第43話 連ナル命ノ喪失
第二章、二話目です。
そして、滅茶苦茶突然なんですが、一応この作品の世界地理は現実と同じになっています。違うのは諸々の名前と緯度だけです。説明かなり遅くなってすいません。因みに緯度は全体的に低めで、気温は何処も暖かめ。
ディブレイク王国はロシア全土とフィンランド、スウェーデン、ノルウェーの辺りだと思って下さい(かなり広いです)。細かくてすいません……。でも、それほど意識しなくても良いように書いていきます。
あとで詳しく設定まとめたヤツupします。
「連続殺人事件?」
その話題が出たのはリレイズの街の駅でのことだった。
レゼルの補習授業がミーファによって行われた日の翌々日の朝。
沢山の人々で溢れかえる駅のホームのベンチに座ったルイサが、その話を隣に座るミーナに振ったのだった。
ただ、連続殺人事件と聞いて首を傾げ、先程の疑問の声を発したのはレゼルである。レディファースト、とは少し違うが、ベンチに座っているのは女性五人――つまり、セレン、ルイサ、ミーナ、ミーファ、ノイエラ(席順も同じ)――なので、彼は彼女らの前に立っている。同じく男である晴牙も同様だ。
彼ら七人は、今日からディブレイズ王国横断の旅に出る為に駅にいる。今は乗る予定の寝台列車が来るのを待っている最中というわけだ。
「おや、レゼル君、知らないのかい? 四日前からリレイズの街で起きている連続殺人事件のことなんだが」
ミーナに顔を向けていたルイサだったが、疑問の声を受けて前に向き直った。彼女は眼鏡の奥から立っているレゼルの顔を見上げた。
「ええ、初耳ですけど」
レゼルが軽く頷くと、彼の隣で寒そうにコートの上から二の腕を擦っていた晴牙が驚いたような声を上げた。
「マジで? もう三日も前から結構話題になってるぞ」
「……お前たち、そんな話してたか?」
「いや、俺たちはしてないけど。まぁ、レゼルは一昨日は勉強漬けだった訳だし、昨日は俺ら全員旅行の準備で忙しかったから、お前が知らないのも仕方ないかもしれないけどな」
「四日前、リレイズの街の……確かパン屋横の路地裏で殺人事件が起きたのよ」
晴牙の言葉に続くように説明したのはミーファだった。レゼルは前を向いて眉を寄せる。
「……それが連続殺人の始まりか?」
「ええ。被害者は性別が分からないほど無惨な殺され方をしていたらしいわ。路地裏が血の海だったって」
昨日、吹雪が止んだとはいえ、寒さに強いミーファも流石に手が悴むらしい。セーターの袖からちょこんと覗いた指先に息を吹きかけている。
「それで、その翌日――つまり、三日前ですね」
ミーファの説明を引き継いだのは彼女の隣にいるノイエラだ。マフラーに埋めていた顔を上げ、真剣な表情をする。
「第二の殺人が起きました。場所はリレイズの街の北郊外にある小さな森の中です。これにより、連続殺人事件の話がリレイズの街に一気に広がりました」
「北……? 確か、パン屋があるのってリレイズの中でも南側だったよな?」
レゼルは、自分がまだNLFの第一飛空艇にいたときに頭に叩き込んだリレイズの街の地理を思い出しながら言った。
ノイエラが白い息を吐きながら小さく頷く。
「はい。ですから、第一と第二の殺人はかなり離れたところで行われたんです」
「そして、一昨日起こった第三の殺人は……リレイズの街中央に立つ時計塔の裏です」
次に説明したのは、ベンチの(レゼルから見て)左端に座る赤い長髪の少女だった。淡々とした言葉が凍えるほど冷たい空気の中に放たれる。
「ふぅん……随分手当たり次第なんだな。一つ一つの事件現場が離れている、イコール、被害者同士や全員の被害者と犯人に何らかの関係があることは確率的に少ない、と普通に考えれば、それだけ場所がバラバラだと、被害者に対する怨恨って訳ではないみたいだし――って、セレンお前、連続殺人事件のこと知ってたのか!?」
俺は全く知らなかったのに、とレゼルが驚きながら訊くと、彼女はしれっとした声で、
「学院ネットにニュースとして普通に流れていたので。まぁ、補習に時間を奪われていたり、《雲》であるが為にコミュニティが狭いレゼルが事件を知らなくても何ら異常はありませんが」
「セレンって、時々だけど天然の毒舌だよな……」
「はい?」
「いや、何でもない」
レゼルはやや疲れたように首を振って――そして、気付いた。
「あれ? でも、そんなに事件現場が離れていて何で連続殺人――同一犯だって分かるんだ?」
「……殺され方の特徴だね」
答えたのはミーナだった。寒そうに焦げ茶色のコートの両襟を手で引っ張り寄せながら、彼女は一度だけ深く息を吐いた。白い吐息は外ほどではないものの冷たいことに変わらないホームの空気に溶けて消える。
「……殺され方?」
「うん。さっきミーファが言ったこと、覚えてるよね? 路地裏で殺された第一の被害者は、無惨な姿になっていたって」
ミーナは深く俯いて、ふんわりとした見た目を持つ足首までの長いスカートとコートに包まれた己の膝を見詰めている。
レゼルは学院長に何も言葉を返さなかった。その沈黙を肯定ととったのだろう、ミーナは話を続けた。
「昨日の朝、西の方にある住宅の裏庭で起こった第四の殺人も含め、被害者は全員が惨い殺され方をされているの。身体から全ての血が抜かれ、その血の海に横たわる死体は全部『腐敗』しているんだって」
「ふ、腐敗……腐ってるってことですか?」
死体の詳しい情報までは知らなかったのか、晴牙が顔を歪めてミーナに訊き返した。
しかし、レゼルがよくよく見てみれば、ミーナが言う死体云々の話を聞いて表情が変わらなかった者はいなかった(セレンも少しだけ眉を動かした)。どうやら、被害者である死体の詳細な情報についてはミーナ以外皆知らなかったのだろう。ミーファも『腐敗』までは知らなかったに違いない。
「……人体を腐らせるなんて、どうやったらできるんですか?」
ノイエラの小さな声の問いにミーナはゆっくりと首を横に振った。
「分からない。可能性があるとしたら薬物関係かなと思うのだけど、私はそっち方面には詳しくないからね。――それで、腐敗した死体は本当に酷いものだった。肉は削げ落ち、内臓はドロドロになって、骨は丸見え……」
「……う」
小さな声で呻いたのはノイエラだ。恐らく、無意識に想像してしまったのだろう。
「今も騎士団が調査しているけれど、殺された四人の身元はまだ不明みたい」
ノイエラの顔を気遣わしげに窺うミーナの言葉に、レゼルは首を傾げた。
「不明、って……行方不明の捜索願とかは出てないんですか? まさか被害者全員が一人暮らしって訳じゃないでしょう?」
「……確率的にそれは無いと思う。でも、被害者の死体からは容姿はおろか性別さえ特定出来ないから……偶然、四人が一人暮らしで当然捜索願も出ず、身元が分からないって可能性も少しはあるよ」
ミーナからの答えに、レゼルは何か小さな引っ掛かりを覚えた。喉に魚の骨が詰まったみたいなチリチリとした痛みを頭部に感じるが、少し考えてみても結局それの正体が何なのかは分からなかった。
彼は手前にある革製の旅行鞄に手を伸ばすと、上部に付いている取っ手を掴んで自分の身体の方へと引き寄せた。ホーム床の石畳に直に座り込み、旅行鞄に凭れ掛かる。旅行鞄は長方形をした革製の鞄ではあるが、強度を得るために内部には薄い鉄板が仕込まれている。レゼルが寄り掛かったくらいでは凹みもしない。
この旅行鞄は、昨日、ミーファに薦められて大通りの一角にある店で買ったものだった。創造学院に来るとき、レゼルとセレンはリレイズの街近くの小村にNLFの第一飛空艇から降ろして貰って汽車で来た為、大きな旅行鞄などは持っていなかったのだ。生活に必要なものは学院に揃っているというし、いざとなればレゼルには創造術だってある。学院に来たとき二人がほとんど手ぶら状態だったのはこの為だ。
この鞄を持っているのはレゼルだけ、というわけではなく、彼にこの鞄を薦めたミーファは勿論、全員が同じ鞄に荷物を詰めてきている。ただ、ノイエラのアイデアで取っ手にリボンやストラップを付け、誰が誰の鞄だかはすぐに分かるようにしていた。
立っているのが疲れたのか――いや、恐らく面倒になったのだろう、晴牙もレゼルと同様にして石畳の上に胡座をかいた。彼の旅行鞄は横倒しにされて肘掛けになっている。
レゼルは顔を上げると、今度は彼の目線より高くなったミーナの顔に目を向けた。
「エナジー性質を調べても被害者の身元が分からなかったんですか?」
レゼルは一息でそう訊ねた。
個人個人のエナジー性質は生まれたときにそのデータを創造術師協会のデータベースに保存される。
殺害現場に少しでも肉体が残っているのなら、エナジー性質は誰のものか特定出来るはずだ。いや、現場は血の海だったらしいとミーファが言っていたではないか。血液というのは人間のエナジーに深く関係するものだ、血液が採取可能ならエナジー性質はすぐにでも分かるはずである。
レゼルは冷静な思考でそんなことを考えた――だが、ミーナの首は呆気ないほどあっさりと横に振られた。
「それがね、被害者四人の死体からはエナジーが全く感知されなかったの。まるで、身体から抜かれた血みたいに、エナジーも身体や血から抜かれていた……」
「……エナジーを、抜く? そんなこと可能なの?」
少し強張った声で訊ねたのはミーファだ。彼女は縦にして自分の膝に挟み込んだ旅行鞄の青いリボンが結ばれた取っ手を力強く握っている。
「これは創造術にも深く関わってくることだからね……一概に可能とも不可能とも言えないよ。怪我をすると、生命力であるエナジーは大なり小なり身体から流れ出てしまうしね。そういった意味では『身体からエナジーを抜く』っていうのは可能かもしれないけど……流石に全てのエナジーっていうのは、どうかな……」
それから、ミーナは自分の娘に向かって優しく微笑み掛けた。翠色の瞳が細められると、ミーファを取っ手を掴んでいた手から力を抜く。
「大丈夫。さっきレゼル君が、犯人の動機は被害者に対する怨恨では無さそうだって言ったよね。まだ被害者の身元も分からないから正確には言えないけど……この連続殺人は愉快犯によるものと見て間違いない。誰も見ていない場所での殺人ってことを除けば、四つの殺人の共通点も一つ、『殺され方』だけだし、何より殺害時間がバラバラで計画性はないみたいだから。――今、リレイズ騎士団が血眼になって調査してる。きっと、すぐにそんな愉快犯は捕まるわよ」
と、そんなミーナの言葉を聞いて晴牙が首を傾げた。
旅行鞄の上に乗せていた肘を退け、背筋をぴんと伸ばしてから彼は学院長に訊ねる。
「計画性がなさそう……って、殺害時間がバラバラということだけでそうなったんですか? どの殺人も、路地裏や森の中とか裏庭とか……何処も人目に付かない場所で行われているみたいですけど」
これなら充分な計画性はあるのではないか、と言外に言う晴牙に、いいえ、とミーナは再び首を横に振った。
「確かに、殺人は誰にも目撃されていない。目撃されていたらとっくに犯人は騎士団に捕まっているだろうしね。でも、目撃されていないだけで、人目に付かない場所――とはちょっと違うかな」
晴牙はもうすでに渋面になっていた顔を更に疑問の色に歪めた。
「えと、つまり……どういうことですか?」
「第三の殺人はリレイズの街の中央にある広場に立つ時計塔の裏だと言ったよね。三回目の殺人が起こったその日、広場には数人の人間がいたの。子供連れの親子とか、カップルとかね」
「……目撃はされていないけれど、目撃されてもおかしくないほどの人目はちゃんとあったっていうことですか」
「うん。だから、計画性の無い犯行なんじゃないかと考えられている。正確なところは分からないけれど」
晴牙とミーナの対話が終わって、七人の間には意図的ではない沈黙が流れる。
数秒後、それを破ったのはレゼルだった。
「……取り敢えず、駅前の広場や大通りで何時もより多くの騎士団の人を見掛ける理由はそういうことか」
言いながらレゼルは立ち上がり、駅のホームの出入口を眺めた。
そこから見える駅前広場、そのロータリー付近で三人の騎士団員が集まり何か言葉を交わしている。レゼルから見えるのは三人とも後ろ姿だが、体格からして全員男だ。胴を全て覆ってしまうような金属製の胸当てを始めとする鈍色の騎士甲冑が広場の屋台から発せられる照明の光を三人分反射している。
広場には他にもちらほらと鎧を着込んだ男たちの姿が見える。
相も変わらず夜が続くこの世界で、街中にぼんやりと鎧の騎士が浮かび上がる様は空気に確かな緊張感を刻む。連続殺人事件の話を聞く前から感じていた違和感はその緊張感だったらしい。リレイズの街は今、住民の意識が張り詰め過敏になり、何だかピリピリとしている。まぁ、四回も続けて殺人事件が起こってしまえば当たり前なのだろうが。
レゼルがホームの外の夜を見ていたとき、ルイサが小さく声を漏らした。何があったのかと前に向き直ると、ルイサは隣のミーナに視線を向けていた。
「レゼル君が連続殺人事件のことを知らなかった所為で随分遠回りしてしまったが、ミーナ、お前はこんなときに王国横断の旅などして――リレイズから離れて大丈夫なのか? 今は学院のことでも忙しいが、お前はリレイズの領主でもあるだろう」
レゼル君が連続殺人事件のことを知らなかった所為で――の部分にレゼルは僅かに眉を寄せた。確かに自分でも鈍感だったとは思うが、連続殺人なんて自分に関係ないことは別に知らなくたって問題ないだろう。まぁ、少しくらいの警戒は必要なのかもしれないけれど。
だが、勿論ルイサとミーナはそんなレゼルの内心など気付いた様子もなく話を続けた。
「あぁ、それは大丈夫。連続殺人事件の調査は全て騎士団の管轄になったから。明確に創造術や創造術師が関わってくる事件ならそうもいかないのだけど、今回は事件の詳細な情報を渡されただけで調査は騎士団任せなの」
「では、お前の持っていた情報は騎士団から得たものということか」
「うん。一応情報は話しておいた方が良いだろうって団長のガラドさんが。事件調査に協力しても良いんだけど、本音を言うならそろそろ私も休暇は欲しいからね」
レゼルとセレンの学院訪問、《雲》の編入から始まって、二度の堕天使戦争、創造祭、そして学院戦争。学院長としてその手腕を奮うミーナもそれだけ沢山のことが起これば疲れるのは当たり前だろう。休みが欲しいと思うのも当然だ。
レゼルは再び身体をホームの出入口に向けた。連続殺人事件なんて物騒な話をしたからか、少々喉が渇いてしまった。
ホームの中心にある柱に埋め込まれた大時計を見てまだ目的の汽車が到着する時間でないことを確かめると、レゼルはフードの縁を引っ張ってより深く顔を隠した。それから、コートのポケットに両手を突っ込む。外気からある程度は遮断されたポケットの中は、感覚の無くなり掛けていた指先にじんじんとした熱を与えた。そして、やや感覚の戻った指先に当たった硬質な物体が微かにチャリンと音を響かせた。
「少し喉が渇いたから、外の屋台で飲み物買ってくるよ。鞄見ててくれ。汽車が来るまでには必ず戻るから」
誰にともなく言って、レゼルは友人たちに背を向けるとホームの外、駅前広場へとスタスタと歩き始めた。
「じゃあ俺、あったかいカフェオレな!」
背後からパシリの命令を飛ばす意外にも寒さに弱い友人の声を受けながら、レゼルは駅の外へと出る。
だが残念かな、ポケットの中の小銭は一人分――つまりレゼルの買う分しか無いのだった。
読んで下さりありがとうございました!