満月の夜に
その男は雑居ビルの屋上で手摺に背を預けじっと月を眺めていた。
満月の青い夜空に同胞の発する咆哮が響く。
遠吠えは同じ宿命を背負った者たちの耳に深く鋭く刺さり、連綿と受け継がれてきた血を刺激する。男の一族もまた…。
普段は人間社会に溶け込み平穏に暮らす彼らも月が真ん丸くなるこんな夜には身体の底に眠る野生が目覚め荒々しくなる自身を抑えることができなくなる。
月光を浴びて男の身体も変化を始める。
内側から襲ってくるなにかに怯え両手で自分の身体を強く抱く。息遣いが荒くなる。半開きになった口から低く唸り声をあげ苦しそうに背を丸めると震えながら2歩3歩とよろける。
顔つきが変わる。目は細く横へと切れ上がり鼻先が前方へと突き出し尖っていく。全身を深い毛が覆う。その勢いに纏っていた衣服は破れ散る。
直立していることができなくなり跪き手をついた。四足で己を支える姿は最早「人」ではなく完全に獣のそれである。
心の奥から湧きでる熱い衝動を吐き出すように彼もまた月に向かって吼えるのだった。
「メェェェェェ~」