第4話 嘘
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創造術は、決して万能ではない。
例え優秀な血筋に生まれても、努力は必要で、それは一般人が想像も出来ない程に血の滲むものだ。
創造術は、神様からの贈り物。けれど、神は決して甘くない。
少しでも使い方を誤れば、創造術は術者を死に追い込む事だってある。
人間を創造する事は創造術師の禁忌。
その理由は、人の命を人が創るという事が神への冒涜だから、という事もある。確かに、創造術宗教団体は人命創造は人間のすべき事ではないと定義している。
しかし、創造術医学の方面に詳しいものならば、知っているだろう。人が人の命を弄ぶ、それは神への冒涜だ。だが、人命創造が禁忌となっている裏の理由は、それが成功する訳がなく、今まで禁忌を冒してきた創造術師達が例外無く全員死んでいるからだ。
創造術で創った物、つまり創造物は、一度創造したらずっと留まり続けている訳ではない。世界に実体化している時間は人それぞれで実力にも関わってくるが、大体が五分も経たず消失してしまう。
しかしそれは創造物を放って置いた場合で、創造術師が定期的に融合体を送れば創造物は実体化を維持出来る。
だからと言って、融合体を送り続ける事は容易な事ではない。エナジーが消費され続けるのは勿論のこと、星の光を取り込むのだって体力と集中する為の精神力が必要なのである。
創造目的の最初の構築よりは創造物維持の為の融合体の方が少なくて済むのだが、無理に維持しようとすれば、エナジーの消費速度より早くエナジーを回復出来る生命力を持っているというあり得ない異能がない限り、死、という可能性もある。実際、それで命を落とす創造術師は毎年何十人といるのだ。
もし、人間を創造出来たとしても、その存在を維持し続ける事は不可能だ。
そして例外無く、禁忌を冒した者は構築が終わる前にエナジーを暴走させて死に至る。一瞬でも人間の命が人間に創られるという事はないのだ。
創造術には制限時間がある。
創造術が万能ではない理由はこのような事情からだが、他にも色々制約がある。
――創造術師は創造術に頼り過ぎてはいけない。
そう言ったのは、白銀の輝きを纏う最強の創造術師だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
編入試験が終わった後、レゼル、セレン、ミーファ、晴牙、ノイエラ、ミーナ、ルイサの七人は寮のロビーにいた。
壁に掛かる時計は既に十五分程今日に突入している。しかし眠たそうにしているのはセレン一人だけだ。
ロビーにある応接用だと思われるソファに座って、レゼルとセレン以外は今は晴牙が持っている剣を興味津々に見詰めている。
それは、レゼルが実技試験で男子生徒を気絶させた剣だった。実技棟からずっと、レゼルはそれを維持し続けている。手元を離れた創造物に融合体を供給するのはそれなりに高度な事なのだが、ここにはそれを驚くのはノイエラくらいしかいない。彼女にしても、レゼルの実力は見ているからそれ程驚きはしなかった。
青く透き通る刀身は五十センチ程。柄の部分は完全な黒色で、装飾は一切無く、ただ握る為だけにあるような無骨さがあった。
ふと、左隣に座っているミーファがレゼルを上目遣いで見詰めてきた。
レゼルの髪と瞳は、今も銀髪に碧眼である。
「……何で、変わったの?」
ミーファが独り言の様に呟いた。
しかし、レゼルは答えなければならない雰囲気を感じ取った。剣を見ていた者達も、レゼルに視線を移してきたからだ。
「ああ、これは、創造術を使うと色が変わるんだ。理由は分からないけど」
「創造術を使うと?」
レゼルとテーブルを挟んで向かいに座るミーナが首を傾げる。
「はい。例えば……」
レゼルは右斜め向かい、つまりミーナの隣に座る晴牙に目を向けた。
正確には、彼が持つ剣に目を向けた。
一瞬で、その剣を構築していた融合体の二つの成分が引き離れる様をイメージする。
すると、晴牙の腕の中にあった剣は、刀身と同じ色の光の粒子をぱっと散らして消えた。
融合体の供給を止める事で創造物は薄れていくように消えていくが、今レゼルがやったように、一瞬で意図的に消す事も出来る。これが消失する、という行為だ。
そして、レゼルには変化があった。
「あっ……」
ミーファが小さな声を上げた。セレン以外の者は等しく、まじまじとレゼルを見詰めている。
レゼルの髪と瞳の色は灰色と漆黒に戻っていた。
「ふむ……よく分からないが、興味深いな」
レゼルの左斜め向かいにいるルイサが顎に指を当てて考え込む。
「やっぱり……その、《雲》……の、髪と瞳ですよね……」
ミーファを挟んで、少し戸惑ったような声が聞こえてくる。ノイエラだ。(彼女のレゼルへの自己紹介は既に終わっている。)
《雲》、という名称は《雲》本人達にとって立派な蔑称だ。だから口調がつっかえつっかえになったのだろうが、今の状況からしてその言葉を使うしかなかったのだろう。
そしてその証拠に、
「本当にレゼル君て《雲》なの?」
と、全く遠慮などせずにストレートに訊いてくる学院長がいる。
しかし、別にレゼルが気分を害す事はなかった。
《雲》と呼ばれるのにも蔑まれるのにも慣れている。そして現実自分は《雲》という存在なのだから、それを否定は出来ないしする気もない。
「はい、俺は正真正銘の《雲》ですよ」
だから、レゼルはあっさりと頷いた。
「……創造術が使えるのにか?」
「《雲》は創造術が使えないと誰が決めた?」
晴牙の質問に質問で返す。晴牙は、ポカンとした表情になった。
「それは……いや、創造術が使えないから《雲》と呼ばれる事になったんだ。誰かが決めた訳じゃない」
ルイサが答える。
レゼルは口調を敬語にして、言葉を続ける。
「はい。ですから、創造術が使えるという面から見ると俺は《雲》ではないのでしょう。しかし、容姿の面から見ると俺は《雲》なんです」
「……えっと、つまり?」
ミーファが困惑顔で首を傾げる。その仕草が、やはり彼女とミーナは親子なのだと思わせた。
「普段は《雲》だけど、創造術師の時は《雲》でなくなる、という事」
レゼルは簡潔に言った。
「創造術師の時は創造術が使えてるんだから、それは当たり前だと思うんですが……」
ノイエラの遠慮がちな指摘に、レゼルは思わず苦笑を漏らした。
「そう、なんだよな。……悪い、俺も自分の事がよく分かってないんだ。でも、確実に俺は《雲》だって、直感が言ってる」
しん、と寮のロビーに静寂が漂った。
しかし、それはすぐにミーナによって破られた。
「まぁ、君が《雲》なのかどうかはもういいよ。さっきの剣だけど、試験の時の構築と消失の速度が随分違うね?」
「え? ……あ、そういえば」
ノイエラが呟いた。
他の者は全員ミーナの言った事に気付いていたのか、表情の変化などは無い。
「情けない事だけど、構築は何時したのか、私も分からなかった。でも、消失スピードは普通の速さだったよね」
ミーナは言いながら、心底不可解そうに眉を寄せる。
確かに彼女の言う通り、一つの創造物で構築と消失のスピードが全く違うというのは、あまり聞かない事だろう。そもそもが、その二つのスピードは、創造術師の実力によって左右されるものなのだから。
「まさか君、構築は得意だけど消失は苦手とか? いや、さっき剣を消失させたのを見てた限り、苦手と表現するのは適切じゃないね。消失スピードもアマチュアの平均を大幅に上回ってたし、レゼル君、本気じゃなかったし」
何だか少し話がずれてきている気がしないでもないな、とレゼルは思った。
まだ「でも、構築に対して桁違いに簡単な消失が苦手な創造術師っているの?」とか「それはまぁ、世界に一人……いや五人? 人数なんてどうでも良いよ、とにかく世界を探せばそういう創造術師もいるだろうけど」などと呟いているミーナの言葉を止めたのはルイサだった。
「ミーナ、コイツが消失が苦手、という事はない」
「何で?」
ミーナが非常に子供っぽい口調で訊ねる。
さっきから、というか初めて見たその時から、学院長の性格にはちょっと問題があるのではないか、とレゼルは感じていた。ミーファには悪いけれど、この親にしてこの子あり、とは天地が引っくり返っても肯定出来ない。
――「猫」を被っているという事を多分わざとバレバレにしている所が、特に。
「実は私は、実技試験の前に少しだけだがレゼル君の実力を見ている。それで分かるが、彼は消失を苦手になどしていないよ。さっきの消失のときは試験でも何でもないんだから、手を抜いたんだろう。……そうすると、構築が異常に速かったのが疑問だが」
ルイサは淡々と言った後、首を捻る。
レゼルは控えめに笑って、種明かしをしても良いか、と考えた。
「エネディス先生の言う通り、俺は消失が苦手とかいう訳ではありませんよ。消失に手を抜いたのは事実ですが」
別に戦闘中や試験中ではないのだから、真剣にやる人なんていない。消失は失敗する事が少ないし、失敗しても創造物が消失しなかったりするだけで、身体に影響を与える事はない。
ふいに、右肩に小さな重みが乗った。ちら、と視線を向けるとセレンが寄っ掛かってきて安らかな寝息を立てている。眠気が限界を突破したらしい。
まるで子猫のような可愛らしい寝顔にレゼルは口元を綻ばせた。
彼の隣で、彼の表情を見て不機嫌そうな顔をする少女がいる事にも、全く気付かないまま。
だが、前に視線を戻したレゼルはルイサのニヤけた表情には気付いた。今となっては遅いが、セレンを彼女の補佐役にしてしまったのはかなりの判断ミス、としか言いようが無い。
ルイサの浮かべた笑顔(?)は、レゼルの微笑ましい笑顔とは方向性が全く違うもので、レゼルは危機感を抑えきれなかった。
「あの剣はですね」
ちょっと不意を突いてやろう、とレゼルはニコニコと笑いながら(但し、目は笑っていない)、ルイサに右拳を突き付けた。
セレンに釘付けだったルイサはぎょっとして水色眼鏡の奥の瞳を見開いた。
しかし、流石は学院教師の創造術師。すぐに立ち直り、レゼルの拳が顔にめり込む前に『物』の創造を行使。彼女の手に陽炎のような空気の揺らぎが生まれ、それが小型拳銃の形をとっていく。
――が、レゼルの拳はルイサの顔に触れるどころか、彼女の顔から二十センチ程も距離がある所でピタッと止まった。
しかし、ルイサは拳銃の創造を断念し、掌の上の融合体を霧散させた。
「この剣、〔光剣〕は、構築スピードに特化した創造武器なんですよ」
ルイサの顔と、レゼルの拳。その間の距離、二十センチを埋めるのは、実技試験でレゼルが創造した青く透き通った剣だった。
但し、刀身はかなり短めになっている。
鼻先に迫る刃に、ルイサは創造術を諦めたのだった。実技試験では男子生徒を気絶にしか追い込まなかったが、この剣には殺傷力があるとルイサは一目見た時から分かっていた。だから、ミーナは男子生徒が倒れた時に一瞬だったが殺害を疑ったのだ。
「構築スピードに特化した……?」
訝し気な、けれど驚きは完全に消えたルイサの口調。
ルイサはレゼルの髪と瞳が銀色と青色に変わっているのを確認すると共に、彼の表情も読み取っていた。
彼の表情には、一欠片も殺意がない。目の笑っていない笑顔を浮かべてはいるものの、それは何処か演技チックだった。
レゼルを観察する目付きになったルイサ、無邪気な子供っぽい表情で愉しそうに笑うミーナ。(ミーナは童顔という訳では決してないので、その表情には少しだけギャップがあった。といっても、あくまで少しだけ、なのだが。)
そして、一様に驚きを表しているミーファ、晴牙、ノイエラ。
彼らを眺め、レゼルは〔光剣〕をルイサの眼前から外した。
「君は本当に面白いね。奇襲、プラス、ルーちゃんが美少女の寝顔に気を取られていたといっても、《菫》に勝ってしまうなんて」
ミーナが心底上機嫌な様子で言った。
ルーちゃん、とはルイサの渾名だろう。ルイサには果てしなく似合わないが、ミーナが口にするだけなら果てしなく似合う。
そして《菫》とは、ルイサの二つ名、《菫の創造術師》の略称だ。
「いや、ミーナ、私は負けてなどいないぞ。確かに『物』の創造は諦めざるを得なかったが、あそこからどうにでも反撃に転じる事は出来――」
「あそこから、ならね。それはレゼル君が剣を止めてくれたから、だよ」
ルイサの反論をミーナは容赦なくぶった切って捨てた。
「本当の実戦なら、ルーちゃんが『物』の創造をしようとする前に首が飛んでたね」
「じ、実戦ならば気を抜いたりはしない」
「今は、レゼル君だけが実戦の気分だった場合、って話をしてるんだよ」
言い合う二人を見ていると、彼女達は学院でも仲が良いのかもしれない、とレゼルに思わせた。
「お母さ……じゃない、学院長。それに、エネディス先生。今はレゼル君の話を聞きましょう。――レゼル君、その剣が構築スピードに特化してるって、どういう事?」
流石は一年代表、というべきか、ミーファが生徒の中で逸早く立ち直った。
レゼルは横で眠る小柄な少女を起こしていない事を確かめると、右手に握っていた〔光剣〕をテーブルの上に置いた。消えてしまわないように、レゼルは融合体を常に剣に送り込んでいる。
「構築スピードに特化している、っていうのは、理屈は簡単だ。まず、この剣の刀身は何でできてる?」
「何で、って……」
レゼルの質問に、先程まで〔光剣〕を興味深そうに眺めていた晴牙が考え込む。
「……見る限り、光、というか、レーザー光が剣の形になったみたいな」
「ああ、正解だ、晴牙。この剣――〔光剣〕は、刀身が光でできてる。光粒子の圧縮体、と言っても良い」
「……成程」
ぼそり、と低い声でミーナが呟く。どうやら彼女は剣の性質が分かったようだ。
しかし、レゼルは無視して説明を続ける。
「じゃあ、刀身の光は何の光だと思う?」
「それは一つしか無いだろう。星の光だ。エナジーと同調させ、創造物の元となる融合体になる――」
即答するルイサ。
だが途中で彼女も正解に辿り着いたのか、ハッと目を見開いた。
「はい、そうです。刀身は融合体の中にある光で構成されています――まぁ、光だけというより融合体そのもの、ですね。つまり、普通の創造物の構築なら融合体を外に引っ張り出してから実体を持たせないといけないのに、〔光剣〕は刀身の部分に実体を持たせなくて良いんです」
ルイサからの発言があった事で敬語になる。
レゼルはテーブルの上の青く輝き透き通る刀身を持った剣を見詰め、更に言葉を紡いだ。
「柄の部分は握る為に実体を持たせる――触れるようにしないといけませんが、刀身は融合体を圧縮して剣の形を象るだけで良い。これで、構築工程を大幅に省略する事が出来ます。勿論、剣の性能を少しも劣らせずに」
「……あ、そっか。刀身は融合体そのものだから、普通の剣を創造するように鉄や合金の成分を創り出す必要が無いのね」
納得したわ、と付け足して頷くミーファ。
晴牙やノイエラも、疑問が解消された、といったような顔だ。
「……で、これは……」
レゼルの囁くように小さな声。
彼は〔光剣〕を再び手にすると、徐に腕を上に上げていき――
「――っ!?」
「きゃ……!?」
――自分の首に、〔光剣〕の青く輝き透き通る刀身を突き刺した。
ブッスリ、という非現実的な擬音が聞こえてきそうな程、深く。
ミーナとルイサは平然としているが、他の三人はぎょっとしていた。ノイエラに至っては縁無し眼鏡の奥でぎゅうっと目を瞑っている。
「……えと、そんなに驚くなよ。俺なら大丈夫だから」
「そんな事言ったってお前、剣に首が刺さって……」
「晴牙、落ち着け。逆だ。――それに、言っただろ? この剣の刀身は融合体なんだ。それも、俺の融合体だ」
「「「……あ」」」
晴牙だけじゃなく、ミーファやノイエラも声を漏らした。
彼らは青い光の刀身に貫かれたレゼルの首を見る。血は一滴も流れていないし、勿論彼の体内に影響を与えている事もない。
「俺の融合体が俺の身体の中に入っただけなんだ。ダメージを受ける訳ないだろ?」
レゼルは〔光剣〕を自身の首から引き抜きながら、そう言って笑った。
その光景を見て、ミーファが、
「で、でも、心臓に悪いわ。もう止めて欲しいわね」
本当に安堵したように胸を押さえる。
「そうですね……」
ノイエラも苦笑を浮かべている。
そんな少女達にレゼルは謝る事しか出来ない。
「あの、レゼルさん」
「ん?」
ノイエラが肩までの髪を揺らしてミーファ越しに視線を向けてきた。
「じゃあ、実技試験で男子生徒の先輩が倒れたのは……」
「ああ、それか。それも簡単だよ。俺の融合体をあの先輩のエナジー脈に流し込んだだけだ」
エナジーが暴走する、という程の量ではない。が、それはつまり、流し込む融合体の量や性質を調整すれば人を殺める事も十分可能である、という事に他ならない。
この、自分の融合体を相手のエナジー脈に流し込む、という技術は刀身が融合体そのものの〔光剣〕だからこそのものである。
しかし、この〔光剣〕にも弱点がある。
まず、維持する為の融合体が、他の同じサイズの創造剣と比べて倍程も多い。それは、鉄や合金などの成分に構築する普通の創造剣に対して、刀身が融合体なままの〔光剣〕は、その融合体を圧縮して剣の形に抑え込むのに少々多めの融合体が必要になるからである。
それ故に集中力や体力も欠かせない。
だからレゼルは〔光剣〕をあまり創造したままにして置かない。役目が終わったらすぐに消失させる。
次に、物は壊せない事。創造術で創った物なら融合体を流し込むという方法で壊せるが、他の物は無理だ。〔光剣〕は刀身がすり抜けるから、攻撃手段が融合体を流し込むという一つしか無いのである。エナジー脈の無い物に使ったって効果は一切無い。
三つ目に、融合体を流し込む作業は思ったよりも難しい。特に、相手のエナジー脈にピンポイントで流し込み、暴走させないよう量を抑える事が。
融合体は取り込む星の光の量・性質によってもその性質が変わるが、エナジーのそれを変える事でも同じ事が可能だ。
しかし、そのエナジーによる融合体の性質改変・調整は一流の創造術師でも難しい。
融合体としてのエナジー消費がばかにならない〔光剣〕を軽々と維持し続けてしまうレゼルは、やはり実力があると言わざるを得ないだろう。ただ、〔光剣〕のエナジー消費が多い事は皆知らないのでこの事は誰も認識出来ていない。
「融合体を流し込んでエナジー脈を乱れさせる、ですか。凄いですね」
ノイエラが感嘆の声を上げた。
「使い方によって危険度がかなり左右される創造武器だな、〔光剣〕は」
眼鏡の位置を直しながら、ルイサが言う。
「そうですね。でも、創造術師との戦闘はこれが一番便利なので」
レゼルは剣を胸の前に掲げた。
それを構成している融合体の二つの成分を分離させるイメージを考える。ぱっ、と剣は一瞬で消え失せた。
彼の銀髪碧眼が、《雲》の象徴――否、忌むべき特徴である灰色と漆黒に変わる。
「……それと、念の為聞きますが、実技試験の相手の先輩は大丈夫ですか?」
「それは問題無いよぅ、レゼル君。ちゃんと保健室に運んだし、ただ意識を失ってるだけ」
答えたのはミーナだった。彼女が、〔光剣〕に殺傷力がある事を知っているからだろう。
「……明日には、何時も通り授業に出られるよ」
「……」
「……レゼル君?」
「いえ、そうですか。それなら良かったです」
学院長にニコリと笑い掛ける。
――流石、学院長とは名ばかりではない。
彼女は学院の中の事は全てを把握している。だから、当然のように気付いている。
ちょっとだけ動きづらくなるな、とレゼルは頭の片隅でどうでも良い事のように考え、隣で可愛らしい寝顔を晒す緋色の髪の少女――セレンを見て、表情を弛ませた。
ミーファが小さく頬を膨らませ、彼女の様子――というか気持ちを既に勘付いている晴牙、ノイエラ、ミーナ、ルイサは四人揃って呆れた顔を浮かべた。
勿論(?)、レゼルは一切気付かない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっとおかしいでしょ! どうしてレゼル君とセレン……ちゃん、が同室な訳!?」
リレイズ創造術師育成学院は全寮制だ。
だから、生徒達はこんな遅くまで実技棟で訓練が出来るのだ。
寮のロビーは五つの場所に繋がっている。
右に行けば女子寮、左に行けば男子寮。奥に進めば食堂と大浴場。大階段を上って二階にはかなり広い多目的ホール。
因みに、ロビーからではないが、寮に来るまでの渡り廊下は本校舎、実技棟、講堂、図書館などの各施設にも繋がっている。リレイズ創造術師育成学院は渡り廊下で殆どの施設が行き来出来ると考えて良い、とミーナに教えてもらった。
教師も寮の部屋で生徒達と同じような生活をしているので、ロビーでは必然的に右にはミーファ、ノイエラ、ミーナ、ルイサ、セレン、左にはレゼル、晴牙と二つに別れるのだが――
「まぁまぁ、別に良いだろう、ミーファ。レゼル君とセレンが同室でも」
今は、右ではなく左にセレンがいた。正確には、彼女は今寝ているのでレゼルが抱えている状態だ。
訳あって一緒にいなければならない、という事を言ってあるルイサが何故か激怒しているミーファを宥めてくれている。だが、
「別に良くないわよ! おかしいわ、女の子が男子寮なんて! よりにもよってレゼル君の部屋なんて!」
「ミーファ、とりあえず落ち着いてくれ。えっとだな、俺とセレンは極力近くにいなければならない、というか……」
レゼルも声を掛けるが、ミーファの様子は収まりそうもない。
一年代表として学院の風紀とかを気にしているのかもしれないが、その辺は心配無用だ。レゼルとセレンはそういう関係ではない。
「近くにって、セレンちゃんってもしかして身体弱いのか?」
「え? あ、ああ……うん、ちょっとな。だから誰かが傍にいないといけないし、それは俺が一番慣れて――」
「傍にいれば良いのね? じゃあ簡単よ、セレンちゃんは私の部屋にくれば……」
晴牙とレゼルの会話を聞いて、解決の糸口を見つけたように瞳を輝かせるミーファ。
「何言ってるの、ミーファ。この前、部屋が創造祭の備品で混沌になってるって言ってたよね」
しかし、悪魔の笑みと共にミーファの言い分はあっさりと潰される。
学院長は娘にも甘くない、という事か。
「う……」
「し、仕方ないですよ、代表。今日はもう遅いですし、部屋に戻りましょう」
ノイエラがミーファの制服の袖を引っ張る。
「そうだよ、ミーファ。ノイエラちゃんの言う通り。それに、ミーファが心配しているような、所謂〝間違い〟って奴は起こらないよ」
「そうだな。レゼル君は鬼畜には見えないし」
「レゼルとセレンちゃんが恋人同士だったとしたら、まぁ、そういう事もあるだろうけど、それはそもそも〝間違い〟ではなく〝合意の上〟だし――」
ミーナとルイサと晴牙の言葉が火に油を注いでいるようにしか聞こえないのは、果たしてレゼルだけだろうか?
「ハルキ! たとえ、ご、ごご合意の上でも、聖域と呼ばれる学院でそういう行為に及ぶのは退学ものよっ!」
「まぁまぁ、代表。今日はもう戻りましょう」
「え? ちょっとノイエラ、押さないで! 私はまだ話が……」
ノイエラに押されて、途中からは襟首を掴まれて引っ張られていくミーファ。
右の廊下に二人が消え、ミーナとルイサもレゼル達に軽く挨拶をして後に続く。
「あ、そうそう、レゼル君」
レゼルと晴牙も背を向けようとした時だ。
ミーナが足を止め、こちらを振り向いてきた。
「何ですか?」
「明日の朝、学院長室に来てくれるかな? 編入生として色々話があるから。あっ、学院長室は本校舎の最上階だよ。本当は今日中に済ませたかったんだけど、元々遅い時間だし、さっきは皆がいて話もずれちゃったしね」
「はい。分かりました」
「うん。それじゃ改めて、お休みなさい」
学院長は踵を返して歩き出すと、後ろ手に手をヒラヒラと振った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「代表、どうしたんですか? 編入したばかりの殆ど初対面の男性にそういう気持ちを抱くなんて」
女子寮側の階段を上りながら、ノイエラは幾らか落ち着いたミーファに声を掛けた。
「……初対面じゃないわ」
「え?」
「昔、レゼル君に助けてもらった事があるの。彼は覚えていないようだけど」
不安気に金髪のポニーテールを揺らしながら付いて来るミーファを振り返って見下ろし、ノイエラは目を丸くした。
「そ、それ、まさか、前に言っていた初恋の男の子ですか……!?」
こくん、とミーファが頷く。
「キャーッ、凄いじゃないですか! 再会したんですよねっ? 運命的です、とても!」
「……でも」
「……セレンちゃんの事ですか?」
「……仲、良さそうだったわよね」
「だ、大丈夫ですよ! エネディス先生が言ってましたけど、あの二人は恋人って関係じゃないみたいだって」
「ほ、本当なの?」
「はい。レゼルさん本人が否定したようですよ」
ぱぁ、とミーファの表情が明るくなった。
「そ、そっか。ありがと、ノイエラ。心配掛けちゃったわね」
「ふふふ、どういたしまして」
そして、ノイエラもまた笑顔になるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃ、ここがレゼルの部屋な」
男子寮の四階に上がってきたレゼルは、一フロアにある部屋の数に既に驚かなくなっていた。
考えれば当然だ。階ごとに学年が違う構造なので一つの階に二百五十以上も部屋があるのだから。
レゼルが晴牙に案内されたのは一番奥の部屋。勿論、かなり遠い。
「ま、仕方ないぜ。空いてるのは奥の方しか無いからな」
「ああ、うん。それは分かってる」
「慣れればそうでもないけどな、この距離も」
晴牙が廊下の先を眺める。女子寮との境界線は壁で塞がっていた。
彼は副代表という事で入学時、一番奥の部屋にさせられたらしい。何か起こった時に状況を把握しやすい位置にしたのだろう。
つまり晴牙の部屋はレゼルの一つ手前だ。
「じゃ、何かあったら遠慮なく呼んでくれ。俺は部屋にいるから」
「ああ、ありがとな」
晴牙が自分の部屋に入っていったのを見送り、レゼルも自分の部屋に入った。
靴を脱ぎ、セレンのベージュ色ブーツも脱がせてやる。ブーツを床に置くとき、微かにカツンと音がした。
部屋の中は誰かが予め掃除をしてくれていたのか、綺麗だった。汚れている所など一切無い。
レゼルは腕に抱えたセレンをベットに降ろし、備え付けの毛布を掛けてやる。
寮の部屋は全て一人部屋。ベットも勿論一人用なので、セレンが使うとなるとレゼルはソファの上で寝るしかない。
「……いや、ベットが二人用でもベットで寝る気は無いが」
独り言を呟いて、レゼルはコートを脱いでソファの背に引っ掛ける。
部屋の一つ一つに風呂場があるのは嬉しい。今日はまだやることがあるので風呂に入る――というかシャワーを浴びるのは明日の朝にしよう、と考えながら、レゼルはソファに寝転がった。
「……レゼル」
鈴の音を転がすような声がレゼルの名を呼んだ。
「何だ? セレン」
彼女が起きていたのはコートを脱いだ時から分かっていた。
ソファに寝転がったまま、レゼルは応える。
「……良いんですか?」
「何が?」
「……」
セレンが言いたい事は分かっていた。それで、敢えてとぼけて見せた。良いのか、と言われても選択肢は一つしか無いのだから、ちゃんと答えたとしても「これで良い」にしかならない。
「……本当の事を、言わなくて、良いんですか?」
今、セレンはどんな表情をしているのだろう。きっと何時も通り無表情な筈だ。そう思うのに、彼女の声に含まれた僅かな震えとレゼルへの気遣いが、彼女の悲しそうな顔を想像させてしまう。
「俺は自分の事がよく分かっていない。レゼルはそう言いましたね」
「……聞いてたのか」
「はい。その時はまだ起きていましたから。……嘘を吐くのには、もう躊躇いはありませんか?」
「当たり前だろ。今日だけで何回嘘吐いたと思ってるんだ。自分の事がよく分かっていない、なんて嘘を当然のように吐けるくらいには、十分な覚悟をとっくにしてる」
「そうですか。それなら、良いです。私もここで頑張れます」
「それに、学院長も嘘吐いてたしな」
「学院長も、ですか?」
「ああ。実技試験の時の相手の先輩――先輩、なんて思っちゃいないがな――は、明日には退学だろう。なのに学院長は『明日には普通に授業に出られる』なんて言っていた」
「……退学? では、あの男子生徒が……」
セレンが少し吃驚したような声を出す。いや、実際、吃驚したのだろう。
「運が良いのか、悪いのか。あの先輩から見れば悪いだろうが」
皮肉っぽい口調でレゼルが呟く。
「あ、そうだ、セレン」
「何ですか?」
「エネディス先生には気を付けろよ、頼むから」
「……? はい、分かりました。何を気を付ければ良いのかは分かりませんが」
レゼルの背後でソファの背越しにセレンがベットの中から出る音が聞こえた。
彼女はソファの背に手を掛け、レゼルを見下ろしてくる。
「お休みなさい、レゼル」
セレンは無表情。けれどその声は温かい。
レゼルは悪戯っぽく笑って、
「ああ、お休み。三十分後には起きるけどな」
セレンがベットの上に戻ったのを気配と音で確認して、瞼を閉じた。
脱字・誤字等あったらご指摘下さい。感想も待ってます。
今回はモノローグ等で意味不明な所があったかもしれません。……って、これは毎回ですね。