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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
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第1話 創造術師の少年

 本編に入ります!……プロローグ、そんな長かった訳ではないですが。

 後、この話の世界はずっと夜(時間的にではなく明るさ的に)だという事を念頭に置いて読んだ方が良いかもしれません。何か面倒臭いですね……申し訳ありません。

[第一章 創造祭編・第一部「編入生」 創始]









 世界から朝というものが消えた。

 世界から太陽というものが消えた。

 その代わりに、人間は力を手に入れた。

創造術(クリエイト)》という、神様からの贈り物を。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 冬のある日。

 駅のホームに、奇妙な二人組が降り立った。

 体格からして、一人は男。体格からして、というのは、その男がコートのフードを目深に被っていて顔を晒していないからだ。

 もう一人は小柄な少女。こちらは顔を隠したりなどはしていない。

 緋色の髪と瞳を惜し気もなく晒した、可愛いと美しいの中間にいるような少女だ。顔立ちはまだあどけないものだが、雰囲気がどこか神秘的な様相を醸し出していて、美しい、と言っても何ら遜色無いのである。

「やっと着いたな。ずっと揺られていたから腰が痛い」

 男が腰を擦りながら呻くように言った。

「レゼル、年寄り臭いですよ」

 レゼルと呼ばれた男は、緋色の髪の少女に指摘されて腰を擦るのを止めた。

 表情は見えないが、レゼルは今眉をしかめているだろう事が少女には容易に分かった。

 彼に嫌な思いをさせてしまったかもしれない、と思った少女は、慌てフォローした。ただ、慌てた表情は顔には出なかったが。

「でも、汽車に乗るなんてレゼルはかなり久し振りでしょう? 腰が痛くなるのも仕方ないと思います。私に至っては今日が初めてですし、腰が痛くなるというのは嫌という程理解しました。今まではずっと飛空艇でしたし」

「え? セレン、大丈夫か?」

「はい。レゼルが心配する程の事ではありません」

 少女――セレンは、全く抑揚の無い声で言い、レゼルに頷いて見せた。

 彼女は相変わらずの無表情だが、レゼルからしてみればそうでもない。今だって、一見何の感情も浮かべていない様に見えるが、よく見れば頬がほんの少しだけ引き吊っている。どうやら腰の痛みを我慢しているらしい。

 だが、セレンが心配要らないと言うのだから、とレゼルはそこには触れない事にした。

「やっぱ、変な姿勢で寝てたのが悪かったのか? ……最悪だ。大事な試験の日なのに」

 レゼルの口調に少し苦々しさが混じった。

「サーシャさんに知られたら笑われますね」

「そうだな。……いや、笑われる前に『汽車で寝ただと? 貴様、浮わつくにも程があるぞ! 何時なんどきも気を抜くなと言っただろう! 油断大敵!!』とか言われて、ボッコボコにされそうだな」

「ボッコボコ、というよりザックザクじゃないですか? それにしてもレゼル、口真似が上手ですね」

 そんな事を誉められても全然嬉しく無いんだが、と思いながら、レゼルはやっと歩を進め始めた。

 その後ろをセレンがちょこちょこと付いて来る。

 足元は石畳。それなのに、冷えきった空気が充満する駅のホームに響く足音は一人分。

 周りに人影は無い。立ち話をしていた間に他の客はホームから全員出ていった様だ。

 足音は緋色の長髪を持つ少女のものだけ。

 ちょっと背伸びしたくて買った様な大人なデザインのベージュ色のブーツが、カツン、カツン、と音を立てている。

 対して、レゼルの方は足音など皆無だ。見る者が見れば、それだけで、彼がかなり武術に精通している事が分かるだろう。

「……でも、サーシャさんは心配してくれているんですよね」

 セレンは目の前の背中に声を掛けた。先程の話の続きだ。

 だが、背中からは、世界一深いと言われるアリーナ海溝より遥かに深い溜め息が返ってきた。

「心配も行き過ぎればありがた迷惑だ。俺達が学院に入るのを、サーシャさんが反対したから、俺達は入学じゃなくて編入って形になったし」

 今は冬。学院の入学式は春。

「かなり出遅れましたね。しかも、学院は後三週間もすれば冬休みに突入します」

「編入して一ヶ月も経たない内に休みかよ。これもそれも、あの切り裂き魔(サーシャ)のせいだな」

 ホームの出入口をくぐって外に出る。すると、ホームの中の静けさが嘘の様に街の喧騒が聞こえてきた。

 あちこちに灯る街灯の光が、明るく空間を照らしている。この街では、終わる事も途切れる事も無い夜空に輝く星々の光が少し弱く見えた。

 今は別に、時間帯が夜という訳ではない。今の世界に朝というものが無いだけだ。

 昔は、太陽というものが世界に光をもたらしていたらしい。朝が無いのは、太陽が無くなったからだと言われている。

 何時、太陽が無くなったのか、それは誰も知らない。ただ、そういうものが昔あった、というだけで、詳しい歴史は残っていないのだ。

 可笑しな事だが、朝が無くなったというのに『朝御飯』などという言葉は現在も使われている。

 駅前のロータリーには色々な露店が出ばってきている。売っている物は様々だが、全体的に温かい食べ物や飲み物を売る店が多い様だ。季節が変われば売る物の種類も変わるのだろう。

「それにしても寒いな。ディブレイク王国に来たって実感するよ」

「今更ですか? ……でも、寒い、というのは同感します」

 沢山の人々が行き交うロータリーの光景を、心なしか興味深そうな表情で見渡すセレン。

 そんな彼女を微笑ましそうに眺める。

「セレン、寒いなら俺のコートを……」

 セレンの、ワンピースにマフラーだけ、という北の王国には相応しくない格好を危惧して自身の羽織るコートに手を掛けたレゼルだが、その手を目にも留まらぬ速さでセレンが掴んだ。

「駄目です、レゼル。ここはもう、飛空艇の中ではありません」

「……そう、だったな」

 レゼルが手を降ろすと、セレンも掴んでいた手を放した。

「私なら大丈夫です。寒いと感じる事は出来ますが、風邪を引く事は出来な……いえ、無いので」

 少女の言葉に、レゼルは奥歯を噛み締めて、目深く被ったフードの奥から少女の(あか)い瞳を覗き込んだ。

 セレンから見える彼の瞳は、漆黒。何時もならその眼を見て安心するはずなのに、セレンはそれが出来なかった。

 何故なら、彼の瞳が少なからず揺れているようだったから。

 自分は風邪など引かないから大丈夫、そう伝えたかっただけなのに、またやってしまった。セレンはレゼルの漆黒の瞳から逃れる様に俯いた。

 しかし、その直後、わしゃわしゃと頭を不器用な手つきで撫でられた。

 思わず顔を上げれば、そこにはフードの奥に、レゼルの笑顔があった。

 無邪気な、まだあどけなさの残る、男――というより少年の笑顔。しかし、その笑顔にはどこか陰がある。

「お前が俺を気遣ってどうするんだ。悪いのは俺なんだぞ?」

「違います! レゼルは悪くなんてありません」

 セレンは、撫でられて些かくしゃくしゃになってしまった髪を揺らしながら、ぶんぶんと首を左右に振った。

 その仕草が少し大袈裟な気がするが、レゼルに気持ちを伝えたいのならこれくらいするべきだ。

 セレンは知っている。自分の感情が、決して表情に出ない事を。

「私は、レゼルに感謝しています」

 その言葉も強めに言ったのに、多分レゼル以外の人が聞けば、淡々としている、と思うだろう。表情だって、相変わらずの無表情。

 だけど。

「……ありがとな」

 自分は、彼に気持ちが伝わってくれれば、それでいいのだ。

 今度は本当の笑顔になったレゼルを見て、少女はそう思った。

 だが、彼は唐突に焦ったような顔をした。

「……セレン。指定されてる時間って、何時だっけ?」

「えっと、学院の前で4時半です。試験官を務めてくれる人が放課後なら時間が取れるからって」

 何時の間にか、二人の足は止まってしまっている。

 周りの人々が、立ち止まったまま動かない男女を見て、迷惑そうに顔をしかめていた。

「……今、何時?」

「……」

「……いや、セレン。何時かって訊いてるんだけど。腕時計見てくれ」

 セレンの左手首には、シンプルなデザインの腕時計がある。サーシャが無理矢理彼女に持たせたものだ。

 レゼルも腕時計は持っているが、それは右手で無造作に引くトランクの中に突っ込んである。腕に何かを付けるのは嫌いだ。はっきり言って邪魔なのである。

 しかし、セレンは自分の腕時計に目を落とす事もないまま、変化の無い顔で空中を見詰めていた。

 何かあるのか? と彼女の視線を辿れば、

「……あ」

 流石、ディブレイク王国の誇る第二の首都・リレイズの街。このロータリーからは当然とでもいう様に街の時計塔が見えた。

 煉瓦造りの時計塔が示している時間は只今、

「四時二十五分……」

「後、五分……」

 二人は呟きが終わらない内に歩みを再開し、露店などには目もくれずロータリーを抜け出した。

「うわ……」

 思わず、レゼルの口から声が漏れた。

 ロータリーを出て眼前に広がるのは、リレイズの街を半分に割るかの様な大通り(メインストリート)

 左右には様々な店が軒を揃え、出店もある。売り子と客の声がこの街を活気付かせていた。

 だが、レゼルが声を漏らしたのは大通りの様子に気分が浮わついたからではない。

 大通りとその人垣を越えた所にある、白亜の城の様な建物。神殿や王宮と言ってもいいだろう。そんな、厳かな建物が、大通りを挟んでレゼルの前に(そび)えている。

 それを見て、声を漏らした――かと言えばそうなのだが、別に建物の雰囲気に圧倒されたとか感嘆したとかそんな事でではなく、レゼルはただ、

「遠過ぎだろ……」

 厳かな建物――創造術(クリエイト)を行使する者、創造術師(クリエイター)の為の教育機関、リレイズ創造術師育成学院(クリエイターいくせいがくいん)、略称・創造学院(そうぞうがくいん)までの距離がかなりある事に対して、うんざりとした為、声を漏らしたのだった。

 後、五分も無いのに。

 レゼルは右手でフードを押さえ、左手でセレンとはぐれないように手を繋ぎ、人混みの中へ駆け出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


創造術(クリエイト)》。

 それは、神様からの贈り物だとされている。

 それは、物を創造する力。

 ――星の光を、使って。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「十五秒遅刻だぞ、編入生」

 創造学院の門の前。

 パンツスーツを着こなした美女が、水色の眼鏡を人差し指でクイッと押し上げながら言った。

 長身で、ルックスもさることながら、プロポーションも完璧な女性だ。スーツは少しキツめなのか(特にバスト)、身体の線が浮き出てしまっている。当人はあまり気にしていなさそうだが。

 低い位置で一つに纏めた明るい色の髪は、上へ上げて大きなピンで留め、滑らかなうなじを晒している。

「……す、すいません」

 正直、十五秒の遅刻くらい見逃してくれよ、と思ったが、編入試験の前から波風を立てるのは嫌だったので素直に謝っておいた。

 こっちは全速力で大通りを突破して来たのだ。息が乱れている、という事は無いが、疲れているのは確かなので面倒事は避けたかった。

 しかし、女性は意外そうな顔をして、

「……そこで謝るのか、お前は。殊勝な事だな」

 ……何だ、それは。

「っと、自己紹介がまだだったな。私はルイサ・エネディス。試験官を務める者だ」

「あ、俺が、編入試験を受けに来たレゼル・ソレイユです。宜しくお願いします」

 軽く頭を下げる。

 そうしながら、ルイサ・エネディスという名が何処かで聞き覚えがある気がして記憶を探ったが、結局分からないまま頭を上げた。

「……ソレイユ、か。編入試験希望の資料を送ってくれた時から気になっていたが、君は、あの《白銀の創造術師(シルバリー・クリエイター)》の身内か何かかね?」

「はい。俺は、《白銀の創造術師》――レミル・ソレイユの弟です」

 レゼルの答えは、即答だった。

「弟……? レミル・ソレイユには弟がいたのか……」

 眼鏡の奥で目を見張らせるルイサ。

 しかし、それは普通の反応だろう。レゼルの存在を知っている者はほんの一部の人だけだ。

 レミル・ソレイユ。

 レゼルの姉にして、《白銀の創造術師》と呼ばれる最強の創造術師。

 この世界で彼女を知らない者の数は二割を切るだろう。

 だが、レミルは、ある事情から弟の――レゼルの存在を隠していた。頑なに。

「まぁ、《白銀》の話は後でゆっくりとしようか。まだ、君が嘘をついていないとは限らないし」

「嘘なんてついてない。……信じられない、という気持ちは分かりますが、嘘なんてついたって何のメリットも無いでしょう」

「そうでも無いと思うが……まぁ、すぐバレるのがオチだろうな」

 ルイサは何かを納得した様に一つ頷くと、視線を下へずらした。

「……?」

「……で、君と手を繋いでいる彼女は誰かね? 恋人か?」

 レゼルはルイサの視線を追って、セレンと手を繋いだままだった事に気が付いた。

 あ、と声を上げて、スッと手を放す。それは自然な動作だった。

「ごめん、セレン。……えっと、エネディス……試験官?」

「先生、で良い。私は学院の教師だからな」

「じゃあ、エネディス先生。俺と彼女――セレンは、そういう関係ではありません」

 レゼルが苦も無くルイサの勘繰りを否定する横で、セレンは自分の右手――レゼルと繋いでいた手――を見詰めながら、何処か不機嫌な雰囲気を醸し出していた。

 幸い(?)、レゼルは気付かなかったが。ルイサに至っては、感情の発露が希薄なセレンの今の様子になど、気付けるはずがなかった。

「では、彼女も編入希望者か? いや、編入希望届はレゼル君のものしか届いていないが?」

「セレンはまだ十四歳ですよ。学院には入れません」

 学院に入学出来るのは十五歳からだ。

 レゼルの後ろで、相変わらず既成事実を何気無く刷り込むのが上手ですね、などという言葉がボソッと呟かれたが、レゼルは無視した。

「実は、訳あって俺とセレンは離れる事が出来ません。そこでお願いがあるのですが……」

「……聞こう」

「セレンを、学院で働かせてくれませんか?」

 ルイサは目を丸くした。こんな事を言われるとは露程も思わなかったのだろう――まぁ、当たり前だが。

「働かせるって……十四歳の少女をか?」

「教師とか、そういう仕事ではありません。何と言うか……補佐、みたいな感じで」

「補佐?」

「はい。ほら、学院の教師って研究者気質の人が多いらしいじゃないですか。だから、掃除とかしてくれる人が居たら良くないですか? ちなみに、セレンは家事全般得意ですよ」

 ビギン、と音がしそうな程の勢いでルイサの顔が固まった。

 それから彼女はレゼルの耳元に口を寄せ(フード越しだが)、急に小声になって囁いた。

「それは本当か? 家事全般得意、というのは」

「はい、本当ですよ」

 ニッコリ、とレゼルが笑う。その表情はフードに隠れてルイサとセレンには見えなかったが、何とも爽やかな笑顔だった。

「……二つ、質問して良いか?」

「どうぞ」

「その少女――セレンを学院に置く許可を取るだけで、彼女は私の補佐役になってくれるのか?」

「もちろん」

 私の、という所に違和感というか疑問を覚えたが、交渉の流れを絶ち切りたくなくて、レゼルは頷いた。

「……君と彼女が離れられない訳、とは?」

「それは……」

 近くにいたセレンにはルイサの囁きが容易に聞こえていたのだろう。レゼルが言葉に詰まったのを見て、今まで閉じていた口を開いた。

「私が、レゼルの傍に居たいんです」

 ハッキリとした声音。

 ルイサは緋色の髪の少女を見、レゼルに顔を向け直して、

「……そういう関係では無い、のでは無かったか?」

「あ、あはは……」

 返ってくるのは乾いた少年の笑い声。

 それで大体二人の関係――というか、セレンの気持ち――を理解したルイサは、はぁ、と短い溜め息を吐いた。

「……仕方が無いな。セレン、君を私の専属補佐に雇おう。もちろん、レゼル君が編入試験に合格したら、だが」

 表面上は、そういう事なら仕方がないな、という風を装っていたが、眼鏡の奥の瞳が輝いているのをレゼルは目敏く発見した。

 セレンに雑用を押し付けられるかもしれない(補佐役とは突き詰めれば雑用係と同じだ)、と思うとぞっとするが、彼女と離れない為にはこうするしかないのは事実だった。

 ルイサはセレンの小さな肩に両手を置き、

「宜しくな、セレン」

 真っ直ぐに緋い瞳を見詰めながら、強い口調で言った。

「よ、宜しくお願いします」

 表情には全く変化が無かったが、セレンが引いているのが分かった。

 しかも、セレンの声を聞いて、抑えきれない、という様に口元を緩ませるルイサ。

 レゼルは怖くなって、セレンとルイサを引き剥がした。

「何してんだアンタは!」

 最早教師に対する敬意は無い。

「あ、あぁ……すまんな。こう、可愛いものを見るとデレてしまうのだ」

「意外な少女趣味というギャップを狙っているのか、それともただの百合なのか、どっちだ! それとセレンは物じゃない!」

「心配するな。ちゃんと人間だと認識しているよ」

「そこだけ!? 否定するのはそこだけなのかオイ!?」

「む? 他に否定する箇所などあったか?」

「あっただろ! お前今百合疑惑を掛けられてんだぞ!」

「あぁ……それか。安心しろ、私は百合ではない」

「今更言われても全く安心出来ないんですけど!」

 こんなにツッコんだのは久し振り――でも無いか。だが、疲れた。

 レゼルは気を取り直して息を整え、やっとの事で本題に入――

「それよりも、早く編入試験を受けたいのですが……」

「なぁ、レゼル君。ちょっと思ったんだが、セレンはレミル・ソレイユに似ているな?」

 ――ろう、として、ルイサに横槍を入れられた。

 ただ、レゼルはそれに怒る事も苛立つ事も出来ず、頭の何処か冷静な部分が「そうだろうな」と思った。

 セレンとレミルは似ていてもおかしくはない、どころか、似ていなければおかしい。だってセレンは――

 レゼルが意図せず思考に耽りかけた時、腕を引かれる感触を覚えた。

 背後を見れば、セレンが袖を掴んで引っ張っている。

「……レゼル。ずっと外に居ては、風邪を引いてしまいます」

 それは、レゼルが風邪を引いてしまう、という意味の言葉だったが、ルイサは、セレンが風邪を引いてしまう、と誤解した様だ。

「それもそうだな。セレンはかなり寒そうな格好をしているし、早く学院の中に入って試験を始めよう」

 だが、その誤解が良い流れを招いたので、敢えて誤解を解く事はしなかった。

 ルイサは学院の砦の様な大きな門を押し開きながら、こちらに背を向けながら言った。

「……君は、自分の顔にコンプレックスでもあるのかい?」

「……え?」

「どれだけ顔が悪いからといって、フードで隠して一度も見せないというのは、失礼だろう」

「……これは……」

 ちら、とルイサが肩越しにレゼルを一瞥する。

 その視線をフードの下の瞳で受けとめたレゼルは、キッパリと覚悟を決めていた。

「……リレイズ創造術師育成学院は」

「ん?」

 急に低くなったレゼルの声にルイサが体ごと振り返る。

 レゼルは、創造学院の門の下で佇んでいた。顔を上げ、ルイサの目から視線を逸らさず。

 ルイサからはフードによる陰のせいでレゼルの顔は見えなかったが、彼のその佇まいに何か引き込まれるものを感じて、ルイサも彼と見詰め合う形になる。

「創造学院は、十五歳か十六歳なら誰でも入学・編入試験を受ける権利があるんだよな?」

 敬語が消えた口調とその雰囲気に訝しそうな顔をするルイサ。

「ああ、そうだが……それが、どうした?」

「なら、良いんだ。その言葉、忘れないでくれよ?」

 レゼルは悪戯っぽい言い方をしながら、フードに手を掛ける。

 ルイサの目が瞬きも忘れる程引き付けられた、その時。

「きゃああああっ!」

 女性の悲鳴と、

「おい、引ったくりだ! 捕まえろ!」

 男性の怒号が大通りから続けて響いた。

「……!」

 素早く反応し振り返ったレゼルは、通常の人間には不可能なスピードで駆け出した。

「レゼル!」

「セレンはそこで待ってろ!」

 あっという間に、彼は大通りの人混みの中へ消えていく。

「まずい! こんな人混みの中で荒っぽい事をすれば被害が出るぞ! 何を考えているんだ、アイツは! セレン、行くぞ!」

「レゼルに任せておけば大丈夫ですよ」

「何呑気な事を言っているんだ! 創造学院に入学もしていない子供の創造術師に任せられるはず無いだろう!」

「……仕方ないですね」

 ルイサとセレンもレゼルを追って大通りの人混みへと駆け出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 レゼルは人混みを上手にすり抜けながら、引ったくり犯を追っていた。

 ちらちらと見える後ろ姿は男のもの。人混みに逃走路を塞がれているのか、上手く走る事が出来ていない。

 段々、レゼルとの距離は縮まって来ている。それは相手が人混みに足を取られている事もあるが、大きくはレゼルの使っている創造術のお陰だ。

 大方、引ったくり犯はバレない様に物をかっぱらいたかったんだろうが、それに失敗して悲鳴を上げられてしまったのだろう。なので人混みに紛れて逃走を謀る事も連鎖的に失敗してしまった訳だ。

 まぁ、レゼルからすれば、「ざまぁ」としか言えないが。

 レゼルは引ったくり犯の男を追いながら、素早く前後左右を確認した。

 今、何が起こっているのか理解しているのは当然だが犯人と被害者の女性(多分悲鳴を上げた人)、それにレゼル、後は怒号を上げた男と彼の声に触発された正義感のある男が数人。

 正義に生きる(?)男達は皆、レゼルの背後から犯人を追っている。全員が全員、人混みに悪戦苦闘していた。

 あれでは協力をしてもらうのは無理そうだ。逆に足手纏いになるだろう。そして別に、一人では引ったくり犯を捕まえられない、という事はない。

「さて、どうしようか……」

 一度駆け抜けて来た道を、一度目とは比較にならない速さで逆走しながら考える。

 もちろん、しっかりとフードを右手で押さえた格好で、だ。

 考えたのは、一瞬。

 次の瞬間には、あっさりと引ったくり犯を追い抜いたレゼルが、彼に流れる様な足払いを掛けて転倒させ、いつの間にか左手に握っていた漆黒の拳銃を彼の額に向けていた。

 よく見れば、その拳銃は空の色をしていた。昔はあったという青い空の色ではなく、夜の空の色だ。限りなく漆黒に近い、しかしそれとは明らかに異なる、闇の色。

 そんな暗い色をしているのに、レゼルの銃はその長い銃身が輝いている様に見えた。

「ひっ……!」

 引ったくり犯が、銃身の闇色より深い色の銃口の奥を見て恐怖に歪んだ顔で声を上げた。

 しかし、諦めが悪い性格なのか何なのか知らないが、悪足掻きとも言える行動に出た。

 コートのポケットに隠し持っていたナイフを倒れたまま振り回してきたのだ。

 銃を向けられているのに何とも無謀な、とレゼルは心の中で溜め息を吐いた。大人しくしてくれていれば拘束が楽だったのに。

 だが、頭の片隅でレゼルは感心してもいた。パニックになった状態で自分の持っている武器を使える、というか思い出せるのは、荒っぽい事に多少は慣れているという事だ。まぁ、今の場合は判断を間違った、としか言いようが無いが。

 レゼルは右手をフードから放して、鋭く横に一線する。まるで、剣を振るかの様なその動作の拍子に顔を隠していたフードが外れた。

 そして実際、右手には淡く輝く短刀が握られていて、それが引ったくり犯のナイフを真上に弾き飛ばした。

 片刃の短刀は、完全に振り抜かれる前――ナイフを弾いた直後には刹那の内に消えていて、その刃が周囲の人触れる事は無かった。

「奪った物は、返してもらう」

 レゼルが引ったくり犯のコートの膨らんだポケット――ナイフが入っていたのとは逆だ――を見て呟く様に、だが威圧的に言った時、

「うわっ……!?」

 重力に忠実に落下してきた自分のナイフを目の当たりにし、引ったくり犯はふっ、と気絶した。

 もちろん、レゼルは周囲の人々や犯人の倒れている位置を考えてナイフを弾いたので、落下してきたそれが犯人の顔に埋まってスプラッタな事になるなんて事は起きず、計算通りに犯人の顔横五センチの所に落ちた。

「……上手く気絶してくれたな、コイツ」

 キィン、と音を立てて石畳の道に小さく傷を作るナイフを一瞥もせず、レゼルは引ったくり犯のコートのポケットから、奪われたと思しき財布を取り出した。

 もちろん、フードをしっかりと被り直しながら。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ルイサとセレンが、二人共器用な身体捌きでレゼルの元に辿り着いた時には、彼は引ったくり犯に拳銃を向けていた。

 そしてその後の行動は、見事、としか言い様がないものだった。

 明らかに、こういう事に慣れている者の行動。しかしその慣れている者は、たかが十五、十六歳の少年だ。

 一般人には何が起こったか、全く分からなかっただろう。きっと、何故ナイフが引ったくり犯の手から離れたのかも認識出来なかったはずだ。

 認識出来たのは、多分、学院の教師である創造術師のルイサと、その隣で無表情に少年を見詰める緋色の少女だけ。

「実戦で使えるレベルの創造術か……」

 ルイサはやっと、セレンが「大丈夫」と言った意味を理解して、面白そうに呟いた。

 そして、彼の素顔を見る事も出来た。

 まだあどけなさがほんの少し残る、どちらかと言えば中性的な顔。だが意志の強そうな瞳と、最強と名高かった彼の姉、レミル・ソレイユに似た世間的に見て整っていると言える顔が、フードの中に隠れていた。

 そして、何より。《白銀の創造術師》と同じ、銀色の髪と、青い瞳。

 あの顔なら隠さなくても良いだろうに、とルイサが思った時には彼はフードを被り直してしまっていた。

「銀髪碧眼……」

 ルイサでもセレンでもない誰かが、唖然とした口調で呟いたのが聞こえた。声の高さから、多分女性。

 ルイサは周りを見回したが、如何せん周囲は人、人、人。結局、呟いた女性は見つけられなかった。

 レミル・ソレイユが銀髪碧眼だというのは誰もが――一般人も、だ―― 知っている事。レゼルが創造術を使ったと分かる者ならば、彼とレミルを繋げてしまうのも自明の理。ただでさえ、銀髪碧眼はこの世界で珍しいのだから。

「……セレン」

「……? 何ですか?」

 無表情のまま、ちょこん、と首を傾げる少女に 思わず笑顔になってしまいそうだったが、何とか抱き付きたいという自分の欲求を抑えたルイサは彼女に問い掛ける。

「確認の為訊いて置くが……レゼル君の使った銃とナイフは、創造術で創造した物だよな?」

「はい、そうですよ。拳銃が〔闇夜(やみよ)〕で、短刀が〔霞刀(かすみとう)〕です」

 創造術は、万物を創造する技術だ。

 いや、万物、と言えば嘘になる。創造術で創造出来ない物の代表が、生命。植物の様な生命なら腕の立つ創造術師なら創造する事は可能だ。だが創られた植物が枯れるスピードは自然物と比べると遥かに早い。これが動物となってくると難易度は格段に跳ね上がり、成功した者は世界でも片手で数えられる程しかいない。――そして、人間を創造する事は、創造術師の禁忌(タブー)である。

 では、生命体以外ならばゼロから簡単に創造出来るのかと言えばそれは違う。

 確かに、生命体創造より難易度は落ちるが、創る物の内部構造が複雑だったり精密だったりすると、植物創造より難しくなる事も多い。

 そして、創造術はゼロから物を創っている訳ではない。殆どゼロに近いが、創造術は星の光と人間の身体を流れるエナジーを消費する。

 エナジーとは、人間の身体を血管と平行する様にある脈を流れる、生きる力――生命力の源だ。だから、プラーナ、と呼ばれる事もある。

 それを消費するのだから、創造術は使い過ぎれば術者を死に至らしめる事もある。これが、創造術がゼロから物を創るなどという万能でない事の所以だ。

 創造術は、夜空から降り注ぐ星の光をエナジーの流れる脈に取り込み、同調(シンクロ)させ、星の光とエナジーの融合体を外に引っ張り出す事で物を創造する。この過程を構築(コントラクション)と言う。

 そして、この構築の時、何を創造するのか明確にイメージする必要がある。イメージを強固にする為に創造術師は自分で創造したものに名前を付けるのが普通だ。〔闇夜〕と〔霞刀〕も、そのセオリーに則って付けられた名である。

 イメージが上手か下手かで創造術師の能力が高いか低いかも決まってしまう事もある。これに至っては、経験と才能(センス)がものを言う。

 その点でレゼルは創造学院受験者の平均を、比べるのがおこがましいくらい上回っているだろう。いや、もしかしたら、今年の受験者のトップかもしれない。

 武器を構築するスピードも、創ったものを消失(バニッシュ)させるスピードも半端ではない。(消失は霧散(ディスパース)、ロストとも言う。)

 そして、創造術は物を創るだけに留まらない。

 創造術は、反射神経・身体能力までも創造するのだ。

 物を創るには星の光とエナジーの融合体を外に出すが、体中に取り込むのが反射神経・身体能力の創造だ。正確に言えば反射神経を上げたいなら神経系に、身体能力を上げたいなら筋肉に融合体を取り込む、といった具合だ。

 レゼルが通常の人間には不可能な速さで走っていたのも『能力』創造のお陰で、ついでに言えば彼は状況判断の為の視力や聴力も上げていた。彼が引ったくり犯に足払いを仕掛けて転倒させた時、犯人は誰にぶつかる事もなく、倒れたのだ。それはレゼルが人混みの少し開けた場所を狙って仕掛けたからである。

「凄いな、彼は。戦闘能力は学院の教師より上かもしれない」

 ぽつり、と漏らした呟きに意外ながらセレンがこちらを見上げて話に乗ってきた。

「……それは、貴女よりもレゼルが上だと?」

「いや。私は彼より上だよ、セレン。君には悪いが《菫の創造術師(バイオレット・クリエイター)》は子供の創造術師ごときに負けられないのでね」

(すみれ)……ですか。朝があったと言われる昔に咲いていたという、花の名前ですね」

「おや、よく知っているね」

 ルイサは愉快そうに笑った。そして実際彼女は愉しくて仕方がなかった。

 今はもう見えないが、あの青い瞳。失われてしまった空の色。

 対して、〔闇夜〕と名付けられた銃の夜空の色。今現在見上げればそこに在る、空の色。

 レゼルが財布を被害者の女性に返して、やっと事態を理解した周囲の人々が歓声を上げる中、ルイサは唇の端が上がってしまうのを止められなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


創造術(クリエイト)》。それは神様からの贈り物。

 そして創造術を行使する者を、創造術師(クリエイター)、と呼ぶ。

 全体的にごちゃごちゃしている、と感じたかもしれません。ごめんなさい。

 次話は少し短くなる……予定、です。

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