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悪魔部へようこそ!  作者: AAA
雪村 コウセツ
18/29

六月一五日

 六月一五日、コウセツはコインロッカー室の入り口近くで佇んでいた。制服と鞄はロッカーに預け、今は赤い派手なTシャツをズボンの裾から出している。

「三〇、三一、三二、三三、三四……」

 コウセツは駅へ向かうサラリーマンや学生達の人数を数えていた。

 別に交通量調査のバイトをしている訳ではない。

 ロッカー室から出てこないケンジを待っているのだ。

 昨日の約束通りケンジとアブラカタブラへ行く為、鞄や上着をロッカー室に預けに来たのだが、ケンジが中々出てこない。仕方なくコウセツはロッカー室の前で、ケンジを待っていた。

 人数が一〇〇をカウントしたところで、コウセツは痺れを切らし、ロッカー室の中を覗く。

 丁度、準備が終わったのだろう。ケンジがロッカー室から出て来た。ケンジは茶色地に白抜きのロゴが入ったTシャツに、薄緑色のズボンを身に付けている。

 どうやらTシャツだけでなく、ズボンも用意していたようだ。遅くなったのはその所為だろう。

「よっしゃ、それじゃ行こうか」

 ケンジが鼻息を荒くしながら、宣言する。かなり興奮している様だ。

「そうだね」

 コウセツは、ズボンまで用意していたケンジの気合に呆れながらも頷く。

 尚、コウセツのズボンは学生服のままだ。流石にコインロッカー室でパンツ一丁になるだけの気合を持ち合わせていない。

 二人はロッカー室前から、人の流れにのって歩き出した。

 暫く歩いた所で、ケンジの口が開く。

「コウセツ、日曜日どうするんだ?」

「日曜日て、しつこいなぁ。用事があるから、そっちが優先だよ」

 コウセツはもう何度口にしたか分からないフレーズを口に出す。その口調はぞんざいだ。

 朝から休み時間の度行われるやり取りに、コウセツはいささか疲れていた。

「でも、折角スミレさんが誘ってくれたんだぜ。お前が断った所為で、朝からずっと落ち込んでるしさ」

 ケンジがどこか悔しそうに呟く。

 その瞳には非難の色がありありと浮かんでいた。

「そりゃ、断ったのは悪いかもしれないけど、用事があるんだから責められる謂れはないよ。

 大体、そんなに四人一緒がいいなら、来週の日曜日にでもしたらいいじゃないか」

 コウセツは、舌打ちを打とうとしてやめる。仮に聞かれて、あらぬ誤解を受けたくはない。

 コウセツは心の中で、クソエミナ、と幼馴染を罵倒するに留めた。

 もともと、四人で行く必要も、今週の日曜日に強行する必要もないのだ。それをエミナの無神経な言動が、絶対今週日曜日に行かなくてはいけない様に勘違いさせている。コウセツに恋人がいないかを探る為に言った事なのだろうが、その所為でコウセツの評判はかなり落ちた。

 今思い返してもハラワタが煮えくり返る所業だ。

「そりゃ、そうだけどさ。でも、折角スミレさんが誘ってくれたんだ。考える素振りぐらいあってもよくないか?」

「うるさいよ。僕の用事は日曜日にしか出来ないんだから、断るしかないよ。ドタキャンよりはいいじゃないか」

 コウセツは自身の顔に険ができていると自覚しながら、それを隠す事が出来ない。

「そうかもしれないけどさ。それで」

「あーっ、この話はお仕舞い。じゃないと、ここで帰るよ」

 話題を続けようとするケンジを、コウセツは睨みつける。

 コウセツの苛立ちの度合いが分かったのか、ケンジは分かったと口を噤んだ。

 少々気まずい雰囲気のまま、コウセツとケンジはアブラカタブラへと入っていった。

 アブラカタブラは小さめのテナントビルを改装したつくりとなっており、店内はそれほど広くない。しかし、ディスプレイの方法が巧みで、所狭しと並べられる商品で区切られた店内は通路が狭く視界も悪い為、その広さを二倍にも三倍にも感じさせた。

 ケンジとコウセツは階段を降り、どぎついピンク色の暖簾の前に立つ。

 暖簾にはセクシーな女性の影画と”ADULT ONLY”と言う文字がプリントされていた。見るからに怪しげなカーテンだ。

「コウセツ、ここから先は大人の世界だ。覚悟はいいか」

「別にシリアスになる必要もないから、さっさと入ろう。人に見つかったら恥ずかしいよ」

 咽を鳴らして唾を飲むケンジを無視して、コウセツはあっさりとカーテンを潜る。

「あ、待てよ、コウセツ」

 慌てた様子でケンジはコウセツの後を追った。

 中は一面ピンク色だ。原色をそのまま塗ったようなパッケージに、色々と製品が入った棚や、妙に安っぽい生地の服が陳列している。

 ケンジとコウセツはその中を心行くまで物色する。

 小一時間程たった所で、二人はカーテンの中から出てきた。二人は何処かすっきりとした顔で、アブラカタブラを後にする。

「コウセツ、大人の世界って凄いな」

「うん、ランドセルとかベビー服は予想外だったよ」

 ケンジとコウセツは、お互いの顔を見つめると握手した。

「ありがとう、コウセツ。お前がいなけりゃあの桃源郷を覗く勇気は出なかった」

「いや、僕の方こそありがとう、ケンジ。また一つ、大人の階段を昇ったよ」

 そこには男達の熱い友情があった。

 その後二人は、己の熱い情熱をぶつけるように、ゲームセンターで対戦し、程よい熱をもったままカラオケボックスへ入る。

 カラオケボックスは、ケンジが最近知った穴場らしく、一時間三〇〇円という激安の場所だ。

 カラオケボックスに入ったコウセツは、疲れたようにソファへ倒れこむ。

「疲れた」

「お疲れ。流石に、あれだけ客引きに会うとは思わなかった。もてるなぁ、コウセツ」

 リモコンを弄りながら、ケンジが労う。

「うっさい。それより何で、こんなとこにあるカラオケボックス知ってるんだよ。確かに安いけど、来るまでが地獄じゃないか」

 コウセツは、ゲイバーと風俗店に囲まれた通りを思い出し、大きくため息を吐く。

「ここは知り合いから聞いたんだ。それに、まさかあそこまでモテるとは思わなかったんだよ」

「あれをモテるとは断じて言わない。路地裏まで引っ張り込まされた時には、本当に貞操の危機だと思ったんだ」

 ご愁傷様、とケンジが笑うと、曲が流れ始めた。一昔前に流行った曲だ。

 ケンジはマイクを持つと、歌いだす。

 目立って良いところも悪いところもない、可もなく不可もない歌い方だ。

 曲が終ると同時に、コウセツはおざなりに拍手をして、感想を一言述べる。

「選曲、歌い方、どれも地味だけど、別に気になるほどじゃないね。枯れ木に花の賑わいと言う感じかな?」

「心に突き刺さる感想をありがとう」

「じゃあ、次は僕の番だね。

 聞けっ!

 これが魅せる歌だっ!」

 静かに物悲しいメロディーが流れる。コウセツは肩でリズムを取りながら、歌い始める。

「あーるぅはれたーひーるー」

「ドナドナかよっ!」

 すかさず入るケンジの突込みを無視してコウセツは歌い続けた。

 場のテンションは一気に下がる。

 対抗するようにケンジが、テンションの上がる熱い歌を歌った。しかし、コウセツが童謡などの英語版を歌いテンションを下げる。

 よく分からない一進一退の攻防を二人は二時間、時間ギリギリまで繰り広げた。

 帰り道、コウセツは鼻歌を歌いながら、住宅街を歩く。その足取りは軽く、今日一日分のストレスは発散したように見えた。

 隣にケンジは居ない。数分前に分かれていた。

 コウセツの家がある通りに出ると、自宅前に人影が見える。人影は塀に背を預けながら、こちらを見ていた。

「エミナ」

 人影の正体を呟く。

 暗がりで視界は悪いが、それでも見間違えるはずがない。生まれた時からずっと一緒に居たのだ。その姿は輪郭や仕草だけでも判別できる。

「遅かったね、コウセツ。何してたの?」

「別に、エミナには関係ないよ」

 コウセツはエミナを無視して、家に入ろうとした。しかし、エミナに手を捕まれ、止まる。

「関係あるよ。あたし、コウセツが好きだもん。コウセツの事なら何でも知りたい」

 エミナに手を引っ張られ、コウセツは強引に振り向かされた。可愛い台詞とは裏腹に、エミナは酷く冷めた表情だ。

「知ってるし、その気持ちは嬉しいけど、それとこれは話が違うよ」

 コウセツは照れくさそうに頬を掻く。

 中学二年の夏以来、何度も聞かされた台詞だが、それでもコウセツの頬は少し赤くなった。幼馴染とは言え、それなりに点数の高い女から好きと言われれば、悪い気はしない。

「違わないよ。あたし、見たよ。コウセツがエッチなお店がたくさんある所に行くの」

 エミナは頬を膨らませて睨んだ。勝気な印象を与えるツリ目が、さらに釣り上がる。まるで、威嚇する猫の瞳だ。

「確かに、そっちに言ったけど、ケンジと一緒に安いカラオケに行っただけだよ」

「そんな事ない。何で嘘つくの?」

「嘘、て……全部本当の事だよ」

 嘘と断定するエミナに、コウセツは戸惑う。

「ねぇ、あたしの何が不満なの。この胸かな? あの女に見たいに、胸が大きかったらいいの? そしたら、コウセツはあたしを見てくれるの?」

 胸が大きいのフレーズで、コウセツはエミナが何を見て何を誤解しているのか分かった。

 コウセツを路地裏まで引っ張り込んだ男は確かに、胸が大きかった。それに小柄でドレスなんて着てたから、遠目には女に見えたかもしれない。

「そりゃ誤解だ。あれは無理やり、連れ込まされただけで、すぐに逃げたよ。それにあれ、男だよ」

 あの時を思い出したコウセツは、鳥肌を作り、顔色を真っ青に染めた。悪寒と恐怖に身を振るわせながらも、これで誤解は解けたと思ったが、そう上手く物事は運ばない。

 エミナがその場に崩れ落ちた。

「コウ、セ、ツ、おと、ぐす、男の人が、ぐす、好きだっ、だったんだ」

 エミナの瞳から流れ出た涙が、アスファルトを黒く染める。

「違うわ、ダボッ!」

 とんでもない勘違いに、コウセツは思わず素で突っ込んだ。

「なんでそんな変な勘違いが出来るんだよ!」

「だ、だってぇ」

 地が出たコウセツに、エミナは目と鼻から水を流しながら応える。

「コウセツ、今年に入ってから、ぐす、い、一度もシてくれ、ぐす、ないし。

 ぐす、やす、ぐす、休みの日は、ぐす、コソ、コソどこか行ってるのに、ぐす、女とは遊んでない、ぐす、て言うから……

 て、ってきりぃ」

 コウセツはエミナの頭を引っぱたいた。パンッと小気持ちよい音が鳴る。

「そんな事で、人をホモ扱いするんじゃねえ。たく、馬鹿らしい」

「馬鹿らしい、てひっどい。こっちは真剣に悩んでるんだから。大体、コウセツが悪いんじゃない!」

 エミナは頭を抑えて立ち上がると、猛然と抗議する。既に涙は止まっていた。

「悪いってなにがだよ。そっちが勝手に変な想像しただけだろっ」

「そんな事ない。大体、コウセツがあたしともっとイチャイチャしてたら、こんな風に考えなかったわよ」

「ふーざーけーる-なー、いつも我が物顔で家に来て、人のだらけた休日を奪う奴が偉そうな事言うな!」

「コウセツがもっとちゃんとしてれば、いいじゃない。そうしたら、あたしも一々あんたの世話しに行かないわよ」

 売り言葉に買い言葉、既に最初のきっかけも忘れて、エミナとコウセツはお互いを罵り合う。

 その声の大きさに、家から顔を出すおばちゃんや兄ちゃんが居たが、二人の顔を見ると納得したように家に戻った。

 罵り合いはどんどんエスカレートする。終に螺旋を描くように一周し、エッチをしないのは愛がない証拠か否か、と言う論争に入った。

「だから、そんなに欲求不満なら、一人で処理しろよ。俺は、お前ほどエロエロじゃないんだ!」

「エロエロって、それはコウセツの事でしょ! このむっつり星人」

「むっつりとはなんだ、むっつりとは!」

「むっつりじゃない! 今日だってケンジと一緒に、アブラカタブラのエロコーナーに入って、一時間も出てこなかったじゃない! いやらしい、中で何やってたんだか」

 エミナの言葉で、コウセツの心は冷水を被ったように一気に冷めた。大げさにため息を吐くエミナに、コウセツは冷めた口調で尋ねる。

「おい、なんで、お前がそれを知ってるんだ?」

 あ、とエミナは自分の失言に気づいたのだろう、慌てて口元を押さえるが、遅すぎる。

「今日俺たちを見たのは偶然なんだろ。何で知ってるんだよ?」

 コウセツはエミナを睨み付けた。

 視線から逃れるようにエミナは俯く。紅潮していた顔は青く変色していた。

「まさか、とは思うけど……後をつけてきたのか?」

 コウセツは静かに、強い口調でエミナを詰問する。

 エミナは答えず、ただ一瞬だけ体を震わせた。

 その動作だけで、コウセツは自分の考えが正しい事が分かった。 

「何とか言えよ」

「ごめん、なさい、ごめんなさい」

 エミナは嗚咽の伴った謝罪を口にする。

「お前可笑しい。と言うかキモイ、ストーカーかよ」

 コウセツの嫌悪感を滲ませた声で罵倒した。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 エミナは壊れたテープのように、ごめんなさい、を繰り返す。

「もう、いい。二度と家に来るな」

 コウセツは一方的に話を打ち切ると、自宅に入った。背中に浴びせられる謝罪の声に、コウセツは苛立ちと嫌悪しか感じない。

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