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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
40/61

第37話 無限の星影①・始まりの合図

 この作品を読んで下さる方、本当にありがとうございます。

 この度、タイトルを変更しました。何度もすいません。全て作者の後先考えない性格の所為です。

 新しいタイトルは『血染めの月光軌』。何と心優しい読者様から頂いてしまいました……! 嬉しかったし気に入ったので、これで決定します。

 これからも『月光軌』(←勝手に略したのでお気になさらず)を宜しくお願いします!!

 


 創造祭六日目の夜。

 食堂で夕食を食べた後、レゼル、セレン、ミーファ、晴牙、ノイエラは本校舎六階に呼び出されていた。つまり、学院長室に、だ。

 指紋・手相認証のセキュリティサーバーに掌を当て、許可を得てから入室する。学院長室は校外からの客人が訪れることもままある為、エナジー性質感知タイプのセキュリティサーバーは使われていない。それは、エナジー性質をデータとして前もって保存し、そのデータと、感知したエナジーの性質とを重ね合わせて同一かどうか判断するシステムなので、校外の客人には使えない。出生直後に創造術師協会がエナジー性質を調べデータとして保存するが、客人が来る度に協会に問い合わせるのは面倒なのだ。住基ネット――正式名称は住民基本台帳ネットワークシステム――に登録されている指紋や手相のデータよりエナジーのデータの方が厳重に保管されているのは言うまでもないので、セキュリティ認証には指紋や手相を使う方が楽なのだ。だから学院も生徒のエナジー性質データは協会のものを頼りにしない。自分のエナジー性質のデータをセレンのスーパーコンピュータで誤魔化しているレゼルにとって、それは有難いことだった。

 部屋の中では、レトロ風のマホガニーデスクと睨めっこしていた学院長ミーナ・リレイズが待っていた。デスクの上には数多の書類が乱雑している。

 ミーナは多少乱暴とも思える手付きでそれらの書類を纏め、引き出しに突っ込んだ。

「皆、こんばんは」

 そして、にっこりと挨拶を投げ掛けてくる。

 だが、レゼル達がそれに対する返事の挨拶とか、何の用で呼んだのかという質問を口に出す前に、ミーナは部屋の真ん中に横一列で並んだ五人を眺めながら言った。

「えっと、今日は何で呼んだのかというと、レゼル君のことなの」

「レゼル君の?」

 ミーナの言葉に反応したのは、レゼル本人ではなくミーファだった。

 彼女は隣に立つレゼルを一瞥してから、

「もしかして、明日の『無限の星影(インスタ)』のこと?」

「うん、そうだよミーファ」

 ミーナは一つ頷いて肯定を示し、デスクの上で左右の指を絡めた。更にその上に顎を乗せる。

「勿論のこと、クラス出し物と同じでインスタも不参加はナシ。これは学院のルールでもあるけれど、方法があるならば、私はレゼル君にインスタに出て欲しいの。それは、レゼル君が《雲》として学院生活を送って欲しくないから。それに、私は普通の生徒としてレゼル君を見ていたい」

「お母さん……」

 珍しく真剣な顔で言葉を紡ぐミーナに、彼女の娘であるミーファはポツリと呟いた。

 そんなミーファに、ミーナは柔らかい笑顔を見せる。

「クラスの出し物は女装することで乗り切ったでしょう? その流れでいくと、インスタでは正装義務があるから、レゼル君にはドレスを着て貰うことに――」

「嫌です」

 当然、ミーナの口を(つぐ)ませたのは今まで黙っていたレゼルだ。

「……いやでも、出し物のときは全然バレてないみたいだったし、きっとドレスでも上手くいくと思――」

「死んでもドレスなんか着ません」

 無表情で断固拒否の姿勢をとったレゼルからは、震えるような冷たいオーラが出ていた。

 彼に振袖を着せる為の『レゼル・ソレイユ美少女計画』――つまり鬼ごっこだが――には晴牙もノイエラも参加していたが、こうも女装女装女装となると、ちょっと同情してしまう。同じ男である晴牙は特に、だ。唯一の救いといえば、女の格好に何ら違和感が無いことだけだろうか。いや、これはレゼルの男としてのプライドを圧し折るだけか。

 だが、レゼルの凍えるようなオーラを向けられても笑顔を浮かべる学院長に、二人が言えることは何一つ無いのだった。

「じゃあ、どうやってインスタに参加するのかな君は?」

 春が来たような爽やかな笑顔、そして小首を傾げながらのミーナの言葉に、レゼルはうっと呻いて固まった。

「それは……」

 ミーナの言う、レゼルを《雲》としてではなく一人の生徒として見たい、という気持ちは有難いし、嬉しい。だが、レゼルは《雲》であるということもまた真実なのだ。仕方ないという言葉は好きではないが、女装するのは本当にもう嫌なので、正直インスタには出たくない。全員参加が学院のルールだとしても、異例を認めないほど頑固な規則ではないはずだ。

 などと考え、しぶとく粘り続けるレゼルだが、

「でも、レゼル君のドレス、もう買ってあるんだけど……」

 聞き捨てならないことを言ったミーファの方に、レゼルは驚愕してぐるんと首を回した。

「な、何で、何時」

「何時って、ほら、あの日よ。戦闘区域の創造術師にインスタの招待状を渡すのに付き合って貰った日。ドレスショップに寄ったでしょ? そこで私、自分用の青いドレスの他に黒のドレスも買ったじゃない。それ、レゼル君用よ」

 レゼルは、顔からさぁっと血の気が引いていくのを感じていた。

 流石は第一学年首席の彼女だ。用意周到というか、とにかく恐ろしい子である。

 と、レゼルが一人で戦々恐々としているとき、今まで事の成り行きを見守っていた赤髪の少女が些か眠たそうな声を挟んだ。

「不毛な会話を何度するつもりなんですか。ここはもう、ジャンケンで良いのではありませんか?」

 何て安易な決め方だ――と全員が思ったが、それは一瞬だけだった。

 よく考えてみれば、レゼルが説得に応じない以上、話を続けたところで無意味である。その点、ジャンケンならば、レゼルもミーファ達も、勝ったら良し、負けても潔く諦められるだろう。

 そんな訳で、ミーファが勝てばレゼルは女装してインスタに出る、レゼルが勝てば彼はインスタに出ない、というルールで二人は向かい合った。

 緊迫した空気が流れる。

 同時に、すぅ、と息を吸って、

「「最初はグー! ジャンケン、――ぽん!!」」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


無限の星影(インフィニット・スターライト)》。

 それは、創造祭の終焉を飾るメインイベントだ。

 学生創造術師(アマチュア)達が、全身全霊を込めて、創造祭を訪れた人々に創造術(クリエイト)を披露する。

 学生創造術師にとっては、一般人に自分を見てもらうことの出来る最高で唯一の機会だ。だが、インスタは決してそんな輝いた面だけのあるイベントではない。

 インスタには創造術師協会や創造術宗教団体のスカウトマンが数多く訪れ、学生創造術師達を品定めしていく。だから、創造学院の生徒の中で、インスタをただの発表会だと考える者は一人としていない。露骨に言ってしまえば、インスタは実技試験と同じだ。いや、観客の目がある分、緊張感は実技棟で行う実技試験より確実に高まる。

 インスタを近く控えた時期からは、殆どの生徒が深夜まで実技棟で己の創造術を磨く。レゼルの編入試験のとき、零時近くであるにも関わらず実技棟に沢山の生徒がいたのはそういう理由だ。

 一般人からしてみれば、インスタは生の創造術を見れる楽しいショーだが、そのショーを披露する方は楽しんでなどいられないのだった。

 実際に、今、この場――西側戦闘区域の堕天使迎撃区域にいる生徒達の雰囲気は張り詰め、表情も皆硬い。

 創造祭七日目の夜、七時から零時までは、インスタの会場となる戦闘区域が一般人にも開放される。今年は西側戦闘区域になったようだ。

 インスタのメインは創造術である。創造術が安全に使える広大な場所といえば、創造術師しか立ち入ることを許さない、この戦場だけなのだ。勿論、科学技術の宝庫である司令基地にまで一般人を入れることは出来ないが(入れる必要もない)。

 今、堕天使迎撃区域上空の、常に張られていた誘導結界は無い。有れば堕天使が堕ちてきてしまう可能性が高まるのだから、当たり前だ。

 誘導結界の代わりに、今は《拒絶結界》という、誘導結界とは対になるような結界が張ってある。堕ちてきた堕天使を呼ぶのではなく、拒絶する結界だ。これは、もし戦闘区域という砦を堕天使に突破され、街全体が戦場になったときに役立つ結界。拒絶結界を構築すれば、戦場となった街中に即席の避難所や野戦病院を確保することが出来るのである。

『では、続きまして、生徒代表挨拶――ローズ・ブリュッセルさん、お願いします』

 ハウリングを含む、ウィスタリアのスピーカー越しの声が戦場として使われる筈の地の空気を震わせた。

 そう、今はインスタの開会式が行われている。司会は二年代表ウィスタリア・ダウン・ディブレイク。

 大きなステージの前に並べられたパイプ椅子に座る生徒達は、学年とクラスごとに場所が決められていて、ステージに近い方の列から、一般人、四年、三年、二年、一年となっていた。因みに、協会や創教団のお偉い様はステージ横の特設スペースにいる。

 生徒代表挨拶をするらしい、ステージに上がったローズ・ブリュッセルという生徒は、ベリーショートの髪のボーイッシュな女性だった。胸元にある制服のリボンは赤色、つまり四年生だ。最高学年ともなれば歳は二十歳近いだけあって、一年生の女子とはまるで違う大人っぽさがあった。

 彼女は凛とした態度ですらすらと生徒代表挨拶を終え、ステージを降りていった。短くも長くも感じない挨拶は、やはり流石は生徒代表だと思わせる。後でミーファと晴牙に聞いたところに因ると、どうやらローズは四年の代表らしい。

『続きまして、学院長挨拶――』

 ウィスタリアの司会が開会式を進めていく。彼女はステージ前の席ではなく、ステージ横に立つ教師達の一番端にいる。

 生徒達の座る席は、学年やクラスに分かれている上、出席番号順である。名前が『れ』から始まるレゼルは一年A組の一番右端に座っていた。左隣に座るのは『み』から始まる水蘭で、その隣がミーファである。『む』『め』『も』『や』『ゆ』『よ』から始まる名前の生徒がA組にいなくて良かったとレゼルは心底安堵した。もし隣が彼女らでなければ、嫌だ変えてくれと叫ばれるのは目に見えていたからだ。

 勿論、今も彼は、制服の上からコートを着ている。フードも被り、顔と髪を隠すのに抜かりは無い。公式行事の開会式とはいえ、ここはディブレイク王国という雪国で、しかも時季は冬だ。気温は氷点下となることもある為、上着を着ることは許可されていた。この寒さに慣れているミーファは恐ろしいことに制服だけを着て真っ白な太股をスカートから露出させているが、殆どの生徒はレゼルのようにコートを羽織っている。

 ローズと同じく、流石ミーナも絶妙な長さで学院長挨拶を終え、ステージから降りていった。ゆるやかにウェーブした金髪を結い上げて、純白のドレスを着た彼女は否が応でも目を引く。生徒だけでなく教師にも正装義務があるのだ。

 生徒達はまだ制服姿のままだが、教師は既に全員が正装していた。男性は燕尾服かスーツ、女性はドレスだ。

 教師の並ぶ列にはルイサの姿も勿論見受けられ、彼女の隣にはセレンがいた。セレンは制服だが、ルイサはドレスにしては動き易そうな紫色のドレスを纏って、珍しく髪を下ろしていた。肩より少しだけ長い髪。彼女の美人さが一気に主張されて、更に可愛くもなっている気がする――これがギャップというものなのだろうか。

 開会式の最後には、出来るならばもう二度と顔を見たくない男――副院長ダニス・フレディックが閉式の言葉を口にして終わった。流石は学院内でレゼルを暗殺しようとした図太い男、ただの閉式の言葉だというのに無駄に長い台詞を吐いてステージを降りていった。

 開会式も閉じ、これからインスタの本番である『創造術披露』が始まる。

 立っていた教師達とセレンが席についた途端、逆に生徒達は殆どの者が席を立った。

 披露する順番はクラスごとで、事前に籤引(くじび)きで決まる。レゼル達一年A組は14番目。各学年が五クラスずつあるので、計二十クラスがある中、この数字は良いと言えるだろう。最初や最後に披露するクラスよりは大分リラックスして臨める筈だ。

 無情にも一番最初となってしまった二年C組の生徒達は全員席を立ち、司令基地――正確に言えばその中の控え室に向かう。そこで正装に着替える為だ。

 だが、二年C組やその次に出番となるクラスの者達の他、ステージに上がるまではまだまだ遠い生徒も席を外れ司令基地へと歩いていく。それも全体の約八割の生徒が、だ。

 先程も述べた通り、インスタは学生創造術師(アマチュア)にとって最も大事な実技試験である。司令基地の、司令室や集中治療室(ICU)より地下にある修錬室(トレーニングルーム)を使って、披露する創造術の最終確認をしてくるつもりなのだ。

 とはいえ、《雲》であるレゼルはそんなことは出来ない。以前、ミーファ達に誘われて放課後に実技棟に行ったことがあるのだが、その入り口を(くぐ)った瞬間、中にいた生徒数十人はあっという間に実技棟から出ていったのだ。その反応と行動の速さにレゼルは感心し、広い実技棟が殆ど貸切状態になって好都合だとか思ったりしたが、翌日、レゼルをよく思わない教師から『お前は邪魔なんだ目障りなんだ他生徒の学習の妨害をするな』と激しく説教されたのはいただけなかった。貴重な時間を理不尽な説教で消費されてはたまらないので、それからはもう授業でしか実技棟には訪れていない。

 同じ理由から、レゼルが修錬室に行くことはない。

 生徒達が控え室か修錬室に行ってしまうと、一般用の席はともかく、生徒席は酷くがらんとしてしまった。

 それでも、全校生徒1000人――レゼルが編入してロナウドが退学したのでプラスマイナスゼロである――の内約二割、自分の創造術に自信のある者や出番までに比較的時間のある者は席に残っている。

 その中には、ミーファや水蘭、サラもいた。ミーファと水蘭が席を入れ替え、サラが水蘭の左側の椅子に座る。創造術披露が始まってからは、他の生徒の創造術を観賞する学院生がかなり減るのが毎年通例の為、席は自由になる。

 隣になったミーファが、下から笑顔で覗き込んできた。

「レゼル君が寂しそうにしてるから、私は残ってあげるわ」

「寂しそうって……というか、『私は』ってことはハルキとノイエラは修錬室に?」

「ええ。ノイエラが、披露予定の創造術をハルキに見て貰いたいって言ってたわ」

「そうか」

 ノイエラの性格からすると、まずはミーファに頼みそうなものだが、まぁ彼女にも色々あるのだろう。例えば、晴牙に対する気持ち――とか。

「でも、ハルキは創天会の仕事はいいのか? インスタは創天会が纏めてるんだろ?」

「まぁね、だけど私とハルキの仕事はインスタが終わった後の片付けだから。進行とかは全部先輩よ」

 一番面倒なのは片付けだから一年が任されるのはもうルールになってるの、そう言ってミーファは苦笑した。

 水蘭やサラは、エナジー保存の為に、まだ修錬室には行かないとのことだ。

 それからはしばらく、ミーファは今まで毎年インスタを見てきたから自分が出るとなってもあまり緊張しないとか、皆は何を創造するんだとか、そんな他愛ない話をする。一般席もガヤガヤと騒がしい。約数千人は見に来ているだろうから当たり前ではあるが。(創造祭六日目には時間の空いている生徒達が集まって椅子並べをしたらしいが、絶対大変だったと思う。レゼルは暇ではあったが、《雲》の為参加はしなかった。)

 話をしながらステージの幕が上がるのを待っている最中、フードを被った少年がレゼルだと分かる一年A組の生徒から、ここに残るなんて随分余裕なんだなとか、《雲》様はインスタを諦めてるんだよとか、そんな陰口がコソコソと聞き取れた。勿論のこと、全て無視したが。

「あっ、始まるみたいですよ」

 やや緊張した面持ちのサラがそう言った時、ステージとその前の席に座る人々を照らしていたライトが消えた。騒がしさも闇に溶けていく。

 人々の目が暗闇に慣れ、星と月の光だけでぼんやりとステージが浮かび上がった頃、その幕が上がった。

 ステージの上には、二年C組の正装した生徒が四人。

 何の合図も無しに、まずはレゼルから見て左端の男子生徒の頭上から光が迸った。

 彼の頭上――空中に創造されたのは大量の風船だった。ゴムの中に包まれるガスが、色とりどりの風船を空に舞い上がらせる。

「……へぇ」

 先輩だということを忘れて、レゼルは感嘆の声を漏らした。

 風船の中のガスは勿論のこと気体だ。気体を創造するときは分子単位で構築することになる――二つ三つと、気体には『数』が無いから。

 無光創造でないとはいえ、二年で大量の気体を創造した技量は評価出来る。しかも、インスタであるということを考え、見目を良くする為に風船というオプション付き。これは教師も、協会や創教団のスカウトマンも高く評価するだろう。余談だが、インスタで教師の高い評価を得られれば優秀賞として表彰されるということだ。何かは知らないが、賞品もあるらしい。

「出来れば賞品じゃなくて賞金が良いよな……」

「風船なんて考えたわね、あの先輩……ってレゼル君、何か言った?」

「いや、何でもない」

 ステージ上空で風船が消失(バニッシュ)したのを一瞥してから、レゼルは首を横に振った。

 ミーファは不思議そうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべてレゼルを見る。

「私なら、あの風船を破裂させて紙吹雪とか散らせるかなぁ」

「破裂させる手段――主に投げナイフとかだろうが――と紙吹雪を連続で創造するのを求めるのはあの先輩には酷だと思うぞ」

 レゼルは半眼になって苦笑した。実際、風船を創造した二年生は荒い息をついている。

 ミーファの言ったようなことは、《暦星座(トュウェルブ)》であるから軽々と口に出来るのだ。

 それからは、失敗してしまう者もいたし、成功して笑顔を浮かべる者もいた。中には創造術で手品(マジック)を披露する者もいて笑いを誘う。創造術を使った手品にタネなど無いからだ。他にも、花弁が舞って人々から歓声が上がったり、創造物である絵の具で巨大な絵画を描いてみせたときには、その美しさに感嘆の吐息が創造術師からも漏れた。

 一人一人、今までの努力を発揮していく。失敗した者の中には泣いてしまう生徒もいたが、それは泣いてしまうほどインスタに力を入れていたということだ。このインスタが最後である四年生は特に思い入れが強いらしく、成功した者も大粒の涙を流していた。

 そして、14番目の一年A組まで後三クラスとなった。

 出番が近付いてくるのと連動するように、レゼルの心の内には暗雲が広がっていく。

 思い起こされるのは、学院長室でミーファとした一世一代の大勝負。まぁつまりはただのジャンケンなのだが、これがもう白熱したのだ。何せ、あいこになり過ぎて何回ジャンケンしたのか分からない。双子はジャンケンをすると怖いくらいあいこが続いて終わらないなんて話を聞いたことがあるが、いや、実際起こると本当に怖い。思わずミーファと冷や汗を垂らしてしまったほどだ。――まぁ、最終的には彼女がチョキでレゼルがパーになり、ちゃんと終わることが出来たのだが。

 だが、無事に終わったという安心で負けたということから現実逃避は流石に出来なかった。NLFのエースも出来ないことは山ほどある。そしてジャンケンはそれほど強くないのは承知していた。

 一年A組の番となれば、黒いドレスを着てステージに上がらなければならない。憂鬱にならない理由が何処にあろうか。

 今まで必死に暗い気持ちを心の奥底に押し込めてきたのだが、もう限界だった。

「……このまま時間が止まれば良いのに」

「大丈夫よ。あのドレス着たら絶対レゼル君だって分からないから。知ってる? A組の皆ね、和風喫茶を手伝ってくれたあの美少女は誰なんだって私に聞いてきたわ。勿論、私はただの知り合いって誤魔化したけど」

「いや、ミーファ、俺は別にバレるバレないを気にしてる訳じゃなくて……というか、そんな情報は要らない」

 レゼルの情けない声とミーファの天然な小声発言に水蘭とサラはクスクスと笑う。そこにレゼルへの同情は欠片も無いが、二人はあの肝試し鬼ごっこで裏切っているので期待はしないことにする。

「それじゃあ、もう後三クラスだから、私達は修錬室に行くね」

 水蘭がそう言って、分かったわ、とのミーファの返事を受けた。どうやらミーファはレゼルと共にいてくれるらしい。

 そして、水蘭とサラが椅子から立ち上がった、その時だった。

 突然、レゼルの背中を悪寒が駆け抜けていった。

 冷や汗が噴き出すが、構わずに後ろを振り返る。だが、そこには整然と椅子の並ぶ荒野があり、学院の生徒達がポツポツと座っているだけ。可笑しなところは無い、誰かがこの重圧を発している訳でもない。

 ――何ダ?

 ゆっくりと顔の向きを戻す。勢いよく振り向いたレゼルを、何事かと少女達が見詰めていた。

 未だに危機感の抜けない心情を隠し、レゼルは不思議そうにする彼女らに笑顔で『何でもない』と言おうとした――が、パイプ椅子を蹴飛ばして立ち上がった彼の口から出てきたのは違う言葉で、怒号だった。

「――今すぐここを離れろ!!!!」

 真っ先に反応したのはミーファだ。何が起きたのか分からなくとも、彼女はレゼルに従って立ち上がると一般席に駆け出した。

 続いて、水蘭とサラも困惑しながら慌ててその場を離れる。

 戦場に響いたレゼルの怒号は、ステージ上の生徒の集中を妨げた。教師も生徒も一般人も、走りながらのミーファも水蘭もサラも、誰もが何事かと此方を見詰めてくる。

 レゼルはその視線を見返さないまま、意識を集中させる。悪寒を感じたのは、後ろからではない。一秒ほどの沈黙の後、彼が違和感と危機感を抱いたのは己のいる場所から五メートルほど左手。ちょうど、レゼルに陰口を叩いていたA組の男子生徒数人が座っている場所だった。そこの地下に突如として異常な反応が生まれたのをレゼルは感じ取った。

 ――これは。

「そこの数人! 早くそこから離れろ、走れ!!」

 レゼルは男子生徒達に向かって叫んだ。

 危ない、と警告すると突然のことに人間は固まってしまうという。だから、危ないときの警告は『走れ』や『逃げろ』が効果的らしい。そこから考えると、レゼルの対応は間違ってなどいなかった。

 だが、男子生徒達は叫び声の主がレゼル、つまり《雲》だと知っていた一年A組の者達だった。

 男子生徒数人の周りの空気は『アイツ、緊張で頭可笑しくなったんじゃないか?』という空気が漂い、誰一人レゼルの言うことを真に受けようとしない。

 その一瞬が、致命的な命取りになった。

 叫んでも無駄だと悟ったレゼルは彼らに走り寄ろうと能力創造で脚力を上げた、だが。






    オ


      ハ


   ヨ


       ウ






 頭に響き、ハウリングする、けれど何処か儚い声。それがレゼルの心臓の鼓動を一瞬だけ止めた。

 そして。

 一年A組の男子生徒が座っていたパイプ椅子が弾け飛んだ。

 続いて、土と血の混ざりあった飛沫が近くにいた人々の身体を叩いた。

 ――これは。

「堕天使だ」

 地中から、世界の災厄は生まれ出でる。

 読んで下さった方、ありがとうございました!

 感想やご指摘、誤字・脱字等がありましたら伝えて下さると嬉しいです。

 今回の話は久しぶりにちょっと長くなりました。……いや、いつも長いのか?

 それでは、ゴールデンウィークを満喫して下さいませ。(←ちょっと言ってみたかっただけです、ハイ)

 

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