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第二話

こんなんでいいのかと超不安。

次話とか超酷い……いいのかこれ、いいのか?

もんどり打って地に叩きつけられた大悟郎は、しかしすぐさまぱっと身を起こすと境内を走り、壁を背にして屈みこんだ。

師は未だ堂から動く気配がない。視界から逃れれば、時は稼げるか。

服の内袋に束になって隠してある含み針を何本か取り出すと、それを大悟郎は、はや青黒く変色を始めた腹に突き立てる。

内剄刺突。治癒促進のツボを刺激し、内出血を止めているのだ。

訓練を受けた大悟郎は、痛覚に行動が阻害されることは少ないが、しかしあれだけ大量の血を吐き戻したとすれば重大な内傷は必至。

早急に手当てが必要な場合、こうした針治療は気穴を刺激する分効能が早く現れ、都合が良いのである。

しかし痛みを堪えていられるだけであって、やはり大事には違いない。

大悟郎は下腹に静かに手を置き、調息法を用いて沈痛を計る。

痛みに耐える法とは、精神修行が主となる。

言うなればこれは、やせ我慢の術である。


「かくれてもむだだぞ☆」


「ひぃ」


大悟郎の喉が鳴る。

魔力を発声に乗せ、全範囲にレーダーの如く散布したのだろう。

視覚になど頼らずとも、大悟郎の位置など師にとり手に取るように解っていることだった。


「先の一撃はな、師弟のよしみで、加減して放ってやったのよ。本来ならば、お主は百の肉片に為り果てておったわ。さあ、もう手加減はせん。もう師弟のまねごとは、ままごとは終わりぞ、大悟郎」


「お、お師匠様……お師匠様!」


「念仏を唱えるがよい」


「ままごとであったと言うのですか! おれは、おれはあなたのことを、本当の親のように思って……!」


「くどいのう。そうれ数えるぞ、数えるぞ」


合掌礼拝。

それは、力への信望か。


「わん――――――☆」


「お師匠様! いえ、ちゃ――――――」


「つ――――――☆」


南無三――――――と。

真言と同時、大悟郎は横合いにがばと飛び退く。同時、大悟郎が背にしていた壁が、爆音と共に桃色の光の中へと消えた。

桃色の魔力を纏いし拳……否、無手であろうとも、一刀入道にとりそれはもはや剣である。剣が、壁の内側から生え、一帯を捻子り取ったように見えた。

師の足音は聞こえておらぬ。恐らくは、一歩も動かずに気を、魔力を固めて飛ばしたのであろう。


「これぞ魔法の秘奥――――――泥払印☆バスターだ♪」


「でいばいん、ばすたー……と!」


「さあ、次だ。次だぞ、大悟郎。次々といくぞ。次々と次いでさらに次がいくぞ」


「うぬ!」


師は堂から一歩も動いておらず、しかして、桜の拳/剣が乱れ舞う。

たまらずと、大悟郎は境内に駆けていき、ひらりひらりと袴の裾をはためかす。

避けているのか、避けさせられているのか、避けられるようにしているのか。わからぬ。

わからぬが、脅威に急かされ大悟郎は駆けた。

突けば大気が震え、薙げば堂が吹き飛び、垂直に撃ち降ろしては、大悟郎の肩幅を覆っても余りある程の穴が、轟音と共に石畳に幾つも空いていく。

かするだけでも必死の威力。

自由自在、変幻自在にして、間合自在。

これぞ魔法――――――そう、魔法剣である!

しかし大悟郎は認めぬ!

こんなものが、剣であるなどと!

こんな……こんな、力に振るわされているだけの、醜い剣が、剣であるなどと!


剣とはなんぞや、と問われたら、工夫である、と大悟郎は応える。

武者が長い歴史の中、斬り合いの中で編み出された技。それが剣術というものだ。技術とは、人間の工夫の纏めであるのだ。

だが、しかし! あの異形となった師の姿を見よ!

確かに、突きを繰り出す際の腕の伸びはきれいだ。

背筋も伸び、足裏から得た地の反発が、滑らかに伝わっているのが見てとれる。

剄の巡りは広大流麗。武芸者としての理想形とも言えよう。

だが、あの魔法は、頂けぬ。

集めた極大の気を、魔力を、ただ力量差が開いた相手にそのままぶつけ、押しつぶそうとしている意図が見え透いている。

全く、工夫をこらしておらぬ。

いかに上手かろうとも、ただ力をぶつけるだけでは、兵法者とは呼べぬ。

剣を振るが上手くとも、ただ何も考えずにそれを打ち付けにいくは、愚かなり。

江戸後期、巌流島にて小次郎は、力量差に劣る武蔵に兵法にて敗北を喫した。

これぞ兵法。これぞ剣術。これぞ剣の理なりや。


“あれは……本当に、師、なのか?”


大悟郎には信じられぬ。

あんな、力をただ垂れ流しているだけの大男が、師であるなどと。

漢娘おとこのこであったか。魔法は確かに脅威ではあるが、あれではただでかいだけの木偶の坊ではないか。ただの力に酔うた、悪漢ではないか。

なればあれが用いるかの法は、外法以外にありえぬだろう。

外法――――――泥払印バスター。

桜色の死神が、鎌首をもたげて大悟郎を狙っている。

しかし。

だが、しかし!

師よ、ああ、師よ!

それでは、それでは!


「ふ、は……ひひっ――――――!」


大悟郎は、終ぞ己の顔面に浮かんだ笑みに気付くことはなかった。

奇しくもそれは、師と同じく、修羅の貌――――――!


“易し”


大悟郎の脳裏に浮かんだのは、この二文字である。

手の内に眠る刃が、ぎらっ、として翻った。

桜花の弾幕の唯中にあって、あろうことか大悟郎は、その足を止めたのである。


「うぬ! 血迷ったか、大悟郎!」


大悟郎に泥払印バスター迫る!

あわや、大悟郎自身が桜花と為り果てるか、と思いきや、桃色の怪光線は、浄とした銀光に打ち払われていた。

振り抜かれていたのは、蒼刃であった!


「血迷うてなど、おりませぬ」


「おお……見事、見事なりや大悟郎」


「ここに居るは、生き惑うてばかりいる童にて候。しかし、我が手の内には白刃あり。簡単に、ひらりと翻りまするぞ、お師匠様!」


「言いおるわ! 小童めが!」


魔法が物理的な威力を持つとなれば、逆に物理的に魔法に作用させ得ることも道理!

物理世界マテリアル・サイドからの、神秘世界アストラル・サイドへの逆干渉――――――。

力の奔流に刃を突き入れることで、それを斬り、逸らす技。

さながら打ちては引く小波を、一刀にて、双つに割ってみせるに等しい妙技。

これぞ斬魔の剣!

斬魔の太刀筋である!


“斬れる”


大悟郎は刃の残光を目で追って、そこで初めて己が剣を振ったのに気付いたようにして、はっと息を呑んだ。

おれは、今、何を思っておったのだ。


「よい、よいぞ大悟郎。それでよいのじゃ」


師の姿をした何をかが叫んでいるが、大悟郎の耳にはもはや届かなかった。

自問する。

おれは、いったいぜんたい、何を思っていたというのだ。

自答する。

知れたことを。

応えたのは、刀を引っ下げた己の写し身であった。

我が剣こそは斬魔の剣であれば、かような醜悪な代物を、この世に留めておけるものか。

即刻斬り捨てるべし。

これぞ我が剣理よ。


「もはや、これまで」


大悟郎は屈服したようにして、諦めの声を出す。

それは、負けを、いのちを諦めた者の、敗北を受け入れたつぶやき、ではない!

それは、真の恐れを受け入れた、大悟郎の無念の叫びであった!

もはや、これまで。

己を騙すのは、これまでにてござ候。

涙を浮かべてさえ、大悟郎は師の姿を視界に捉えた。

先よりも、幾分も間合いが近い。

大悟郎は泥払印バスターを潜り抜け、じりじりと間合いを詰めていたのである。


“どうして、こんなことに”


思うのは、師への恨み言のみ。

お怨み申し上げる。

このような恐ろしいことを、おれにせよと命ずるなど。

おれが本当に、腹の底から恐れておったのは――――――。

斬れ、と。

斬れ、と命ずるおれが、おれの中にいるのだと、認めねばならぬことだった!

脳裏の奥で、刀を握り締めた己が言う。

今やそれは、現実の自分自身と重なって、真の大悟郎となっていた!

斬れ――――――斬れ!

斬るのだ!

斬魔すべし、大悟郎!

魔法しょうじょ――――――斬るべし!


「疾く来よ、大悟郎!」


「おォウ!」


痛みで朦朧となっておったからかもしれぬ。吐血の量から鑑みるに、内蔵は、胃の腑でも破ぜているのだろう。

あるいは、己の剣理の為すべきを受け入れ、迷いが晴れたからかもしれぬ。その後に後悔に悶えるとわかっておって、それに目を瞑っているだけだというのに。

しかしこの時の大悟郎は、限りなく己が無に近い状態であった。

無為無策、無意無索の剣。

剣の秘奥に、大悟郎、到達す。


「わん☆ つー☆ 喰らうがよい……これが儂の! 全力全壊ぞ//////」


流星をも撃ち落とさんとばかりの極光が集う。

剣理が大悟郎に叫んでいた。

このまま斬り込んだとて、桜色の光線の前に蒸発するか、筋肉の鎧に刃を阻まれるかでしかない。

これが大悟郎の、最後の一片の思考である。まったくもって、道理である。

ならばどうなるか。どうするや、大悟郎。

これより大悟郎は、剣理さえ置き去りにして、空の極致にいざ参る。

剣禅一如――――――。


「星光爆裂! スターダスト・ブレイ渇――――――ッ☆!」


「――――――不作法仕る。御免」


もしこの場に見物人が居たのならば、大悟郎が師の身体をずるりとすり抜けたように見えただろう。

言葉にすれば何のことはない。師の懐へと駆けだした大悟郎は、がば、と身を倒し、巨漢の股ぐらを潜り抜けたのだ。

だがそこに用いられた技術の妙は、余人にはそうそう真似出来まい。

全速力からの急ブレーキ。

大悟郎は師の眼前で、鞘を両膝に抱えると、石突を床板に擦りつけたのである。

つまり自身をトロッコと見立て、鞘を即席のブレーキとしたのだ。

頭上を桜の輝きが埋め尽くす。

だが大悟郎は師の股下におる。床に鞘を杖として。

大悟郎は鞘に預けた体重を、腕力で持って立て直す。体勢が正しい走法へと戻る。すれ違い様にて、頭上を薙ぐことも忘れずにしていたのは、流石抜け目がないと言うべきか。

相手の股下にて振る剣などそうありはせぬ。全くの珍事である。過去に溯っても、そうそう同じ事は見当たらぬだろう。

故に、これぞ秘剣、珍事ちんこ断ちである!

だが大悟郎が危惧していた通り、例え股下の鍛えられぬ部位であっても、魔法少女の衣装に守られていては、刃が通ることはない。

うぬ、と師は呻いただけであった。予想通りである。

大悟郎、止まらず。

背に真言を聞きながら、どどどっと大振りに五歩程走り抜けると、それから師へと向き直った。


「お、お、お、大悟郎!」


ここで初めて師の声に、焦りが浮かんだ。

堂の奥へと追い込まれた形であるが、追い詰められたのは大悟郎ではない。師であった。

証拠に、真言は唱えられておらぬ。

師の目はぐあっと見開かれ、大悟郎の――――――否、大悟郎の背に負った「それ」を睨みつけていた。

大悟郎は後ろ手に「それ」を引っ掴むと、師に向って投げ付けた。

同時、再び駆け出す。

お、お、と師はどうしたらよいか、戸惑うまま。

これがもし一刀入道であったなら、と大悟郎は思わずにはいられなかった。

大悟郎の胸中に、一瞬だけ寂しさが到来する。

剣のために全てを捨て去った一刀入道であったなら、投げ付けられたそれを毟り取り、返す刀で大悟郎を斬り捨てただろうに。

これが魔法しょうじょであるが故に、魔法とは頭脳を持って駆使するが故に、余計な思考が挟まれ迷いが生じているのだ。

この場において、もはや迷い人は大悟郎ではない。師であった。

大悟郎の顔面に、狂笑が浮かぶ。


「ひ、ひ、ひ!」


「おお、おお! 大悟郎! おおう!」


大悟郎は知っていた。

投げ付けたこれが、師にとり、どのような効力を齎すかを。

師の視線の延長に、それと大悟郎が重なっている。

刃は水平にして、大悟郎は師へと肉薄す。

突先が、「それ」のちょうど中心に潜り込んだ。

位牌だ。

中心から刃を生やした「それ」は、位牌だ。

大悟郎が投げ付けたのは、師が後生大事に拝んでいた、位牌であった!

師にとりその位牌がどれほどの重みを持っているか、知っていて! 戸惑いなく! 大悟郎は他者の情を踏み躙ったのだ!

大悟郎は、修羅になったのだ!


「魔法しょうじょ一刀入道、覚悟ォ――――――ッ!」


大悟郎の蒼刃が、位牌から蒼白く伸び出でた。

刃は師の胸、心の像の意匠にくり抜かれたそこに、肋骨の隙間を縫ってずるりと潜り込んだ。

ハート/斬。

心、破れる。心、絶たれる。


「うむ――――――大悟郎」


始め、ごぼごぼと血泡を口内に溜めていた音が聞こえた。

それを呑み干し、師は静かに告げた。


「見事なり」


一刀入道、倒れる。

どう、と堂の床板に罅を産んで、師は地へと沈んだのであった。


「う、ふ、ほんによう、仕上がったのう大悟郎よ」


「お、お師匠様」


もんどり打って、大悟郎もその隣にしたたかに額を打ち付けていた。

心の像に突き立った刃は背を抜け、床板を貫いている。

木目に沿う様にして、血の蛇がするすると延びていた。

心臓を突き刺されて未だ生きておられるのは、これぞ魔法の為す技である。

だが、それもすぐに消えるだろう。


「気に病むでないぞ。儂は冥府魔道に堕ちた、魔法しょうじょよ。漢娘おとこのこよ。そう、外道じゃ。お主は外道を斬り捨てただけじゃ」


言って、掠れるように、うふ、と笑い声を上げる師は、やはり大悟郎の見知ったものではなかった。

大悟郎は知らぬ。

こんなにも、師が安らかな笑みを浮かべる男であるなどと。

どうしてよいかわからず、大悟郎は師の肩口へと膝を着いた。


「わかりませぬ、お師匠様。大悟郎にはわかりませぬ」


「お主は、本当に仕方のない奴よのう。だが、それがよい。それでよい……」


大悟郎の両眼から、涙が幾筋も零れて落ちた。

ひとたび剣から手を離してしまえば、剣理も何も関係はない。

唯の心優しく気弱な少年がそこにいた。


「笑え、大悟郎。この師を笑ってくれ」


「いいえ、お師匠様。笑えませぬ。笑えませぬ……」


「う、ふ、親なき子のお前がどのように育つかと思うておったが、なかなかどうして、良き子に育ったようじゃ。外道であろうとも、儂も良き働きをしたものじゃ」


「お師匠様は外道ではございませぬ。おれです。おれこそが外道なのです。お師匠様が大事にしておられた、位牌に、なんて罰あたりなことを」


「よい、よい。なあ、大悟郎よ。儂がなぜ外道に堕ちたか、聞いてくれぬか」


はい、と大悟郎は鼻水を垂らしながら頷いた。

垂れ落ちた鼻水は、師の肩口の、桜色のフリルに弾かれ流れた。


「儂が魔法の力を得たのはな、奪ったからよ。真の魔法少女から――――――我が娘からな」


「なんと、お師匠様、それは、真でございまするか」


「真よ。初めに魔法の力に気付いたのはな、教えてやった通り、私欲に奔った下らぬ者であった。娘と懇意にしておった男であった。

 その男はな、娘から魔法の力を打ち明けられ、魔法に眼が眩んだのよ。娘の下からこの魔法具、マッスリング・ハートを持ちだして、逃げおった。

 娘が儂に頼みごとをしたのはな、初めてだった。信じた男に裏切られ、よほど追い詰められておったのだろうな。

 剣にかまけ、病床にあった母を見捨てたとして、儂を恨んでおったというのに。父として、認めてなどおらなんだというのに」


「お師匠様……」


「心躍った。絶対に取り戻してやろうと誓った。マスコットの先導で、すぐに男を見付けることは出来た。だが、その男が儂の目の前で魔法しょうじょとなったのだ。

 儂は、苦戦した。戦いのなんたるかも知らん小僧に、この一刀入道が苦戦したのだ。否、真に強かったのは、娘の魔力であろうて。

 なんとかしてその小僧を撃ち果たし、魔法具を取り戻したその時に、儂はな」


師の口の端に、自嘲が浮かぶ。


「マスコットを斬り殺してやったのだ。何故かわかるか、大悟郎」


「わ、わ、わかりませぬ。何も、何もわかりませぬ。そのような恐ろしいことは!」


「では教えてやろう。大悟郎、儂はな、この力が欲しいと思ったのじゃ……何としても、欲しいと思うたのじゃ」


「お師匠様、それは、それはあってはならないことです!」


「そうじゃ。儂はその時、外道に堕ちたのじゃ。娘の力を、命を奪ってさえも、自らの技を極るしか考えておらぬ、鬼じゃ。

 儂は男から奪った魔法具を、この堂へと隠し、なにくわぬ顔で娘の下に返ったのだ。すまなんだ、とさも申し訳なさそうにしてな。

 娘は許してくれたよ。それから娘は、儂によう懐いてくれた。信じた男に裏切られ、魔法を失い、マスコットにも去られたと思い込んだ娘は、最後の支えを儂としたのだ。

 いのちの期限が迫っておるとも知らずして、のう」


「なんと、哀れな……」


「魔法具とその持ち主が、切り離されては生きていけぬ関係にあると儂が知ったのは、娘が倒れた時であった。

 だが儂は、それでも娘に魔法具を返そうとはせなんだ。どころか、このまま娘が死なば、これは永久に儂のものになるとすら思うておったのじゃ。

 そうして、娘のいのちは尽き果てた。今際の際に、ありがとう、と。おとうさんと仲直りできて、よかった、と。愛している、とそう言って。

 娘の言の刃によって、儂は人の心を取り戻した。だが、その時にはもう、全ては遅かった。遅かったのじゃ……」


「お亡くなりになられたのですね。安らかに、逝ってしまわれたのですね。救いもなく……」


「そうじゃ。まっこと、その通りじゃ。全てはこの入道が撒いた種よ。だが、己の手で摘み取るべしと思うても、出来なんだ。

 儂はな、どうしても魔法の力を失うは、惜しいと思うてしまったのじゃ。技とは力を正しく導く術であると、そう肝に念じておったというのに。力に溺れてしもうた。

 儂は力にとり憑かれ、呪われておったのじゃ。だから儂は、己の技を受け継がせた弟子をとろうと思うた。それに儂が撒いた種を、刈り取らせんと考えた。

 娘を死に追いやった魔法しょうじょ共を、この世から全て斬り捨てさせんとした。それが儂が出来る、娘へのただ一つの供養であると信じて。

 それがお主じゃ、大悟郎。儂の全ての罪を断罪せしめるために、お主を育てたのじゃ」


大悟郎は一切合財、全てを承知した。

幼少の頃に、両親を失った大悟郎が師に拾われた理由を。

師が毎日、あの位牌を拝んでいた理由を。

人斬りという、過酷な命を師が下した理由を。

全てはこの男の、後悔から始まったことだったのだ。


「笑え、大悟郎。笑ってくれ。この愚かな男を、笑ってくれい。最後の最後まで私利私欲にて生き、そのためにお主を拾うた男をば、笑え。

 笑わねば、お主は救われぬ。さあ、戦いの最中に突き落とさんとしておる男を、笑え。

 そして、剣捨て逃げい。お主には、そこいらの男子と同じ、変わり映えのない日々が似合うておる。これが最後の機会ぞ。

 戦わずともよい。よいのだ、大悟郎。儂の妄念に捕らわれずとも、よいのだ」


「いいえ、お師匠様。笑いませぬ。大悟郎は師を笑い飛ばすことなど、出来ませぬ」


「おお、大悟郎よ。儂を未だ師と呼んでくれるか」


「お師匠様にどのような思惑があられたとしても、おれにとってお師匠様はただひとり。おれの親は、あなた様ただ一人でございます。お師匠様」


「おお、大悟郎よ。儂を親と呼んでくれるか」


「全て、この大悟郎が承りましたがゆえ。この世にはびこる魔法しょうじょは全て、この大悟郎が斬りますゆえ。

 お師匠様の言付を守ってのことではございませぬ。この大悟郎が、自らの決意でもって剣をとり、魔法しょうじょを斬りに往くのです。

 いま、わかりました。いいえ、いま心に誓いましてございます。

 おれには、斬らねばならぬものがある――――――と。 

 ですから、お師匠様、ご安心を。安心して、お逝きませい!」


「おお、おお、大悟郎!」


「お師匠様!」


「大悟郎!」


「お師匠様!」


「大悟郎!」


師は大悟郎の名を一際大きく叫ぶと、そのままがくりと頭を落とした。

目はかっと見開かれ、一点を見据えている。

しかしその瞳は、薄く白く濁っていた。

震える手で大悟郎が身を揺すっても、師は応えぬ。


「お、おお、お師匠様……おおお」


大悟郎は理解した。

師はもう、動くことは無いと。

朽ちた観音像が、二人を見下ろしていた。

御仏は言っている。

この男は、師は、魔法少女一刀入道は。

ここで死ぬ、運命だったと――――――。

一度でいい。もう一度、大悟郎と、呼んで欲しかった。

呼んでくれたらば、今まで決して言えなかった言葉を、師へと贈ることができたというのに。

父と。

この人を、父と呼びたかった。


「ちゃぁぁああああ――――――ん!」


落日に、虚しく少年の叫びは木霊する。

入道の身体が、桜の光に包まれ、溶けていく。

魔法しょうじょの死は、無である。

他者の魔力に体が溶かされ、消えてしまうのだ。力の代償とも言えよう。

桜の衣装が弾けて消えて、フリルが空に舞っていく。

裸体の巨漢が静かに横たわり、そして消えた。

後に残るは、突き立った一刀のみ。

大悟郎の一刀が、一刀入道の墓標となったのだ。

ああ、ああ、哀しき師弟よ。

ああ無惨。ああ無情。

大悟郎、魔法しょうじょ一刀入道――――――斬。



■ □ ■



深夜。ネオンの灯る街。

ビルの谷間を縫い、少女達が夜をひた走る。

宙に浮かぶは二匹の獣。

そう、魔法少女とマスコット達である。


「もーっ、なんでこんな夜中にブッコロー達が出て来るのよ! 明日の宿題しなきゃいけないのにー!」


「でも野放しにしておくことなんて出来ません! 私、堪忍袋の緒が切れました!」


「わかってるって! ここであいつらを逃がしたとあっちゃあ、女がすたるわ!」


闇の中にも、闇はある。

影の中にも、影はある。

少女達の背後を一定の距離を保ち、付け狙う目が、一対。

誰にも気付かれず、静かに距離を詰めている。


「見付けた! ゲップル、行ってくるね!」


「気を付けるゲポー!」


「エズッキー! 後は頼みました!」


「うん! まってるオエップ!」


「キュアキュア☆ メ~イク・アーップ♪」


真言。

少女達が魔力の光に包まれ、魔法少女へと姿を変えた。

人外の跳躍力でもってビルを駆けあがり、ネオン輝く街へと消えていく。

その背を静かに見送った目が、ぎらり、として輝いた。

好機、と誰が呟いたであろうか。


「――――――お命頂戴」


「ゲ、ポォ!」


「オ、エップ!」


大悟郎である。

闇から躍り出た大悟郎が、一刀で獣を斬り伏せ、返す刀でもう一匹を刺し貫いたのだ!


「やはり、おったか。マスコット共め」


吐き捨てるようにして、大悟郎は血振りする。

大悟郎が師を斬ってから、もう三年だ。

闇に身を寄せ、表沙汰に出来ぬ組織の一構成員と為り果て、そうして魔法しょうじょ――――――漢娘おとこのこ共を見付けだしては、斬り続けて来た。

いつ終わるとも知れぬ戦いの中、大悟郎が気付いたのは、まったく魔法しょうじょの数が減らぬ地がある、ということだった。

つまりそれは、魔法少女が――――――真の意味での魔法少女が、今もまだ産み出され続けているということに、他ならぬ。

こうして実際に活動しているマスコットを目にし、大悟郎は確信した。

師は戦は終わったと言っていた。だが、それは違うと。

魔法世界の戦は、未だ終わっておらぬと。

魔法少女の力を利用する漢娘共は、これからも現れ続けるということを。

元を正さねば、魔法少女は――――――魔法しょうじょは産まれ続けるということを!

だが元を正すとしても、マスコットを斬るだけでは意味がない。切りが無ければ斬りも無い。

頭を振って、刀を鞘に収めんとした、瞬間。

背後に、殺気。


「コポゥwwwwwwwwwwwwwwwwww」

「フォカヌポゥwwwwwwwwwwwwwww」


うぬ、と背後に刀を振り抜くも、空を斬る虚しい音がするのみ。

大悟郎の両耳に、魔力を伴う音質の違う声が同時に届く。


「無駄でござるwwwwwwwwwwwwwww」

「くやしいのうくやしいのうwwwwwwwww」


「おのれ、化物どもめが!」


あのマスコット共の声だ。

言葉遣いが異なるのは、本性を露わしたからか。


「人心を惑わし、いたいけな少女を物へと返る獣どもが! ええい、姿を現わせ。叩き斬ってくれる!」


「いたいけな小動物を斬ろうとはwwwwwww」

「やはり人間は野蛮であるなあwwwwwwww」


「黙れ。黙らぬか!」


「むーざんwwwwwwwwwwwwwwwww」

「むーざんwwwwwwwwwwwwwwwww」


大悟郎から十分に距離を執り、二匹のマスコットは姿を現した。

斬られても平気なのか。それとも大悟郎が切ったのは幻であったか。

どちらにしても魑魅魍魎の技。

愛らしい外見にして、人外の化物よ。

しかし、と二匹はモノラルで、大悟郎の脳に直接語りかける。


「協定違反でござるwwwwwwwwwwwww」

「協定違反でござるぞwwwwwwwwwwww」


「協定違反だと? どういうことだ」


「我等の活動を保証しておるのはwwwwwww」

「貴様ら人間であるというのにwwwwwwww」


「待て、どういうことだ。どういうことだ、それは!」


「取引でござるwwwwwwwwwwwwwww」

「古からの取引でござるよwwwwwwwwww」


大悟郎の背筋に、氷柱が刺し込まれる。


「我等が地球で戦争行動を執る代償にwwwww」

「貴様らへと魔法を差し出す取り決めよwwww」


「ば、ばかな」


「ほう、見抜いたぞwwwwwwwwwwwww」

「見抜いてやったぞwwwwwwwwwwwww」


マスコットの顔が、邪悪に歪んだ。

大悟郎を嬲ってやろうとする意図が見え透いた、吐き気がする嘲笑であった。


「貴様が近頃我等を目の敵にする剣士かwwww」

「残念であったな。魔法に、我等に罪はないww」


「お前達が、原因であろうに!」


「そうよのう。だがwwwwwwwwwwwww」

「漢娘などが現れるは、貴様ら人間の問題ぞww」


「ええい、黙れ! 斬ってくれる!」


「おお、恐い恐いwwwwwwwwwwwwww」

「ほんに、人間は恐いわいwwwwwwwwww」


恐るべき真実を、二匹は口にする。


「虚像の敵を作りwwwwwwwwwwwwww」

「兵器として魔法を量産しようなどwwwwww」


今度こそ大悟郎は声を詰まらせ、押し黙った。


「我等が戦を長引かせるはwwwwwwwwww」

「貴様ら人間の頼みであるというのになぁwww」


マスコットの恐ろしさに。

人間の、あまりもの邪悪さに。

大悟郎は一言も発することが、出来なくなったのだ。


「デュフwwwwwwwwwwwwwwwwww」

「デュフフwwwwwwwwwwwwwwwww」


夜の帳に燦然と輝くネオンに紛れ、魔力の奔流が輝きを増す。

魔法の竜巻に身を流され、コンクリート壁に叩きつけられてもなお、大悟郎が戦意を取り戻す事はなかった。


「デュフフフフフフフフフ――――――プギャァァアアアッwwwwwwwwwwwwwwwwww」


おぞましい金切り声を上げ、獣達は去っていく。

見送った魔法少女達と、合流するつもりなのだろう。

兵器として魔法少女から絞り出した魔法具を望んでいるのは、奴らも同じ。

だが、それを量産しようと画策したのは、人間だと言う。

嘘だ、とは大悟郎は叫べなかった。

闇である。

闇の中にも、闇はある。

影の中にも、影はある。

大悟郎は、己自身を闇に置き、そして今、なお深い闇があることを知ったのだ。

勝てぬかもしれぬ、と大悟郎は思った。

そも、勝つなどという、勝負するなどという考えが間違っているのかもしれぬ。

あの獣共の言うが正しいならば、大悟郎が挑まんとすべきは、人間が敷いた規範そのもの。社会のルールが作る影。欲望渦巻く、狐狸妖怪の庵。

人間の抱く、闇、そのものだ。

だが。

だが、それでもなお――――――。


「それでもなお、おれは挑まねばならぬ。戦わねばならぬ」


歯を食いしばって、大悟郎は立ち上がる。

身体中に付着した生ゴミも払わず、ただ一刀のみを引っ下げて、大悟郎は立ち上がる。


「おれには、斬らねばならぬ、ものがあるのだ――――――!」


いざ往かん大悟郎。

斬魔の剣士よ。

戦え!

戦うのだ!


「魔法しょうじょ――――――斬!」


すべての漢娘おとこのこ、悪しき魔法しょうじょを斬り滅ぼす、その日まで――――――!



■ □ ■



次回【2:超戦隊・仮面騎兵/斬】


裏世界に身を投じた大悟郎は、とある闇の組織にて、四天王わんわん丸として刀を振るっていた。

襲い来る超戦隊、仮面騎兵の数々を千切っては投げ、千切っては投げ。

いつ終わるとも知れぬ戦いの日々。

大悟郎を癒すのは、己を隠すために与えられた、学生としての身分であった。

学友と共に学び、笑い合う大悟郎。

心身共に癒される大悟郎の前に、しかし驚愕の事実が示される。

ああ、いかなる運命の悪戯かな。

大悟郎の前に立塞がる魔法少女は、学友であったのだ。

短く切り取られたホットパンツから除く太股。

脛からそよぐ逆巻き毛が、大悟郎を翻弄する。

ああ友よ、お前はなぜ、魔法しょうじょになったのか。

大悟郎は友を斬れるか――――――。

不定期更新となりそうです。

どうかご容赦を。

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