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悪魔部へようこそ!  作者: AAA
雪村 コウセツ
20/29

六月一九日

 六月一九日、日曜日、その日は天気予報で全国各地全て晴れと予報される絶好のデート日和であった。

 今日、恋人のサチエと過ごすはずだったコウセツは、スミレ、エミナ、ケンジと共に、遊園地に来ている。

 先週の水曜日、六月一五日にスミレから誘われた遊園地だ。

 こいつの所為で、とコウセツは恨めし気にエミナの後頭部を睨みつける。

 コウセツがデートを断った原因はエミナだ。

 この一週間、エミナの異常ぶり日に日に酷くなっていった。いつもコウセツにまとわりつき、片時も離れようとしない。四六時中監視されている状態だった。

 その所為で、部屋の中に居てもエミナの視線を感じてしまう。

 仮にサチエとデートしたとしても、後をつけてきたエミナに邪魔される事は簡単に予想できた。

 コウセツは仕方なくサチエとのデートを断るが、詳しい事情を話せるわけがない。当然、サチエから浮気を疑われもした。それでも何とか説得したのだ。

 ストーカーに悩まされ、恋人からは浮気を疑われ、踏んだり蹴ったりな状態である。

 その現状であるエミナはスミレと一緒にコウセツの前を歩いていた。

 エミナはジーンズに地味な色合いのTシャツとパーカーを着ている。コウセツの目には、程よく地味な目立ちにくい、往来で人を刺してもすぐ雑踏にまぎれそうな服しか見えなかった。

「ニコニコしてご機嫌だね、スミレ」

 エミナはスミレの頬をつつく。

「いきなりコウセツ君も一緒に遊べる事になったんだから嬉しいよ。ほら、こう言うのは人数が多い方が楽しいんだから」

 弾むようなリズムで話すスミレの言葉に、コウセツはため息を吐く。

 実際、突然だった。

 今朝、今日はやる事がなくなった、と消沈しているコウセツを、エミナが強引につれて来たのだ。目が笑っていない、濁った瞳、と言う表情を、その時コウセツは初めて見た。

 エミナの瞳を思い出し、コウセツは寒気に襲われる。

「このキチガイ」

 コウセツは口の中で呟くと、エミナから距離をとろうと半歩に退いた。

 半歩退いた世界から見ると、ただ遊園地を楽しんでいる様に見える。自分だけ悪い夢に囚われている様に感じた。

 近くのアトラクションから聞える歓声や森の小人をイメージした着ぐるみも、現実感を持つ事が出来ない。

 コウセツは、はしゃぐ三人の様子を観察する。

 左端を歩くエミナ、彼女は今までのストーカー行為が嘘の様にいつも通りだった。苦手な絶叫系の前で涙目で首を振り、コーヒーカップでは回転数を上げすぎて酔う。

 つい一週間前までコウセツが知っていた幼馴染の姿があった。

 エミナの右側、三人の真ん中には今日のホスト、スミレだ。

 白のブラウスにレースのついたスカート、漫画に出てきそうなお嬢様のイメージそのままの姿で歩いている。

 エミナを無理やりジェットコースターに乗せたり、ゴーカートでは二位に居た奴をクラッシュさせてブービーを免れたり、何時も通りやりたい放題やっていた。

 コウセツは、ふとスミレの悪気のない顔の下にはどんな狂気が渦巻いているのだろう、と考えてやめた。

 全ての女がエミナの様に可笑しいわけではない。きっとスミレは繊細で純粋な女の子だ、と自分に言い聞かせる。

 そして、コウセツの視界右端にはケンジがいる。

 スミレ達の姿に見とれながら、二人の会話に気の抜けた相槌を入れていた。最初はそれなりに話を振っていたスミレとエミナも気の抜けた相槌に飽きたのか、今では殆ど無視している。

 しかし、顔を見る限り、本人はいたって幸せそうだ。

 何が楽しいのだろうか、とコウセツは思う。コウセツからして見れば、現状は砂で出来たりんごを食べる様に味気なかった。

 サチエと一緒だったら違うんだろうか、とコウセツは今日会うはずだった恋人に想いをはせる。

「コウセツ」

 ケンジに呼びかけられ、コウセツは空想から現実に引き戻された。

「え、あ、何?」

「だから、何飲むんだ?」

「あ、ああ、飲み物だね。コーラーかな。と言うか、僕も行くよ。一人で四つは大変だろ?」

 ケンジにコウセツは笑顔で申し出る。

 遊園地内に自動販売機はなかった。

 飲み物は売店で紙コップに入ったものだけが売られている。缶ジュースならまだしも、紙コップで四つは一人で運べる量ではない。

「いや、大丈夫だ。エミナも野暮用で売店まで行くから」

「野暮用?」

 コウセツは小さく首を傾げた。

 今日は一日自分を監視するのだろう、と思っていたコウセツは軽い衝撃に見舞われる。

 エミナの様子を見た瞬間、コウセツは事情を理解した。

 エミナは太ももをすり合わせ、何かに耐えるように目を閉じていた。頬は赤く染まっており、指先が忙しなく動いている。

「ああ、トイレね」

「言うにゃっ!」

 野暮用を言い当てたコウセツを、エミナが睨みつけた。ただでさえ赤かった顔がゆでたこの様になる。それでも掴みかからないのは、もう限界が近いのだろう。

「分かった、それじゃ、僕とスミレさんはこの辺りで待ってるよ」

「おう、それじゃ行って来る。それと、ん」

 行って来る、と言いながらケンジは開いた右手をコウセツに突き出す。

 何となくコウセツはその手に自分の手をのせた。俗に言う、お手、である。

「ちっが~う。金だよ、金、ジュース代二〇〇円さっさと出せ」

「はいはい、それじゃコーラお願いします」

 コウセツから一〇〇円玉を二枚渡されたケンジが、エミナの後を追う。我慢できなくなったのだろう、エミナは股間を太ももで締め付けながらすり足でトイレを目指していた。

「あれは、途中でバーストとかあるのかな?

 哀れみと少々の悦びを声にのせ、コウセツは一人呟く。

「それは止めてほしいなぁ。折角の遊園地が台無しだよ」

 いつの間にか隣に立っていたスミレが応えた。

「そうだね」

 コウセツは心から頷く。遊園地から帰れば、一人でエミナと対峙しなくてはならない事は分かりきっていた。家に家族がいても、部屋に押し入られたらお仕舞いだ。

 人目のある場所で適度な距離で関わる方がまだ安全である。

 そう言えば、とコウセツはスミレが自分に告白するかもしれない事を思い出す。

 告白された時、サチエにどう言い訳しようか、と考えようとしてやめた。

 どうせ二ヶ月程度の付き合いにしかならないのだ。たいした問題ではない。

「じゃ、そこに座って待ってようか」

 コウセツは、一応惚れてくれた礼儀と打算から微笑みを浮かべ、適当なベンチを指差した。

 ベンチは木陰に隠れており、涼しそうだ。

 スミレとコウセツはベンチ座ると、取りとめのない話をする。

 内容は主に学校の事だったが、それ以外にスミレの趣味等、プライベートな情報をコウセツは聞き出せた。

 頬を赤めらせ楽しそうに話すスミレの姿は、コウセツから見て可愛らしいものがある。少なくとも、エミナに感じるような嫌悪感や面倒臭さはなかった。

 久々にまともな異性と二人っきりで話せる事もあって、コウセツの声のトーンが普段より上がる。

「それで、スミレさんはどう思うの?」

「私は、むしろ、チャーリーの物悲しさが際立った話だと思うよ。

 だって山南とお互い憎からず思っていたのに、髪の毛も瞳も黒なのに、それでも生まれが違うだけで殺さなくちゃいけないなんて悲しすぎるよ」

 スミレはその時の事を思い出したのだろう、ハンカチで目元を拭う仕草をする。

「ああ、確かに風邪ちりの中でも屈指の泣きカットだね。あそこで全日が泣いたらしい」

 コウセツの脳裏に、血まみれで美人剣士を抱きしめるチャーリーの死に様が浮かんだ。

「うん、うん、分かるよ。だってあの死に方は反則だよ。

 山南殿の手にかかるとは拙者は幸せすぎます、て囁くんだもん。

 普通の女の子なら、後追い自殺モノだよ」

 ずび~~~~、とエミナは鼻を噛む。

「それじゃ、山南は女の子じゃないの?」

 コウセツの問いに、スミレは首を縦にふった。

「山南は、女のおとめに決まってる。

 でも、先ず始めに武士なんだよ。だから、あそこで死ねなかったんだよ。

 悲劇だよ」

「ああ、後を追ったら、残された仲間がどうなるか、それを考えて死ねなかったか。それでもやっぱり死にたかったのかな?」

 山南とチャーリーの恋物語は二クルーも使って丁寧に描かれた。これは山南がチャーリーと一緒に死ぬ為ではないか? とネットのコミュニティでも未だに論議が繰りかえらせれている話である。

「ううん、きっと今でも死にたいんだよ。すぐにでもチャーリーの所に行きたいに決まってるよ」

「でも、竜馬編でも京都防衛編でも、山南は死のうとしないよ。死ねるチャンスはあったのに、本当に泥を啜ってでも生きようとしてる。それって可笑しくない?」

 ネットでも議論の焦点となっている所だ。

 死にたいなら死ねる時があるのに死のうとしないのは可笑しい、死ぬ気なんてない、と言う派閥と、仲間たちを見捨てられない、山南が居なくなれば誰も裏方が居なくなって組織の屋台骨が壊れる、と言う派閥が激しく、それこそ掲示板のサーバーがダウンしても議論続けるが、未だに決着はついていない。

「可笑しくないよ」

 スミレは首を横に振った。

「チャーリーは天国を夢見て海を越えてきたんだよ。だから、山南は仲間のチャーリーの死に絶えたここを天国にしようとしてるんだよ」

 スミレの幼い話に、コウセツは笑いそうになる。

 人に欲望がある以上、どこまでも人はより楽により手軽にを求めものだ。少なくとも平等がない以上、不満があって当然だ。

 なら天国とは何だ? 平等、平穏、安寧、飽食、怠惰、希望、人の夢見る願いはあるが、それら全てを叶えられるわけがない。

 だから、天国なんてあるわけがないのだ。

「天国? そんなの人の解釈次第じゃない。そんなのどうしようもないよ? ある人の天国は、別の人にって地獄かもしれないんだからさ」

「ううん、違うよ。天国はね地獄と一緒なの」

「一緒、てそれじゃ地獄じゃないの?」

 スミレは首を振って、否定の意を示す。

「昔、お坊さんから教えてもらった話だけど、地獄も天国も人が暮らすのに十分な恵みが神様から貰えるんだよ」

 なら変わらないじゃないか、と言おうとしてコウセツは言葉を飲み込む。まだ、話は終ってないからだ。

「でも、天国と地獄は全然違うんだって、それは」

「おっ待たせ!」

 スミレとコウセツの間に紙コップが挟まれる。コップの中ではオレンジジュースの毒々しいオレンジが光り輝いていた。

 コウセツがオレンジジュースを掴む手から腕へと視線を写していくと、口元が引きつった笑みを浮かべるエミナが左手に持ったジュースを突き出してきた。

「あ、スミレありがとう」

「……ありがと」

 スミレは、先ほどまで目にハンカチを当てて鼻水を出していたとは思えないさっぱりとした笑顔をエミナに向ける。

 コウセツはそっけなく差し出された紙コップを受け取った。

 二人が紙コップを受け取った事を確認すると、エミナはコウセツとスミレの間に、強引に腰を下ろす。

  隣で、エミナは飲まないの?、のどか湧いてないから、と穏やかに話すエミナとスミレを見て、コウセツは言った。

「女は嘘つきだ」

 後半は、口に流し込んだコーラの所為で音にもならない。

 コウセツはフライドポテトを隣から拝借すると、コーラと一緒に流し込んだ。

 コーラは炭酸が抜けていて、フライドポテトは冷めて油がべとべとについている。観光地らしいまずさだ。

「コウセツ、人のポテト勝手に食うなよ」

 何時の間にか隣に存在していたケンジが文句を言うが、聞く耳を持つ気はない。

 後三時間ぐらいのんびりパシリしててくれよ、お前の所為でエミナから飲み物受け取っちゃったじゃないか、と完全な八つ当たりをぶつける為、コウセツは更にまずいフライドポテトを摘んだ。

「コウセツ、ちょっとは遠慮しろよ」

「え!、独り占めするの。なんて言うか、意地汚く見えるよ。地味に印象悪いし、みんなで食べた方がいいんじゃない?」

 コウセツの言葉に、大きく肩を落としたケンジは、力なくフライドポテトをコウセツへ差し出す。

「分かった。好きなだけ食へ」

「ありがとうケンジ、脂ぎって健康に悪いフライドポテトを頂くよ」

「本当の事だが、そう笑顔で言われると殺意が湧いて来るんだ。これは正常な反応だよな?」

 フライドポテトを頬張りながら、ケンジは握り締めた拳を振りかぶった。

「あ、次の乗り物に行くみたいだ。急ごうケンジ」

 コウセツはケンジの威圧をかわし、スミレとスミレに引きずられるエミナの方へ小走りで逃げた。

 背後から、逃げるな、と言う趣旨の没個性的な叫びが聞えてきたが、コウセツは無視する。

 あのエミナが泣きながら嫌々しているのだ。これ程愉快な見世物はない。

 コウセツ達はこの後、この遊園地最大の売り、スペシャルサンダーに四人仲良く乗った。

 そして、それが遊園地で最後に乗ったアトラクションとなった。

 エミナが泡を吹いて気絶したのだ。係員の呼びかけで目を覚ましたエミナは、泣き叫びながらスペシャルサンダーから逃げ出し、その後はアトラクションへの搭乗を一切拒否した。

 スペシャルサンダーとは、時速一四○キロで三回転及び逆さになって急角度で上下左右に動き、最後は逆さのまま上空二五メートルから地上ギリギリまで落ちると言う、乗る人間の安全性を一切考慮にいれていないジェットコースターだ。

 最高加速度は約五〇メートル毎秒毎秒、重力の五倍である。

 普通のジェットコースターで本気の泣きが入ったエミナにとっては、拷問器具でしかなかった。

 翌日、エミナがデジカメに取られていたスペシャルサンダー搭乗後の写真でからかわれた事は言うまでもないだろう。

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