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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第二章 冬期休暇編
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第48話 楽シケレバ

 一つ、事件現場を見て精神不安定な有紗を一人で宿に返す訳にはいかない。

 二つ、王国に亡命してきた有紗が職を探すならば、行きにも帰りにも寄る交易都市リデルバランが適切である(交易都市には沢山の外国民が集まる為、帝国人であっても白い目で見られることは少ない)。

 三つ、もっと有紗と一緒にいたいし喋りたい。

 四つ、旅行費は十人分まであるので有紗一人が増えたところで何ら問題は無い。

 ――という計四つの理由から、有紗も一緒に王国横断の旅へ行くことになった。

 有紗自身、『旅行』という文字に目を輝かせているから、そのことに関してレゼルは何も言わなかった。会ってから間もないが、セレン、ミーファ、ノイエラは二つ歳上の有紗のことを姉のように感じているみたいだし、レゼルにしても彼女は何だか放っておけないような存在になっていたので、まぁいいかな、と思う。

 きっと、幼い頃から奴隷として生きてきた有紗は、最強の創造術師であった姉やNLFという国際組織に守られてきたレゼルよりもずっと辛い生活をしていたはずだ。彼女にしてみれば旅行なんて初めてのことか、何十年振りかのことだろうから、楽しみに思うのも無理はない。

 結局、旅行なんて楽しければ良いのだから、有紗が一緒に来ることでレゼル達も有紗も楽しめるならそれが最良なのだ。


     ◆


 レゼル達が乗る予定であるエリュシエル行き夜行便の切符を買った乗客にどうやら不審人物はいなかったらしく、レゼルが思っていたよりも早く汽車は運行を再開した。

 それを告げる旨の放送がホーム内に響いて、レゼル達はさっそくお目当ての汽車に乗り込むことにした。

 今は、誰よりも先に汽車に乗って切符に指定された車両に向かった晴牙が、そこの窓を開けてひょっこりと顔を出し、そして外に手を伸ばしている。その前には革製の旅行鞄を両手で抱き抱えたレゼルがいた。

「早く寄越せって」

 なかなか鞄を渡そうとせず眉を寄せるレゼルに、晴牙は訝し気な声を出して急かす。

「んなこと言ったって、これ滅茶苦茶重いんだよ。ミーファのなんだが……」

 意識して腕に力を入れたレゼルは、抱えた旅行鞄を掲げるようにして晴牙に渡した。彼は鞄の取っ手を掴んで軽々と持ち上げ、そのまま窓の中に引っ張り込む。

「あ、今能力創造使っただろ」

 車両の中に引っ込んだ晴牙にそう言うと、ハッ、と鼻で笑われた。

「別に使わなくても持てるけどな。女の荷物は重いんだよ。ったく、何が入ってんだか……」

 ガリガリと頭を掻きながら、晴牙は再び窓際に寄った。レゼルは最後の一つである自分の旅行鞄に手を掛けながら、視界のちょっと上方にある顔を見る。しかし晴牙はこちらを見ていなくて、運転車両の方へと首を巡らせていた。

 レゼルもそちらへと視線をやると、そこには汽車に乗り込もうとしているミーファ達女性陣がいる。

「女って分かんねぇわ」

「それは今に始まったことじゃないだろ」

 晴牙の呟きに素っ気なく返し、レゼルは少なくともミーファのものよりは軽い自分の鞄を持ち上げた。

 この夜行便は一つ一つの車両が左右の部屋で通路を挟むという構造になっている。二人部屋から八人部屋まであり、その広さは何人部屋かによって決まるが、内装の豪華さは切符の値段で変わってくる。第一号車が運転車両で、確か第二から第四までが食堂車両だったはずだ。乗客の部屋があるのは第五号車からで、末尾に行くにつれ内装の豪華さと代金が反比例していくらしい。一番豪華なのは第五号車だ。因みにレゼル達が乗るのは汽車の中辺くらいにある二人部屋が四つの第八号車なので、豪華さも代金も至って普通である。

 晴牙が顔を出しているのはその第八号車の窓で、今はそこに荷物を運び入れているところだった。夜行便の乗客は大きく重い荷物を持っていて部屋まで運ぶのが面倒なことが多い為、窓から荷物を入れるのが常識だ。一人のときは駅員に頼んだりもする。

「……ていうか、結構前から思ってたんだけど、レゼルって力の無さをテクニックで補うよな。あー、ほら、格闘訓練のときとかさ。純粋な力だけで言えば俺の方が強いし」

 晴牙はレゼルの方に視線を戻すと、旅行鞄を両手で持つ彼を見下ろして言った。

 それに些かカチンときてしまったレゼルは、細めた目で晴牙を睨む。

「……体格で負けてんだから当たり前だろ。で、結局は何が言いたいんだよ」

「だからつまり、能力創造使わなきゃ案外お前って貧弱だよなって。旅行鞄ごときで重いとか言うし。ま、確かにミーファ達のは重かったけどさ」

「……否定は出来ないが後でお前シバく」

「……え。と、取り敢えず、早く最後のも渡せ――」

 ほれ、と能力創造で筋力を強化しているだろう片手を伸ばしてくる晴牙に最後の旅行鞄を渡す。もう荷物は全て汽車の中に入れ終わったので、さて俺も汽車に乗り込むか――と、そう思った時だった。

「きゃあっ」

 第八号車から二両離れた所にある汽車の乗車口付近で、小さくではあるものの高い悲鳴が響いた。今、そこにはミーファ達がいたはずだ。そして聞こえた悲鳴は、

「ノイエラっ?」

 レゼルの旅行鞄を部屋の中に投げ捨てて、バッ、と窓から顔を出す晴牙。彼は素早く首を捻って乗車口の方を見る。

 ――おい、いくら悲鳴を上げたノイエラのことが気になったからって俺の旅行鞄をぞんざいに扱うな。まぁ、割れ物は一つも入ってねぇけど。

 若干イラッとした後、レゼルも何があったのかとそちらに目をやる。

 そこでは、乗車口から慌てて降りたらしいミーファと有紗が、地面に尻餅を付いているノイエラの傍に駆け寄るという景色があった。セレンはノイエラの横にしゃがんでいる。ミーナとルイサの姿はない。二人はもう汽車の中に入っているのだろう。

 そして、彼女たちの前には青い制服を来た小太りの男がいた。両手に大きな木箱を抱えている。

「……車掌さんか?」

 あのぴっしりした青い制服からして、ホーム内の切符売り場で働いている人か、車掌だろう。あとは、汽車の運転手か。切符売り場にいる人と運転手はそれぞれの持ち場をあまり離れないだろうし、そうなると彼は車掌だという線が高い。

 ホームで大きな木箱を持って何をしているのだろうか。まぁ、この夜行便はイレギュラーで出発時刻が大分遅れたから、車掌が汽車を降りてホームに出ていても不思議はないのだが。

 晴牙はノイエラが大事になっていないことに安心したような表情を浮かべながらも、その目は怪訝な色を揺らしている。

 レゼルは横目でちらりとそれを見てから、フードを片手で押さえ付けてノイエラ達の元へと駆け寄った。


     ◆


「有紗さんの顔色も良くなってきましたし、やっと出発できますね」

 ふんわりとした笑顔を浮かべたノイエラが、自分たちの数歩先を行く会話中の有紗とミーファを眺めて言う。そんな彼女の隣を歩きながら、セレンは頷きと共に「そうですね」と返した。

 風邪疑惑がある割に、有紗の体調は良さそうだった。リレイズの気温も寒くないらしいが、彼女は元奴隷だと言っていたから、もしかしたら寒さには耐性があるだけなのかもしれない。

 楽しそうに何かを話ながら汽車に乗り込む有紗とミーファから目を逸らし、ノイエラは歩みを止めないままちらりと後ろを振り返った。

 セレンもそれに(なら)うと、そこには旅行鞄を窓から汽車内に入れているレゼルと晴牙の姿が。

 だが、ノイエラの視線を辿ってみれば彼女が見ているのはその二人ではなくて晴牙だけだ。

「……晴牙がどうかしましたか?」

 ノイエラの方に視線を戻して言うと、彼女は耳も含め顔を真っ赤にしながらバッと振り返ってきた。

「いいいいいいえっ、別に何でもありませんよっ? き、汽車が二人部屋だから一緒の部屋になりたいなぁなんてみみみみ微塵も思ってまひぇんから!」

 微妙に呂律が回っていない口調で捲し立てるノイエラ。

 ――つまり思ってたんですね、というベタな突っ込みはしないでおいた。

 セレンとしても出来ればレゼルと同室が良いのだが、残念かな部屋割りは至って普通――レゼルと晴牙、セレンと有紗、ミーファとノイエラ、ミーナとルイサというペア――に落ち着いてしまった。まぁ、男であるレゼルと晴牙が同室になるのは当然と言えば当然なのだが。

 ノイエラは未だに顔を赤くして慌てている。普段は真面目な彼女がそういう表情や仕草をするのは同性でも素直に可愛いと思う。恋は女の子を可愛くすると言うが、その通りだと思った。セレンは自分のレゼルに対する気持ちを恋だと思っているが、では自分は人に少しくらいは可愛く見られているのだろうか?

「……」

 数秒の後、考えても仕方ないことだとセレンはゆるゆると首を横に振った。――その時だった。

「きゃあっ」

 隣にいたノイエラの身体が後ろに倒れ、彼女の小さな悲鳴が響いた。

「ノイエラっ」

 セレンは咄嗟に尻餅をついた彼女の傍にしゃがみ込む。大丈夫かと問うと、ノイエラはすぐに大丈夫だと答えた。足を捻ったような様子はない、石畳の地面で打ったお尻は多少痛むだろうが、どうやら怪我は無いようだ。

 ノイエラとほぼ同時に斜め上へと顔を向けると、そこには青い制服を着た小太りの男が立っていた。彼がノイエラとぶつかったのだろう。服装からして車掌だろうか。大きな木箱を抱え、何か焦ったようにこちらを睨んでいる。

 確かに自分たちは話をしながら歩いていて、前方不注意ではあった。しかし、少女を一人突き飛ばしておいてこの態度なのはちょっとイラッとくる。勿論、我慢しなくたって感情は顔に出ないので自分の表情は無のままだ。

「あ、その、ごめんなさい」

 ノイエラは優しいから、前方不注意だった自分が全面的に悪いと思ったのだろう。男が睨み付けてくるのも気にしないで謝ると、座り込んだままぺこりと頭を下げた。

 その時、ミーファと有紗が駆け寄ってきた。

「どうしたのっ?」

「ノイエラちゃん、大丈夫!?」

 二人はノイエラの無事を確かめ、セレンから男とぶつかってしまったことを知ると、彼に顔を向けた。

 男は少女たちの四対の視線に何かハッとした様子を見せ、それから申し訳なさそうな顔になった。

「お、お譲ちゃん、すまない。怪我はないか?」

「え、あ……はい。大丈夫です」

 男に答えるノイエラを、セレンは両手を引っ張って立ち上がらせた。

 ありがとう、と言うノイエラにどういたしまして、と相変わらず素っ気なく返してから、セレンは男の抱える木箱を見詰めた。

「……それ、もしかして割れ物か何かですか? ノイエラとぶつかった時、随分焦っていたみたいですが」

「え? あ、ああ、いや、割れ物って訳ではないんだが……こ、この中には食堂車両に持っていく野菜やらが入っていてね。ちょっとデリケートなんだ、すまないね」

「いえ。私たちの方こそ不注意ですみません。気をつけます」

 セレンが淡々と言うと、男はたじたじになって「急いでいるから」と走っていった。その背中はやがて食堂車両である第四号車の中に消えた。

 ふぅ、と小さく息を吐いて振り返る。そこには一人、ノイエラ達の隣にレゼルが増えていた。

 彼は腕を組み、真面目な顔で口を開いた。

「話は聞いてた。ただぶつかっただけなんだな?」

 コクリ。セレンが頷くと、レゼルはそうか、とだけ言った。

 そして。

「ノイエラ!」

 汽車の中を駆けて来たのだろう晴牙が乗車口から慌てたような顔を出したのを見て、セレンは二人の恋は何だか早めに成就(じょうじゅ)してしまいそうだとこっそり思った。

 読んで下さりありがとうございました!


 それと、この頃更新休みがちですみません……。頑張ります。

 しかも一話一話が短い……。

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