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ある一幕

作者: 暮音孤

作者の自己満足で書き上げた過去の拙作です。オチとか特にないと思います。心地よい読後感は保証できません。

 幼い頃の、思いがけない出来事は色褪せることも許されず、いつまでも記憶に有り続けるらしいことを自覚したというか、仕向けられたというか、何というか……。

 とにかく、僕の恋はそれにより始まり、夢が決まり、いつしか全てが順風満帆と感じていた折に、その初恋は終わりを告げた。

「わたし、きみの話しが好き。だから側にいるのよ」

 高飛車とまではいかないけど、どこか偉そうというか、僕を見下しているというか……。

 とにかく、その一言が今の自分を形作っているのは間違いないことであり、夢が叶ったことについて感謝こそすれども、後悔はできない。悪いことをしたとも思わない。だから、謝罪にもいかない。

「私は君の話しが好きだった。君の名前で出版されても、そこに君の話しはないのよ。だから、私は――」

 要約すれば、僕以外の存在が介入した話しには全く、一切、これっぽっちも関心が寄せられないから、さっさと物書きは辞めてほしいということだろう。

 これが、僕の話しが本当にお気に入りで、本来の形にしか面白さを感じられないとかならば、僕も少しは擁護できたかもしれない。だけど、真実はそんなに、僕にというか、一方的に好意を寄せる者にというか、ようは相手を全面的に信頼する人間が考えつく内容に似ていることもなければ、甘くもなかったというだけの話しだった。

「そうね。私は君の話し声が好きだったのよ。話しの内容なんて何も覚えてないわ。声さえ聞くことができれば、うっとりしてたのよ」

 よくもまあ、自分の話しを気に入る人がいることを知って作家を目指した僕に。何とか、どうにか作家になれたその僕に、随分とストレートに物を言うもんだと、正直なところ驚きの次点は感心だった。

「さあさあ、早く書いちゃって――」

 まったくもって奇遇、偶然、呆然、唖然……。

 自分が言うにはあまりにも悲しくなるだけなのだけれど、本当に書く内容はどうでもいいと言うように、原稿を取りにきた担当に言葉を失った

「さっさと書いて、君の話しを聞かせてよ。せっかく締切よりも、何と一週間も早く取りに来たんだからね」

……かに思えたが、まんまと嵌ったわけだ。

「何だい、その旅行鞄は。まさかとは思うけど、ここに泊まる気かい」

「ああ、素敵な話し。安心なさいな、私が興味あるのは、君の話しだけだから」

「僕があなたを襲う可能性は考えないのかい」

「大丈夫。君が私にそんな野蛮なことをできるわけがないから」

「断定かい」

「できても、君が作家活動を終わらせるだけのこと。一作で満足するほど、君の夢は弱くはないでしょう」

 僕に口を開かせるためならば、何でもすると言わんばかりの君の行動力にはこれまでずっとどうすることもできなかった。

 突然、担当が変わったと思ったら、君だったのだから。行動力を疑うことなどできやしない。

「何だかんだで、君の著作物は人気があるのよ。私の見立ても正しかったことだし、何も注文しないから早くペンを置くのよ」

「担当失格の言葉だね。あなたは上司から指示されていることがあるんじゃないのかい」

「……訊きたいかしら」

「是非にね」

 担当は作家の書いたものを集めるだけが仕事ではないはずだが。だけども、そうだね。君にしてみたら、あの言葉に嘘偽りがなかったとしても、やはり話しは何者にも踏み込まれない方が好みなのだろう。

 それを言ったら、ようやく君は調子を上擦らせて、こう言ったのだったね。

「                」


 君の大きな声で、たぶん、そう恐らく誰の耳にも届いていないに違いない。だけど、僕は覚えている。君が何度頭を叩こうとも、僕は忘れない。だからそうだね、いつか僕の書いた話しも気に入ってもらえるように、これからも精進せねばならないね。

 それを自身に誓った時、夜に帷を降ろすように神聖化された切り取られたひとコマは一つのアクセントをもって確立した。

 ピシャリと僕が君の頬を平手打ちした、まさにその瞬間に。


「君の頬に蚊が止まっていたんだ」

「そうなの。あら、あなたの頬にも蚊が――」


 それは蚊帳の下ろされた閨、臥所での一幕。

お読み下さり、ありがとうございます。


当作品は、2009年7月27日に、野村美月著『“文学少女”と慟哭の巡礼者』読了後に衝動書きした習作です。

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