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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
31/61

第28話 そして彼らは日常へ

 申し訳ありません! 一日更新遅れたっっ(汗


 今回の話で第二部は終わりです。

 という訳で(何が「という訳で」だ)、粗筋を一新しました。でも見なくても全然大丈夫です。

 学院長ミーナ・リレイズが、彼女の娘であるミーファ・リレイズの首元に手を当てた。

 瞬間、当てた手が白く輝く。

 瞼を下ろしていた目をミーファが開いたときには、その光は収まっていた。

「ミーファ、気持ち悪さはない?」

「うん、大丈夫よお母さ――あっ、じゃなくて、学院長」

 娘の首元から手を離したミーナは一瞬ぽかんとした後、優し気な笑みを浮かべた。

「ミーファ、今くらいは『お母さん』でいいよ」

 壁に寄り掛かりながら親子である二人を眺め、レゼルは先刻のことを思い出していた。

 ミーナが病室に飛び込んで来て、真っ先にミーファに抱き着いた。やはり心配だったのだろう、と思う。今回の戦争は、あまりにもイレギュラー過ぎたのだ。

 他の創造術師を先に治療していた――ミーファがそれを望んだ――ミーナはそれを終え、今やっと娘の治療をしているという訳だ。

 ミーナは後衛(リアガード)の創造術師。リアガードの役目は、治療・援護などの多岐な支援になる。特に彼女は医療面の創造術に優れており、たった今ミーファの首元に施したのも治療の創造術だ。

 彼女は己の《星庭(ガーデン)》の特性で、『自分のエナジー性質を改変出来る』という能力を持っている。先程の治療は、自分のエナジー性質をミーファのエナジー性質と出来るだけ似たものに改変し、それを融合体としてミーファの体内に流し込んだのである。流し込み方はレゼルが〔光剣(ライトセーバー)〕でやっているのと同じだ。

 エナジーとは即ち、生命力のこと。これを融合体として体内に流し込めば、患者の身体は少なからず回復する。ただ、瞬間的に傷が治る・消える、ということではない。治療創造術の行使直後の効果としては、痛みを緩和したり、身体全体の回復力を高めて治るのを早くしたりなどといったものがある。

 更に、血管と平行に体内を廻るエナジー脈は、血管と同様、首などに太い脈がある。そこに融合体を流すことによって効果が高まる――とは、誰あろうミーナの言葉である。

 しかし、この治療創造術が出来るのは《星庭》の特性を得た、《暦星座》である彼女だけ。他のリアガードの創造術師達の一般的な治療創造術は、融合体を患者の傷口に当てて瘡蓋(かさぶた)の要領で傷口を塞いだり、ガーゼ・包帯等を創造したりとその程度である。

「ありがとう、お母さん」

「何言ってるの、当然だよ」

 親子二人の微笑ましいやり取りの後、ミーナは向かいのベッドに振り返った。

「さて、ルーちゃんもおちゅーしゃしましょーか」

「おちゅーしゃって何だ、おちゅーしゃって。別に注射じゃないだろう。……まぁ、融合体を流し込まれるとき、注射に似た痛みを感じるのは事実だが」

 心なしか、シーツを掴むルイサの手に力が籠ったようにレゼルには見えた。

 ミーナは彼女のベッドに寄りながら、

「それは仕方ないよ。他人のエナジーが含まれた融合体を体内に流されるんだから。たとえエナジーの性質が自分と似たものになっていたとしても、あくまで『似たもの』であり『同じもの』ではない。痛みとして多少の拒絶反応は出ちゃうよ。所詮、他人のものは他人のものだから。これは私とミーファ、つまり親子でも変わりない。まぁ、エナジー性質が元々『血縁』として似てるから、赤の他人にするほどの痛みをミーファは感じないと思うけど」

「……う」

 眼鏡の奥で揺れた瞳に、ミーナは苦笑した。

「ルーちゃんは昔から私の治療創造術が苦手だったもんね……」

 怪我を負うよりは、注射の痛みの方が遥かに軽い。――という理屈は頭では分かっていても、注射だからこそ苦手なのはどうしようもないらしい。レゼルはぎゅっと強く目を瞑るルイサを見ながらそんなことを思った。

 意地悪く、あの悪魔の笑顔で、敢えてゆっくりルイサの首元に手を近付けていくミーナを、隣に移動してきていたセレンと眺めていたときだった。(誰もミーナに何も言わない辺り、皆いい性格をしている。)

 スライドドアが開き、学院の制服姿の少女とメイド服の女性が一人入ってきた。

「あら、皆さんお揃いですわね」

 制服姿の少女は、両手に花束を抱えた格好でにこりと微笑んだ。

 縦ロールの、鮮やかな薄い金色(クリームゴールド)の髪。上品で存在感のある少女だ。

 ウィスタリア・ダウン・ディブレイク。

 第二学年の代表にしてディブレイク王国の王女。更には「歌姫」と呼ばれる《暦星座(トュエルブ)》の一人でもあるという、凄い経歴を持つお方である。

 彼女の隣にいるのはメイドのマリンカ・ファストリアだ。金茶色の三編み髪が特徴的な、背の低いメイドである。

「あ、歌姫ちゃん。今日はお疲れ様〜!」

 ミーナがルイサに治療の創造術を施しながら陽気に声を掛けた。

 ウィスタリアはマリンカに花束を手渡し、

「そちらこそお疲れ様ですわ、学院長。それと、治療中に余所見しない方が良いですわよ。エネディス教師が顔を蒼褪めさせていますわ」

 くすくす、と王女が小さく笑い声を漏らしている間に、マリンカは病室の奥に移動すると、出窓の縁上にあった花瓶に花束の花を生け始めた。

「晴牙さん、命に別状はないそうですわね。良かったですわ」

 奥のベッドを眺めた後、ウィスタリアはミーファとノイエラ、そしてセレンに向き直った。

「皆さんも特に問題は無いみたいですわね」

「は、はい。あの、ウィスタリア様、今回は戦闘をサポートして頂き、ありがとうございました」

 見えるところで、額と腕に包帯を巻いた痛々しい姿のまま、ミーファが深く一礼した。

「畏まらなくて良いのです、ミーファさん。わたくしの方こそ、お礼を言うべきなのですから。――ミーファさん、ノイエラさん、セレンさん、戦ってくれて、本当にありがとう。このリレイズは王国にとって無くてはならない大事な街。王族として、感謝の気持ちを捧げます」

「そ、そんな……だって堕天使と戦うのは当然ですし……」

 きょろきょろと病室内部に視線を彷徨わせ、困惑するノイエラ。

「――そうだね、私からも学院長として感謝の気持ちを捧げるよ」

 更にミーナからもそんなことを言われ、ノイエラの困惑は大きくなっていく。首を押さえて顔を伏せているルイサに、「ルーちゃんもありがと〜」と彼女の頭を撫でながらミーナが言っているのを見て、やっとノイエラの困惑は収まった。

「ところでレゼルは、何も出来ませんでしたわね」

 突然、ウィスタリアは妖しい笑みを浮かべながらこちらに流し目をくれた。

「え? あ……ああ、そうですね……」

 思えば、彼も南側戦闘区域で堕天使との戦争を繰り広げていたことを、セレン以外はここにいる誰も知らないのだった。

「ふふっ、男の子の面目丸潰れですわね」

「いや、えっと……言い訳になるかもしれないですが、仕方がなかったとしか……」

「分かってますわ、貴方の事情は。ただ言ってみただけです」

「は、はぁ……」

 やはり、このお姫様には茶目っ気がある。

「……それと、レゼル。病室には監視カメラの類はありませんが、一応顔を隠しておいた方が良いですわよ」

「分かりました」

 ウィスタリアに忠告をされ、レゼルは素直にコートのフードを被った。

 病室は時にプライベートな空間になる。そういう理由で、戦闘区域の病室にも監視カメラはない(ただし、医務区画の廊下には監視カメラはある)。その代わりに病室のセキュリティを守るのはセンサー類である。

 だが、何時、誰が、この病室に入ってくるか分からない。そういう意味での「顔を隠した方が良い」という言葉だろう。

 レゼルは、エントランスからこの病室に来るまではフードを被っていた。病室に来てからはフードを外してしまっていたが、今ここには《暦星座》が四人も集まっている。確かに、何時誰が来ても可笑しくない。

「……では、学院長」

「うん」

 それだけのやり取りをした後、ウィスタリアとミーナは病室の外に向かう。

「マリンカ、貴女はここに残っていて」

「かっ、畏まりました、姫様」

 相変わらず少しおどおどと頭を下げたマリンカの前で、スライドドアが閉まった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……終わったわね」

「……終わりました」

「……終わったな」

「……終わりましたね」

 一瞬の沈黙に包み込まれた病室で、ミーファ、ノイエラ、ルイサ、セレンが口々に言った。

 マリンカは窓際で優しく微笑んでいる。

 そして、

「……終わったんだな」

 茶髪の少年が昏睡しているはずのベッドから、やや掠れた声が。

「――副代表!? 起きてたんですか!?」

「ハルキ!? 起きてたの!?」

「……ハルキ、起きていたのですか?」

「何だお前ら、起きてちゃ(わり)ぃのかよ!?」

「起きたか、ハルキ。傷の具合はどうだ?」

「うおおぉぉぉぉ、レゼル、心配してくれんのはお前だけだぜ」

「き、傷は? 痛みませんかっ?」

 ノイエラが晴牙のベッドに詰め寄った。

「ああ、大丈夫だって。今は麻酔も効いてるしさ」

「……よ、良かったぁ……良かったです……」

 ベッドのシーツを掴んで涙を流すノイエラに晴牙はぎょっとする。彼女を安心させようと、強がって上半身を起こして見せ、背中に奔った激痛に悶え、更にノイエラを泣かせてしまうというスパイラルに陥っていた。

 そんな二人を、レゼル、セレン、ミーファ、ルイサ、マリンカの五人は各々の表情で眺める。

 その中、レゼルはふいに、窓に視線を移した。

「終わってなんかない……まだ、何も」

 色取り取りの花が生けられた花瓶の後ろでは、雪の止んだ銀世界が広がっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『南側でも堕天使との戦争があったの?』

『ええ、私のメイドの一人――マズルカは南側に行かせたのですけど、彼女と協会の創造術師が到着したときには、既に堕天使は駆逐された後だったと』

『駆逐された後?』

『マズルカの情報ですから確かですわ。そして、南側の司令室の扉は穴が空けられていて、中にいた創造術師は全員昏睡状態で未だに起きないそうですの』

『大丈夫なの?』

『それは心配ないということですわ。ただ眠らされているだけらしいですから』

『そう……扉に空けた穴、ねぇ。そこから睡眠性のある気体でも入れたのかもしれないけど、穴なんてどうやって空けたの? 音なんて立てたらバレるよね?』

『……それは不明ですわ。考えても分かりませんし』

『……それもそうだね。で、堕天使は駆逐されていたと』

『はい』

『……全く、誰がこんなこと……確かに助かったけどさ』

『何て言って、学院長はもう分かっているのでしょう? 南側の戦争を引き受け、リレイズの街を救ってくれたヒーローの正体を』

『……まぁね。抜け目ないやり口に、恐らく多くてもたった数人の行動だろうから――』


『『――ブラッディ』』


『しか考えられないよね?』

『しか考えられないですわね』

『……まだリレイズの街にいたってこと?』

『その様ですわね。それと、南側戦闘区域の司令室モニターに通信履歴がありましたわ。調べたところ、通信先は西側戦闘区域。ですが会話の内容はデータベースからすっぽり消えてました。西側の司令室常駐創造術師に話を聞いてみても、「南側からの通信などは入っていない」の一点張りですわ』

『明らか可笑しいねぇ。でも、当分は大人しくしているしか……』


 ――ブツッ


「セレン、この録音データはお前のデータベースに仕舞っておいてくれ。……西側戦闘区域司令室の創造術師にはルチアさんが迅速に対処してくれたみたいだな」

「そうですね、レゼル」










[第一章 創造祭編・第二部「猶予期間(モラトリアム)」 終結]

 次から第三部「創造祭」が創始。これが終われば第一章も終わり。長いなぁ。


 読んで下さった方、ありがとうございました!

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