六月一一日(2)
六月一一日、土曜日、昼、未だに週休一日制を取っている六道学園は、昔の学校の様に土曜日は午前中で授業が終る。
「きりーつ、礼」
おさげの学級委員長がお決まりの文句で授業の終了を促すと、教師はそそくさと教材を片付けて教室から出て行った。
ドアが閉まると同時に、教室のあちこちから喧騒があふれ出す。
周囲の生徒が笑いながら遊びや部活に向かう中、スミレは黙々と教科書を鞄に詰める。鞄の中では、折り目一つない教科書が、理路整然と詰め込まれている。
最後にスミレがペンケースを鞄へ入れようとした所で、エミナが声をかけてきた。
「スミレッ」
「ん、何、エミナ?」
スミレは小首を傾げる。艶やかな黒髪が涼やかに流れる。
「ごめん、今日はちょっと用事があるんだ。約束のショッピングは、またの日にして」
エミナは両手を合わせて、スミレを拝む。
スミレは、エミナの後頭部を暫く眺めてから、軽いため息を吐く。
「別にいいけど、エミナ、また補習? 頭はいいんだから、ちゃんと勉強した方がいいよ」
「違うわよ! 補習じゃなくて……ちょっと、ケンジに勉強教えてもらうだけ」
スミレの心配に、エミナは顔を真っ赤にして反論する。しかし、情けなさの度合いに変わりがない事に気づいたのだろう、後半部は声が小さくなっていった。
「へぇ、コウセツ君じゃなくて、わざわざケンジ君に教えてもらうって事はぁ」
スミレは口元を隠して怪しく笑う。
「ち、違うわよ。べ、別にケンジなんて好きじゃないんだから」
「その反応が怪しいよ。でも、私は応援するよ」
エミナは顔を真っ赤にして、明後日の方を見る。その背後で崩れ落ちる一人の地味目な男子高校生が一名居たが、スミレはあえて指摘しなかった。
スミレの優しさの半分は見守りで出来ているのだ。ちなみに残り半分は勘違いである。
「て、これじゃ、昔の少女漫画に居る素直になれない女の子じゃない、てなにやらせるのよ、スミレ!」
自分のほった墓穴に自分から入ったエミナは、八つ当たり気味に叫ぶ。
「ごめん、ごめん、だってエミナがあんまりにも可愛い反応するから、虐めたくなったんだよ。悪気はそんなにないから許してね」
スミレはまったく悪びれもせずに笑う。一応両手を合わせて謝った振りをしているが、まったく誠意を感じられない。
「あんたねぇ。本当に性格変なところが捻れてるわよね」
「お褒めに預かり恐縮です」
人差し指でこめかみを揉むエミナに、スミレは軽く頭を下げる。
「ま、別にいいけどさ。大体、最初はコウセツに頼んだんだけど、何か用事があるって言って、断られたの。
この可愛いエミナちゃんのお願いより、大切な用事がこの世にあるなんて信じられないけどさ。
コウセツてばさ……」
エミナはスミレの机にのの字を書きながら、語りだす。スミレは、これ以上は無駄な時間だ、と判断し、話題を切り上げる事にした。
「じゃあ、ショッピングはまた今度にするんだね」
「あ、そうね。うん、また、今度時間がある時にするわ。本当にごめんね。勝手に中止しちゃって、じゃ、また月曜!」
エミナはもう一度スミレを拝んで、ケンジの腕を取ると颯爽と走り出した。
駆け去るエミナの背中を、スミレはにこやかに手を振って見送る。ついでに、聞えてくる地味な悲鳴にも、別れの挨拶をする。
エミナの駆ける音と地味目の悲鳴が聞こえなくなる頃には、教室にはスミレだけが取り残されていた。
「じゃあ、私も行動しますか。まずは、図書室で情報収集だ。悪魔部、その正体は私が暴く!」
勢い欲立ち上がると、スミレは艶やかな黒髪をかき上げて宣言する。
「それが私の戦いだ」
痛いほどの沈黙が、辺りを支配する。遠くから聞えてくる喧騒が、妙に白々しく聞えた。
誰もいない教室で、和風美人がモデルの様にポーズを決めている様は、痛々しいものがある。
「あう、やっぱりこういうキャラは、エミナに譲ろう」
頬にほのかな朱を灯し、鞄を胸に抱いてスミレは図書室に向かった。
殆どの生徒は校舎から出ているのだろう。図書館までの道のりで、スミレは、一、二回だけ、生徒とすれ違った。
図書室は無人だった。机と椅子が並んだ手前のスペースに人影は見えず、奥にある本棚からも人の気配が感じられない。普段はそれなりに盛況なパソコンの設置された区間や、漫画の棚からも喧騒が聞える事はない。
スミレは、入ってすぐ右手にあるある席へ向かう。
五列ほど並んだ机は、一メール五〇センチの仕切りで等間隔に区切られていた。仕切りの中には、机と椅子あり、机の上はパソコンによって占領されている。ノートや教科書を広げるだけのスペースが申し訳ない程度に残されている。
スミレは一番奥の仕切りの一番隅の席に座る。入り口からは見えづらく、スミレからは人の出入りがしっかり見える。後ろめたい事を行うには絶好の位置だ。
スミレはパソコンの電源を入れる。メーカーロゴとOSのロゴが、ディスプレイに入れ替わり現れ、パソコンが起動した。
その間にスミレは席を立ち、図書室の奥にある本棚に使えそうな資料を探しにいく。学園の記録関係の棚で立ち止まり、手垢が付いていない背表紙を一つ一つ眺める。
「部活関係だから、パンフレットと卒業アルバムぐらいでいいかな?」
スミレは去年の卒業アルバムと学園創立以来の全パンフレットを棚から引き抜く。
スミレの通う六道学園は、まだ創立十年も経っていない新設の学園である。しかし、一学年、一〇〇〇人を超える生徒数は他の追随を許さない。
当然、卒業アルバムも厚い。そう、去年の卒業アルバムが、広辞苑の様に厚く、映画のパンフレット並の大きさであった事は偶然ではない。
運動神経が良いわけでも、運動部に所属しているわけでもないスミレは、重い卒業アルバムを覚束ない足取りで運ぶ。右へ左へと、危なっかしい足取りで何とかパソコンの前に戻った。
大きな音をたてて卒業アルバムを机の上に置かれた。
思った以上に大きな音に、スミレの呼吸が止まる。図書館の入り口を凝視するが、誰かが入ってくる気配はない。
「ふぅ」
安堵のため息が漏れる。
八つ当たりをするようにスミレが表紙を軽く叩くと、硬質な感触が返ってきた。どうやら、表紙が折れないように鉄板が仕込まれているようだ。
「何の嫌がらせなんだよ」
再度、卒業アルバムを叩くと、金属特有の高い音が鳴った。明らかに本から出てきてよい音ではない。
軽く深呼吸をして息を整えたスミレは、パソコンに向いブラウザを立ち上げる。
「ぐーぐるさんへ、れっつごぉ」
スミレは軽快なブラインドタッチで、URLを直接入力すると、検索サイトへと飛ぶ。キーワードに六道学園、悪魔部と入れて、検索を始めてみた。
「ヒット数は、三万件。そんなにあるんだ」
表示されたヒット数の多さに驚きながらも、スミレは心臓の鼓動が早まる事を自覚する。先ほどまでは、あれば面白いぐらいで考えていたものが、情報源の多さを見る事で少しづつ現実味を帯びてきた。
スミレは検索順位の高い、一番上のサイトから順次調べていく。
時折、ブラウザが処理落ちした時に、卒業アルバムを調べる。部活関係のページや生徒の文集の中から関連のありそうな部分を探す。
空が紅に染まり、太陽がルビーの様に輝く夕暮れ、終業のチャイムが校内に鳴り響く。
その音で、作業に没頭していたスミレも顔を上げ、時計に視線を移した。時計の針は長短二つとも四と五の間を示している。
四時二二分だ。
「ん~、結構頑張ったね。頭がオバーロードしそうだ」
スミレは少々過熱気味の頭を冷やすように大きく息を吐くと、大きいく背を伸ばす。形の良い乳房が強調されるが、もったいない事に図書館にはスミレしかいない。
スミレはパソコンの電源を落として、席を立った。
卒業アルバムの類は、軽く目を通したところで役に立たないと判断し、随分前に片付けている。
スミレはポケットに入れたメモ帳を取り出し、記憶に刻み付ける様に小声で読む。
「悪魔部について、
一、悪魔部は正規な部活ではない。悪魔部の名前は通称、もしくは学園に無登録のゲリラ部の一部である。
二、活動は昼休みに不定期に行われる。
三、活動場所は扉に赤いビニールテープを張っている部室。部室練にあるらしい?
四、願いの依頼料や発足時期、活動目的なんかは全部不明……と言うか、都市伝説みたいな感じに噂だけが飛び交ってた。
う~ん、やっぱりガセネタなのかな?」
四時間近くの成果に目を通して、スミレは唸る。
生徒による裏BBSやアングラ系のHP等、簡単に手に入る情報は殆ど目を通した。
その結果、スミレの中で悪魔部は、あるかもしれないが、常識ではなさそうな気もする、と言う幽霊やUFOと同じ区分にカテゴライズされている。
これ以上調べる労力が成果に見合うのか疑問に感じている。
もし、これ以上調べるのなら、後は地道に人に聞くか、学園内を虱潰しに探すしかない。そこまでの労力をかけるか、どうか、それが問題だ。
スミレは眉間にしわを寄せたまま図書室を出て、家路に着く。
その間も唸り続け、結局スミレの眉間からしわが消えたのは、寝る直前、ベットに入った時だった。




