第25話 スノウデイズ・ウォーズ
今週はちゃんと更新出来て良かった……。
えー、今回も意味不明オンパレードかもしれません(汗
ごめんなさい。「分かんねェ」と思ったら、迷わず飛ばして下さいな!
体内内蔵手榴弾が《堕天使》の固い体表に着弾する。
直後、まずは目を焼くような閃光が、次に頭に直接響くような轟音が轟く。爆風が吹き荒れ、砂嵐となる。
「きゃっ……!?」
後ろで悲鳴を上げるノイエラを身体の陰で庇い、セレンは腕の中に内蔵されていた短剣を、地面に落ちる前に左手で掴み取った。
やがて、手榴弾の起こした砂嵐が収まる。
「……ゲホッ、ゴホッ……」
晴れた視界の向こうで、ミーファの苦しそうな咳が聞こえた。
「ち、ちょっとセレン! 爆発起こすんなら一言言ってから起こしなさいよ!」
彼女は此方に向かって何やら怒っていた。
「……私の右眼と右耳は機械ですので、閃光や轟音の影響を受けません」
「そういう問題じゃないわよ! 他の人の事を考えなさいって言ってるの!」
「ちゃんと目が見えて私の声も聞こえているではないですか。なら大丈夫ですね」
「それは、咄嗟に『能力』創造を止めて目を閉じて耳を塞いだからよ!」
「流石は《暦星座》ですね」
「感心してる場合かー!」
ぜぇぜぇ、と荒い息を吐くミーファ。
「――まぁ良いわ、そんな事より……」
彼女は真剣な表情で、セレンの右腕を見た。肘から下は千切れ、無くなっている。その代わり――とでも言うかのように、千切れた所からは電子機器の中で見るようなコードが二、三本垂れ下がっていた。
「……機械人間って、本当に?」
セレンは臆する事も躊躇う事も無く、しっかりと頷いた。
「はい。私は機械人間。顔と上半身は右半分が機械、下半身は左半分が機械です」
「……その機械は、創造物よね?」
「やはり、流石は《暦星座》ですね。正解です」
「すぐに分かるわ。千切れた右腕が消失現象を起こしたんだもの」
成程、とセレンはミーファの言葉に納得した。
横にチラリと目を向けてみれば、自分が放り投げた己の右腕が光の粒子となって消えていっている。紛れも無く、これは創造物の消失現象だ。
「それに、ブーツも創造物ね。……貴女は、ずっと創造術を使っているの? 信じられないわ、そんなの……」
「でしょうね。エナジーがどうとかよりも、まず、創造術は寝ている時は使えませんし。……後でちゃんと説明します、今は戦闘に集中を」
短剣を構えたセレンに言われて、ハッとしたように二挺拳銃〔煌双星〕の銃口を《堕天使》に向けるミーファ。
手榴弾のダメージは相当なものだったのか、蟷螂型上位個体は苦しそうに甲高い啼き声を上げている。
「セレン、ミーファ! 大丈夫か!?」
遅れて、右手からルイサの声が聞こえてくる。と同時に、下位個体と戦っているのだろう、剣戟の音も響いてきた。
「こっちは大丈夫です! 先生は!?」
油断なく上位個体の《堕天使》を睨み付けながら、ミーファが声を張り上げた。
「此方も問題ない、変わらず下位個体と戦闘中だ! セレン、お前はミーファと共に上位個体の相手をしろ!」
「元よりそのつもりです」
返ってきたルイサの言葉に素っ気ない返事をし、セレンはミーファの横に立った。
「ノイエラさんとハルキは大丈夫です。――それでは、戦闘再開といきましょうか、ミーファ」
「ええ、望むところよ」
赤髪の少女と金髪の少女は、臨戦体勢で《堕天使》を見据える。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『君ハ最高傑作デアリ最高欠作。限リナク歪デ異端ノ存在。ダカラ、君ニ今ノ世界ヲ壊シテ欲シイ――』
唐突に、昔聞いた少女の声が脳裏に甦った。
「……ああ、壊すよ。今の腐った世界を、光の消えたこの世界を――」
ぽつりぽつりと、頭の中に響く少女の声に対して返事をする。
独白しながら、灰色の髪の少年は雲に覆われた空を仰ぎ見た。
はらはらと、氷の花弁が降ってくる。雪は全く止みそうにない。
「お前の望みなんかどうでも良い。俺は俺の為に、世界を壊す」
視界に蟷螂型《堕天使》の六枚羽が映り込む。
「――必ず、俺は彼女を人間にする」
少年の髪が灰色から銀色に変わる。
青に染まった眼で前を見れば、そこには砂塵を巻き上げて突進してくる下位個体の《堕天使》。黒い体表に六本足、その先には小さいながら鋭い爪がある。蟻に似た造形をしたソイツ等は百匹以上の大群で少年に迫る。
そして空を見上げれば、前足が巨大な鎌になっている蟷螂に似た上位個体の《堕天使》。此方は二匹。五月蝿い羽音を響かせて悠々と迎撃区域の上空を飛んでいる。
「……これだけか? ――いや、違うな」
まだ、いる。少年の卓越した感覚と経験は、まだ他にも違うタイプの敵がいる事を伝えていた。
――ステルス能力か。
一昨日に北側戦闘区域で戦った《堕天使》の事を思い出す。
下位個体の、蜂に似た《堕天使》。それがいる。モニター越しでは分からなかったが、戦場に立てば容易に察知出来た。
少年の両手が紅の光に染まる。
次の瞬間に、その光は巨大な剣となって握られていた。蟷螂型《堕天使》の鎌に勝るとも劣らない大きさの剣だ。
剣は二本。赤く、紅く、朱く、緋い――両刃の双剣。
対《堕天使》用創造武器――双剣〔灼光〕。
紅く発光する剣が、焔を纏う。
空から降ってくる雪が、その焔に触れる前に儚く熔けて消える。
――戦争の、始まりだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
信じられない。
機械人間?
何を言っているんだ、あの少女は?
相変わらず、頭の中は絶賛混乱中だ。
――だけど。
腕が千切れても血の出ない身体。《堕天使》の攻撃を受け止めた時の金属質な衝突音。身体の中から取り出された短剣と手榴弾。右腕から垂れるコード。全く変わらない彼女の表情。
自分の目にした全ての光景は、彼女――セレンが機械人間であるという事を肯定していた。
身体の機械部分は創造術で創造してるって?
創造術を維持し続けるなんて絶対に無理だ。
ミーファやルイサ、ミーナなど《暦星座》でも精々持って一週間。それでも最後の一日、二日はベッドに寝たきりの状態で、だ。
しかも、彼女は上半身の右側が機械、下半身の左側が機械だと言っている。それでは、その機械を創造する創造術が一瞬でも途切れれば、彼女は上半身の右側と下半身の左側を失う――死ぬ、という事ではないか。
『俺は出来るだけセレンの傍にいないといけないから』
ふと、レゼルの言葉が頭の中に浮かんだ。
ミーファは納得する。
今ならば分かる。彼女が――セレンがどれだけ不安定な状態で生きているのか。何時死んでしまうか分からない、次の瞬間にはもしかしたら彼女は消えてしまっているかもしれないという、そんな不安と恐怖の中で彼がどんな気持ちで戦っているのか。
それに、セレンの表情がぎこちない――というより全く変わらないのも得心がいった。
セレンは自分の顔も右半分が機械だと言っていた。
――ならば彼女は、表情を作りたくても創れないのではないか?
顔の右半分にあるという機械には、表情を作る表情筋の精緻で細かな動きが出来ないのではないだろうか?
声には多少感情があるから、声帯は生身の身体なのだろうが、それでも普段の彼女の声は淡々としている。
上手く感情表現が出来ないもどかしさ。それをセレンは、何時も抱えていたのだろうか。
機械人間は不老不死?
とんでもない。誰が言ったんだ、そんなこと。
ミーファの横で戦っている小柄な少女は、普通の人並みの人生さえ送れないかもしれないというのに。
ギリッ、とミーファは強く歯を食いし張った。
地を蹴って蟷螂型《堕天使》の腹の下に飛び込み、上へ銃口を向けて引き金を引く。
両手に握られた対《堕天使》銃は、二発の青く輝く弾丸を射出する。
「あーっ、もう、水臭いわね!」
叫びながら跳躍。『能力』創造で強化した脚力を使ってその土手っ腹に渾身の蹴りを見舞う。
「確かに! 出会って数日の奴に実は機械人間なんですなんて重い話はしたくないかもしれないけど! 隠して置きたいかもしれないけど!」
めきょっ、と音を立てて戦闘用ブーツが《堕天使》の腹に減り込んだ。
「それでも! ――話してくれたら、私達だって何かしらのサポートくらいは出来るのよ! 嘗めんなぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
今の自分を客観的に見て、ミーファは思う。
――ああ、頭の中で何かが切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――代表が怒っている。
晴牙の応急処置を終え、戦線から離れた場所に仰向けに寝かせた後、ノイエラは思わずそんな感想を抱いた。
恐らく、上位個体の手強さに苛ついているのに加えて、セレンの身体についても彼女は何か複雑な気持ちでいるに違いない。
彼女は優しい。ノイエラはその事をよく知っている。
しかし、セレンの創造物ブーツでの蹴りとは違って、彼女の蹴りでは《堕天使》にダメージを与えられない。あれは殆ど八つ当たりだろう。
戦闘服の上着を脱がせた晴牙の上半身は、幾重にも包帯で包まれている。包帯は戦闘服のウェストポーチに入っていたもので(《堕天使》と交戦する場合は応急キッドの所持が義務付けられている)、それは早くも背中の傷からかなりの血が滲んでいた。
「……ッ、ありがとうございます、副代表。私も、頑張りますね」
自分にはまだやる事がある。いや、出来る事がある。
ノイエラは地面に横たえた晴牙に向かって、聞こえないと分かっていながら、助けて貰ったお礼を言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
晴牙の手当ては終わったらしい。ノイエラが戦線に復帰した。
手当てが終わった、と言っても、それはただの応急処置に過ぎない。出来るだけ早く医者に診せなければ命に関わる。セレンの見たところ、それほどの出血量と傷の深さがあった。
レゼルがいれば――と思うが、今この場に彼がいたとしても彼は戦えない。『血塗れ』の正体がひょんな事からバレてしまっては困るからだ。
セレン自身も優秀な創造術師だが、まさかレゼルほどの実力は無い。自分の機械の身体を創造しているのも、彼の力を借りているくらいなのだ。いや、殆ど彼の力に頼っていると言える。
望みは、早く目の前の《堕天使》を倒して戦争を終わらせ、晴牙を医者に診せる事だが、それは無理だ。今は《堕天使》の侵攻を抑え、創造術師協会の創造術師部隊が来てくれるのを待つしかない。
セレンは地を蹴って空に舞い上がった。そこは上位個体《堕天使》の上空。
重力に忠実に、彼女の身体は落下していく。
髪が乱れ、スカートが捲れるのも構わずに、セレンは華麗な左脚でのドロップキックを炸裂させた。
創造物であるブーツの踵が、《堕天使》の身体に減り込む。
「……ッ!」
ギチッ、と機械の左脚が軋んだ。
だが、それだけだ。右腕のように吹き飛んだりはしない。セレンは自身の創造術で、生体機械を強化していた。創造物を『耐性強化』したり『増長』したりするのは、《暦星座》クラスでも困難を極めるが、セレンの生体機械はそうではない。彼女の生体機械の強化――主に耐性――は、『能力』創造と同じ要領で可能である。
『能力』創造は、融合体を体内に取り込むことで、身体能力や反射神経を向上させる。セレンの生体機械には、ちゃんと神経もエナジー脈もあるし、筋肉はスプリングが代用している。それらを、生身の身体と違わない、と定義し、融合体をきちんと取り込めれば、『能力』創造は普通と何も変わらないのである。
勿論、融合体の光とエナジーの比率は、元からある生体機械のものと出来るだけ近くしなくてはならない。――が、比率の調節というものは彼女には無縁なのだった。
彼女の融合体の比率は変わらない。
何時、どんな時でも、彼女の融合体の比率に変化は無いのだ。
光:エナジーが、何時も6:4。
望ましいのは5:5だが、彼女は創造術の黄金比を捨てる事で、変わらない融合体の比率を得ている。
耐性強化――正確には『物質』創造だがやり方は『能力』創造だ――によって紅く煌めく左脚は、《堕天使》に少しのダメージは与えたらしい。
蟷螂に似たソイツは身を捩り、背中に負った傷に苦し気な啼き声を上げた。
蟷螂の背中から退却し、地面に着地。その時、横合いからノイエラとミーファの叫び声が聞こえた。
「代表! 五秒後に左斜め47度、射撃! 更に二秒後、右側の羽、全枚撃破!」
「了解!」
ミーファが地上を駆け、ノイエラの指示が飛んでから五秒後だと思われる時、左手に握った拳銃をやや左側に向かって撃った。
青い光で夜の闇を切り裂く弾丸は、蟷螂の眉間に直撃。蟷螂がバランスを崩し、宙でよろける。
きっかり二秒後、跳躍したミーファの眼前に、右側の羽が三枚全て、重なって並んだ。
ミーファの翡翠色の瞳が細められる。
――ミーファが引き金を引いた。
両手に一挺ずつ握る〔煌双銃〕から放たれた二発の銃弾は、三枚の羽を貫通して大穴を開けた。
「……予想していたより凄いですよ、レゼル」
横手で繰り広げられる戦いを見て、セレンは再びキックをお見舞いしながら呟いた。
ミーファ・リレイズ、《双子座》を《星庭》に持つ者の『正確さ』と、
ノイエラ・レーヴェンスの《堕天使》行動予測能力。
この二つが揃ったからこその、戦闘。
『ミーファのところに行って――』
レゼルが、ルイサや晴牙ではなく、ミーファだと確定していたのはこの二人の連携戦闘を予測していたからだ。
ミーファの『正確さ』は有名だが、レゼルが何時何処でノイエラの特異な能力を知ったのかはセレンも知らない。知る必要はないから聞いていない――が、たまにレゼルを謎な人だとセレンさえも思う事がある。
「……レゼルももう、戦闘に入っているでしょうか」
地面に着地、チラッと南の方角を見る。
遠くの南側戦闘区域では、血のように紅い光が瞬いていた。
読んで頂きありがとうございました。来週も普通に更新! ……出来ますように。