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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
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第2話 編入試験①

 ページバラバラ更新で誠に申し訳ありません。

 今回は少し緩い感じになっています。

筆記試験(ペーパーテスト)はどうでしたか? レゼル」

「……まぁ、数学と化学以外は」

 階段状になっている講堂の入口から入って来たセレンの問いに、レゼルは机に突っ伏しながら答えた。

「相変わらず理系は駄目なんですね」

 淡々と言われた一言にグサッとクるものを感じたが、事実なので反論出来ない。

 今は創造学院の編入試験其の弌、筆記試験が終わった所だ。

 セレンが入って来るのと入れ替わりに、監視役として講堂にいたルイサは心底面倒臭そうにレゼルの答案用紙を持って出ていった。

 何でそんな面倒臭そうなんですか、と訊いたら、彼女曰く、「レゼル君は試験するだけ無駄だろう。学院は筆記ではなく実技を重視するからな」との事。引ったくり騒動を見ていた彼女からすれば、筆記試験の監視役なんて退屈で仕方なかっただろう。

 監視役、と言っても、この広い講堂ではレゼルしか試験を受けていない。入学試験になるとここで百人前後の人が一斉に受けるらしく、その為の不正行為防止監視役なのだが、レゼル一人だと「意味無くね?」と思ってしまうのも仕方ない。ルイサも甚だ不本意そうだったが、試験の在り方は変えられない、とか何とか副院長様に言われたらしい。それを教えてくれたルイサの顔は、

「凄かったな……」

 としか、言えない。何か、副院長様に恨み妬み嫉みでもあるのだろうか。

「何が凄かったんですか?」

「あ、いや、何でもない」

 キョトン、とした声音で訊ねてくるセレンにレゼルは首を横に振った。

 因みに、レゼルはコートのフードを屋内に入った今でも深く被っている。今は冬だからコートを着たままでもルイサには何も言われなかったし、もう少しこのままでも良いか、と思ったのである。

 そして、試験中は考える事を後回しにしていた思考に手をつける。

 あの後――引ったくり騒動の後だ――に、引ったくり犯は騎士団(犯罪の防止・取締に務める組織だ)に預け、財布はちゃんと被害者に返した。

 レゼルはその、被害者の女性に引っ掛かりを持っていた。

 彼女は、レゼルの後ろにいた正義感ある男達より早くレゼルの元に来て財布を受け取った。そこに違和感を覚えたのが始まりだ。

 彼女への違和感が疑念になったのは「ありがとうございます」という彼女の声を聞いた時。

 レゼルはそのお礼の前にも同じ声を聞いていた。

 引ったくり犯と対峙(とは言えないかもしれないが)していた時、彼は聴力を創造術(クリエイト)で一般人の三倍くらいに上げていたから、聞こえたのだ。

 銀髪碧眼、と唖然として呟く声を。

 確かに被害者の女性と同じ声だった。それは断言しても良い。

 問題は、彼女がレゼルの銀髪碧眼を見ていた事そのものだ。彼のフードが外れたのは一般人からしてみれば一瞬の事に過ぎなかっただろう。しかし、彼女はそれを見ていた。

 つまる所、彼女はレゼルが引ったくり犯のナイフを弾いた時には既にレゼルに追い付いていたのだ。

 そんなに身軽なら、引ったくりなんてされても悲鳴なんて上げないで自分で対処出来たんじゃないのか。いや、そもそも引ったくりなんてされないのではないか。

 財布を渡した時に見た彼女の立ち姿・歩き方は少なからず武術を学んでいる者のものだった。

 何故自分で対処しなかったのか。彼女なら簡単に引ったくり犯を取り押さえられただろうに。

「……何か、人様には言えない事情でもあったんだろうか」

 そう思うと、割り込んでいってしまった事が少し申し訳ない。

 因みに、彼は正義感などという立派な気持ちに突き動かされた訳ではなかった。今までこういう事を仕事にしていたから、癖の様なものだったのだ。引ったくり騒動を収拾する為に動いてしまったのは。

「……まぁ、財布渡した時、嫌そうな顔はしていないっていうか、笑顔だったから良いか……」

 ぽつり、と漏れた言葉にセレンが反応した。

「誰が笑顔で良かったのですか?」

 彼女は相変わらずの無表情。しかし何故かいつもよりその無表情に柔らかさが無い気がした。

 上手く言えないが、何だか急に講堂の空気が張り詰めた様に感じる。

「あ、いや……引ったくりの被害者の人だけど」

 瞬間、セレンの深紅の瞳が冷えた。

 俺、何か変な事言ったか? と、レゼルは困惑した。

「そうですか。レゼルはああいう人がタイプなのですか」

「は?」

「引ったくりされる様なノロマメイドに懸想しているのですか」

「いや、何言ってんのか全く分かんね……って、メイド? メイドってどういう事だ」

「おや、レゼル、そこに反応するのですね。流石は年頃の男子……」

「おい、今の前半の台詞、頼むから単体で使わないでくれよ」

「……はい?」

 可愛らしく、きょとん、と小首を傾げるセレン。

「……いや、何でもない。純粋な心でいてくれたら、俺も嬉しいから」

「何か何処かにありそうな台詞ですね。……それにしても、レゼル、疲れていますか?」

「まぁ、テストの後だしな……」

 それからセレンに被害者の女性が気になる理由を話した。

 彼女はいつも通り無表情ながら、少し意外そうな口振りで、

「……成程。メイドはノロマでは無かったのですね」

「そこはいいから。で、メイドって何だ」

「レゼル、分からなかったのですか? 被害者が着ていた黒と白を基調としているドレスを地味にした様な服は使用人の服――つまり、メイド服ですよ」

「……そうなのか?」

「そうなんですよ。レゼルは本当にそういう事には興味無しですね」

「……そういう事ってどういう事だ」

「だから、メイド服とか猫耳とかバニーガールとか制服エプロンとか水着エプロンとか裸エプロンとか……」

「エプロン率高ッ! ていうか誰だ、そんな事をお前に教えたのは!?」

「サーシャさんですが」

「あんの切り裂き魔がァァァァァァァッ!」

「レゼルが壊れました」

 なんて事をやっていたら、いつの間にかルイサが講堂の入口に立っていた。

「……何を叫んでいるんだ、君は。物騒だぞ」

 黙り込む二人。

 暫く気まずい沈黙が講堂を包んだが、ルイサは興味無さそうにレゼルの元へ歩き始めた。

「……何故君は、講堂のど真ん中を陣取ったんだ? 先程から気になっていたんだが」

 ルイサが階段をゆっくりと上りながら訊いてくる。

 彼女が言う様に、レゼルは講堂の下から七段目真ん中、つまりこの空間のど真ん中でテストを受けた。

 理由としては、

「……まぁ、気分の問題ですかね」

 貴女が何処の席でもいいって言ったんじゃないですか、と付け加えるレゼルに、ルイサは呆れ顔を向けた。

「端に座るものじゃないのか? 普通は」

「何かそれ、テスト上手くいかなさそうですよ」

 レゼルはあっさりとその話題を流した。

 彼がど真ん中に座ったのには、気分の問題もなくはないが、大きくは壁との距離を取る為だ。もし壁を破壊して何者かが襲撃してきたとしても、ど真ん中なら最初の一撃が当たってしまう可能性は低くなるし、その後の対応もし易くなる。しかも四方向何処から攻めて来ても、だ。

 警戒し過ぎだろう、と思うかもしれないが、これも癖だった。良くも悪くも、サーシャの「何時なんどきも気を抜くな」という教えは、レゼルの中に刻み込まれてしまっている。

 汽車の中で寝てしまったのは、編入試験の為に前日遅くまで付け焼き刃、悪足掻きという名の勉強をしていたからだった。主に理系の。

 もちろん、学院に入学すると決心した結構前から、試験勉強はちゃんとしていた。が、前日に不安になってしまうのが人間という生き物だ。そう思っているのはレゼルだけかもしれないが。

「そうそう、テストだが、結果が出た」

 ルイサの発言にレゼルは首を傾げた。

「随分早くないですか?」

「仕事中の同僚を三人捕まえて無理矢理採点させたからな」

「うわぁ……」

「君も結果を待つのは嫌だろう? 脳の情報処理能力を創造術で上げさせたからな、採点は三分も掛からなかったぞ」

「うわぁ……」

 呆れてそれしか言えないレゼル。

 脳の情報処理能力向上は、反射神経・身体能力向上のやり方と同じ。星の光とエナジーの融合体を脳に取り込めば良い。

 だが、創造術による反射神経・身体能力・脳の情報処理能力向上は、簡単に人間の限界を突破してしまう。それでは人体に負荷が掛かり、最悪自滅する事になりかねない。

 そこで、創造術師(クリエイター)は、根本を――つまり人体の強度を創造する、という創造術も、反射神経・身体能力・脳の情報処理能力向上の創造術と平行して行うのだ。

 人体の強度の創造は、言葉にしてしまえば簡単だ。例えば、身体能力を向上させたいなら、融合体を筋肉だけでなくその周りにある皮膚、肉、骨などの細胞にも送り、細胞の強度を上げるのだ。 脳の情報処理能力向上にしても、脳そのものと脳細胞の強度を上げてしまえば良い。

 と言うと簡単に聞こえるが、誰でも出来る訳ではない。融合体を外に引っ張り出す『物』の創造より、融合体を内に取り込む『能力』の創造の方が難易度も危険度も桁違いなのだ。

 それを、学院の教師という一流の創造術師だとしても、たかが一人の試験の採点に使うとは、何と言うか、それを強制された教師達に同情してしまう。

「権力がおありなんですね」

 誉め言葉なのか貶し言葉なのか分からない事を言ったのはセレンだ。

「紫の名は伊達じゃないという事さ」

「むらさき……?」

 セレンが小さな声で呟いて頭の上にはてなマークを浮かべた。

 対して、レゼルは驚愕の表情を隠せなかった。

「紫って……」

「やっと気付いたか、レゼル君」

「《菫の創造術師(バイオレット・クリエイター)》……?」

 ルイサの二つ名を呟く少年に、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。

「そういう訳で、私は色々と顔が利くんだ」

 絶句するレゼルと愉しそうに笑うルイサの横で、置いてけぼりにされたセレンは表情には出さないながらも拗ねていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 筆記試験の結果を告げられたレゼルは、微妙な顔をしていた。

 微妙、とは、喜べば良いのか悲しめば良いのか分からない、という微妙だ。

「やっぱ理系は駄目か……」

 前日の付け焼き刃と悪足掻きはものの見事に無駄に終わった。

「いや、何度見ても凄いな。この点数は」

 ルイサが今眺めているのは、創造術の分野の答案用紙だ。

 そちらはものの見事に全て九十五点超えを博している。特に創造術医学(そうぞうじゅついがく)の分野は満点だ。

「君は戦闘派だと思ったんだが……」

「実技が出来る人は得てして理論も理解しているものですよ」

 レゼルの指摘に、まぁ、そうなんだが、とルイサは少し苦いものが混じった口調で呟いた。

「創造術科目は文句無しの結果だな。今年、いや、学院始まって以来のトップかもしれない」

 ルイサは創造術化学(そうぞうじゅつかがく)――創造術の観点から見た物質の性質と化学変化の法則性などを学ぶ教科――の答案用紙を見て、次に一般科目である化学のそれを見た。

「……貴様、一般科目を嘗めているのか?」

「君、から、貴様、になりましたね。気持ちは分かりますが。……えっと、嘗めてませんよ。理系は苦手で」

「苦手というレベルか? これは」

 ルイサが眉を顰める。

 それも当然だった。

 創造術化学は九十八点という高得点、しかし普通の化学となると、

「……十二点」

 嘗めている、としか思えない。

「理系以外の一般科目は全て九十点超えなのにな。しかも語学に至っては満点ときた。採点させた先生が嘆いていたぞ、論文を古代語で書くなって」

 古代語。

 この世界に朝があった時代の言葉だ。

「ディブレイク王国の公語以外で一番得意なのは古代語なんですよ」

「馬鹿を言うな。それこそ私達学院の教師を嘗めているぞ。この世界に古代語を理解出来る者が何人いると思っている? ましてや何の資料も無しに古代語を書く奴なんぞ頭がおかしいとしか思えん」

 何でこの状況で悪口を言われなきゃならんのだ、とレゼルは軽く苛立ちを覚えた。

「素直に誉めろよ」

 そして苛立ちはいつの間にか口に出ていた。

「……何だと?」

 ルイサがレゼルをギロリと睨んだ時、

「……あの」

 控え目に声が掛けられた。

 セレンの声を聞いた事で二人共、頭に上っていた血が冷えていく。

「もう結構遅い時間になっていますよ。早く実技試験に移った方がよろしいかと」

 引ったくり騒動のせいで筆記試験が始まったのは午後五時。今は既に十一時を過ぎている。

「……はい」

「……そうしようか」

 面倒臭いという理由から実技試験を明日に送る気の無い二人は、一も二も無く頷いた。

 ヒロインにあるまじき事を言わせてしまった気が……。

 それは置いといて、次話は結構長めになります。筆記試験と実技試験で二つにしたかったのです。すみません……。

 という訳で、次は実技試験です!

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