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第一話

どこかで見たような台詞・フレーズ・名詞諸々を見てもツッコミ御不要にてお願い申す。

こまけぇこたぁいいんだよ!! と一刀両断して頂きたく。

平に、平にお願い致しまする。


なんか書いてて意味がわからなくなってきた。

中身もだいたい、そんな感じです。ごめんなさい。


【1:一刀入道/斬】




大悟郎が師を斬ったのは、十四歳の冬のことであった。



□ ■ □



びゅうびゅうと木枯らしが吹く、寒い冬の日のことであった。

その日、師から召喚状を受け取った大悟郎は、鍛錬の場であったそこかしこから北風が忍び込む廃寺へと赴いていた。

腐った扉が軋みを上げる。堂内は薄暗く、朽ち果てた巨大な木像が、虚ろな目で恨めしく睨みつけてくる。

そんな不気味な光景を吹き飛ばす、なお異質な存在が其処に在った。

巌のような巨漢の僧。

師である。


「とれ」


どっかりと結跏趺坐を組んでいた師の対面に膝を着き、頭を垂れるや否やの一言。

丸太のような腕、岩のような手の内には長物が。

刀である。

大悟郎はぎょっとしてから、まじまじとその刀を眺めた。


「おぬしの剣ぞ」


「おれの剣、でございまするか」


目測で、二尺四寸と少し……五分であるか。

cm法に換算すれば、全長はおおよそ105cm余。刀身は約75cm、柄長は約25cm。

鞘塗は黒染の切り返し塗。籐巻があるのは、これは血で手が滑くっていても鞘が払える、実戦仕立てである。

鐺には銀の金具が、顔の細い狼の化け物のように齧り付いていた。石突としての機能そのままを形にしたつくりである。野外での使用と携行、特にコンクリートに打ち付けてることを想定してあるようにみえる。

柄は黒鮫皮に木綿紺糸の一貫巻と、つくり自体は一般的なものであるが、しかし目貫が逆側に編みこまれていた。通常目貫は滑り止めに指に掛かるようにして外側に配置されるものであるが、これは掌に食い込むようにして置かれている。それが金の独鈷杵であるのは、そこら中に転がっている大戦で焼けた仏具から見繕ってきたものだからだろう。

柄の紺に鞘の黒。黒地に紺を浮かばせる色遊びがされていた。存外、この着たきり雀の師は、顔に似合わず洒落た一面があるらしい。

鐺の銀から黒く沈み、深く落ちた光が静かさを帯びてまた蒼く抜けていく。紺が強調して映えるような色合いの中には、寒気を振るう美しさが蓄えられていた。

深い紺は薄暗い堂の中でもなお深く蒼く、輝きを放っては弾ける寸前の水滴の様。

蒼い柄が鮮烈な印象を与える拵えの刀だ。


「とれ」


「は……はい!」


生唾を飲み込み、大悟郎は静々と刀を両手で捧げ持つ。

産まれて初めて感じる鋼の重みが、ずしりと両腕に主張していた。

この刀は、意思を持っている。斬るという意思を。


「どうだ」


「……素晴しゅうございます、お師匠様。銘は何と」


と大悟郎が問うと、師はふむ、と頷いてからしばし考え、


「ない」


とだけ答えた。

まったく考えていなかったのだろうな、と大悟郎は思った。大悟郎も気にはならなかった。

しかしこの刀は、全身――――――否、全刀全霊を以って自身の全てを訴えている。斬れ、斬れと。

柄頭に触れる大悟郎の指先は冷たく凍っていた。これは間違うことなき、人斬りのための刀だった。

恥を忍んで告白するならば、未完未熟であろうとも一剣客としてあるまじく、この時大悟郎は産まれて初めて真剣を握ったのであった。

「木剣すら使いこなせぬ未熟者が、何ぞ言うか」、とは師の言。真実である。志しただけで剣が満足に振れるのであれば、侍は絶滅などせぬ。

未熟者に真剣を握る資格なし。

そも、魑魅魍魎よりも禍々しい金吸い虫が蔓延る現代日本を生き抜くには、庇護する者もおらぬ幼い大悟郎では頼りなく、剣よりもまず筆を握ることが先決だった。筆は剣よりも強く、学は剣理よりも尊し。これもまた真実である。師に握らされたのは剣よりも筆、人体工学に則して造られた長時間握っていても疲れにくいシャープペンシルの方が早く、義務教育をろくに受けられなかった大悟郎の学もまた、師より鍛えられたものであった。大悟郎にとり師は人生の指針であり、親代わりであったのだ。

握った柄の拵えの見事な妙と、重い鋼の感触に、数瞬感動に陶然としていた大悟郎であるが、師の面前であると取り直す。未熟であるために剣を握るを許されなかったのならば、今の自分にはその資格があるのだ、と。我に返ったのは精神鍛錬の賜物ではなく、若い興奮からであったことについては、大悟郎は否定できなかった。

そんな浮ついた心持も数十分後には、極寒の地に裸で置き去りにされたが如く、怖気に打ち震えることになるのだが――――――。


「刀は腰に差すものぞ」


「は、はい」


顔が赤くなるのが解った。何時までも両手で宝物のように刀を掲げていた。いそいそと腰に刀を下げてみる。えも言われぬ満足感が、大悟郎の体中を駆け巡った。


“これは、おれの刀だ”


さて、大悟郎に命じた師といえば、こちらは全く動じた様子は見られない。

元来巌のように四角く厳めしい顔であったので、表情に何がしかの感情が現れる事などありはしない。それこそ岩の様に、初めて出会った時から師の容姿は、これまで大悟郎が見続け見慣れた姿のままであった。

直視することすら恐ろしい、憤怒する直前の阿修羅を思わせる顔だ。

丁寧に剃り込まれた頭髪。反して、豊かな眉。眉目秀麗とは対極にある顔面に、しかし無精髭の一本も許されていないのは、自己に対する厳しさの現れであろう。

たゆまぬ鍛錬と風雨にさらされ続けた墨染の僧衣は、裾が怪鳥の羽根の様に擦り切れて広がっていた。

そんな幅広の僧衣に包まれてなお隠しきれぬのは、尋常ではない筋肉だ。

大悟郎二人分程もある分厚い胸板の前で、がっちりと組まれた両の腕は、女人の胴よりもなお一回り太い。

正しく怪僧と呼ぶに相応しい風体である。


その男――――――人呼んで、一刀入道。


刀剣のみで有象無象、人畜幽鬼を切り捨て生きる、本物の無頼。

物理的な意味で、御仏に使える身という意味でも、自他共に認めるこの破壊僧こそが大悟郎の師であった。

大悟郎は師の名を知らぬ。

筋肉達磨、とは口さがない者共による蔑称だったが、名を乏しめることで恐れをひた隠しにしようとする努力に、大悟郎は乗るつもりはない。

ただ、「師」、と。そう呼ぶだけだった。

師もまた名乗る事はなかったし、この破壊僧に名はないのだろうな、とも大悟郎は納得していた。誰に打たせたか、自分で打ったのかもしれない刀にさえ銘を付けぬ男である。

真の名は捨てたのかもしれぬ。あるいは、仏に捧げたのかも。

これもまた朽ちた御堂、その奥にひっそりと積まれた仏壇に据えられた二つの位牌へと、毎朝熱心に手を合わせる師の姿がそう思わせる。

それは、剣鬼もかくやという程に人間味の無い師の、唯一の人間であっただろう頃の名残であった。

師事してはや六年になるが、師が唯一宝とする位牌の戒名を見ることは、なぜか大悟郎はしなかった。出来なかった。巌の顔面がほんの少しだけ歪む理由を無理矢理に知るのは、憚られたのだ。それは後悔の顔であった。

別によいと思った。

師が何者であるか暴いたところで、何が変わるでもなし。

己にとって師は、師。それ以外の何者でもないのだから。


「抜け。己の剣理に従ってみせい」


「はい」


唐突な要求は常のことであったので、素直に師の言葉に頷く。

大悟郎は座した状態から片膝を立てると同時、すらりと鞘から刀身を抜き放った。

鈍い銀が暗がりに閃き、蒼い残光を残す。


“これが、刀――――――”


瞬間、大悟郎の背筋が粟だった。感覚の全てが研ぎ澄まされた、とでも言うべきか。舞い散るホコリ粒の一つですら、肌で感じられる。まるで、それこそ鞘から解き放たれた刃のように、大悟郎の五感は剥き身となったのだ。

これが師の言っていた、武辺者の領域であるか。

初めての感覚に戸惑いながら、しかし手を止めることは許されぬ。

真横に抜き放った刃を頭上に掲げ、ええいっ、と気合一閃。縦に振り下ろす。

居合い道の型である。

大悟郎の急激に鋭くなった視覚は、そこにいる筈の無い幻の敵の姿を映していた。その敵の顔は、先までの己と同じ顔をしている。今、唐竹に真っ二つに脳天を割られて消えた。

さもあらん。数瞬前までの自分と、今の自分とではまったくの別物であった。

息つく間もなく体幹を捻り、真逆へと切っ先を差し込む。

幻の己の脇腹を突き、残心。ゆったりとして立ち上がる。

手に残る感覚としては、反りの緩い刀身では、抜き打ちは適さないだろうな、ということ。石突の頑重さをみるに、居合術での運用は想定されていないのだろう。刺突斬戟に特化した剣だということだ。

だが問題はない。本来居合とは攻めるための技術ではない。

古来日本独特の文化である座位中に、敵に襲い掛かられた時、自らを優位な位置に置くための護身法。それが居合の本質である。

師から教授を承ったのは、恐らくは柳生心眼流居合術の流れを汲んだ、我流のもの。現代日本で腰を下ろすことは滅多にない。師に教わった居合も、倒れて膝を着いた際に、速やかに戦闘態勢へと戻るための繋ぎでしかない。

刀は抜かれてこそである。


“しかし、見事だ”


と大悟郎は意識を刀へと集中させた。

師の前で、抜いた刃に目を向けることは出来ぬ。だが大悟郎の感覚はその刀の全貌を捉えていた。

鍔はまったく飾り気のない、血抜き穴が空けられただけの丸鍔。

刃紋は小湾。

脳裏に残る蒼の残滓と相まって、寄せては返す海の波飛沫を思わせる。

振る度に海の音が耳に届くような、そんな刀だった。


「仕上がったか」


「良し」という師の声に、はっとして我に返る。

大悟郎はいつの間にか、意識の外にて、座姿からの型十八手を終えていた。

手の内の刀に集中するあまりのことだろうか。刀が意識の下を離れ、勝手気ままに、しかし極めて合理的に動いていたような、不可思議な感覚。

刃擦れの音もなく鞘に刃は収められていた。

真剣を握ったのは今が始めてだというのに、自分でも首を傾げてしまうくらいに滑らかな動きであった、ようだ。

全く記憶に残らず。意識も無く。こうあれかしという願望も無かった。

無い、というものが有る、という矛盾が、確かに両立して存在していた。


「何ぞおかしくもあるまい」


戸惑うばかりの大悟郎に、師は言う。


「剣理を収むるということは、そういうことじゃ」


「お師匠様、ではおれは」


皆伝であろうか、と大悟郎は期待に輝く目を師に向ける。


「うむ……思い返せば、早幾年。生き惑う童であるとばかり思うておったが、元服も前にして、よう仕上がった。これ程早く仕上がるとは、まっこと僥倖。まっこと、よう仕上がったものだ」


「お師匠様、いかがなされましたか」


生き惑う、とは本当に痛い所を突く師である。

この世は解らない道理が多すぎる。世の理不尽に、この年にして大悟郎はいくつも出会ってきた。その度に、なぜか、と首を傾げて思い悩むのだ。

全く意味の無いことであると知っているにもかかわらず、だ。

今もそうである。

はて、この師はこんなにも饒舌である性質では無かったはずだが。


「大悟郎、お主に教えねばならぬことがある。心して聞けい」


「は……はっ。お師匠様」


「お主には、斬らねばならぬものがある」


背筋が、ぞわり、ぞわり、と粟立った。

拡大された感覚が、何か……形容し難い力の奔流を感知している。


「世に魑魅魍魎、悪鬼羅刹を繰る術あり。人それを、魔法と呼ぶ」


「魔法……と!」


魔法の存在を、事実である、として大悟郎は頷く。

師の言葉に偽りはない。この巨漢は、決して嘘偽りを口にせぬからだ。虚言が喉を通れば、身が汚れ、ひいては剣が汚れるのだと信じているらしい。

人生の全てを剣に捧げた男。

その男の口を突いて出た言葉は、大悟郎の胸にするりと落ちた。

世に魔法あり。


「この世とは、別の世界がある」


「異世界、ですか」


「うむ。そこから流れ着きし住人――――――自らを、ますこっと、と称する獣がおる。人は彼奴らの甘言に弄され、畜生道に身を堕とす」


「人の心を惑わす獣がいる……と!」


「うむ」


「では、おれが斬るべきものとは」


「逸るでないぞ、大悟郎。獣はな、放っておいてもよい」


「しかし、そのような獣を野放しにしておくなどと」


「お主の杞憂もわかる。しかしな、大悟郎。彼奴らには人を害そうなどという邪な思惑は、一片たりとも抱いてはおらんのだ」


「う、ぬ。ぜんたいどういう事か、おれにはわかりませぬ。お師匠様、浅学な大悟郎にもわかるように仰ってくださいませ」


「心して聞け、大悟郎――――――」


それから師が語って聞かせたのは、時間にして数分、体感にして数日を越える……長い、長い物語であった。


「かつて、異界の地にて内乱があったという。

 善と悪の戦い、などと獣は嘯いているようだが、なんのことはない。勝てば官軍よ。獣の国が、勝ったのだ。

 獣共に追われ逃げる敵方は、必死になって起死回生の手を探した。

 そして見付けたのが、此処――――――地球よ。 

 彼奴らの戦の術は、魔法である。魔法とは、魔力を固め、“かたち”としてこの世に姿を映す外法。

 魔力とは、我等がいう処の気よ。万物に等しく宿る、気のことよ。種類は違うが、同義のものよ。

 きゃつらは元々、万物から魔力を絞り出す術を持っておったのだ。そして、それを使って戦をしておったそうだ。

 万物から気を、魔力を絞り出すなどと、生半可な術では行えぬ。当然、それなりの時は掛かっておろう。補給の長期化は、すなわち戦争の長期化に通ずる。

 戦争の長期化による、積りに積もった恨みつらみは、もはや互いを滅ぼすまで終わりはない。双方は追いに追い、追われに追われたそうだ。

 彼奴らが地球へと足しげく向うておる理由はな、残党狩りのためじゃ」


「戦……」


口に出しては見たが、そこは大悟郎も日本人である。

戦争を思い浮かぶ事は出来ても、実感として感じることは出来ずにいた。

ただ、斬り合いの空気が日常であると考えれば、尋常な環境ではあるまい。

剣士であっても、あの空気がずうっと続くというのは、耐え難いと、素直に大悟郎は思った。

大悟郎は己の弱さを十二分に熟知していた。

自己を過小評価し過ぎるきらいがある、とも言えよう。

それを抜きにしても、戦というものは、まっこと恐ろしいものである。


「ほう。男子であるというに、戦を恐れるか」


「も、申し訳ありませぬ!」


「よい、よい。そうでなくてはな」


何が良いかは解らぬが、師は薄らと笑った、ように見えた。

恥ずかしさにがばりと伏せた顔に、血が昇っていくのを大悟郎は感じた。


「そうして地球へと落ち延びた魔法の国の者共は、驚いたそうな。

 万物に宿る魔力の極小さと――――――人間という種族の身に宿る、極大の魔力に。

 この世に魔力は皆無に等しい。だが、人は自らの生を紡ぎながら、血の底に澱のように魔力を沈殿させ、凝縮しておったのだ。

 彼奴らはそれに目を付けた。そして、思い至ったのだ。

 この魔力、なんとかして使えぬか、と。

 “もの”から魔力をとりだすを術としていた彼奴らは、人体からも魔力を抜き出してみせたそうな。

 抜き出された魔力は武器となり、鎧となって“かたち”を為した。

 彼奴らは戦いの道具を見付けたのだ。彼奴らには使えぬ、人のみが扱うことの出来る力をな。

 のう、大悟郎よ。そうして何が起きたか、お主にはわかるか」


ごくり、と大悟郎の喉が鳴る。


「彼奴らはな、人間を駒にして、この地球で戦を始めおったのだ。道理ではあるな。使えぬのならば、使わせればよいだけよ。

 落ちのびた者共は人間の魔力を抜き出し、それに自我とも呼べぬこっけいな代物を植え付け、兵器と化した。

 自らを善とする獣は、甘言を弄し人間の良心に訴え、それらを戦士へと変えた。

 性質が悪いわい。自らを善と信じる哀れな戦士はな、皆、いたいけな少女であったのだ」


「少女……と!」


「そうじゃ。気が穢れの無い肉体と精神にこそ満ちるように、魔力もまた、穢れを知らぬ肉体と精神に満ち満ちていた。

 男は気を扱えるよう鍛錬するしかないが、女は生まれながらに気を練る術を持っている。魔力もまた、同じよ。むしろ彼奴らにとっては、そちらの方が都合がよいのだろう。外に取り出すとなれば、まざり気があってはいかんからな。

 つまり、穢れ無き少女がこそ、戦士として選ばれた。選ばれてしまったのだ。

 両陣営が兵器を求めたか、戦士を求めたかの違いは、お互いの立場からである」


これは大悟郎も理解できた。

逃げる側としては、起死回生の手など……苦し紛れの手かもしれんが、もはやゲリラ戦術か、テロリズムしか残っていない。

英雄を仕立て上げたとしても、残党狩りの憂き目にあっているような者達だ、事を為すだけの数は揃えられまい。長期的に戦力を削ぐ手法をとるしかないのだ。

追う側もそれは承知していることのはず。

なれば、お互いがこう思ったのだろう。「なあに、急ぐ事はない。道具はいくらでもある……」と。

むしろ、マスコット側は魔法の“かたち”とやらを本国へと持ち帰る方法に苦心していたのかもしれない。世界移動をするには、魔力が薄い地球では難しいだろう。

師の言った、「戦を始めおった」というのも、戦場を地球に移すしかないが故のことか。

不特定多数の人間から抜き出した兵器を始末するには、一級の兵が必要だ。逆もまた然り。そのための素材は、掃いて捨てる程存在している。即ち、少女が。

質より量か、量より質かをとったに過ぎぬだけだ。

人間を戦の道具にしか見ていない忌まわしさは、変わらぬものである。 


「やはり、おれが斬るべきものとは、その獣共なのですね」


「逸るなと言ったであろう。実をいうとな、この戦はすでに、終わっておるのだ」


「お、終わっているのですか」


「うむ、終わっておる。残党組織は潰され、それで終いじゃ。話はな、これからよ」


ここからが本番である、と師は語りだす。


「子はいずれ、育っていくのが道理である。娘達も皆、その後は戦いを忘れ、各々の道を歩んでいった。

 しかし、抜き出された魔力は、“かたち”を失うことはなかった。

 戦いの中で磨き抜かれた魔力の“かたち”は、それはそれは極上の法具となったのであろうな。

 獣共は、喜び勇んでそれを国へ持ちかえらんとした――――――だがそれは、奪われた」


「奪われた……と!」


「そうじゃ。哀れむは娘子達よ。

 気を抜き取られては生きていけぬように、魔力を“かたち”として絞り出された少女達は、それから長時間離れては生きられぬ体となっておったのだ。

 娘子達は、青春が花開くその絶頂で、次々と命を落としていった。人知れず、じゃ。

 甘言に弄された愚か者であったとしても、命を掛けて戦った戦士の末路が、これじゃ。

 哀れよのう……ほんに、哀れよのう」


師の目は、堂の奥。

ひっそりとして据えられた位牌に向けられていた。

過去に何がしかがあったのだろう。

ここまで情を露わにする師を、大悟郎は初めて目にしたのであった。


「下手人は、誰なのですか。少女達のいのちを奪ったも同義のやつらとは、いったい何者だというのですか。新手の獣共ですか!」


「人よ」


「人……と!」


「魔法の力に魅入られ、私利私欲に走った、人間共よ。否……より正しく言うなれば、元は娘達の力であった魔力に魅せられ、嫉妬し、自らのものにせんとした悪漢共――――――『漢娘おとこのこ』よ!」


漢娘と書いて、こう読む。


「おとこのこ……と!」


大きく師は頷いた。


「その力を繰る者共。人それを――――――『魔法しょうじょ』と呼ぶ!」


「まほうしょうじょ……と!」


「力を抜き出された娘子達を忍び、言葉の上だけでも、魔法少女と表している。性は違うが、まあ気にするな、言葉遊びぞ。

 女子であっても銀河なる美少年と名乗る者共もおろう。少年が広義に少女の意を含むのであれば、その逆も然り。そういうことだ。深くは問うな。よいな」


「では、それではお師匠様」


「わかったか大悟郎」と、そう言って、師は大悟郎を睨み付ける。


「わしがお主に教え込んだ剣はな、私欲にて魔法を繰る漢娘おとこのこを、須く叩き斬るための剣――――――斬魔の剣よ」


「斬魔の剣……と!」


「そうじゃ、大悟郎。間違うことなき、人斬りの剣よ!」


「お命じになられるのですか、このおれに」


「うむ」


「人を斬れと申しまするか!」


「そうじゃ! 彼奴らは人ではない! 冥府魔道に堕ちた、魔物ぞ! 魔法しょうじょぞ!」


師は頷いて、かっと目を見開いて立ちあがる。

壁が大悟郎の前に出現した。

筋肉の壁だ。

うっ、と大悟郎の喉が鳴った。

師は本気であった。

いかに魔法少女――――――否、魔法しょうじょと表すべきか――――――になったとはいえ、人は人だ。

師は本気でおれに、人斬りをさせようとしている。

恐ろしくてたまらなかった。


「し、し、しかし、お師匠様。斬ろうにも、相手が何処にいるかわからずは……」


何とかして人斬りを回避しようがための、苦し紛れの一言だった。

だが師は、その一言を待っていたと言わんばかりに、にいっと笑って見せた。


「安心せいよ、大悟郎。漢娘おとこのこはおるぞ。魔法しょうじょは――――――のう、大悟郎よ」


この時、大悟郎の全身に、電流が奔る。

闘争を望むものが発する、独特の生体電流を受信したのである。

大悟郎は全てを投げ打ってでも逃げるべきであった。大悟郎は師の笑みを、今日の時、初めて見たのである。

いいや、あれは笑ったのではない。

あれは、野獣が獲物を前にして飛び掛からんと狙う際に、歯を剥き出しにする行為――――――。


「魔法しょうじょは――――――ここにおる!」


言って、師はずあっと擦り切れた袂から、刀を抜くが如く、名状し難い物体を取り出した。

それは刀というにはあまりにも小さ過ぎた。

小さく、薄く、軽く、そして精巧造られ過ぎていた。

巨漢の手には、指先で摘ままれる程の大きさしかない。だが、異様な存在感を放っている。

理髪店の入り口に立っているような、マーブル色を捻り合わせた取っ手。

先端には、心の臓を模した模型――――――ハートマークの物体。

その両脇には、簡易化された鳥の両翼が。


それはまさに、魔法のステッキだった!


一見するだけでは、幼児向けの玩具にも見える。

だが大悟郎にはわかる。わかるのだ!

あれが、刀などよりもなお恐ろしく、禍々しいものであることが!

無意識に掴んだ無名刀の柄が、がちがちと震えている。実際に音を立てているのは、歯の根であるか。

あれと比べては、今しがたまで美しく荘厳にも思えた刀であっても、爪楊枝よりも頼りない。


「剣は地に。武は天に。哀しき誓いはこの胸に。我が手に魔法を。一刀入魂、マッスリングハート――――――目覚めませい!」


わかる。

あれは、滅びの祝詞だ。

大悟郎は飛び退って逃げようとした。

が、身体が動かない。圧倒的な気配に、気圧されていた。

じりじりと、尻が床板を擦るのみ。

朗々と祝詞が述べられると同時、大悟郎の視界を桃色が埋め尽くした。

師の漆黒の僧衣が、飛び交う桃色の怪光線の向こう側に、弾けて消えていく――――――!


「めええええいく! ああああああっぷ!」


重力を無視し、桃色の輝きの中で独楽の如く回転せしめる師の裸体。

光の帯が肌を隠し、その下に何があるのか、全く窺い知れぬ。まるで、光がその光景を修正しているかのようだ。

回転は最高潮に達し――――――瞬間、布切れが師の巨体へと巻き付いていく。

漲る力が、そこにラッピングされたのだ。

はつはつと、大悟郎は吐息も切れ切れに喘いで、その光景を見ていた。手に刀を握りしめて。

手元から、嫌に軽い音。

鯉口が切られていた。

完全に無意識の行動であった。

こんなにも、こんなにも恐ろしいというのに。

おれの剣理は、師を――――――。


「ぬ、ふ、ぅぅぅ……」


光が収まった時、そこに居たのは何時もの見知った師ではなかった。

擦り切れていた僧衣は見る影もない。

まったく見覚えの無い、真新しい衣装。

純白のフリルが風にそよぐ。桃色のスカートが優しくふんわりとして佇んでいる。肩口から大胆に露出した二の腕が、はち切れんばかりに隆起している!

胸の中心に、心の像の意匠――――――ハートマークが抜かれた、桃色の衣装に身を包んだ師のおぞましき姿が、そこにあった!


「さあ、大悟郎よ」


師は異常に発達した腕を伸ばし、指先をくいと曲げて述べる。


「斬れい」


すらり、と大悟郎がその音を認識するよりも早くに、刀は抜かれていた。大悟郎自身が驚くよりも早く。

いつの間にか大悟郎は、両足を肩幅に、床板の上へと立っていた。

これらも全て、無意識での行動だった。

無意識に、刀が、切っ先をへそに揃えて相手の眉間へと向け、真正面に構えられる。

青眼の構え。一般の剣道の構えがこれにあたる。

しかし、普通に構えているように見えて、どのような時にも斬り込んでいける、実に攻撃的な構えである。

だが……。


「よいぞ、大悟郎! 斬ってみせい! 世に蔓延る魔を!」


「お、お、お師匠様!」


「この儂をば……この師をば……一刀入道をば……魔法しょうじょをば――――――斬ってみせえい!」


ずい、と一歩踏み出す師。

果たしてそれは魔法の力であるのだろうか。元より恐ろしいまでの筋肉が、更に太さを増している。

比喩ではなく、二回り以上も師の身体は巨大化していた。

先ほどまでが、壁、と称するべき巨漢だったのならば、これはなんだ。

崖か、それとも山か!

筋肉の大山が、大悟郎の前にそびえ立っている!

山が差し向けるは、その拳である。

獲物として振るに適さぬ魔杖は、しっかとその手に握り込まれていた。

巨躯に似合わぬ小ささであったそれは、しかし魔法兵器であるという。

ならばあの拳は……拳にして、剣なり!

どれだけ理由が不明であろうとも。

どれほど状況が理不尽であろうとも。

剣士と剣士が、剣と剣を向けあったのならば、もはや斬り合いしかあり得ぬ!

そんなことは産声を上げたばかりの剣士である大悟郎にも、わかっていることだ。

大悟郎の手の内にある刃が、静かに唸り声を上げている。

己を、振れ、と。

そして、斬れ、と。

だが……。


「どうした、大悟郎。はよう斬りかかって来ぬか!」


「お、お、お!」


刀を構えたまま、大悟郎は曖昧な音を口に出すしかなかった。

このような状況下におかれた意味が、さっぱりわからぬ。

大悟郎の悪い癖が、ここに出た。

どうしても理不尽に対し、何故、と問うてしまうのだ。

考えたとて、詮無きことであるというのに。

剣を手にした剣士が、敵を前にして何を思い悩むや。

ただ、剣を振ればよいのだ。

それだけで、全てが解決する。

わかっている。

大悟郎とて、わかっているのだ。


“だが……だが!”


だが、しかし!

斬れぬ!

大悟郎には、人は斬れぬ! 師は斬れぬ!

ここまで育ててくれた、義親おやを斬ることなど、大悟郎には出来はせぬ!


「来ぬか……ならば、致し方あるまい。儂から往くぞ」


大山が、土砂崩れを起こしたが如く。

ぎしり、と師は体を小さく丸めた。

両腕は出来得る限り垂直に閉じ、両掌を開けて顎下へ。

丁度、両手で頬杖を突くような格好である。

膝は内股に、静かに沈みこませている。

……幼子がその仕草をしたならば、それはそれは可愛らしいものであったろう。

だが、師は幼子ではない。あんな巨漢を越える巨漢の幼子がいて、たまるものか。

目の前にいる漢こそは、無頼である。

武辺者である。

戦人である。

そして――――――魔法しょうじょである!


「オン・タタキャト・ウドハンバヤ・ソワカ」


「や、や、やめ――――――」


「キャ☆ ル~ン♪」


大悟郎には聞こえた。

今、祝詞に魔力が込められたのを。

祝詞が魔力を込められ、真言となったのを。

大悟郎は知っている。

真言は、顕現する!


「覚悟は、よいな?」


そこに満ちる気――――――魔力の禍々しさに、ひい、と大悟郎の喉が鳴った。

歯の根は先から噛み合わず、口内は散々に噛み千切られている。

舌先が感じる鉄の味に、酸味がせり上がってくる。とうとう緊張に胃酸まで逆流を始めたようだ。

やめてくれ。そう叫ぼうにも、舌は動かぬ。

恐い。

恐い。

恐いのだ!

何が一番恐ろしいのかと言えば――――――!


「ぱられる☆ まじかる☆ らりっとる♪ おいしいハンバーグのタネにな~れっ☆」


聞くもの全ての魂を冒涜する、邪悪な真言が唱えられた。

師の前腕が、より一層膨れ上がったのを大悟郎は見た。

そこに巻き付く桜色の腕飾りが、筋肉の隆起を引き立てている。


「わん☆」


見よ!

あの逞しい上腕二頭筋を!

桜色のリボンが彩る、鋼の大胸筋を!


「つー☆」


真白いパニエから覗く、鉄筋の如く大腿筋を!

みっちりと体に密着した衣装から収まりきらずにはみ出した、六つに裂けた腹筋を!

それらは全て、大悟郎を仕留めんとして躍動している!


「南無三――――――☆」


大悟郎が認識できたのは、衝撃。

その後に続いた、空気が爆ぜる、ぼ、という音のみ。

眼前に広がるは、落日の赤。

そうしてようやっと大悟郎は理解した。眼下には、みちりと太い脚を、しかししなやかに爪先を天へと向けた、師の姿が。

ふわりとしたスカートが翻り、パニエが捲れあがって、その最奥に秘められた極小の三角布、小さな赤いリボンがあしらわれた下履が覗いている。師の益荒男は、猛りに猛っていた。

廃寺の天井を突き破り、瓦を叩き割って、大悟郎は師に天空へと蹴り上げられたのだ!

遅れてやってきたのは、灼熱。

痛みを痛みとして許容するのを脳が拒絶し、ただ熱としてしか感じられぬ。

血反吐を撒き散らしながら、大悟郎は地へと叩きつけられた。



次回【2:一刀入道/斬】


大悟郎は師を斬れるか――――――。

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