六月一〇日
六月一〇日、金曜日、放課後、後戻りできない計画が動き出した。
夕暮れの中、四人の男女が住宅街を歩いている。
学校帰りなのだろう、四人は制服を着込み、手に鞄を持っている。
四人の内の一人、エミナが深いため息を付く。脂肪の少ない胸部を大きく揺らし、頭を垂れる。いつもは勝気な印象を与えるツリ目も、今ばかりは大きく垂れ下がっていた。
「ああ、最悪ぅ」
エミナは手に持ったテスト用紙を見て、もう一度大きくため息を付いた。
テスト用紙には、大きく六〇点と記されていた。点数の下には、後一点で赤点だ気をつけよう、と教師からのコメントが鎮座している。彼女の通う私立学園の高等部は五九点から赤点である。
「あれだけ勉強してこれっすか? これは、期末が怖いわぁ、るぅるる~」
窓際のサラリーマンの様に背中を煤けさせながら、エミナは暗いメロディーを口ずさむ。
哀愁の帯びたエミナの背中を隣を歩いていた少年が叩く。少年は小柄で線が細い。同世代の男子からは感じられない清潔感があった。私服であれば、女に見間違えてしまいそうである。
「大丈夫だよ。まだ、赤点じゃないんだからさ。期末もきっちり点を取れば、いいだけじゃないか。僕も協力するよ」
少年は爽やかな笑みを浮かべて、エミナを慰める。
「コウセツゥ、あんたやっぱりいい人だよ」
エミナがコウセツに抱きつこうとするが、第三者に髪を引っ張られ未遂に終った。
エミナの髪を掴む手の主は、艶やかな黒髪が特徴的な和風美人の少女だ。
少女は笑みを浮かべたまま、強引にエミナの髪を引っ張り、コウセツから引き離す。
「痛い、痛い、スミレ、痛いってば!」
「そうだよ。エミナ、頑張れ。私も応援するよ」
「髪、髪、抜けるから! 禿げるから!」
「エミナはやれば出来る子なんだから、しっかり私が勉強を仕込んであげるね」
和風美人、スミレはエミナの抗議を無視して、テスト勉強の話を続ける。スミレの手はその間ずっとエミナの髪を握り締めたままだ。なまじ美人なだけに、その行動はちょっとした恐怖を辺りにふりまく。
「スミレさん、やめてあげたら? なんか凄く怖いよ」
いつの間にか二人と距離を取っていたコウセツが、提案する。
「うん、分かったよ」
それまでが嘘の様に、スミレはあっさりとエミナを開放した。
「エミナ、ああいう大胆な事はダメだよ。あれは恋人同士がするんだからね。コウセツ君とエミナはただの幼馴染でしょ」
スミレは腰に手を当てて、エミナに忠告する。当のエミナは、毛根の無事を確認するのに忙しく、ちっとも聞いてない。
お仕置きの為にスミレはエミナのほっぺに手を伸すが、コウセツが途中で遮る。スミレは何とかコウセツの妨害を潜り抜けようするが、全てコウセツに見切られた。
スミレとコウセツが不毛なやり取りを繰り広げていると、今まで一言も話さなかった四人目の男が、三人に声をかける。
「なぁ、三人ともちょっといいか?」
スミレ、エミナ、コウセツ、計六個の瞳が、男へ向けられる。
「え、なに?」
「テストと毛根が大変だから、くだらない事なら怒るわよ」
「あ、ケンジ、居たんだ。地味すぎて気付かなかった」
三者三様の反応に、四人目の男、ケンジは頬を引きつらせる。ケンジの誇る平均的な男子高校生の体も、心なしか細やかに震えている。
「こら、最後! 地味言うな。普通が一番なんだよ!」
ケンジの叫びに、コウセツは困ったように頬を掻く。そして、同意を求めるように、コウセツはスミレとエミナの方を向いた。
コウセツの視線に、二人も、ねぇ、と曖昧に首を振る。
「そこ、一人だけ置いて、分かり合うなよ。しかも、凄く俺に不名誉な方向で」
「だって、あんたさ、特徴なさすぎ」
三人の意見を代表するように、エミナが言った。同情や優しさが含まれていない、さっぱりとした一言だ。
「なっ」
直球ど真ん中で投じられた意見に、ケンジは言葉が詰まる。
「まぁ、学校で後姿見ても、区別できないんだよな。体格に特徴なさすぎて」
「そうだね。私服で人ゴミに入ったら、ナチュラルに背景化しちゃいそうな感じだよ」
更にコウセツ、スミレの追い討ちで、ケンジは力なく崩れ落ちる。
三人はケンジを無視して歩き続けた。
「まあ、いい。それより、ちょっと面白い噂を聞いたんだ」
ケンジは目尻に溜めた涙を拭くと、再び三人に声をかける。
再び三人の視線がケンジに集まった。
「うちの学園てでかくて人も多いだろ。だから、結構へんな部活があるのは知ってるよな?」
ケンジの言葉に、三人は頷く。
彼らの通う六道学園は、小中高大までの一貫教育を行っており、当然だが人が多い。その分、奇人変人も多く居る事になる。
奇人変人どもが集まり、鮎部やコタツ部などと言うわけの分からない部活を作っていた。また、そういう変な部活に入らない為、生徒間での情報交換も盛んだ。
「そんな中でも、一等変な部活があるらしんだよ。
願いを何でも叶えてくれる部活、てのがさ。
その名も、悪魔部、て言うらしいぜ」
言い終えたケンジは三人の顔を順次見ていく。三人の反応をうかがうが、芳しいものではない。三人とも聞き飽きた様子で、退屈そうにケンジを見ている。
「そりゃ、ガセでしょ。大体、なんでも願いを叶えてくれるなんて、胡散臭い」
エミナは小馬鹿にしたように、鼻で笑う。
「そうだね。大体、悪魔部なんて悪趣味なネーミングを学校が許すかなぁ」
コウセツもエミナの意見に頷く。
「ケンジ君、そんな部があったら嬉しいけど、多分、無いんじゃないかな」
最後にスミレが、言いづらそうに常識的な判断を下す。
あまりにも盛り上がらない反応に、ケンジは顔をこわばらせる。ショックを受けているようだ。
「そ、そうだよな。そんな噂、嘘っぱちだよな。アハハハハ」
ケンジの乾いた笑いが木霊する中、残りの三人はどこか鋭い視線でケンジを観察してた。
三人の視線は、重要参考人を見る警察のそれによく似ていた。




