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第四話 ダンジョン開きと刻の魔術

「全治四ヶ月だとさ……。ま、よくこれで済んだと思うよ」

「ゴメン、クロード。また君を頼ってしまった」

「気にすんな、アレク。お前はリーダーなんだメンバーを上手く使って被害を最小限にするのがお前の役目。俺以外は無事なんだから、それで良しとしろ」

「まったく……無茶をする。君はその力の弱点を熟知しているだろう?」

「しょうがねぇだろ、フラン。俺に出来ることはなんだってやるつもりなんだからさ」

「ごめんなさい。わたしが未熟なばかりに……」

「もう謝んな、オリガ。お前がいないと俺達だって全滅してたかもしれないし、お前の応急処置のお陰で、これで済んだんだよ」

「アニキ、ちゃんと療養して復帰してくださいよ?」

「ああ、コーディ。それについてなんだが……。みんなも聞いてくれ。俺、辞めるわ」

「え、辞めるって何を?」

「冒険者を、だよ。ヘッド級竜鱗勲章なんてもん貰っちまったし、次の目標が定まんねぇんだ。そしたらこの怪我だ。いい機会だ。このまま引退して療養するよ」

「そ、そんな! アニキ!」

「君が辞めるというのならばわたしも辞めよう。そろそろ研究所に帰ってもいい頃合いだろう」

「いいのか? フラン」

「構わないさ」

「じゃ、俺も故郷に帰ろう。今の俺ならケウルライネ家の汚名返上するぐらい簡単にできるだろう」

「アレクまで……」

「構わないよ。クロードがいなくなるなら『金色の大鷲』にこれ以上の発展はない。それにもともと俺はこのために旅に出ていたんだから」

「では、わたしも教会に帰ります。この旅で学んだこと、それを次は迷える人々にお教えする番です」

「オリガ……」

「オレは辞めないッスよ。オレ、この道でしか生きられないんで。でも、アニキがいないならここに居る理由は無いッス」

「コーディ……。お前らいいのか? ここで金色の大鷲を終わらせて」

「いいさ」

「ああ」

「ええ」

「ウス!」

「バカだな、お前ら。俺一人辞めるぐらいで……。そんじゃ、リーダー、幕引きを頼むよ」

「ああ。じゃ、この場で我ら『金色の大鷲』は解散だ。各々、新たなる道を無事に進むことを願う!」

「「「「オー!」」」」




「……っ! 夢か……」

 まだ夜も明けきっていない早朝にクロードは目覚めた。ひどく懐かしい夢を見ていたようだ。

 クロードはベッドの上で、自分の左手と右足が正常に動くか確かめる。

「(問題ねぇよな。あんとき、ちぎれかけたからな……)」

 そして、左手を固く握り締める。

「(同じぐらいの怪我をしない限り大丈夫らしいがな……)」

 クロードは起き上がり、クローゼットの中の横に立てかけてある、二メートル以上はあろうかという細長い箱を持ち出す。箱の中には朱塗りに金色の石突や装飾の入った長い棒が入っていた。

猿神杖ハヌマーン・スタッフ。またお前の力を借りることになる」

 そう呟いたクロードはその棒を壁に立てかけ、動きやすい服装に着替える。

「覚悟、決めとくか。仕方ねぇこれも仕事だ……」

 そう言って、立てかけていた棒を持ち、外に出る。まだ朝日も登り切っていない。

 学生向け訓練用ダンジョンの入り口、そこは用務員棟であるログハウスのすぐ近くでありそれなりに開けた場所である。クロードは彼の武器である猿神杖を少し素振りした後、バトントワリングのように軽々と振り回す。

「まだまだ、現役でいけたかな? さて、仕上げだ」

 クロードは猿神杖を上の方に投げ、空中のそれに向かって手のひらを向ける。すると、猿神杖は何も支えるものが無いのに空中に横一文字で固定される。

「良し!」

 高さとしては、三メートルはあろうかというその空中の棒に、クロードは飛びつく。そしてそのままクロードは勢いを付け、大きく回り始める。いわゆる大車輪というやつだ。そのまま、何回か回った後、棒は位置の固定が解ける。クロードはそれを抱えるように丸まり、反動と遠心力を利用して後方宙返りをしながら、地面に着地をする。華麗な着地を決めたクロードは満足そうな顔をしている。

「なんだかんだでまだ行けるな、俺。さて飯食って、準備しますか」




 何故、彼が自分の武器を持ち出し、体の調子を確かめていたのか。話は四日ほど前に遡る――。

 職員会議に参加していたクロードは学園長に呼び出され、学園長室を訪れる。

「はい。クロード・ズルワーン、到着しました」

「おう、来たな!」

 普通、学園長と言われればかなり高齢の老人を思い浮かべるが、そこは冒険者学園の学園長、肌は浅黒く、四十歳手前のたくましい男性だ。

「いったい、なんの用ですか?」

「まぁ、取り敢えず座れ。あと、俺とお前の仲だろ? 敬語は辞めろ」

 そう言われ、クロードは来客用ソファーに座るように促される。

クロードはかつて現役の冒険者だった時の学園長であるクレイグ・エルトンと何度か仕事を共にしたことがある。彼は当時からクロードにフランクに接するように言い、実際クロードもそうしていた。

「じゃ、そうさせてもらうよ。まったく、アンタが学園長なんて驚きだよ。あ、そうでも無いかアンタ、テイル級竜鱗勲章貰ってたな」

 そう言いながらクロードはソファーに座る。

「じゃ、本題に入るな。来週からお前んちの裏手のダンジョン、生徒に対して来週から解禁するのは知っているな」

「ああ」

 用務員棟の裏手にあるダンジョンは冬の終わりから春にかけての三、四ヶ月ほどの間、何故か魔脈の影響で住み着く魔物が凶暴化する。初心者向けのダンジョンのため講師陣が入るなら問題ないが、経験の浅い生徒たちにはそれでも脅威である。その為、その時期は生徒たちの探索が禁止される。それが解禁されるのが来週から、らしい。

「それで中に異常が無いか、探索して確認してこい」

「俺がか?」

「ああ。オメェなら大丈夫だろ」

「俺、冒険者引退しているんだけど?」

「大丈夫、大丈夫。彼処の魔物どもは基本的には大人しいし、雑魚ばっかだ」

「学園長、問題はそこじゃねぇ」

 まるでこちらの話を聞いていない。

「だが解禁直後、極稀に深層の方からなかなか骨のあるやつが凶暴化して浅い階層に出ることがある。しかも、そいつらAランクやAAランクの冒険者でも結構手こずるような奴ばっかりだ。オメェほどの男に出張ってもらわんと、余計な負傷者が出るかもしれん」

「(駄目だこの人。相変わらず人の話を聞かねぇ)」

現役時代から彼はあまり人の話を聞かず、よく言えば豪快、悪く言えば適当な人だった。

「ま、当日は暇している先生を何人か手伝わせる。存分にこき使ってくれ」

「おい、クレイグ。そりゃ、俺の指示で動かすってことだろ? なんでわざわざ俺の正体バラすような真似すんだ?」

 クロードは思わず、学園長の名前を呼び捨てにする。学園長は冷静に返答する。

「正直に言うとな、オメェをここで抱えているってことを喧伝したいんだよ。この冒険者学園はミーミル内じゃ相対的に規模は小さい方だ。だから国内の俺達の政治的立場は低い。だが、どんな形であれオメェがここに居るって国内に知られれば、それだけで少しは株が上がるってもんだ。『斉天のバークリー』の名にはそれだけの価値がある」

「それが嫌だから、ズルワーンを名乗ってんだが?」

「オメェがどんな名を名乗ろうが、斉天のバークリーの名は切っても切れねぇ。だったら逃げるより、利用することを考えろ」

「……アンタ変わったな。本当にクレイグ・エルトンか?」

「背負うもんが増えりゃ、人は変わる」

「あっそ。一つ質問だ。ダンジョンの点検は施設の整備ってことで俺の仕事だって諦めるが、前任はどうしていたんだ?」

「ああ、これまではウチの先生で構成された冒険者チーム『ミーミル・ティーチャーズ』が大活躍だよ。ま、そのおかげでその日は授業が潰れちまったらしい」

「で、俺が頑張りゃ、授業は潰れずに済むってわけだ」

「そういうことだ。頼んだよ」

「はいよ。じゃ、俺は行くぞ。仕事があるんでな」

 そう言ってクロードは立ち上がる。

「おう、詳しい話は今日中に書類を渡すから、それを見てくれや。あ、あと一つ」

「ん? なんだ?」

「オメェ、なんか生徒に色々と教えたらしいじゃねぇか」

「ああ。なんか不味かったか?」

「いや、そうじゃねぇ。むしろできることならどんどんやってくれ。オメェに教わるなんて貴重な経験だからな」

「わぁったよ」

 そう言って、クロードは学園長室を出る。




「さて、誰が手伝いに来るのかねぇ」

 現在、朝九時過ぎ。探索開始は十時。そろそろクロードの手伝いをする先生方が来る頃だ。クロードは自身の武器である猿神杖を持ち、皮でできた軽い鎧の上に作務衣のような服を纏っている。そして彼はやってきた三人の先生をみてげんなりした顔をする。

「(予想はしていたけどさぁ!)」

「や、クロード。今日は宜しく」

「僭越ながらお手伝いさせて頂きます」

「宜しくね! ズルワーン君!」

やってきたのは魔術師であるパウロ・ストーン、魔法戦士のレイ・デーロス、そして僧侶のエリー・ノックスである。

「おい! パウロ、ちょっとこい!」

 そう言ってクロードはパウロの首根っこをつかみ、少し連れ出す。

「おい! なんであの面子なんだよ!」

 クロードは二人に聞こえないように、パウロに詰め寄る。

「いやぁ、デーロス先生は自分から志願して、ノックス先生は普段、僧侶とは思えない立ち振舞だけど優秀なヒーラーだからさ」

「だからさ、じゃねぇよ。生徒立ち入り許可区域の魔物の強さを考えれば俺とお前で十分だろうが」

「だって面白そうなんだもん」

「……もういい」

 そう言ってクロードとパウロは二人のもとに戻る。

「宜しいですか、用務員さん」

「ああ。じゃあ軽く打ち合わせですね。フォーメーションは俺とレイ先生が前衛、パウロとノックス先生が後衛って形になるかと」

「へえ。用務員さん、アンタ前に出れるんだ。あ、でも確かになかなか立派そうな棒だね。あと固っ苦しい口調は止めてくれない? レイもあたしも呼び捨てタメ口でいいよ。ストーン先生に対してみたいにさ」

 エリーはクロードを見てそう答える。

「じゃ、そうさせてもらいますか。前には出れるよ。棒術には覚えがあるものからね」

 それを聞いて、パウロは「覚えがあるってレベルじゃないだろう」と呟く。レイもクロードに疑いの目を向ける。

「ともかく、私はAA、エリー先ぱ……先生とストーン先生はAランク。油断さえしなければ大丈夫でしょう」

 レイが口を開く。クロードは先輩を先生と言い直したことを突っ込みたかったが黙っておくことにした。

「じゃ、出発までの間、お互い自分の能力と装備について確認し合おう。クロード、正直に答えてよね」

「聞かれたらな」

 パウロが提案し、クロードがぶっきらぼうに答える。




 ダンジョンの中は訓練用だけあってなかなか開けており、魔物の然程強くはない。クロードは昨年までのダンジョンの探索結果と比較しているが特に変わった所は無さそうである。しかし、クロードは何か疑問があるようだ。

「なぁ、パウロ。このダンジョン、いわゆる地下遺跡が変異したもんだよな。なんか、普通は森とか山とかに出てくるような魔物が散見するんだが」

 思い切ってクロードはパウロに尋ねる。事実、この学生向けダンジョン、普通洞窟で出てくるような魔物以外にも虫系の魔物が多い。

「ああ、それね。ミーミルから少し離れたところにミナーヴァ山って山があるだろ?」

「ああ。あるね」

 ミナーヴァ山とはミーミルから南に数キロほど離れたところにある山である。草木は生い茂り、命に満ち溢れる山だが、魔脈の影響が強くしばしば強力な魔物も出没する。その為、ミーミル内の自治体で共同管理され、許可のない者は立ち入ることができない。

「このダンジョン、魔脈の影響で空間がねじ曲がっていているのか、ミナーヴァ山にある洞窟、つってもそこもダンジョンなんだけどね。そこと繋がるんだ」

 レイも続けて答える。

「で、縄張り争いに敗れた魔物が、その洞窟を通ってこのダンジョンに流れるんです」

「だから深部は生徒の立ち入りが禁止される。一応、ミーミル冒険者学園訓練用ダンジョンって扱いだけど、あそこの魔物の強さ、種類を考えるとほぼミナーヴァ山洞窟の深層に近い。あのダンジョンの探索推奨ランクはAA以上だからね」

 そしてエリーが更に補足する。

「なるほどね。そりゃ、講師総出の大仕事になりかねんわ」

 クロードは納得したようだ。そして彼らは更に深いところへ探索していく。




「ここも問題なさそうね。これはお昼すぎには終わるかも」

 エリーは呑気そうに口を開く。既に彼らは学生が入れる最深部まで来ているが、これまで彼らが遭遇した魔物は全てフロア相応のものばかりだ。

「もう、先輩。気を抜かないでくださいよ」

 そんな様子のエリーをレイがたしなめる。

「ん?」

 フロアの壁の近くでクロードが何かに気付く。

「なぁ、この辺の階層で一番強い魔物はなんだ?」

 クロードがパウロに尋ねる。

「ああ、骸骨戦士だと思うよ」

「だよな」

「どうしたんだい? クロード」

 クロードは黙って何かを思案している。

「やべぇな……。全員、ここに来てくれ!」

 そう言って全員クロードのもとに集まる。そこにはバラバラに砕けた謎の骨と何本かの針が落っこちていた。

「なにこれ?」

 エリーがクロードに尋ねる。

「Aランク、しっかりしてくれ。すぐにわからないようじゃAAに上がれねぇぞ? これジャイアントキャタピラーの毒針。でこの骨の欠片、恐らく骸骨剣士のもんだろう」

 ジャイアントキャタピラー。その名の通り、巨大な芋虫の魔物である。弱い部類の魔物だが、外敵に対し毒針を飛ばす性質があるため対策はしっかりする必要がある。

「これがなんですか? 魔物同士の縄張り争いなんて日常茶飯事じゃあ……」

 レイもクロードに尋ねる。

「どう考えても可怪しいだろ。ジャイアントキャタピラーと骸骨剣士が争ったような形跡じゃねぇ」

 そう言ってクロードはその周辺の壁や柱、天井を見渡す。かなり傷つけられ、一部がえぐれている。

「こいつらは別の階層から来た何かにやられたんだ。それもほぼ一方的に」

「何故そう思うんだい?」

 パウロがクロードに尋ねる。

「考えればすぐわかる。ジャイアントキャタピラーを含めこの辺りの魔物の特性や実力を考えても、骸骨剣士をこんなバッキバキに砕いて勝てる奴はいない。そしてジャイアントキャタピラーの毒針が落ちているってことは、こいつらはそいつと戦ったってこと。つまり、このフロアじゃ普通は見られない奴が出てきたことになるだろうな」

「なるほど、よく気付きましたね。じゃあそいつを探す必要が……」

 レイが勇んで、その『何か』を探そうとあたりを見渡す。

「レイ。ダンジョン内での魔物の死骸は、死後一時間ぐらいで魔力に返還され、魔脈へと流れるって覚えてるわよね。つまり骸骨剣士の骨が残っているってことは……」

 エリーがレイに忠告する。

「ああ、まだ近くに居るかもしれねぇ……ってか、居る」

そう言ってクロードはダンジョンの奥の暗がりの方を見る。そこには非常に大きな影が見えていた。

 全員戦闘態勢に入る。そこに現れたのは全長三、四メートルぐらいの非常に巨大なカブトムシのような姿をした魔物だった。

「ギガントビートル!? また面倒いのが出てきやがった……」

 クロードが顔を歪ませる。

「「いやぁ〜〜! 虫〜〜!」」

 エリーとレイは悲鳴を上げている。そこは流石に女性がだからというべきだろうか。

「取り敢えず、虫は焼くに限るかな!」

 そう言って、パウロは炎の魔術の詠唱を始める。

「まて、パウロ! ギガントビートルの甲殻は魔法を跳ね返すんだ!」

 遅かった。パウロから放たれた大きめの火球はギガントビートルの装甲に跳ね返され、悲鳴を上げ、竦んでいたレイとエリーのもとに向かう。

「二人とも!」

「あっ! 『マジックバリア』!」

 エリーが自身達に向かっていた火球を防御魔術で防ぐ。しかし、完全には相殺しきれなかったようだ。

「危なかった……」

エリーはすぐに回復する。

「虫だからってひるんでいた場合ではありませんでしたね。申し訳ないです」

 レイがパウロとクロードに謝罪する。戦いの空気を感じ取り、落ち着きを取り戻したようだ。

「こっちこそ、ゴメンよ。でも、なんでギガントビートルの甲殻が魔法を跳ね返すって知っていたんだい? 滅多に遭遇しない凄く珍しい魔物だし、図鑑にも書いて無かったはずだよ?」

 パウロがクロードに尋ねる。

「その件については後だ。だがまぁ、あの甲殻、売っ払えばいい値段になるんだよなぁ……」

 クロードは物欲しそうにギガントビートルを見る。

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、ギガントビートルなんてAAランクで構成されたチームですら下手すると壊滅するような魔物じゃない!」

 エリーがクロードの様子に物申す。

「用務員さんはともかく、わたしがAA、ストーン先生とエリー先輩がA。普通なら撤退を考えますが、この階層に現れた以上、放置するわけにもいきませんね」

 レイのその言葉を聞き、パウロはクロードのことを見る。しかし、クロードはその目線から目を逸らす。

「とにかく魔力を跳ね返すなら、デバフはできないわね。バフだけ掛けるわ」

エリーは魔術を使い、自身を含めた全員の能力の底上げをする。

「わたしが魔法剣だけの女だと思わないでください!」

 レイが突っ込む。華麗にギガントビートルのツノの攻撃を躱し、ギガントビートルの甲殻に剣を振り下ろす。

「なっ!?」

 しかし、ギガントビートルの甲殻には辛うじて、傷が付いた位だ。レイはカウンターで飛んできたギガントビートルの足を避け、一度引く。

「固いね。『豪腕』使って攻撃力あげてもあれかい……。魔法が使えないんじゃ、僕はどうしようもないよ」

 パウロはその様子を見て、弱音をあげる。

「跳ね返すのは甲殻だけだ。柔らかい腹とかは跳ね返せない筈。何とかしてこじ開けねぇと……」

 その様子を見てクロードがパウロに声を掛けるが、クロードも攻めあぐねているようだ。

 ギガントビートルは急に羽を開いて飛びだした。そしてそのまま勢い良く、天井に突っ込む。すると、ダンジョンは大きく揺れ、そのフロアの広範囲に渡って天井の一部の岩が落下し、クロードはたちを襲う。

「不味い!」

 クロードは彼の武器である棒を持っていない左手の掌を天井にかざす、すると崩落した岩が全て空中で止まる。

「クロード!」

 パウロが叫ぶ。

「何これ……」

「いったい何が……」

 レイとエリーは何が起きているのか理解していない。

「安全なところに逃げろ!」

 クロードが叫ぶ。

「用務員さん!?」

「俺は問題ねぇ!」

 クロードはそのままかざした左手を何もない方向に振り下ろす。すると、空中で固定されていた無数の岩石はクロードが手を振り下ろした方向に転がるように飛んでいく。

「全員、無事か!?」

「クロード、危ない!」

 パウロはクロードに向かって叫ぶ。その直後、飛び回っていたギガントビートルはクロードに突進する。そして、クロード身体は派手に吹き飛ばされ、壁に激突する。壁には大きな穴が空き、その周辺には砂埃が舞い、クロードの安否は確認できない。

「クロード!」

「用務員さん!」

「ズルワーン君!」

 返事はない。

「ヤバイ事になったわね……」

その間もギガントビートルは飛び回って、次の狙いを定めようとしている。

「(クロード、どうするんだい? もう面倒いとか言ってる場合じゃなくなったよ?)」

 パウロはそう思いながら、クロードが吹き飛ばされた方を見る。




ギガントビートルは幾度と無く突進を仕掛けるが、そのスピードは凄まじい。レイ、パウロ、エリーの三人は避け切れず、何回か突進を受けてしまう。また、上手く避けたところで凄まじい勢いで羽ばたく羽から生ずるソニックブームにやられるという二段構えだ。その為、三人とも満身創痍である。

「クッ!」

「レイ!」

 遂にレイがギガントビートルのスピードに対応しきれなくなりバランスを崩す。その隙をギガントビートルが見逃すはずがない。ギガントビートルはレイに狙いを定め、突っ込んでいく。

「(不味い! 避け切れない!)」

 レイは身構え、衝撃に備える。しかし何も起こらない。

「えっ!?」

レイが驚くのも無理は無い。彼女に体当たりをする直前、ギガントビートルは見えない何かにぶつかったように大きく跳ね返されていたからだ。

 その様子を見て、パウロはニヤリと笑う。それはまさしく勝利を確信したような笑みである。

「良いのかい? クロード」

 パウロがそう言い放った先には、先程まで吹っ飛ばれていたクロードが立っていた。

「ああ。だんだん腹が立ってきたからなぁ……」

「何にだい?」

「こんな面倒事押し付けた学園長とか、こんな所にこんな面倒臭い魔物が出てきたこととか、結構あるけどなぁ……」

 そう言ってクロードはギガントビートルに向かって歩き出す。吹き飛んだギガントビートルは裏返り、起き上がろうともがいている。

「一番腹立つのはなぁ……この状況をスッゲェ楽しんでいる俺自身にだ!」

 ギガントビートルは起き上がり、突進のターゲットをクロードに定める。

「もう『斉天』から逃げるのも、下手な素人っぽい演技もナシだ」

 クロードは猿神杖を構える。

「デーロス先生。見たかったんでしょ? クロードの強さ」

「え!?」

 パウロはレイにそう言うと、レイの目はクロードの方に向かう。

 ギガントビートルがクロードに向かって突進する。クロードは避けようとせず、猿神杖を頭上で回転させる。そしてギガントビートルのツノだけをギリギリのところで躱し、怪鳥音と共に猿神杖をギガントビートルの頭に叩きつける。

 ずぅうん、と重い音とともに砂塵が巻き上がる。レイとエリーは我が目を疑った。ギガントビートルはクロードの一撃により叩き伏せられ、あまつさえ地面にめり込んでいる。

「やった……?」

 エリーがクロードに尋ねる。

「こんなんでくたばるタマじゃねぇよ」

 クロードが答えた通り、ギガントビートルは立ち上がる。しかし、今の一撃でかなりダメージが蓄積したようで、足元が覚束ない。

 ギガントビートルは再び羽を開き、クロードとの距離をとる。どうやら直接、突進するのではなく、また天井を崩落させる気のようだ。

「させるかぁ!」

 クロードはギガントビートルがツノで天井を突く直前、掌を地面に当てる。すると、ギガントビートルは天井に跳ね返され、墜落する。天井には傷一つ付いていない。

「トドメだ」

 クロードは棒を構え、魔術の詠唱を始める。すると、再び裏返りもがいているギガントビートルの上に巨大な氷塊が生まれる。

「魔力を跳ね返すのは固い外殻のみ。その柔らかい腹には魔術攻撃が効くんだよなぁ。押し潰せ! 『大氷塊』!」

 巨大な氷塊はギガントビートルの上に落ちる。ギガントビートルは潰され、動きが鈍り、そして絶命する。

「す、凄い……」

 レイはそれ以上の言葉が出なかった。

「さぁて、採取! 採取! 保存魔術に忘れずに掛けねぇとな!」と、クロードは楽しそうにギガントビートルの甲殻を剥いでいる。

 ダンジョン内で死んだ魔物は死後一時間ほど放置すると、その体は魔力に分解され、地下にある魔力の流れ、『魔脈』に吸収される。その為、魔物の身体から素材を採取する際は、魔力に分解されないように速やかにダンジョンの外に出すか、専用の魔術やアイテムを使って保存する必要がある。ところがこの保存魔術、難易度的には中の上から上の下ほどである。すなわち、クロードの魔術の力量がかなりの高さである証明となっている。

「あ、あの……あなたはいったい……?」

 レイがクロードの近くにより、話しかける。

「ん? レイ先生! 大丈夫、大丈夫。売った金はちゃんと山分けするからさ。このサイズなら、金貨二、三枚は余裕でいくだろうなぁ……」

 金貨一枚で成人男性の平均年収に相当する。

「げ、そんなにすんの!? じゃなくてアンタ何者よ!? 只の用務員な訳無いでしょ!?」

 エリーもクロードに聞く。

「あ? 只の元冒険者なだけ」

 クロードは楽しい遊びを邪魔された子供のように答える。

「クロード。この期に及んで見苦しいよ。それで納得すると思う?」

 パウロが諭す。

「だよな……」

 クロードは意を決したようだ。

「はぁ……。結局こうなるか……。ちょっと訳ありで今はズルワーンって名乗っているが……。ちょっと前までバークリーと名乗っていた。クロード・バークリーここまで言えば解んだろ」

「クロード・バークリー! 斉天のバークリー!?」

「ちょっと、金色の大鷲の!? なんで斉天のバークリーがこんなところで用務員やってんの!?」

「あんまりそれで呼ばないでくれ……。 斉天(天と斉しい者)なんて過大評価もいいとこだ……」

 クロード、嫌そうな顔をして頭を掻く。その仕草には、少し照れ隠しも混じっているようにも見える。

「さ、クロードの正体も明かされた所でさっさと探索終わらせちゃおう。あんなのが一体だけとは限らないわけだし」

 パウロが場を纏める。

「だな。このギガントビートルの甲殻は俺達の危険手当のために運び出したいし、な」




 探索を終えた、彼ら四人は学園長のもとに訪ね、経過を報告する。結局、あれ以上の大物は出なかったようだ。

「わかった。ご苦労だった。取り敢えず、今日はゆっくり休んで、明日詳しい話を聞かせてくれ」

「わかった」

 クロードが代表して答える。

「その様子じゃ、デーロスもノックスもこいつの事知ったようだな」

「ええ、でも何故黙っていたんですか?」

「そうよ。ストーン先生と学園長だけが知っているなんて不公平じゃない?」

「クロード、答えたら?」

「わかったよ。俺が頼んだんだ。ここで勤務するのに俺は過去の経歴を伏せ、ズルワーンと姓を変えるけどそれでもいいかってな」

「で、俺がそれを許可したわけだ。金色の大鷲の名を知っていても、そのメンバー全員の名を言える人間は少ないからな」

「ま、無駄になったけどな。あ、そうだクレイグ。採取したギガントビートルの甲殻、俺達で貰って良いか? つうか寄越せ」

「駄目。お前なぁ、ギガントビートルの甲殻なんて下手すりゃ四人で割っても一人金貨一枚分いくかもしれない貴重なもんだぞ!? 学園のダンジョン内で採取したものは学園に還元しねぇと!」

「あ!? こっちは命懸けだったんだぞ!? これぐらい貰わなきゃ割に合わん!」

「話を聞く限り、オメェ一人で殺ったんだろうが! S+がこの程度で何が命懸けだ!」

「あぁ!? あれは相性が良かっただけだ! そもそも、ここで勤務するのに俺が最初に掲示した条件、『過去を伏せる』『荒事はなるべく避ける』をダブルで無視しやがって!」

「あぁ! こっちが拾ってやったのになんだその言い草は!」

 学園長とクロードの醜い言い争いは続く。

「終わらなさそうですね」とレイが呟き、「シュールな光景よね、これ」と呆れ、パウロはただただ笑っているだけだった。




「で、あの魔術は一体なんなんですか?」

 休めと言われたのにも関わらず、パウロ、エリー、レイは用務員棟に集まっていた。クロードに対して持っていた疑問を一つ一つ問い詰めるためだ。

 レイはまず崩落する岩を止めたこと、それと何も無いところでギガントビートルが弾き飛ばされた原因について尋ねた。

「ああ、あれね。正直、一番話したくないんだが……」

 クロードは妙に嫌そうな顔をする。

「そうだね。僕もそれに同意。二人共口は固い?」

 レイとエリーにパウロが尋ねる。

「ええ」

「内容次第ね」

「しゃあねぇ、話すか。アレな、魔術ってのはわかると思うが、刻属性の魔法なんだよ」

「刻!? 天属性三種の中でも歴史上、五十三例しか確認されていない、あれ!?」

 属性魔術には基本的には地水火風の四種しかない。余談だがこの四属性の内、三属性も扱えれば一流の魔術師とされる。しかし、一部の魔術師のみ天属性と呼ばれる魔術を使える者がいる。この天属性は更に光属性、闇属性、刻属性の三種に分けられる。すなわち、クロードはそのただでさえ珍しい天属性の使い手の中でも更に珍しい刻属性の魔術が使える、ということである。

「で、でも刻属性はならば時間を止めたり、或いは時間を遡ったりする時間を操る魔術なのでは?」

「そこがね、彼の微妙なとこ。刻属性なんて使える才能があっても、誰も教えられる訳ないよね。だから彼には空間固定と物体固定しか使えない。ま、それでも恐るべき能力なんだけどね」

 パウロが補足する。

「何それ?」

「じゃあ、一から十まで詳しくいうよ……ギガントビートル戦で俺が何をしたのか含めてな」

 そう言ってクロードが語りだす――。




 ――簡単に言うとだな、一定の空間や物体に魔力を流し込んで時間の流れを止め、外部からの影響を完全無効化するというもん。

例えば一メートル立法の空間を固定するとしよう。すると、その空間内の空気の流れや温度変化が変化しなくなるうえ、外部からの影響を無効化するから、その空間に触れたり、物を入れたりする事ができなくなる。ちょうどその空間に見えない箱があるかの様に、ね。もっと言うと空気の振動である音も止まるってわけだ。

しかも、この空間固定、流し込む魔力の量によって強度や固定度合いが変わる。つまり、上手くがっちり流し込めば見えない強靭な壁が作れる。つうか、むしろ俺はそれをメインに使ってる。だから、天井から落ちてくる岩を止める事ができたんだ。因みに岩を横に動かせたのは、固定する範囲を少しずつ斜めにずらして上手く転がしたから。

で、物質に流し込んだ時も同じだ、強固な外殻に包まれたようになったり、重力を含めた外部からの力を振りきってその場に固まったままになる。例え空中でもな。

ギガントビートルが二回目に天井に突っ込んだとき、天井が崩れず傷一つ無かったのはこれを使ったから。発動するためには固定する物体に触る必要があるんだけど、地面は壁に、壁は天井に繋がっているからな。要はあの部屋そのもの固定していたって訳だ。

で、もちろん生き物も止められる。意識ごとね。でも、外部からの影響を受けなくなるから戦闘中に相手を止めて攻撃しようとしても無理。しかも相手触れる必要があるからそこまで近づいたら、さっさとぶん殴ったほうが早い。ま、逆に守りには使えるんだよね。強力な攻撃を受ける直前に俺自身を固定しちゃえば、ほぼ完全防御って訳だ。でもその場合、俺自身の意識も固定されて魔力のコントロールが止まるから魔力が全身に張り巡らした魔力が抜けるまで復帰できないんだけどね。だから、ギガントビートルに突進されたとき、結局無傷だったけどしばらく動かなったのはこれが原因。

ここまで説明した限り、便利な魔術だけど、弱点が有ってね。固定中に俺が流し込んだ魔力以外の魔力をぶつけると、相殺されて固定化が解けちまうんだ。だから空間固定でどんなに強靭で物理攻撃は一切寄せ付けない壁を作っても、簡単な攻撃魔術をぶつけるだけであっさり崩れちまう。

レイ先生は見たかもしれんが、ちょっと前に俺がニーナに魔法を食らったのはそれが原因。ちょっと特殊だけどな、あれは。俺自身を固定化して守ろうとしたは良いが、魔法でできた石だとは思わなかった。ところがあれは『魔術でできた石による物理攻撃』だろ? だから中途半端に相殺しちまった。だから直撃しても怪我は無かったが、衝撃は俺の体の中に貫通して脳震盪起こして気ィ失っちまった。

じゃあ、今日のギガントビートル戦だ。この魔術は魔力を空間に流し込んだり、物体に魔力をコーティングしたりして発動する。で、奴の甲殻は魔力を跳ね返す。つまり弾力性の強いボールを壁にぶつけるようなもんだ。壁は崩れるかもしれんが、ボールも大きく跳ね返る。ギガントビートルがやたら派手に吹っ飛んでいたのはそういう仕掛け。




「と、まぁ。こんなもんか」

 クロードはそこで一旦、一息入れる。

「刻属性だと知っているのは金色の大鷲の元メンバーと僕や君等を入れても両手で数えられるぐらいしかいないんだよね」

「ただまぁ、天属性っていうのは公言しているからな。俺の斉天の異名はそこからきてる」

「じゃあ、なんでズルワーンって名乗っているんだい?」

 次はエリーがクロードに尋ねる。

「ちょっと実家でゴタゴタがあったんだよ。詳しいことは面倒だし伏せる。因みにズルワーンってのはお袋の旧姓だ」

 クロードはさらっと答える。

「じゃあ、最後は僕。なんで、ミスヴィルアルドゥアンは君のこと知っていたんだい?」

「それは……本気で言いたくない。まぁ、あいつの兄貴のアルベリクと昔ちょっと有ってな。この事はフランしか知らないだろうし、な」

「そうかい」

 レイはそのやり取りを聞いて、フォスターの言葉を思い出した。

「(アニキかフランに訊け、か。そのことと関係しているのだろうか)」

「さ、長々と話しちまったな。今日はもう解散して、疲れを癒そう」

 クロードはそう言って、半ば強引に三人を帰す。全員渋々承知し、帰っていく。しかし、レイだけは残った。

「ん? どうしたんだレイ先生」

「ええ、前回の依頼でわたし、フォスターさんと共に仕事をしたんです」

「フォスター? ああ、コーディね。あいつ結局、新しいチームで頑張っているんだな。で?」

「ええ、彼が言っていたんです。クロードさんにもう一度お会いして謝りたい、と」

 その瞬間、クロードの顔が歪む。

「フランの奴、話したな……。ったく、わかった」

 そこで用務員棟の扉がノックされる。

「あ、はい!」

 クロードはそれを迎える。扉の前にいたのは学園の事務員だ。

「あ、いらしたんですね。これ、用務員さん宛に手紙が。じゃ、私はこれで」

 要件だけを言って、事務員はさっさと言ってしまった。レイと二人きりでいたのが逢引だと思われたのだろうか。

「誰からだ?」

 送り主の名をみる。クロードの顔が急に真顔になる。

「悪い、レイ先生。すぐここから出て貰えないか? ちょっとこの手紙は見られたくないわ」

「え? ええ」

 クロードのその言葉に、レイも用務員棟から自身の家に戻っていった。去り際に「今日は助けてくれて有難うございました」という言葉も忘れずに付け加える。




「ったく。間がわりぃんだよ……。ま、何故話したのか問い詰めるか……」

手紙の送り主はフランチェスカ・ラングドン。金色の大鷲の魔術師、暁星のフランその人である。


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