドであることを、大悟郎は知っている。

ナウい。実に、ナウい。

どこからどう見ても、時代の最先端を行くテクノボーイ。

男子高校生である。

一瞬だけちらりと姿見に映った己を見やり、笑う。苦笑だ。

剣以外の全てを捨てた心算であったが、なかなかどうして、憧れは残っていたようだ。

この大悟郎、華の高校生活に憧れておった。

裏路地にて食うや食わずの生活をしていた餓鬼が、何の因果か私立高校の高校生だ。

それもすべて、結社のおかげよ。

大悟郎達が通う私立高校は、カバーストーリー作成のために、結社が作り上げたものだった。高校に通う怪人の数や、実に四割に上る。

怪人たちの理想郷とも呼ぶべき学び舎。その名も、聖アヴァロニア学園。

大悟郎らが所属する秘密結社『アヴァロン』から名付けられし、私立高校である。


「では、行こうか。準備はいいか」


「おうともよ。空でも言えるぜ。ありおりはべり、いまそかり、ってな!」


「ふむ……水兵リーベ」


「ぼくのふね!」


「次は数学だ。三角関数の式を述べよ」


「チン、ちんちん……えと、ええと」


「まあ、ゆっくり行こうか。歩いていれば、その内思い出すだろう」


「ぐぬぬぬぬ。ちん、ちんちん……ちんこ、こすって・・・・・・ちんこす? あれ? ちんここすって引っ張るんだっけ?」


「少し、違うな」


「あれー?」


玄関を一歩くぐればもう、大悟郎は高校生である。

竹刀袋に入れた真剣を肩に担げども、高校生なのだ。この一時だけは、戦いを忘れていても、よいではないか。


「ええい、もう! 急ぐぞ大悟郎! 早くしないと試験、始まっちまう!」


「ああ、わかった」


そう――――――。


「ではこれにて。行って参ります」


大悟郎たちの期末試験は、これから幕を開けるのだから!

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