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第五話  熱血戦士と転入生

「ふむ、美味い。腕は落ちていないようだな、クロード」

 ミーミル冒険者学園用務員棟。そこに少し見慣れぬ女性が居た。その女性の無造作に束ねられた黒髪は痛み放題で、魔術師のローブの上に羽織った白衣は汚れ放題である。

「やはり、これを飲まないと休んだ気にならない」

 クロードの淹れた紅茶にご満悦の様子である。

「まったく急にやってきて、『茶淹れろ』って言って、最初の感想がそれかい、フラン」

 その女性――フランことフランチェスカ・ラングドン――の前に座ったクロードは呆れた様子で話す。今この場にはクロードとフランの二人しかいない。

「相変わらず『暁星』が見えるのか?」

「ああ。今も研究室に入ると『暁の星』が見えるまで没頭しているよ」

「元々は研究バカの蔑称だったのが、今じゃ誉れ高き異名だもんな」

「そうだな……。今も今で充実しているが、やはり『金色の大鷲』で築き上げたものが有ってこそだ」

「まぁな。ギガントビートルの甲殻が魔術を跳ね返すなんて発見したのは俺等だったし、な」

「そうだったな。どうしてこんな特性が知られてなかったかって考えた結果がそれを知ったチームは大体全滅してしまった、というものに行き着いたな」

「今思えばいろんな事をやってたな、俺等。そういえば、パウロがここの講師、クレイグはここの今の学園長だって知ってたか?」

「ほう、初耳だな。彼らは『ミーミル・ティーチャーズ』だったか?」

「いや、彼奴等二人共『知識の剣』だった筈だ。つか、じゃなんでお前、俺がここに居るって知っているんだよ」

「コアトリクエの王家親衛隊に君の兄がいるだろう。彼から聞いたんだ」

「ああ、なるほどね。パウロも大方、そこから俺の様子を聞いていたか」

「君も君の兄も、彼もわたしの父の私塾で魔術を学んでいたのだったな」

「ああ。師匠が亡くなって兄貴は士官学校へ、パウロはここへ、俺はそのまま冒険者になった。師匠に娘が居るなんて知らなかったし、まさか俺の魔術の研究がしたいってついてこようとしたときは本当に驚いた」

「気がついたら伝説になってしまったな……」

 二人に間に沈黙が走る。フランがふと壁に立てかけてある朱塗りの棒に気が付く。

「おや、クロード。猿神杖を出すようなことをしたのか君は」

「ああ、ちょっと仕事で裏のダンジョンの攻略を命じられたよ。俺、引退しているのにな」

「刻の魔術を使ったのか?」

 フランの顔が急に険しくなる。

「ちょっとな……」

 クロードは申し訳なさそうな顔をする。

「わたしの管理下以外では使うなと言っただろう!」

 フランの語気は荒い。

「無茶言うな。ありゃ使わなきゃ最悪の自体も想定できたんだ」

 クロードはそんなことも何処吹く風と言わんばかりに流す。

「まったく……君という男は……。アレクの事を言えんお人好しだな」

「流石に彼奴と比べないでくれ。周りを巻き込んでない分、な」

「フン。このログハウス自体にもかけているだろう。何がちょっとだ。大方、わたしを気遣って防音状態にしているのだろう」

「流石にお前にはバレるか。パウロだって言わなきゃ気付かなかったのに」

「当たり前だ。何年来の付き合いだと思っている」

「はいはい、ドクター」

「気をつけてくれよ。刻属性魔術の自体、判明してないことのほうが多い魔術なんだ。変な使い方をして、君に害が及んでしまう姿を見たくない。オリガにだって治せないような状態になってしまったらどうする?」

「ま、戦闘ではよっぽどの事がない限り、猿神杖でなんとかなるからな、以後気をつけるよ」

「当たり前だ。猿神杖……魔術師の杖と武器としての棍、その両方として使える君専用の武器だったか」

「ああ。おかげで俺は魔術師ではなく、格闘魔術師(コンバットウィザード)なんてクラスに名乗っているからな」

「フン。世界広しといえど、そんなクラス、君ぐらいしかいないだろう」

「まぁな」

「そろそろ良い時間だな。わたしは御暇するとしよう」

「もう行くのか。今日明日は休日のはずだが?」

「まだ部屋の片付けが残っている」

「なるほどな。しばらくミーミルにいるんだっけ」

「ああ、そうだ。そういえば一つだけ頼みがある」

「なんだ?」

「わたしの知り合いの娘が明後日からここに転入する。転入試験の結果二年次からということらしいが、出来れば面倒を見てやってほしい」

「ん? ああ、わかった」

「では、また来る」

 そう言ってフランは出て行った。

「あれ? さらっと安請け合いしたけど、俺また面倒を背負った?」

 一人残ったクロードはポツリと言葉を漏らす。




「よっ! お二人さんどちらへ!?」

 クロードのもとに訓練に向かっていたレオンとニーナに一人の男子生徒が声を掛ける。

「え? えっと君は確か同じ学年の……」

「シグルドだ。シグルド・ベッケラート。クラスは戦士」

「ああ、そうでしたわね。何か御用で?」

「ん? いやぁね。お二人さんでタッグ組んでから急に強くなっただろ? なぁんか秘密の特訓でもしているのかなぁって」

「い、いや、別に特にこれと言った……」

 レオンが誤魔化す。シグルドは意外にも「あらそう」と言って食い下がる。しかし、すると別の質問をぶつけてきた。

「じゃ、お二人さんはあれ、身分違いの恋人ってやつ?」

「ち、違いますわ! 確かにミスターオオタは信頼出来る人物ですわ! しかしそこまでの……」

「本当〜?」

 そこは何故かしつこい。

「違うよ。確かにニーナさんと僕はそんな関係じゃない」

 レオンがきっぱり否定する。ニーナが「そこまで断言しなくても」と言いたげな顔をしているが、男二人は一切にそれに気がついていない。

「ふぅん。じゃ、今からお二人さんに行く所に俺が付いて行っても?」

 どうやら、最初の目的を諦めて居なかったようだ。

「ど、どうする?」

「そうですわね……ちょっと二人で相談しても?」

 ニーナがシグルドに頼む。

「ああ、いいぜ。だが、逃げるなよ」

 その言葉を聞き、ニーナとレオンは少し離れる。

「どうしましょうか。このまま帰るわけにもいかないし……」

「素直に事情を話して説得するしかないかなぁ」

「どちらを、です?」

「シグルド君の方だよ」

「無駄だと思いますわ。むしろ事情を知れば自分も関わりたがるに決まっていますわ」

「だよね。あ、そういえばニーナさんも僕もハンター志望だよね」

「ええ」

「そろそろ始まるダンジョンでの実地訓練が最初クラス全体で入るけど、そのうちチームで入るから固定チームを組んでおけって言われてるだろう? 彼と僕達でチームを組むようにする。そういえばクロード先生も折れてくれるよ」

「では、その案で行きましょう。あの方は固定タッグを組まれていないのに戦闘実技では上位の方ですし前衛に立ってもらうには信頼出来る人物ですわ」

「おーい! 終わったかぁ!」

 シグルドが少し離れたところから二人に声を掛ける。

「ええ、終わりましたわ」

「うん。ついてきてもいいけど、一つ頼みがあるんだ」

「おう、いいぜ!」

 そう言ってシグルドは二人に笑顔を向ける。




「で、連れてきたのですね。ということは。レオン君、シグルド君、ニーナさんでチームを組む、ということで」

「『固定チーム組め』って言ったのは俺だし、ちゃんと一緒に教わっても良いかと許可も取りきたのも良い。でもな………」

 用務員棟裏手、訓練用ダンジョン入口前の開けた所にクロード、レイ、ニーナ、レオン、シグルド五人が集まっていた。

「何か問題あんのか、用務員さん」

 シグルドがクロードに尋ねる。

「一人、勝手に俺に教わろうとしている人間がいるんでな」

「え、誰ですか? シグルド君はレオン君とニーナさんが今、許可するようにお願いしたでしょう?」

「アンタだよ! レイ先生!」

 クロードはレイに指を指して、怒鳴る。

「ああ、すみません。わたしもあなたに教えを請いたいのです。フォスターさんから聞いたあなたの姿は、わたしの理想とする冒険者に近いものがあったので」

「はぁ……そうかい……。ただなコーディから見た俺の評価はかなり過大評価だぞ? 俺、彼奴と最初敵同士で戦った時、ほぼ一方的に叩き潰したからな」

「いえ、それでも構いません。それにわたしがいれば訓練場の貸出等、出来ることも多いですよ」

「あっそ」

「そういえば、昨日の用務員さんのところに女性が尋ねたようですが……」

 レイのその言葉を聞き、ニーナが訝しんだ顔でクロードを見る。クロードはその事を知ってか知らずか頭を抱える。

「なんで、ここで聞くかなぁ……」

「昨日、来客者届けに用務員さんへの訪問というのが有って、つい」

「まったく……。ここに居る奴らならいいか……。フランだよ。暁星のフラン。俺の昔の仲間だ。ミーミル魔術学校の客員研究員としてミーミルにやってきて、その挨拶だ」

「あら、では今ミーミルには金色の大鷲の方が二人いらっしゃると!?」

「そうなるな」

「凄いなぁ。僕、ここに入学してよかったよ」

 レオンとニーナは感心しているが、シグルドはまったく判っていない。

「なぁ、なんだか勝手に話進めているけど、この人何者なんだ? 強いのか?」

「ん!?」

 どうやら「強いのか?」という疑問の言葉がクロードの琴線に触れたらしい。

「じゃ、一戦やってみるか」

「おう! いいぜ!」

 レイ、レオン、ニーナはクロードの提案に驚いたが、それ以上にそれを快諾したシグルドに怖いもの知らずさに驚いていた。

「あのミスターベッケラート、よしたほうが宜しいのでは……?」

「あ? 一回、戦ってみればどんなもんだかわかんだろ?」

「でも……」

「確かに実力が上の者に挑むのは良いことですが……」

 三人はシグルドを説得する。しかし、シグルドは聞く耳を持たない。

「さぁ、用務員さん。おっ始めようぜ!」

「訓練場に移動してな」

 クロードもやる気満々のようだ。




 ミーミル魔術学校にある研究室。そこでフランは持ってきた研究資料や道具を片付けていた。

「ふぅ……。済まないなルチア、君を手伝わせてしまった」

「いいです。学校は明日からなので」

 と、ルチアと呼ばれた少女は小声で答える。

「そうか。では、少し休もう」

「はい」

 ルチアはまるで消えそうな声で返事をする。

「そういえば、冒険者学園の用務員のクロード・バークリー、いや今はクロード・ズルワーンか、彼はわたしの昔の仲間だ。何かあれば彼に聞くといい。君の力になる」

「用務員さん、ですか……?」

「ああ。ある意味では彼らしいとも言えるし、彼らしくないとも言える」

「と、言いますと?」

「彼は冒険者が心の底から大好きなのだよ。だからどんな形であれ冒険者に関わろうとする。逆にあんな所に押し込んでおとなしくしているわけがない。彼は意外と短気で血の気が多いんだ」

「そ、短気で血の気が多いから問題があると首を突っ込まずには居られない。彼はそういう男だよ」

 そう言って部屋に入ってきたのはパウロだった。

「ノックをしないで入ってくるのはいただけないな、ストーン」

「扉が半開きだったからね、入らせてもらいましたよ。君がルチア・バルサモかい?」

 そう言ってパウロはルチアに話し掛ける。

「誰?」

 ルチアはパウロが何者か判っていない。

「僕はパウロ・ストーン。冒険者学園の講師だ。君と同じ魔術師だから、ちょっと顔を見たかったんだけど、そしたらここに居るって聞いてね」

「先生……ですか……?」

「そう。多分、君の入る学級の担当になると思うよ。それにしても、僕がここにいても驚かないんですね、ミスラングドン」

「ああ、クロードから聞いていた。わざわざこの部屋に来るとは思わなかったが」

「まぁ、僕はここに何回か出向していますから、ここの人達から信頼されているんですよ」

「フン。よく言う。逆にわたしはお前ほど信頼出来ない男を知らん」

「あ、酷い。一応、Aランク認定を受けた元冒険者なんですけど」

「だからだ。お前がAランク程度で終わる男ではないだろう。はっきり言って魔術の才だけならお前はわたしより上だろう」

「いやいや、そんな。金色の大鷲の暁星のフランより上だなんて、そんな……」

「わたしをここに呼んだのもお前の差金らしいじゃないか。何を考えてる?」

 フランとパウロの間に緊張が走る。部屋に沈黙に包まれる。

「よそう。わたしは争うつもりはないし、お前もそのつもりはないのだろう?」

「ですね。ミスバルサモも困っているようですし」

 パウロの言葉通り、ルチアは場の状況に少し混乱している。

「あ、あの……」

「ああ、ルチア。すまなかったな。何はともあれ、彼は優秀な魔術師だ。そこは保証する。少し胡散臭いがな」

「そりゃ、どうも。じゃあ、僕はこれで行きますよ。ミスバルサモに挨拶に来ただけですので」

 そう言ってパウロは部屋を出ていく。

「パウロ・ストーン。わたしの目的の手助けになるのかな……?」

 ルチアは誰にも聞こえないような小声でそう呟く。




 冒険者学園の訓練場。そこにクロードらは移動し、今まさに、クロードとシグルドの模擬戦が始まろうとしていた。

「では、はじめ!」

 レイの一言で、戦いは始まる。

「行くぜェェ!」

 シグルドが訓練用の木製の剣を構え、一気にクロードとの距離を詰める。しかし、クロードは動かない。

「貰っグァ!」

 クロードのクォータースタッフがシグルドの顔面を突いた。

 クロードはスタッフの端を持ち、半身を乗り出してシグルドの顔面に向かって突き出しただけだ。ただし、その行動は恐ろしく早かった。シグルドがクロード棒を突き出した事に気がついた頃には、彼自身の勢いも相まって、スタッフが彼の顔面を捉えていた。

 シグルドはカウンターを貰った形でふっ飛ばされる。

「勝負あり!」

 レイに一言により、模擬戦は終わる。地面に大の字で横たわるシグルドは意識こそあるものの、彼の顔からは止めど無く鼻血が流れていた。

「いってぇ……」

 ニーナはすぐにシグルドのもとに駆け寄り、回復魔術で止血を施す。

「大丈夫ですか?」

 ニーナが尋ねる。

「あ、あぁ。あんなの見えねぇよ……」

 シグルドの口からはそれ以上の言葉が出ない。

「それはそうでしょう! この方は今でこそ冒険者を引退し、姓を変えていらっしゃいますが、あの伝説の冒険者チーム『金色の大鷲』の『斉天のバークリー』その人ですわよ!」

「ま、マジかよ……」

 止血が終わり、上半身だけ起き上がったシグルドはそう言葉を漏らす。

「そりゃ、お二人さんが急に強くなるわけだ。ズリィよ」

「いえ、確かに強い方に教わるというのは良いことですが、問題はそこからどれだけ学び取れるかが問題でしょう。そういう意味ではレオン君もニーナさんもちゃんと努力をしていた、ということでしょう」

 レイがシグルドに話す。

「なぁ! 用務員さん! さっきレオンとニーナが頼んでくれていたが、俺も色々教えてくれ!」

 シグルドは起き上がり、土下座のような形でクロードに頭を下げる。

「ま、しょうがねぇな」

 クロードはスタッフで自分の肩をトントンと叩きながら答える。

「マジありがてぇ!」

 シグルドは嬉しそうにガッツポーズする。

「喜ぶのはいいですがシグルド君。今の模擬戦の動きは何ですか! こういう開けた場所で自分の武器より、リーチのある武器を持った相手に正面から挑むなんて!」

 レイがシグルドを叱る。

「スンマセン、レイ先生」

「ま、リーチ差があるから一気に距離詰めるってのは解っているようだし、リーチで不利がある戦いじゃジリ貧に持ち込まれると消耗が激しくなるから一撃で決めようとしたのも悪くない判断だ」

 すかさずクロードがフォローを入れる。

「ホントっすか!」

「一対一ならな。多数対多数なら、逆にこっちからジリ貧に持ち込んで、仲間をフォローや魔術を含めた遠距離攻撃を待った方がいい」

「じゃあ、クロード先生のお仲間もそうしてたんですか?」

 レオンがクロードに尋ねる。

「いや、彼奴等は別。コーディは隠密力が異常に高いからどんな不利な相手でも後ろ取って一撃必殺。アレクは……『剣が届かないなら斬撃を飛ばせばいい』つってバンバン衝撃波出して遠距離攻撃かましていた」

 クロードが苦笑いで答える。

「ま、別にお前らに今すぐそこまでやれとは言わんよ。とはいえ、俺等はヒーラーの筈のオリガですら近接戦闘だけでも、AAランク近くの実力はあったからな」

「どんだけ人外魔境なんだよ……」

 シグルドはクロードの話を聞き、思わず言葉を漏らす。




 翌朝、授業開始直前。冒険者学園の講義室は騒然としていた。なぜなら季節はずれの外れの転入生がやってきたくるという噂でもちきりだからだ。

「どんなやつなんだろうな」

 シグルドがレオンとニーナに話す。

「さぁ? 魔術師だということしか僕も知らないんだ」

 レオンのその言葉に同意するかのように彼の相棒であるシンペーも「ワン!」と吠える。余談だが、レオンは特例で校舎内の一部を除いてシンペーとともに行動することが認められている。

「ハンターをメインにするチームなら四人から六人。今の私達のチームは三人。勧誘してみませんこと?」

「そうだね。後衛に一人欲しいよね」

「お、先生が来たようだぞ」

 その言葉と同時に教室にパウロがルチアを連れて入ってくる。

「やぁ、みんなおはよう。みんな知っていると思うけど、今日からこの学年に転入生がやってきた。ミスバルサモだ」

 そう言って、挨拶もそこそこにパウロはルチアの紹介に入る。

「さ、ミスバルサモ。自己紹介して」

「はい。ルチア・バルサモ。クラスは魔術師」

 その声はあまり大きくはない。

「可愛い……」

 シグルドが思わず言葉を漏らす。

「え? ミスターベッケラート、あのような女性好みなのですか?」

 ニーナがパウロにバレないよう小声でシグルドの言葉に反応する。

「ああ、なんつうかこう……守ってあげたい的な……」

「ま、まぁ、僕が言えた義理じゃないけど、なんというか根暗というか陰鬱というか……」

 レオンの言葉通り、ルチアの姿は小柄で髪の毛も辛うじて顔がわかるといったほどに伸びており、その小さな声も相まって陰気な印象を受ける。

「あ!? そこが儚げでいいんだろうが!」

 シグルドが思わず怒鳴る。

「おや、ミスターベッケラート。何を熱くなっているんだい? これから魔術学の授業だから静かにしてもらえると助かるんだけど」

 パウロがシグルドに注意する。

「あ、スンマセン」

「じゃ、授業始めようか。ミスバルサモは何処か適当に空いてる所に座って」

 ルチアは返事をしたようだが、声が小さいためよく聞こえない。

「あ、じゃここ空いてます!」

 シグルドが自分の隣を指差す。彼ら三人が居るのは比較的に前側の席だ。

「じゃ、積極的な彼に免じて、そこに座ってもらおうか」

 ルチアは首だけで頷き、シグルドの隣に座る。

「ルチアさんだな。俺、シグルド・ベッケラート。ヨロシク!」

 早速、シグルドはルチアに話しかける。

「うるさい。わたしに話しかけないで」

 その言葉にシグルドは固まる。

パウロはその様子を見て「アハハ! 早速振られちゃったねぇ」と笑っている。そしてそのパウロの言葉にレオン、ニーナ、シグルド、ルチア以外の生徒たちも笑い出す。

 レオンとニーナはその様子に「あーあ」「これは前途多難そうですわね」と呆れ返る。




「ふーっ。エラい赤っ恥かいたぜ」

 放課後、シグルド達は用務員棟へと向かう。

「当たり前だよ。いきなりあんな積極的に動くなんて」

「そうですわ。殿方ならばもっと紳士らしく優しく、少しずつ近づいていくものですわ」

「だが、まぁ。必ず仲間に入れるぞ」

「あきらめないんだ」

「フン。こんなんで諦めてたまるか」

 そう言って三人は用務員室に入る。

「おや、朝から振られたミスターベッケラートじゃないか。君もここに?」

 そう言って三人を出迎えたのはパウロだった。

「げ、ストーン先生。なんでここに?」

「ああ、ミスターベッケラートはご存知ありませんでしたわね。ストーン先生とミスターズルワーンはご友人同士なのですわ」

 ニーナがシグルドの質問に答える。

「そういえばストーン先生もここの常連でしたね」

 レオンも続けて答える。

「おう。来たな三人とも。シグルド、朝のことはパウロから聞いたぞ」

 奥で作業をしていたクロードも笑いながら出迎える。

 その時、レオン達の後ろから、扉をノックする音が聞こえる。

「はい、どうぞ」

 クロードがノックの音に答え、扉の前に居たシグルド達は横に退く。

「あの……クロード・ズルワーンさんはここに?」

 か細い声で入ってきたのはルチアだった。

「る、ルチアさん!」

 シグルドが喜ぶの声を上げる。

「おや、噂をすればなんとやらだね」

 パウロもこの状況が楽しそうだ。

「おお。用務員のクロードとは俺だが」

 クロードがルチアの言葉に答える。

「あの……用務員さん。あなたのことはフランさんから聞きました。お願いがあるんです」

 クロードは一瞬、面倒臭そうな顔するが、承諾し、その先を促した。

「あの、わたしを鍛えてください。わたしの復讐を達成できるほどに」

 その言葉にその場に居る全員が驚いた。それぐらいルチアの小さい声には憎しみが篭っていたからだ。

「やっぱ、フランの頼み、安請け合いするんじゃ無かった……」

 クロードは頭を抱えてうつむく。


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