第四話
ちょっと自分でも何書いてるのかわけ解らなくなってきた
【3:秘密結社編 ―魔法式カバティVS斬魔の剣― 】
大悟郎の下積み時代は三日で幕を閉じた。
□ ■ □
二年前のある日のことだ。
辻魔法しょうじょ――――――辻男の娘斬りなどに身をやつして一年が経ち、冬。
その日、大悟郎は飢えていた。
師の庇護の下を去ってはや一年、たった一年されど一年である。
ろくに社会経験もなく、しかも義務教育が適応される最後の年齢であった大悟郎には、金子を得る術などなく。刀一本担いだ不器用な少年は、地下組織へと身を堕としていくしか生きる道がなかった。
暴力組織の下部組織、さらにその小間使いのようなものとして一日の糧を得る毎日である。
請け負った仕事はといえば、運びに場洗いに隠しに……それなりに勤勉に働いた方ではないだろうか。驚いたのが、大悟郎のような境遇にある少年少女が、少なからず居たということだ。
日本はストリートチルドレンがいない、ということで有名な先進国である、らしい。子どもは無条件で保護されるべきだという社会風潮が、この国を治安大国と呼ばれるまでにさせたのだろう。だが大悟郎のように、そこからドロップアウトせざるを得ない子どももいる、いるのだ。その子らの未来は、道なき茨道を血を流し合ってて生きるアウトローしか残されていない。
切れた蛍光灯のような、濁った眼をした同年代の少年少女達の姿を見て、大悟郎は思う。
――――――おれもきっと、あんな目をしているのだろう。
困ったのが、“ころし”の仕事を二つ程こなした後である。
ほどよい外道の類であったので、これはもう、大悟郎もきれいすっぱりと気持ちよく切り捨てたのだが、どうにも目立ってしまったようだ。
使える奴、として認知されたらしく、ひっきりなしに“ころし”の仕事が舞い込んでくるようになったのである。
姿は見られていないものの、いつ追っ手を差し向けられるか解らぬ状況に、終いには全ての責を負わされて、ていよく捨てられるのが目に見えていた。
小間使いの大悟郎は仕事を断れるような立場ではない。かといって、未だ使命を果たさずして、多大なリスクを負うわけにはいかぬ。
これはたまらぬと、一目散に逃げ出した大悟郎。
もとより根なし草の風来坊である。飯などは、ファミリーレストランの裏路地のゴミ箱にでも大量に転がっている。雨風をしのぐには、段ボールという素敵な屋材があるではないか。布団は読み古しの新聞紙などがあれば最高だ。
それらを匠の技で組み合わせれば、これこの通り。
なんということでしょう。
立派な段ボールハウスの完成である!
「この大悟郎、不肖の身なれど一国一城の主となり申した!」
と拳を振り上げて叫んだのも今は昔。
兎にも角にも、素晴らしき新居の出来栄えに満足しつつの0円生活がスタートした。
大悟郎の黄金伝説は、この時に始まったのである!
「ひもじいでござ候」
一ヵ月後、そこには干からびた姿の大悟郎が!
伝説達成、為らず!
一ヶ月0円生活は、流石に無理があったようだ。街に暮らす人の群れは、大悟郎には寒すぎたのだ……。
段ボールに新聞紙というゴールデンコンビも、冬の寒気を乗り越えるには厳しいものがあった。ここに灯油缶と炭をプラスし三種の神器とすることで初めて越冬が可能となるのだが、この時の大悟郎には、街サバイバルの知識が不足していた。
ホームレ……否、フリーマンと呼ぶべきだろう。
現代の仙人達の生活は、常人には耐え難いと知った大悟郎。一五の夜であった。
日が明けても駅前で、ゴミ箱をじっと眺めるくらいしかすることがない大悟郎。
だれかマックの食べさしでも捨てろと念じる。強く念じる。
なんぞ食い物でも放らんか、飽食の時代であろうが。と、恨めしくねめつけても、捨てられるは紙ものばかりである。
ちり紙、新聞紙、ジャンプ、ジャンプ、チラシ、チラシ、チラシ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ……。
ジャンプを捨てる輩はいずれ手塚神の神罰が下るであろう。
ともあれ、こうして大悟郎は時折マッチを擦りつつ、揺れる火の中に馳走を夢想する日々を過ごしていた。
だが、捨てる紙あれば拾う紙あり。
その時、風にさらわれたチラシが一枚、大悟郎の前にはらりと舞い落ちた。
そこには、一言。
たった、一言。
手書きの文字で、書かれていた。
だがそのコンビニエンスストアでコピーをしただけであろう白黒のチラシが、大悟郎の目を強烈に惹き付けた。
気付けば、大悟郎はチラシを握りしめては駆けていた。
チラシがはためく。
そこには、たった一言だけ。
『あなたも悪の秘密結社に入社しませんか? ヒーローと戦うだけの簡単なお仕事です!
やられても爆発する安心生涯設計。葬式代不要! たつ鳥後をにごさせません(笑)!
さあ、あなたも私達と一緒にレッツ世界征服!
募集条件:職歴性別年齢問わず。やる気のある方お待ちしております。詳しくは以下までご連絡を――――――』
後日。
某所――――――悪の秘密結社、秘密基地にて。
「ギーッ! ギーッ!」
一様に集められた黒尽くめの男達がいた。
彼らは皆、片手を天高く掲げ、奇声を発している。
悪の秘密結社の下位構成員達である!
「声が小さいぞ貴様等! さあ、もう一度だ。腹の底から声を出さんか! 我が配下となったからには、半端は許さんぞ!」
下位構成員達をずらりと並べ、その前に立つ壮年の男が、一人。
構成員達の数は三十人ばかりであろうか。
彼らの奇声をまとめたものよりも、なお大きく響く咆哮が、もはや物理的な衝撃となって辺りに叩き付けられた。
この時点で黒尽くめの半数が泡を吹いて気絶、失神して垂直に崩れ落ちた。
音の暴力によるものではない。
その存在が放つ圧力の強大さに、“威負け”したのだ。
これは『気当て』と呼ばれる、武術における超高等技術である。
心の弱いものは、放たれた気を総身に浴びただけで、その生命活動を停止するだろう。
「そう、この――――――らいよん将軍の配下となったからにはな!」
豪、と圧が、覇気が部屋に充満する。
その壮年の男は、異形であった。
絢爛豪華な金の鎧に包まれた巨体。はためく赤いマントはこの上なく、そして嫌味なくその巨体の金の彩を引き立てている。
全身からは圧。見る者全てに畏敬の念を抱かせる、王者の風格が溢れ出ていた。
何よりも眼を惹くのが、自由奔放に天を突く、鬣。
男の顔面からは、まるでライオンの鬣のように――――――否!
この男の顔面は、ライオンそのものだ!
すなわち、改造人間である!
なんという異形!
なんという威容!
なんという度量!
この男こそ、秘密結社に属する全ての改造人間を率いる将!
大首領直属の部下!
結社に絶対の忠誠を誓った、忠義の戦士!
秘密結社第一部隊覇軍帯隊長、兼、全部隊統括将軍!
その男、人呼んで―――――『金剛烈覇』・らいよん将軍である!
「ぎーっ!」
「ほう! 貴様、良い覇気だ! 気に入った! 第二部隊に来て狼姫を組み伏せてもいいぞ!」
「ぎーっ!」
倒れなかった下位構成員の半数が、しかしほとんどが足腰立たぬ中、真っ直ぐにらいよん将軍の前に立つ者がいた。
多くの構成員が行動阻害銃を装備していが、その構成員は腰に刀を下げている。
黒塗りの鞘に映える紫紺の柄。
斬魔の剣である。
そう、この構成員の正体は――――――!
「ほう、剣士か……ますます気に入った! 顔を見せてみろ!」
「ぎーっ!」
刀を下げた構成員が、黒塗りのヘルメットを脱ぐ。
仮面に隠された下から現れた顔……おお、なんということだろうか!
その構成員の、正体とは!
「ぎーっ!」
大悟郎! 大悟郎である!
チラシの裏の文句を頼りに、大悟郎は悪の秘密結社に就職したのであった!
食うや食わざるやの生活から一変、社会的害悪と成り果てようとも、今日の寝床に困ることはない。
おお、大悟郎よ! 劇的ビフォーアフター!
結社の下位構成員……金を貰っては悪行を働く、十把一絡げの消耗品。
すなわち、企業戦士へと大悟郎は成ったのだ!
企業戦士大悟郎、悪の秘密結社本部に立つ!
――――――新入下位構成員、大悟郎が第二部隊隊長を下し、その座に就く三日前のことであった。
□ ■ □
時は流れ、現代。
夜、魑魅魍魎がざわめく時間。
ここに一つの、戦いがあった。
「ひ、ひぃぃ! ひぃぃぃぃッ!」
否、それは戦いなどとは到底呼べぬ。
血みどろになって逃げる男、それを追う影。
男は異形の姿をしていた。
その頭部は虎。
虎の改造人間である。
追う影の姿は――――――。
「なんで、なんでなんでなんで! なんで俺が、こんな目に!」
虎男は問う。己に、影に、何故と問う。
悪の秘密結社の一員らしく、虎男もまた悪行を行ってきた。
現金輸送車の強襲、政治家の洗脳……数えればキリがない。
しかし、虎男は一般人の命を奪ったことはなかった。せいぜい挑んできた弱小の超戦隊、仮面騎兵を返り討ちにした程度である。
虎男の所属する悪の秘密結社は、数ある結社の中でも、甘いと称される結社である。それは結社の基本方針として、大規模テロリズムを行うことを禁じていることからも解るだろう。
比較的善良な――――――悪の秘密結社をそう評価するのも可笑しな話だが、大規模な行動をすることがない反面、極端な恨みを買うこともない堅実な組織であった。
だから虎男は理解出来ない。
自らを追う影。
圧倒的強者であることは間違いのないあの影に、こうして嬲られ続けていることが、まったく解らない。
自身よりもなお異形であるあの影が、ぎらりとして此方を睨みつける瞳には、隠しようのない憎しみが込められているのだから!
「――――――」
虎男の問いに、影が応えた。
なにやら、虎男には理解の出来ぬ呟きでもって。
おぞましい言語でもって。
憎悪を口に、繰り返し。
「うううあああああ! いっそ、いっそ一思いに殺してくれええええ!」
虎男の懇願に、影がニタリとして嗤った。
自然界では捕食者として、生物のカースト制の上位に立つ虎。
もちろん、この虎男は改造人間としても上位にあった。
影の手が、ひたりとして虎男に張り付いた瞬間。
虎男は悟った。
――――――試されて、いた。実験台に、されていた。
あの影は、自身の持つ力が、虎男に通用するか否か、試していたのだ。
虎男が組織内にて上位の力を持つと知って。
影が嗤う。
影が呟く。
虎男はあらゆるプライドをかなぐり捨て、自らが信望する力の象徴の名を叫ぶ。
「うわあああ! わんわん丸さまああああッ!」
それが、虎男の最後の叫びとなった。
後は、意味を為さぬ呻き声のみ。それが、長時間続いた。
影は虎男を、ゆっくり、ゆっくりと、物言わぬ肉塊と精肉していったのである。
この上ない憎悪の発露であった。
「――――――ティ」
影が嗤う。
影が呟く。
常人には聞き取れぬ、高速の呟きを、憎悪の呟きを口にして。
それは意味の無いツイートではない!
「――――――ティ」
それは、呪詛である!
延々と続くその呟きの一つ一つに、溢れんばかりの力が込められている!
その力とは、魔力!
影の映すシルエットは、男のもの!
であれば、この影は……この男は!
「カバティ――――――」
魔法――――――しょうじょ!
男の娘である!
「カバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティ――――――」
影が嗤う。
影が呟く。
その憎しみの呪詛を!
おお、恐ろしい! なんと、おぞましい!
止め処なく、次々と、続々と、延々と、永遠と――――――憎悪を吐き散らしながら、影は街の灯りの中へと消えていった。
血臭をその身に、纏わりつかせながら。