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第三話

【2:超戦隊+仮面騎兵/斬】



大悟郎は改造人間ではない。



□ ■ □



ちらほらと学校から帰る子供達の姿。

迎えに待つ母の抱擁を待ちわびているのか、足取りも軽く。

そんな午後の昼下がりのことである。

閑静とした街並みに、幼児達の叫びが木霊する。


「パーオパオパオパオ、この幼稚園バスはおれさま、怪人テラパオーンが乗っ取ったわぁ! パーオパオパオパオ!」


「ああああん、ママー!」


「おかあざーん!」


「おふくろさんよぉ」


「み、みんな落ち着いて! きっと、きっと助けが来るから……!」


「パーオパオパオパオ! 泣けぇ! 叫べぇ! どれだけ助けを乞おうが、お前達の生き先は地獄パオ! パーオパオパオパオ!」


怪人現る。

その容姿、奇異にして忌諱。

二本の手足に、一つの頭。

立居は人に等しい。遠目には、背を丸めた、うらぶれた小男に見えるだろう。

だが。

だが、近寄りてあの姿を見よ!

銃弾をすら弾き返す鋼の表皮。棘の輝く肩。幼稚園バスの鉄扉を軽々と裂いた腕。そして何より、あのおぞましい顔面を見よ!

巨大な耳がはためいている。灰色の肌が照っている。鋭い牙は、血で滑くっている。

何より特筆すべきは、その長い鼻。

顔面の中心から生えた灰色の長鼻が、宙を自在にうねっている。

正しく哺乳綱長鼻目――――――象の貌。

それは怪人。

怪人、象男である!


「なあに心配いらんパオ。大人しくしていれば、すぐにお前達も我等が同士へと改造してやるパオ」


「こ、子供たちに手を出さないで!」


「ほう……お優しい保母さんだことパオ。だが、静かにした方が身のためパオ」


言って、何とはなしに象男が座席の間に放り捨てたのは、幼稚園お付きの運転手。

手足はだらりと弛緩し、顔は真紫色にどす黒く変色して、苦悶の表情を浮かべている。

この怪人が帰宅送迎中の幼稚園バスを襲撃した際、手始めにその首を、自慢の長鼻でもって捻り上げたのだ。怪人は、あろうことか時速50キロで走行中のバスに取り付き、これも長鼻でもって扉をこじ開け内側へと侵入を果たしていた。

運転手の口端からはあぶくが今も吹かれている。息はある。生きてはいるようだが、しかしこのまま助けが来ないでは、死んでいるも同義である。

運転手がもがく様を、怪人は気味の悪い高笑いを上げながら、うっとりとしてその感触を楽しんでいた。


「さあ、お前達。もっとスピードを上げるパオ」


「ギーッ!」


後から続いて潜り込んだのは、怪人が率いる黒のボディスーツに身を包んだ、言の葉を失った影達よ。

もはや黒ボディースーツの影に握られたハンドルは、地獄へとしか進路を向けぬ。

迸る絶叫。

可愛らしいプリントが車体になされたバスの中、糞尿の臭いが立ち混める。

変幻自在、伸縮自在の恐るべき魔技を以て、幼稚園バスは地獄へと向かう鉄の棺桶と成り果てたのである。


「やめて……やめてください! 私はどうなってもいいから、せめて子供達だけは助けて! お願いします、どうか、どうか!」


「ほう、自分の身を犠牲にするパオか。気に入ったパオ。おまえはテラパオーンの花嫁にしてやるパオ!」


「ああ、いやっ、やめてぇ!」


するりと延びた鼻が、先の残虐性を微塵も感じさせぬ驚くべき繊細さをもって、若い保母の肢体を捉える。

蹂躙されていく保母を前に、幼児らは自らの無力を嘆くばかり。


「ほうれパオーン……パオーン!」


「ああっ、け、ケダモノ! んああ、らめぇぇ! こんなの入らないぃぃ!」


「パーオパオパオ! ガキども、おまえたちの先生の結婚式パオ。お歌をうたうパオよ!」


「ギーッ! イチローサンノ、マキバーデー」


「いやぁっ、いやよぉっ!」


「イヤアアアア!」


「イヤアアアア!」


「ぜんぜいぃぃ! やだぁぁぁ!」


ああ、無情。

ああ、ああ、無惨。

このまま女は犯されるを待つだけか。

幼子は人ならざる者にされるを待つだけか。

誰も……誰も、助けは来ないのか。

この世には神も仏もおらぬのか!

幼子が絶望に呑まれた、その時であった!


「待てえい!」


地の底から轟くような、怒声が響く。


「な、何奴パオン!」


「ギーッ、ギーッ!」


何事ぞ、と象男は急ブレーキを掛けよと指示を出す。

窓ガラスの向こうには、人影が。

その数や……一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。

男女おりまぜた五人の若者が、バスの往く手を阻んでいる。


「幼子を連れ去り、乙女を相手に悪逆非道。決して許せるものではない」


先頭に立った、赤い衣装に身を包んだ男が前に出る。

手には刃。

見事な日本刀が引っ下げられていた。


「この俺が! 俺達が! 武士道戦隊シドウジャーが! 世の悪を叩き斬ってくれる!」


「いくぞ皆!」


「応!」


すらり、と刃鳴りを立て、抜かれた五つの刃が怪人を指す。

逆手には何やら小型の機械が。

天高く掲げられたそれが、光を放つ。


「一刀入魂! ブケ・ショ・ハット!」


「ショ・ハット!」


機械から光の帯が五人を包み、その姿を変えていく。

全身をエナメル質のボディースーツに包んだ、戦士の姿へと!


「武士道戦隊、シドウジャー!」


赤!

青!

緑!

黄!

桃!

五色の爆煙立ち昇る!

大見得を切るは、五色の戦士!

これぞ巷に噂される、人知れず悪を滅ぼす超戦隊が一。

星の数ほどある超戦隊の中でも、血を見ずにはいられぬ過激派として知られる者共である!


「なんとまあ。こんなあからさまな撒き餌に引っ掛かるパオンとは。手間が省けてよかったパオンね」


「ギーッ」


「わかっているパオン……保母さん、子供達よ、悪かったパオンね。運転手さんも見た目危なそうだけれど、大丈夫パオンよ」


先ほどのまでの悪逆非道が嘘の様。

どこか静かな空気を纏い、象男はバスを降りていく。

嬲っていた保母を静かに座席へと据え、頭を下げながら。

紳士的な振る舞いに、保母は目を白黒とさせるばかり。


「ボクは悪人パオンが、象さんに罪はないパオン。あなたの操を奪わなかったのが証拠、にはならないパオンか。本当にすまなかったパオンね。

 キリンさんが好きでも、象さんの方がもっと好きだと言われるように、頑張ってきたつもりだったパオンが、どこで道を踏み外したパオンか……」


「ギーッ、ギーッ!」


「では、これにてパオン」


手下を引き連れ、五色の戦士に立ち向かう象。

その背を見て、何故か保母は手を伸ばしてしまっていた。

象男の言、貞操を奪うつもりはなかったなどとは信じられぬ。だが、あの手付きが――――――鼻付きが、肌を傷つけまいとして紳士的だったのは、この体が知っている。

運転手を手酷く痛めつけたのも、あの運転手が運転中、保母にセクシャルハラスメントを働いていたからだ。

象男が乗り込んで来た際、運転手の手は保母の内股をまさぐっていた。

ああ、正直に告白してしまうなら。

許されるならば、あの長鼻に、身を任せてしまいたいと思ったのだ。思ってしまったのだ。

運転手のような下種な男に穢された身を、この象男は全て受け入れてくれるのではないかと、そう思ってしまったのだ。

恐ろしい外見とは裏腹に、その瞳はつぶらでいて、そして間違いなく優しさを携えていた。

だが、あの男は怪人である。

近頃社会を脅かす、秘密結社に所属する怪人である。

正義の権化である超戦隊、仮面騎兵――――――ヒーロー達の、敵であるのだ。

許されるものではない。

ああ、だが。

だがしかし。

もしも、あの象男とこうではない違った出会いをしていたならば。

保母はそっと、瞳を閉じた。

象の花嫁に、私はなってもよかった。


「パーオパオパオパオ! さあものども、逝くパオよ! 笑うパオ! 笑って、最後を飾るパオ!」


「ギーッギッギッギ!」


象男が、象牙で飾られた杖をヒーローへと構える。

常人であらば、刀に対して、杖とは頼りないと思うだろう。

さもあらん。

杖に刃は付いておらぬ。

斬る事は出来ぬ。刺す事も出来ぬ。

ただその長さを以て、振りまわし、打ち付けるのみだと、そう思うだろう。

だがそれは違う。

違うのだ。

杖は――――――否、もっと広義に解釈し、棒としよう。

棒は、武器として非常に優れた獲物である。

棒の利点は大きく挙げて二つ。

一つ、その汎用性。

長さを以て振りまわせば、槍となる。

しなりでもって薙げば、速さと先端の摩擦が産み出す現象として、斬れる。鞭で打てば肌が裂けるように、棒で薙げば斬れるのだ。

刃の無い先端は、突きでもって相手の体に纏わり付き、絡め取ることも可能だ。

驚愕に値する汎用性、用途の膨大さである。

そして一つ、調達の簡易さ。

これは忘れがちであるが、獲物を持ってして戦う武人は、前提として、その獲物をどこから調達するかを考えなければならない。

対して棒はそこいら中に転がっているものである。

閑散とした平野か荒野でもなければ、人の生活圏であれば、戦うに足る棒はどこからでも調達可能であろう。

達人の手に掛かれば民家の物干し竿さえ、名槍名刀と為るのだから侮れぬ。

音に聞こえるかの大陸の武神。

斉天大聖孫悟空を象徴する武器もまた、棒であることを鑑みるに、あるいは棒とは獲物として究極の一つであるかもしれぬ。

棒とは斬、突、打、払……あらゆる性質と属性を持つ、万能の武具なのだ。


「三人……いや、四人は道連れにしたいでパオンなあ」


ここに武芸者がおれば、象男の杖捌きに目を見張ったことであろう。


『やや、あれこそは江戸初期に端を発する夢想権之助が祖、真道夢想流棒術に相違ない!』


こう驚きの声を張り上げただろう。

見事な杖捌きを見るをおらぬは、武の悲劇。

相対するは、冷たい機械の銃である。

改造された身であったとしても、その技は真実であるのだ。このような手合いと討ち合うに鍛えた技ではなかろうに。

ああ、哀しき業ぞ。武の果てよ。

誰にも見取られず、無為に逝くのか。


「くらえ必殺、デンチュウ・デ・ゴザール!」


これが武士道とは笑わせる。

桃色の……恐らくは、女の戦士。動けてはいるが、それだけだ。恐らくはあの五人の中で、足手まといなのだろう。

五人衆は縦に並ぶ陣形を執る。戦闘は女、桃色の戦士。

わたわたとして、手元の銃を弄くっている。未だ装填作業に慣れていないのだろう。後ろに並んだ四人は、お構い無しにこちらへ銃を向ける。真後ろにならんだ緑色の男など、尻を蹴り上げて急かしている。ついでとばかりに手を伸ばし、尻を揉みながら女を前へと突き出して。

桃色の女戦士は、他の四人の壁とされていた。

江戸末期に悪名高き殺し屋集団新撰組の方が、よほど士道を心得ているだろう。

構えられた銀色の銃。銃口から迸る光線に身を晒すテラパオーンに、嘲りの笑みが浮かぶ。

その武士道もどきに仕留められるであろう自分は、さて何であろうか。

決まっている。

正義に破れるは、悪であると決まっている。

我は悪なり。

悪の秘密結社の怪人なり!


「隊長、あとはお頼みしますパオーン!」


死出の旅路に正義を散らしてこそ咲き誇る。

ああ、これぞ悪の華道。

我等が本懐ぞ、為れ!



□ ■ □



テラパオーンがどう、と地に倒れ伏した時、そこに立っていたのは赤色の戦士のみであった。

あれだけ数がいたように見えた、黒のボディースーツの影達は、今は影もかたちも、見当たらぬ。

溶けて消えてしまったのだ。

そこかしこに、火薬の爆散したような跡。

情報保持のため、結社の改造人間は、その生命活動が停止したと同時に身体が燃えて無くなる仕組みとなっている。

それは機密保持のレベルが高くなれば高くなるほど、爆発も大きくなるのである。

象男のように、明確なかたちと意図をもって改造されたものは、それ相応の爆発を周囲に撒き散らすことになるのだ。

それはヒーロー達も重々承知しているはず。

住宅街を崩壊させる程の爆発は生じないが、それでも危険性は高い。

我等怪人を仕留めるは、一筋縄ではいかぬ。貴様らも覚悟せい。

そんな覚悟と、相手に対する牽制も含まれていることは言うまでもなく。

双方、周囲に人気がないことを確かめて戦うのが暗黙の了解となっていたはずだ。

だというのに。


「今回の戦隊は、戦度が低いパオンなあ……」


背後に幼稚園バスがあるというのにも関わらず、射線をそのままに銃を撃つ。

うっとうしかったのだろうが、影達を纏めてバスの近くで爆散させた時は、象男も胆が冷えた。

新参の戦隊にありがちな傾向ではあったが、怪人に集中しすぎるのも如何なものか。

だが、そんな者共であったからこそ、こうして充実感を持ってして逝けるのも確か。

ありがたいことではある、と象男はパオパオと笑う。

戦いに慣れぬ新参者であったが故に、こうして戦功を挙げ、誉れをもってして逝けるのだ。


「仕留めたパオ。仕留めてやったパオ……隊長、見ていてくれたパオか……?」


当初の予告通り、四人。仕留めた後、この様である。

桃色の女戦士だけは哀れに思い、手加減をしてやったが。

他の三人は駄目だ。特に緑色の奴がテラパオーンの癇に酷く障った。

緑色の男が、桜色の戦士にしていたあの手つきを思えば、常習のことであったのだろう。女を食い物にするような男は許せない。念入りに叩き潰してやった。

テラパオーンはフェミニストの中でも特に、女性を神聖視する男であった。

しかし戦いに手は抜かぬ。本気で戦ったが、桃色の戦士に対しては全力ではなかった。甘いと言われればそこまでだが、これが最後だ。許せよ皆よ。

何やら生き残った赤色の男――――――伝統的に、赤色はリーダーの色だ――――――が、仲間達との感動的な別れを演出している後ろで、テラパオーンもまた消えていくいのちの灯に、感謝の念を捧げていた。

絶望の淵にあり、ただ死を待つだけの自分に改造人間という道を示し、救ってくれた悪を掲げし結社。

たとえ社会から悪と罵られようと、受けた恩は忘れぬ。

このような名ばかりの新参者を歓迎するような社会など、省みる必要があろうものか。

新参者といえば、我等が隊の隊長よ。

初めはかような若者の下で働けるかと反目していたが、なかなかどうして。

よき漢ではないか。

命を賭すに値する、よき漢だ。

漢が漢に惚れた時、それはいつでも命掛けであるのだ。

悔いはない。

隊長のために、戦って死ねるのだから。

戦って逝くことに悔いはない……が、しかし、思い残すことはある。

あの赤色の男、他の者と違って、強すぎる。改造人間の自分から見ても異常である。

強さの秘密を探れず、報告も出来ずに逝くのがただ一つ残った無念よ。

この後に男と戦うは、隊長であるというのに。


「ごめんパオ、隊長……ボクは駄目パオーンだったパオ……」


「謝らずともよい、テラパオーンよ。お前は立派に役目を果たしたのだから」


「あ、ああ! ああ!」


暗闇から染み出す、重く沈み渡る声。

男の声だ。

別れに泣くヒーローの男のものでも、もちろんテラパオーンのものでもない。

第三者の声。

何奴であるか。否、決まっておろう。


「ああ、隊長!」


テラパオーンが叫ぶ。

何時の間にやらテラパオーンの側に、男が静かに佇んでいた。

片膝を着き、力尽きたテラパオーンの肩に手を置いて、その功を労う男が一人そこに居た。


「見ておったぞ、テラパオーン。よき戦いであった」


「おお……もったいないお言葉パオン」


「正しく、天晴れな武者働きであったぞ」


この場に相応しく、尋常な姿ではない。

改造人間のような生物然とした様相ではない。だが、犬頭の模ったフルフェイス――――――銀の兜が頭を覆い、その表情を全て隠している。

中肉中背。頑強な巨体を誇るテラパオーンに比べたらば、体躯は貧層に見えてしまうだろう。

だがその身に纏う、なんとも見事な当世具足よ。

質実剛健なその甲冑を纏う様は、只者の佇まいではない。

白と蒼に染められた陣羽織が、目に鮮烈な印象を与えるではないか。

室町時代の後期から安土桃山時代にかけて当座を露わした古き鎧ではあるが、古いのは見た目の印象のみ。

その意匠は現代のもの。近代風サイバーチックな機械鎧である。

この鎧が結社のテクノロジーの粋を集めた代物であることを、テラパオーンは知っている。

手に下げられた刀の、冷え冷えとした恐ろしさよ!

あの刀はというと、実を言えば唯の鉄刀である。しかし、テラパオーンは知っている。知っているのだ!

鉄を打っただけの刀が、いかほどの超戦隊、仮面騎兵の血を啜ってきたのかを!

この男が、己が技唯一つを頼りに、超技術を誇る相手と互角以上に渡り合ってきたのかを!

風に舞う柳。

滝を流れる木葉。

霧中に立つ一本の刀剣を思わせる佇まいたるや、正しく武士もののふである。

ああ、これぞ侍ぞ!

テラパオーンの胸中に、歓喜湧く!


「隊長、どこパオン。目が見えないパオン……」


「ここだ。ここにおるぞテラパオーン」


「ああ、隊長……わんわん丸隊長!」


「うむ。わんわん丸は、ここにおる」


その男、人呼んで―――――秘密結社第二部隊浄軍隊隊長、わんわん丸。

テラパオーンが所属する秘密結社の、四天王に数えられる男である。

わんわん丸はテラパオーンの鼻を手に取ると、労わるようにして撫で擦ってやっていた。

おおう、とテラパオーンの目から涙が零れ落ちた。


「ようやってくれた。本当に、ようやってくれたな、テラパオーンよ」


「ああ、わんわん丸隊長……」


「お前のおかげで、おれはまた勝ちを拾えるのだ。見よ、あの男におれは、負けると思うか」


「思わないパオン。わんわん丸隊長こそが、本物の武士。あんなパチモノに、負けるはずがないパオン!」


「ふ、は。嬉しい事を言ってくれる。おれはまっこと、よき部下に恵まれたものだ。わんわん丸は果報者よな。なあ、テラパオーンよ」


「ああ、もったいないお言葉パオン……」


「幼稚園バスも、おれが責任を持って元の場所まで送り届けよう。後のことはすべて、このわんわん丸に任せるがよい。もう、休んでよい。よいのだ、テラパオーンよ。ありがとう、我が忠臣よ」


「ああ、わんわん丸隊長……ああ、ああ!」


テラパオーンの口端から、白い体液が溢れ返る。

怪人の血液は、すべて人工血液である。その色は白。白い血が、怪人の身体を流れている。

だが血の色は白くとも、温かい。

体に機械を埋め込まれ、人としての姿を失ってなお、心は、魂までは、その熱を失わぬ証拠である。

わんわん丸は、テラパオーンの鼻から先走る白濁とした体液に指が濡れるも厭わず、その温かさを確かめていた。

手の内に触れているように見得るのは、現世の像よ。

わんわん丸は、その身、その魂全てでテラパオーンを抱き留めていた。

我が命と一体となれ、と!


「ああ……わんわん丸隊長の中、あったかいパオーン」


わんわん丸の腕の中で、テラパオーンが涙を零す。


「いいぞ、テラパオーン。そのまま逝け、逝くのだ。おれの腕の中で、果てるがよい」


「パオーン……パオーン!」


我が一声よ天まで届けと言わんばかりのいななきよ。

わんわん丸に擦られて、最後の力を取り戻していきり立った鼻の、なんと立派な勃ち姿か。

先端から撒き散る白濁液を、その顔面に射られるのを構わず、わんわん丸は天高くそびえ勃つ鼻を掲げ見る。

ああ、あれこそは、テラパオーンという男の最後の証である!

勝利の狼煙である!

最後の一滴までその白濁液、絞り出すがよい!

このわんわん丸が全て受けとめてくれる!

さらばテラパオーン、我が部下よ!


「パ、パ――――――パオーン!」


白濁液を吐きだし、体を限界まで弓なりに海老反り、男の証を勃ち上げて。

テラパオーン――――――昇天!

そして、爆散!

周囲に火炎の花が散る!


「なっ……なんだ!」


テラパオーンのいななきに、赤色の男も倒れた仲間を放り捨て、振り向いた。

しかしそこには何も無い。

怪人が死した跡には、何も無いのだ。

残るは爆炎のみ。

爆炎のみであるはず……否、あれを見よ!

男がおる!

炎の中で立ち上がる、銀色犬頭の男が!

ここで初めて赤色の男は、わんわん丸の姿を認めたのであった。

テラパオーンとの会話の気さえ気取らせなかったのは、わんわん丸の隠密術が為せる技である。

赤色の男はわんわん丸の姿を認め、しかし胸を撫で下ろすことは出来なかった。

噴煙の向こうにゆらめく犬頭が、赤色の男に過去最大の警鐘を促している。この場から早く逃げよ、と。

いいや、と男は頭を振った。

俺には力がある。

力ある者が逃げるなど、あるか。

怪人なにするものぞ。恐れるに足らずや、と。


「新手の怪人か! 仲間の仇……くらえ、ヤブサ・メー!」


「手ぬるいわ」


わんわん丸は蠅を払うが如く、銀光一閃。飛び来る光線を一刀を以て弾き返した。

光線を剣戟でもって斬り落とすとは、尋常の技ではない。

赤色の男に驚愕が浮かぶ。


「おれの名は、わんわん丸。お前達が憎む悪の秘密結社が第二部隊隊長。四天王と称されしものよ」


「四天王……だと! まさか、あの中規模以上の秘密結社には必ず居ると言われる、あの四天王だと言うのか!」


「どの四天王かはわからぬが、おれを知らぬのも無理はない。おれが四天王となってから、そう日は経っておらんからな。さあ、こちらは名乗ったぞ。お前も名乗るがいい」


「悪党に名乗る名などない!」


「それもまたよし。こちらとしては、お前の力にしか興味はない。知っているぞ、お前は最近になって急に、力を増したそうだな。

 おれはそれが知りたい。それを掴むために、お前達の活動圏でバスジャックなどをさせたのだ」


「お、俺達は誘いこまれたっていうのか! そうか……これは罠か!」


「今頃気付いても、もう遅いわ。おれも部下を失っているのでな。手ぶらで帰るわけにはいかん。何としてもその力の秘密、暴かせてもらう」


「いいぜ、見せてやるよ! 最弱と呼ばれた俺がどうしてここまで強くなれたか、お前に直接教えてやる! 覚悟しろよ、正義は必ず勝つ! 俺の最弱せいぎはちいっとばっか響くぞ!」


「その意気や、よし。これより先は言葉はいらぬ。お前も武士をうたうのならば、一刀を以て語り合おうぞ」


両者の視線が絡み合い、殺意の熱を交し合う。

じり、と間合いを詰めるわんわん丸。

対する赤色の男は、またも小型の機械を取り出した。

好機ではあった。しかし、それをわんわん丸は見逃す。見逃してやる。

超戦隊が戦う際に様々な機器を用いることを知っているからだ。そしてそれは、見た目からは解らぬ変型機構、機能を持っている。

士道を志すと言うならば、あの男が取り出した機械は何に変わるだろうか。刀か、槍か、はたまた弓であるだろうか。

武士として立ち会ったならば、正面から正々堂々を斬り合い、これを負かすまで。この時にまで兵法を用いて戦いたくはない。特に、仇討ちの時は。誇りを以ってして戦うのだから。

だからわんわん丸は、既に戦い始めていたテラパオーンに加勢をしなかったのだ。あれはテラパオーンの誇りのための戦いであった。

死地に向かうと知っていて、死ぬと解ってそれでも膝を屈しなかった、男の戦いであったからだ。

戦いの場に手出しも出来ず、テラパオーンが傷ついていくのを眺めていたわんわん丸の心中たるや、如何程ものであったか。

そしてわんわん丸は悪の秘密結社の幹部にらしからぬ振る舞い、身を晒して名乗りを挙げた。

隙だらけの背中から肋骨の隙間を縫い、心臓に刃を突き入れれば一突きで事は終わろうに、それをしなかった。

相手が武士であるならば、闇討ちなど出来ぬ。それはわんわん丸に残った刀を持つ者としての、一握りの誇り。そして、決して逃げなかったテラパオーンの誇りでもある。

故に、男が獲物を取り出すを待つは、当然のことであった。

だが男が取り出したは、わんわん丸の想像を超えるもの。


「うぬ……あれはもしや、いいや、まさか!」


「そうだ! これは、変身ベルトだ!」


男が取り出したるは、仮面騎兵が変身の際に用いるツール。変身ベルトであった。

わんわん丸に衝撃奔る。

男は既に、超戦隊スーツを着装している。そもそも超戦隊の変身ツールと、仮面騎兵の変身ツールは併用出来ぬはずである。人体が、二種の変身ツールから発せられる強化パルスに耐えられないからだ。

だが、あの男は平然として変身ベルトを腰に巻いた。

赤色のヒーロースーツの、その上から!


「俺は特異体質みたいでな。超戦隊と仮面騎兵の、両方の変身ツールのパルスに身体が適応出来るのさ」


男が言う。

右手を天に、左手を腰にして。

仮面騎兵の変身ポーズを執りながら!

おお、何と言う事か!

超戦隊ヒーローのリーダー、レッドが、仮面騎兵の伝統的ポーズを執っている!

変身ぎゃくてんのための、そのポーズを!


「目に焼き付けろ! これが俺の、二・重・変・身!」


ううむ、とわんわん丸は変身光に目を細めながら唸る。

なるほど、近年シドウジャーだとかいう新参の超戦隊が急激に力を増したとは聞いていたが、やはりこの男によるものであったか。

二つの変身ツールから強化パルスを受けていれば、それは強かろう。

幽霊の正体みたり、とわんわん丸はしかりと頷く。

どこか落胆した空気を滲ませて。


「仮面シドウジャー、ただいまシュシュッと参上!」


変身光が止んだ後、そこには超戦隊と仮面騎兵の合いの子が。

赤色のスーツと、緑のスーツ。

双つの特徴を兼ね備えた戦士の姿が、そこにあった。

自らを仮面シドウジャーと名乗った男は、両手に光線銃を構え、わんわん丸の前に立塞がる。


「待て、仮面シドウジャーとやら」


「命乞いは聞かないぜ。四天王のお前を倒せば、秘密結社にだって痛手を与えられるはず!」


「いや、それはいい。いいのだが……お前、なぜ剣を使わない。おれは見ての通り、刀一本だけの男だ。こちらは一人、そちらも一人。一対一の立会いを所望する」


その、とわんわん丸は男の腰に佩かれた機械剣を指差す。


「剣を持て。どうした、恐ろしいのか。お前も武士を名乗ったならば、斬りかかってくるがいい」


「その手には乗らないぜ。喰らえ、ダブルヤブサ・メー!」


二挺光線銃が光を放つ。

それを難なくいなしながら、わんわん丸は嘆息す。


「腰に佩びた一物は、飾りであったか」


武士の腰にあってして、しかし使われぬ剣に、何の価値があろうか。

思えば、先のテラパオーンとの闘いにおいても、この男だけは剣を使ってはいなかった。

抜いていたのは銃のみで、それも仲間の後ろからちくちくと、いやらしく撃っていただけだった。

だからほとんど無傷で、テラパオーンの猛攻を凌いだのである。

仲間を、犠牲にして。


「流石四天王だぜ! だが、こいつは避けられるかな? いくぞぉぉおおお! ダブルパワー、フルドライブ!」


「もう、よい」


わんわん丸は深い落胆と共に頭を振った。

銀の犬兜の鼻頭が、左右に力なく揺れた。


「誇りを持って戦おうなどと思ったおれが愚かだった。お前は武士ではない。それでもお前が武士であると言い張るならば、これは」


さっと手を挙げたわんわん丸。

手の内から何をか丸いものが、転がり落ちた。

耐超戦隊用に調整された、指向性閃光手榴弾である。

二つの力を使っていたとしても、一瞬はその視界を奪うだろう。

本来は遠方から投げ付けるのが正しい用途であるというのに、至近距離にあればわんわん丸も、その被害を受けるは必至。

音よりも速く、激烈な耳鳴りを伴って、指向性を持った閃光が二人を包んだ。


「あ……が……」


「士道不覚悟である」


蒼刃が、シドウジャーの胸から背に突先を真っ赤に濡らし、突き抜けていた。

これぞわんわん丸の秘技、斬鉄の先にある、斬スーツである。

鍛え上げられた真の武人の手の内にさえあれば、鉄を打ち固めただけの剣も、あらゆる近代的、近未来的超装甲を断つ超兵器と為るのだ。

如何に超戦隊のスーツであったとしても、仮面騎兵の重装甲であったとしても――――――わんわん丸の前にあっては、紙同然!

相手が武士でないならば、尋常な立会は不要である。

わんわん丸は目くらましを使ったのである。相手の視覚を奪い、するりと近寄りて、斬り付けたのである。

剣ではなく、兵法を用いて勝利をもぎ取ったのだ。

己の視覚をすら、捨て去って。

わんわん丸に二の太刀要らず。

ひとたび剣を翻せば、これぞまさに必殺である!


「一刀入道が直伝、斬魔の剣、鎧通し――――――」


納刀――――――残心。

シドウジャーの輪郭が空に溶け、平凡そうな男が現れる。

男はわんわん丸が背を向けるや、思い出したかのようにしてどう、と倒れた。

鋭い刺突が、肉体に絶命するを悟らせなかったのである。

意識のみが先んじて、根の国へと落とされたのだ。


「しかし」


しかし、とわんわん丸は憂鬱に呟いた。


「お前が死なねばならん程の手合いではなかったぞ、テラパオーンよ……」


虚しさばかりが胸を突く。

いつか己の右腕に、と思っていた男の死は、確かに誇りに溢れていた。

だが、その誇りを掛けるに足る相手だったのだろうか。

己の望む戦場で死ねぬのは、武人の不幸である。木っ端のような相手に踏み躙られることもあろう。テラパオーンは不運であっただけということだ。

だが、そうなのだとしたら。

己の抱いたこの憤りは、苛立ちは、どこにぶつけたらいいというのだ。

この無情を飲み下すのもまた、武芸者に課された命題の一つである。


「うう……」


呻く声。

見れば、横たわる桃色の戦士が、苦しげに呻いていた。

超戦隊スーツは解け、正体が露呈してしまっている。それは特筆すべきことは特にない、普通の少女だった。

街あるく少女達と同じく、制服姿……高校生か。

手足は細く、肉付きはほとんど無い。小柄な少女である。

なるほどこれが理由か、とわんわん丸は、光が戻りつつある視界を狭めながら思った。

テラパオーンはこの少女が居たが故に決意が鈍ったのだ。女人とは恐ろしいものである。ただ在るだけで男の心を惑わせる。

だが、直感で解るものがあった。

この少女――――――桃色の超戦士は、他の者よりも誠実に戦っていた。

仲間の光線銃がバスに向けられれば、その射線に割って入り、光線を自らの肩に受け。

戦闘員達が一般家屋の近くで爆散せぬよう、出来る限り引き離しては戦っていた。

あまり良くはない集団であるように見えたものの、中には彼女のように、真の正義を胸に戦うものもいるのだと感じ入ったのも、また真実である。


「あ……う……だ、め……!」


意識が戻りつつある少女が、わんわん丸の足元に縋り付いた。

必死に、その足に組み付いて、動かぬようにしている。


「だ、め……だめ……!」


「……ぐ、ぬ」


「この、街……わたし……まもる……だから!」


涙すら零して、その少女はわんわん丸に組み付く。

栄養価の足りぬ身体に、相応しい幼い顔。色素の薄い髪はほつれ、制服は土に塗れ、手足の骨が軋んでも、まだ。

まだこの少女は、この街に住まう人々を守ろうとしている。


「もう、いい。よせ」


「だめ……! おねが……やめ、てぇ……わたし、どうなっても、いいから。みんなみたいに、めちゃくちゃにしても、いいか、らぁ……!」


その一言で、わんわん丸は悟った。

少女が置かれた環境がどれほど苛酷なもので、そして、それでも少女が失わなかったその想いが、どれだけ尊いものなのかを。

少女が抱いた想い。

それは、正義というものだった。


「おれには、まぶし過ぎるものよな――――――喜べ、名も知らぬ少女よ。お前達に、否……おれはお前に敗れて、この場を去る。お前は、立派にこの街を守ったのだ」


「う、うう……」


「敵ながら良く戦った。お前の、勝ちだ」


「は、あ――――――」


その瞬間の少女の顔。

特徴の無い、女の魅力に欠ける体付きをしているというのに、その少女の顔に、一瞬わんわん丸は見惚れた。

それは、満足そうな、心の底から安堵したような……そして、自らを誇るような微笑みだった。

勝者の笑みであった。

少女の唇が震え、音にならぬ言葉を紡ぐ。

『ありがとう』――――――少女はそう言って、がくりと力尽きた。


「馬鹿め、悪党に礼を言う正義の味方がいるものかよ……」


わんわん丸は、閃光を受けた自然現象として涙が滲む、染みる眼を拭わんとして兜に手をやる。

犬が吠えるようにして兜の顎が大きく開かれ、下から精悍な顔つきの青年が姿を現した。


「昨今急に力を付けた超戦隊……魔法の関与を疑えば、そうではなかったか。そうか……」


立ち上がる。

白日の下に晒された、その正体は。

第二部隊隊長、四天王わんわん丸と名乗りしその男の正体とは!


「魔法少女では、なかったか」


わんわん丸の正体や、意外や意外、大悟郎であった!

これを見た全ての者が驚き、仰天することであろう!

秘密結社が第二部隊浄軍隊長、四天王わんわん丸とは、大悟郎であったのだ!

わんわん丸……否、大悟郎!

超戦隊+仮面騎兵――――――斬!


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