六月一四日
六月一四日、ケンジが鞄に教科書を詰め込み終わると同時に、左ポケットにある白い携帯が振動した。
放課後、帰ろうと言う時、携帯の位置、四日前とまったく同じシチュエーションだ。
まるで狙ったようなタイミングに、ケンジは気味悪く思いながらも、携帯を取り出す。
三日前と同じく、メールが来ていた。四日前とは違い、メールの隣にクリップのアイコンが出ている。添付ファイルがあるようだ。
ケンジは軽くボタンを押して、メールを開く。
『雪村コウセツと二人だけで、駅前のアブラカタブラの地下一階にある一八禁コーナーに行け。
その後ゲームセンターで遊び、裏口を出た所にあるカラオケボックスで二時間歌を歌え』
メールを文面の下までスクロールさせると地図の画像が貼り付けてある。
ご丁寧に移動経路が赤く塗られていた。
ケンジはメールに従うかどうか、しばし悩む。
前回のメールから四日、特別変わった事はなかった。特筆するようないい事も悪い事も起こっていない。何時も通りの日常だ。
唯一例外は、昨日、スミレから声をかけてもらえた事ぐらいだった。悪魔部について聞かれただけだった事は少々残念だったが、ちょっとした良い事には違いない。
しかし、ケンジの願いに向かって物事が進んでいるようには思えなかった。
「うーむ、ま、たいした事じゃないしやるか」
ケンジは軽い気持ちでメールに従う事に決める。
とりあえずコウセツを探して教室を眺めると、すぐに見つかった。
コウセツは、スミレとエミナが賃金交渉をしている様子を、一歩はなれた位置で見守っている。
コウセツの目は冷め切っていて、仕方なくその場にいるように感じた。
ケンジは両手で顔を揉み、険しくなった表情を崩す。スミレとエミナのとばっちりを受けないよう、二人を大きく迂回してケンジはコウセツに近寄る。
そして肩を叩こうとしたケンジの耳に、コウセツの呟きが聞えた。
「ああ、このままこっそり帰ろうか」
ケンジの眉が跳ね上がるが、すぐに元に戻る。気持ちを落ち着ける為一呼吸置いてから、コウセツの肩を叩いた。
コウセツは振り返るとにっこり笑って口を開く。
「何か用、ケンジ? それと登場はもっと派手にやらないと、地味すぎて存在消えるよ」
「色々と話し合わなきゃいけない事があるようだな、親友。だが、今日は構わない。それより、明日、駅前に遊びに行かないか?」
ケンジはコメカミに浮いた血管を隠そうともせず、頬が引きつった笑顔を作る。
「明日かぁ。どうしようかなぁ」
コウセツが少し迷うような素振りを見せた後、少し人の悪い笑みを浮かべる。
「スミレさんも呼ぶの?」
スミレの名を聞いた瞬間、ケンジの頭に上った血が蒸気になった。心臓の打ち鳴らすリズムが激しくなる。からかわれいてると分かっていても、ケンジの動悸は静まらなかった。
「こ、今回は、別に誘わないさ」
ゆでたこの様に色づいたケンジは、少々どもりながら応える。
「こ、今回は、別に誘わないさ。ちょっと男二人で気兼ねなく遊びたいだけだ」
そっけなく言い放つ事で、ケンジは下心はない事を示す。
「うん、それなら、行くよ。でも、どこに行く気?」
あっさり頷いたコウセツの肩を抱えたケンジは、顔を寄せて耳元で囁く。近くで言い争っているスミレに聞えない様、細心の注意を払った。
「駅前のアブラカタブラあるだろ。あそこの地下一階に、何でも”じゅうはっさいいじょうのおとな”を対象としたコーナーが出来たらしいんだよ」
ケンジはコーナーの中を夢想して、先ほどと場別の理由で心臓を高鳴らせる。体中の熱気を排出するように、鼻腔を通り出る息は熱く乱れていた。
「うわぁ、アブラカタブラも思い切ったことするね。小学生も来るのに、エロコーナーを作るなんて冒険だよ」
「ああ、俺もこの情報を聞いた時は驚いた。しかし、本当らしい。中に何があるか、今から興奮しないか親友」
「と、ともかく、明日はそう言う事で」
ケンジはだらしなく鼻を伸ばしながら同意を求めるが、コウセツは曖昧な笑みを浮かべ誤魔化そうとする。しかしコウセツの鼻も伸びていて、答えは聞かなくても分かった。
このむっつりスケベが本当は嬉しいんだろ、と言いたくなりながらも、ケンジは別の事を口にする。ここでコウセツにヘソを曲げられるわけには行かないのだ。過剰なからかいは慎むしかない。
「下はTシャツでも着て、すぐ変装できるようにしとけよ。間違っても、制服で行こうとするなよ」
「分かってるよ」
コウセツがケンジの腕の中から抜け出る。そして、去り際にいらない置き土産を投下した。
「それと、こう言う、いかにも怪しい事してます、と言いたげな仕草を今するなよ。こんな時こそ、クラスの空気と呼ばれる地味さを発揮して、地味に振舞ったら? と言うか、地味に派手にならなくていいよ」
あんまりな物言いに、ケンジの意識がブラックアウトする。
気付くと目の前に教室の床があった。
「さすが、コウセツ、俺の心を打ち砕いていきやがった」
未だに痛む胸を摩りつつケンジは立ち上がる。
教室を見回すが誰もいなかった。廊下から微かにスミレとその他の笑い声が聞えてくる。
「……」
ケンジは指先でコメカミを叩き、現状を整理してみた。
誰もいない教室
廊下から微かに聞えるスミレの笑い声
自身の気絶
自分の地味度
コウセツの性格とエミナの非人道的な扱い
一つ一つの要素を抽出し、ケンジは一つの結論に達した。
「これは、置いていかれたんだな……
て、おい!
だから、置いてくなよ。と言うか、ちょっと心配しろよ!」
ケンジは慌てて鞄を掴むと、教室から飛び出た。




