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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第二章 冬期休暇編
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第44話 最悪ノ出遭イ

 今回、ぬるくですが強姦描写あるのでお気を付け下さい。多分全年齢の範囲には収まってるので大丈夫かとは思いますが一応……。


 作品情報に一部追加しました。読まなくても勿論大丈夫ですが、なんか調子こいて伏線いっぱい入れちゃったので知りたいという方は暇な時にでも読んで下さればと思います。

 あぁ、ヤバい。染み渡る――

 そんなことを思いながら、レゼルは温かいココアの入った紙カップ――これくらいの科学技術は普通に世に出回っている――を両手で包み込んだ。

 騎士団の雪かきのお陰で賑わう駅前のロータリー広場。コートのポケットの中に入っていた小銭で買った甘さ控えめのココアはじんわりと程好い熱を手のひらに与えてくる。カップからは白い湯気が立ち上ぼり、それが鼻先を掠めてレゼルの吐息と混ざり合う。

 屋台の前ではコーヒーにするかカフェオレにするか紅茶にするか緑茶にするかココアにするか迷ったが、ココアを買って正解だったと思える。他にはないココアの甘さが寒さで少し痺れた舌を溶かしてくれた。

 まだ汽車が来るまでにはかなり時間がある。レゼルはロータリーの縁に座ってココアを啜った。

 昨日の朝まで降り続いていた雪、というか吹雪はもう止んでいる。空を見上げれば、キラキラと輝く星が灰色の雲の隙間からちらりと覗いていた。

 ロータリー縁はほとんどベンチ化しているし、騎士団員が真面目に雪かきもしているので雪は積もっていない。彼の他にも縁石に体重を預けている親子やらカップルやらは沢山いる。

 吹雪が止んで、わいわいと賑わう駅前広場は活気に満ちていた。一週間とちょっと前には学院戦争があったなんて信じられない。学院戦争がとても懐かしく、昔のことに思えるのはレゼルだけだろうか。とにもかくにも、こうやって街に出て何時も通りの生活をしている人々は強いということだろう。学院戦争のことで不安になっていてもどうしようもないのは確かなのだ。

 深く被ったフードの奥から朝の市場と化した広場の様子を眺める。何時の間にか空になっていた紙コップの縁を噛んで上下にゆらゆらと揺らしていると、

「……やっ、いやっ! やめて、離して!」

 冷たい風に流れてきた小さな声がレゼルの耳に届いた。

「……?」

 何だ、とレゼルは声が聞こえた方に視線を向けた。彼の左斜め前方、駅前広場に面するカフェテリアと服飾店の間の路地裏。

 微かな星の光も届かず、街の至るところにある照明にも照らされないそこは真っ暗で、まるで闇が溜まっているように見えた。

「やだっ、放して……! 放せぇ……!」

 また聞こえた。まだ成人ではないだろう少女の切羽詰まった声だ。

 これはもしかしなくてもハプニングだろう。でも、助けるべきなのだろうか。いや、普通は助けるべきなのだろうけれど、レゼルの場合は顔を見せることが出来ない訳で、少女に余計怖がられたらもともこもないというか。

 だが、少女の必死な声はレゼルにしか聞こえていないようだ。広場を見回してみるが、誰も気付いていない。と、そこでレゼルの目に話を交わす三人の騎士団員が映った。咄嗟に、彼らに伝えるという考えが思い浮かぶ――

「……いや、駄目だ」

 ――が、すぐにレゼルはそれを断念した。もし路地裏で起こっているのが結構深刻な事件だとしたら、事情聴取とか言われて騎士団本部に連行される恐れがある。それこそ《雲》だとバレるし、レゼルはこれから旅行なのだ。連行される暇など皆無である。

 そんなこんなで彼は数秒考え込み、

「……あっ、や、嫌! ちょ、どこ触っ……」

 レゼルは右手で額と両目を押さえて溜め息をつき、立ち上がった。

 路地裏で何が起こっているのか大体理解したレゼルは、ロータリーに植えられた低木――今は枝だけで葉も花も勿論無い――の上に積もった雪を空のコップの中に詰める。

 あんなあられもない少女の声を聞いてしまっては、助けない訳にはいかなかった――多分、一人の男として。


     ◆


 足音を立てないようにしながら路地裏に一歩踏み入ると、くぐもった少女の声は更にはっきりと聞こえるようになった。

 レゼルは何度か瞬きをしながら月詠を行使した。能力創造・視力強化。フードの中で彼の髪と瞳の色が変化する。

 目が暗さに慣れるのを待たずに、レゼルの眼は淀んだ暗闇を透かした。

 路地裏の奥で、二人の男と一人の少女が揉み合っている。だが、少女の背中は地面に付いていて、優勢は断然男二人の方にあるようだった。少女は両の手首と足首を掴まれ、口も手で押さえられていた。レゼルはその趣味の悪い光景に思わず眉を顰める。

 手首を一つに纏めて片手で軽々と地面に縫い付けていた男が少女の腹の上に馬乗りになった。くすんだ金髪の前髪の下にあるにやついた横顔も今のレゼルにはくっきりと見える。

 男は先程まで少女の口を押さえていた手を彼女の着るシャツの裾から忍び込ませた。ビクン、と少女の身体が大きく震え、両目が強く瞑られる。

「っちょ、やだ! ひあ、んぅっ、やめてっ!」

 少女は腹の上の金髪男を振り落とそうと身を捩った。だが、手首と足首が固定されている所為でうまくいかない。

「うるせぇな! 大人しくしてろ!」

 少女の抵抗に苛ついたのだろう、足首を掴んでいる頭髪を刈り上げた男が駅前の広場には聞こえない程度の音量で怒鳴った。

 その間にも金髪の手は少女の上半身を(まさぐ)っている。

「ひッ……」

 瞑っていた両目を見開いて少女がか細い悲鳴を上げ、暗闇の中でも綺麗に輝く水色の瞳から大粒の涙を溢した。

 金髪の男が顔を少女の首筋に近付け、刈り上げの男が嫌らしい手付きで内腿を触ったのだ。

 だが、金髪の口が首筋に触れる前に、刈り上げの手がスカートを捲る前に、


「――はい、ストーップ」


 レゼルの左足が少女の腹の上に乗る金髪の脇腹を捉え、右手に持っていた雪入り紙コップは少女の足首を掴む人間の刈り上げられた頭の上で逆様になっていた。

 蹴られた金髪は少女の上から落ちて石畳の路面に側頭部をぶつけ、路地裏の奥に向かってゴロゴロと転がった。

 刈り上げは頭から被った雪の冷たさに飛び上がって叫ぶ。少女の足首から手を放し、慌てて頭と肩の上の雪を払った。狙って服の中にも入れてやったのが効いたのか、彼は少しパニック気味になっている。

 自由になった少女は水色の瞳を見開いたまま、ぽかんとしてレゼルを見詰めた。その瞳からぽろぽろと涙が散った。

「大丈夫?」

 レゼルが出来るだけ柔らかい声を作って言うと、地面に仰向けたままの少女は数秒の後コクコクと頷いた。

 それから彼女ははっとしたように上半身を起こし、立ち上がろうとした。だが先程の状況の恐怖から脚が震えるのか、結局少女は立つことを断念して地べたに座ったまま服飾店の壁まで後退った。

「……ってぇ、ッにすんだテメェ!!」

 先に復活したのは金髪男の方だった。

「いや、何って……強姦なんて行われてたら普通止めるだろ」

 レゼルは醒めた目を路地裏の奥に向ける。そこで立ち上がっている金髪は脇腹を押さえながらレゼルを睨み付けた。

「ざけんなお前、雪ぶっかけるとか卑怯な手ぇ使いやがって……!」

 そして、次に刈り上げも復活して金髪の元へと駆け寄った。出来れば、もうどっか行って欲しかったのだが、なんてしぶとい奴らだろうか。

「いやいやいや、犯罪止めるのに卑怯も何も無いだろ」

「「うるせぇ餓鬼、テメェはすっこんでろ!」」

 男二人は声をハモらせ、レゼルは雪入りコップを失って丸腰になったと推測したのだろう、彼に突っ込んでくる。――だが、その判断は間違いだ。

 レゼルは空の紙コップを炎の創造術で燃やしつつ、深い溜め息をつく。

 (てのひら)から炎が上がったことに驚いた男二人の動きが鈍った――その瞬間、男二人の頭上に大量の『雪』が現れた。否、創造された。

「丸腰になったと思って油断したか? ――残念だけど、そんなの創造術師には関係無いよ」

 二人の男は頭上を仰ぎ見て瞠目する――前に、大量の雪が二人を押し潰した。

 ドザザザザ――――ッという音と共に粉雪が舞い上がる。

 雪は一つという単位で定義されないものなので創造難度はかなり難しいものの分類に入るのだが、二人の男や少女にはそんなことは分からない。

 レゼルはフードを手で押さえながら、男二人を潰した雪山を見詰めている少女に声を掛けた。

「さて、今の内にここから離れようか。それとも、コイツら騎士団に突き出すか?」

 少女はバッとレゼルの方に向き直った。それから数秒して質問の内容を理解したのか、ゆっくりと首を横に振った。

「き、騎士団? ……い、いえ、そこまでしなくて良いわ」

「そうか。じゃあコイツらは放っといてここから離れよう」

 少女の答えはレゼルには有難かった。彼は《雲》であるから、なるべく騎士団とは関わりたくないのだ。

 少女は服飾店の壁に手を付きながら立ち上がった。もう脚は震えていないようだが、流石にその顔は蒼褪めている。

 そして、少女が立ったことで分かったが、彼女は女性にしてはかなりの長身だ。レゼルの180センチ近い身長も何センチか上回っている。

「歩けるか?」

「な、何とか……大丈夫よ」

「無理しなくて良いぞ」

「む、無理なんかしてないわ。本当に大丈夫よ」

 少女はやや潤んだ瞳でレゼルを睨んだ。助けたのに何で睨まれるのか分からない。

 だが、歩くくらいなら問題は無かったようだ。少女は覚束無い足取りながら、革製のブーツできちんと石畳を踏み締めた。

 それと、レゼルは彼女の姿を認めたときから気になっていたのだが、寒くはないのだろうか。レゼルは厚着を重ねに重ねてコートを羽織り、マフラーも首に巻いている。それに対して、少女は薄いシャツに短いスカートとニーソックスという服装なのだ。これでは学院生の女子用夏服と変わりないと思うのだが(編入の際に学院の資料で見ていただけ)。

「――ねぇ」

 路地裏の出口へと歩きながらそんなことを考えていたとき、ちらちらと後ろを振り返っていた少女が声を発した。

「ん、何だ?」

「アイツ等は……その、窒息とかしないの?」

 アイツ等とは少女を襲った男二人のことだろう。そう理解してレゼルは気付いた。このまま雪山で男二人を潰していては彼らは窒息して死ぬ。

「やべ。忘れてた」

「ちょっ? 大丈夫なの?」

「君は優しいな。アイツ等を心配するなんて」

「し、心配なんかしてないわよ! 人殺しの片棒なんか担ぎたくないだけ!」

 少女は腕を組み、ふんっとそっぽを向いた。そんな様子に苦笑しながら、レゼルは特に意識もせずに雪山を消失(バニッシュ)させる。そこには男二人が気絶していた。

 雪山が一瞬で消えたのが視界の隅に入ったのか、少女は目を見開いた。

「え? 今……」

「あれ、分かってなかったのか? あの雪は創造物だよ」

「じゃ、じゃあ……創造術……?」

「そうだけど……創造術を見たのは初めてか?」

 訊くと、少女は無言のまま頷いた。

 その反応にレゼルは確信する。彼女は帝国人だ。アルカディア帝国――ディブレイク王国の南方にある国で、創造術があまり発展していない代わりに科学技術の進歩は著しい。人口は多いが治安が悪く、王国との交流はそれなりに治安のマシな地域としか無い。そして人民格差が激しいことで有名だ。帝国人の特徴は青みがかった黒髪と水色の瞳と長身、それに創造術に疎いこと。目の前の少女はそれにピッタリと当て嵌まる。

「そうか……っていうか、それよりお前寒くないのか?」

 先程まで考えていたことを思い出して、レゼルは立ち止まった。振り返りながら怪訝な声で少女に訊ねる。

 その問いに少女自身も困ったように眉を寄せた。

「私自身もよく分からないのだけど……全く寒くないのよね。どうしてかしら」

「いや、どうしてかしらと言われても。つか、それは明らかおかしいから。熱とかあるんじゃないか?」

「熱? ……そうね、そうかもしれない」

「……何だそのリアクションは」

 レゼルは呆れたように少女を見た。見た目は綺麗でしっかりしていそうな少女、というよりお嬢様といった風だが、中身はちょっと天然らしい。

 それにしても、路地裏を出た後はどうしようか。恐らく風邪を引いて熱まで出している人間を放ってセレン達の元に戻るのか?

「……」

 取り敢えず、セレン達の元まで連れて行こう。確か、何かあったときのために女性陣は服を余計に持ってきていると言っていた。それを貸して貰うかすれば病人(?)を放ったということにはならないはずだ。

 数秒でそんな結論に達して、少女に連いて来て欲しい旨を告げるとレゼルはまた歩き出す――が、その足は僅か一歩だけ進んで止まった。

 一方、再び歩き出したレゼルにやや慌てた様子を見せた少女は、彼がまた立ち止まったことにほっとしたように言葉を紡いだ。

「……あ、あの、言うタイミング、ずれちゃったけど、た、助けてくれてありが」

「そういえば言うの忘れてたけど、路地裏出る前にシャツの前のボタン止めた方が良いぞ」

「……え?」

 少女は自分の身体を見下ろした。はだけたシャツからは堂々とピンク色の下着が覗いている。

 少女の澄んだ瞳が見開かれ、涙が滲み――

「へ、変態ィ――――!!」

 少女の力強い拳がレゼルの後頭部を叩く。彼女に背を向け、まさか殴られるなどとは想像していなかったレゼルには全くの不意打ちであった。それでも咄嗟に俯くことで頭への衝撃はかなり緩和していたのだが。

 読んで下さりありがとうございました!

 というわけで新ヒロイン登場です。今回は完全に如月の趣味でしたゴメンナサイ。主人公が助けに入るのが好きなんです……。新ヒロインには悪いことしました……。


 そして、この物語も一周年迎えました! 書き続けてこれたのは読者様のお陰です! これからもよろしくお願いします!

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