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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
25/61

第22話 モラトリアム

 丁度、新年明けましておめでとうございます……でしょうか? と、とりあえず、今年も良い年になりますように。(去年が良い年だったのかは甚だ疑問ですが。震災もありましたし……)


 今回はクサい台詞がいっぱい出てきます。そういうのが嫌い、苦手、もしくは「正義とか嫌い」という方はぱぱーっと読み飛ばしても……多分、大丈夫です。そこまで「正義!!」という感じの台詞ではないと思いますが、念の為。

 ではどうぞ。GO⇒

 2012年初投稿! ……だよね?

 ――怖い、という思いは確かに心の中にあった。

「……だけど」

 ――怖いという思いよりも、守りたい、という思いがあった。

 生まれた時から暮らしてきた、故郷の街(リレイズ)

 家族、友達。

 そして、想い人。

 ミーファ・リレイズはそれらを、心の底から守りたいと思った。

 彼女は司令室を飛び出して勝手知ったる廊下を疾走する。

 リレイズの戦闘区域なら、ミーファは東西南北、何処でも戦場に立った事があった。だから司令基地の内部構造も、まるで自分の家の事のように知っている。(現在は学生寮に住んでいるが彼女の家は他にちゃんとある。)

 目当ての扉を見つけ、ミーファはセンサーが反応しドアが開くまでの時間ももどかしく、司令室を出た時のように腕力で抉じ開けた。

 通常、こんな事をすればアラームが基地中に響き渡るが、今はそんな事はなかった。基地内部の不審行為になど構っている暇も無いという事だろう。

 彼女が飛び込んだ部屋は、司令室とは比べるのが無駄な程の狭い部屋だった。ただそれは司令室が広いからで、この部屋も学院の寮にある個人部屋に比べたらかなり広い。

 左右の壁際には細長いロッカーが並んでおり、ミーファは手前の一つに手を掛けた。

 腕の筋力を創造術で強化。

 ボギャッ、という不気味な音を立てて鍵を破砕する。勢い良く開いたロッカーの扉は蝶番(ヒンジ)が外れて吹っ飛んだ。

 中にある綺麗に畳まれた黒い戦闘服を確認すると、ミーファは一気に学院の制服を脱いで着替える。肘、膝、肩、胸に衝撃吸収素材で作られた上に軽量化もされたプレートアーマーを付け、部屋を飛び出す。

 扉の外れたロッカーに突っ込んだ衣服――まぁ下着は無いのだが――が丸見えになっている事も気にしない。いや、今の彼女はそういう事に一切気が回らないだけだ。

 エレベーターホールに到着、だがエレベーターを待つ時間は無駄になると判断する。ミーファはホールの端にある階段に足を向けた。

 一段目に右足を掛ける。

「……」

 今まで一瞬たりとも行動を止めなかったのに、ここに来て彼女の足がピタリと停止した。


 ――怖い。


 彼女の額には脂汗が浮かんでいた。

 確かに、彼女には《堕天使(だてんし)》との交戦経験がある。だが、それはミーファが一人で戦った訳ではない。《堕天使》を弱体化させる結界を創造する結界師がいて、支援(サポート)をする後衛(リアガード)の創造術師がいた。戦友と呼べる仲間がいた。

 通常なら、自分の他に二十人から四十人は戦友がいる状況で彼女は戦ってきたのだ。

 しかし今回は、彼女一人。ルイサは来てくれるだろうが、彼女は前衛(ヴァンガード)。結界や支援が無いといった意味では、一人で戦うのと同義だ。

 ルイサと自分以外、戦える者はいない。

 晴牙とノイエラは《堕天使》との交戦経験が無い。幾ら何でも、初戦でこの《堕天使》の数は無理だ。上位個体がいて、下位個体も群で堕ちてきている。創造術師の初戦とは、下位個体一匹を相手に数人の結界師と後衛が付いて戦うのが普通なのだから。

 セレンはそもそも創造術師ではないし、レゼルは《堕天使》と交戦経験があるといっても、《(クラウド)》という鎖によって戦場に立つ事を阻まれている。それに、彼にはあまり危険な事はして欲しくなかった。

 今までとは全く違う状況、死ぬかもしれないという恐怖。――そして、守りたいと強く願う心。

 それらが(せめ)ぎ合い、ミーファの足を止めさせていた。

 ともすれば震え出す己の膝を彼女は見詰める。


 ――迷っている時間なんてあるの?


 そして、自問自答する。自分の中にある筈の、いや、あると願っている回答を求める。


 ――守りたいんでしょう、ミーファ。


 多分、もう心の中にある答えを求める。


 ――忘れたの? 迷っている時間なんて無いのよ。


 答えに、意識の、感情の手を伸ばす。


 ――私の猶予期間(モラトリアム)はもう、あの日に終わっているのだから。


 指先が、答えに触れる。

 立ち止まれる時間は、既に終わりの鐘を告げているのだ。

 ミーファは一瞬とも言える速度で、階段を駆け上がっていった。

 そして彼女は戦場へと、足を踏み入れる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 スライドドアが、何故かややぎこちない動作で両側に開く。

 創造術師が戦闘装備を整える為の更衣室に入ろうとして、

「……は?」

 聖箆院晴牙は、ルイサ・エネディスと目が合って、間の抜けた声を上げた。

 彼女は更衣室の中で、黒スーツのパンツに手を掛けていた。チラリと紫色の下着が覗いている。シャツも(はだ)けた状態で、これまた紫色のレースが覗――

「馬鹿者ッ!!」

「うわぁぁぁぁッ!?」

 何故か床に落ちていたロッカーの扉――手前のロッカーが何故か壊れているのでそれの扉だと思われる――をルイサに投げ付けられ、晴牙は悲鳴を上げて飛び退いた。

 と、同時に更衣室の中に背を向ける。

 彼の背後で、スライドドアがやっぱり何故かぎこちなく閉まった。頬を掠めて飛んでいったロッカーの扉が向かいの壁に激突するのも見ずに、ルイサに声を掛ける。

「……あの、エネディス先生――」

『何をしている副代表! 男性用更衣室はこの部屋の向かいだぞ!』

「えっ?」

 担任の女性に言われて顔を前に真っ直ぐ向けると、確かに後ろにあるスライドドアと同じ扉が視界に入った。扉がぶつかったからか、一箇所だけ窪んでいたが。

「ッ!? す、すみません!」

『後でたっぷり仕事押し付けてやるからな!』

 扉越しの声と(ひしゃ)げた扉――つまり本気で彼女は彼を殺す力を込めて投げた――に、晴牙は気分が憂鬱になるのを感じながらも男性用更衣室に入ろうとする。(そもそも元を辿れば悪いのは彼だ。)

『……副代表』

「え? あ、何ですか?」

 呼び止められて、晴牙は素直に立ち止まった。

『お前は何故、戦おうとしている?』

 ルイサの問いは、今の晴牙には簡潔過ぎる程簡潔なものに聞こえた。

 だから彼も、簡潔に答える。


「……俺は、強くなりたい。誰かを守れる力が欲しい。そう思ったなら、俺の猶予期間(モラトリアム)はもう終わったんだ」


 妹を守れなかった昔の自分。それは、弱い自分だ。

 変わりたい。強くなって、誰かを守りたい。

 まるで少年漫画の主人公のような感情だが、彼は心からそう思うのだ。

「……それに、大切な奴もいますから」

『……そうか』

 背後から聞こえるくぐもりがちな声は、これから戦争をするというのに楽しそうに弾んでいた。

 ――まるで、我が子の成長を喜ぶ母親のように。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ノイエラ・レーヴェンスは階段を駆け上がっていた。

 彼女は『能力』創造がまだ出来ないから、スピードは平均的な女子のそれより少し速い程度だ。

 もうミーファは戦場に立っているのだろうか。

 そんな事を思いながら、彼女は制服のスカートを翻し走る。

 ノイエラは、自分が本当の戦場――前衛の創造術師がいる場所に立とうとはしていない。彼女がそこにいたところで足手纏いになるのは誰より何より、彼女自身が理解している。

『モニター越しじゃ分かるものも分からないだろ』

 レゼル・ソレイユは彼女にそう言った。

 その時に思ったのは、「気が付いていたんだ」という事と「流石だな」という事。

 ちっぽけかもしれないけれど、彼女は自分に出来る事を理解していた。

 だが、一歩足を踏み出す決意が固まったのは、レゼルのお陰だ。

ミーファの(・・・・)ところに行ってあげてくれ』

 晴牙でもルイサでもなく、ミーファ。

 彼がそう言って、彼女に明確な「出来る事」を示してくれたから。

 ――ノイエラは、思う。


 確かに、学生でいる内は私に与えられた猶予の期間です。――だけど、猶予期間(モラトリアム)の内は進まなくて良いなんて、誰が決めたのですか?


 ――と。

 だから彼女は、出来る事を精一杯やり遂げる為に戦場をこの眼で見るのだ。

 忌々しいと思った事もあるこの「感覚」が誰かの役に立つのなら、それは彼女にも嬉しい事なのだから。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「創造術師協会の部隊が来るのに(あと)何分掛かる!?」

「はっ、……ッ、後十五分は掛かるかと!」

「くそ、持つか……?」

 司令官の男は部下の報告を受け、モニターを見ながら苦々しげに呟いた。

 モニターに映るのは、砂煙を上げて此方へ向かってくる《堕天使》の群だ。後二分もすれば司令基地に雪崩れ込んで来る事は目に見えていた。

 ミーファやルイサが《堕天使》の侵攻を抑えてくれれば協会の戦闘部隊が駆け付けるまでの十五分間くらいは持つかもしれないが、それだってギリギリだ。小さな事でも何か一つ崩れれば、容易に状況は再起不能なまでに悪化するだろう。

「……大丈夫でしょうか?」

 レゼルの隣に寄り添う小柄な少女が、モニターを眺めながら心配そうな声で、だが無表情に囁いた。

「大丈夫だろう。ミーファにエネディス先生、晴牙とノイエラもいるなら十五分くらい耐えられるさ」

「……そうですね、レゼル。彼らは強い」

「ああ。それに、学院長やウィスタリア様もじき戦場に駆け付けるだろ」

 リレイズの街には《暦星座(トュウェルブ)》が多い。実に創造術界の頂点(トップ)である人間の三分の一がリレイズにいるのだ。戦力的には何の問題も無い。

「……問題があるとすれば、時間、だな」

 ミーファ達四人が《堕天使》の侵攻をどれだけの間抑えていられるか。迎撃部隊がどれだけ早く戦場に駆け付けられるか。

 問題はその二つだ。

「司令官、民間人の避難はどう致しますか」

 タッチパネルを操作していた二人の部下の内一人が、振り返って司令官に指示を(あお)いだ。

 司令官はほんの僅かな時間に考え込むと、きっぱりと言った。

「今回は流石に(まず)い。騎士団の誘導で地下シェルターに避難させろ!」

「はっ! では、騎士団の方にその旨を……」

 彼らの会話を聞きながら、レゼルは「パニックにならなければ良いが」と考えていた。

 確かに、人命を優先するならば人々を地下シェルターに避難させるのが一番の得策だろう。だが、今は創造祭を一週間後に控えた、大事な時期。そんな時に《堕天使》が急に堕ちて来たとあっては、パニックになる者も多いのではないだろうか。しかも今回は《誘導結界》による結界師の事前感知が無かった。それはあまりにもイレギュラーな事態で、パニックを引き起こす要因にもなる。

 因みに地下シェルターは、全ての街に四つの戦闘区域があるように、全ての街の地下にある。街の地下には地下通路が張り巡らされ、その通路はシェルターや地下栽培室(ジオプラント)を繋げているのだ。地下栽培室がある事で、暫くの間は避難中も食糧には困らないシステムに何処の街もなっている。

「……出よう」

 レゼルの唐突感のある言葉に、セレンは全く躊躇わず頷いた。

 出よう、とは司令室から出ようという事。司令官やその部下二人はレゼルの事など気にしていないが、「お前は戦わないのか」みたいな雰囲気は多少漂っていた。

 身体を預けて(もた)れ掛かっていた壁から背を離す。

 ――その時だった。

「「……!」」

 二人は同時に上を見上げた。

 視界に映るのは当たり前だが白い天井だけだ。

「……堕ちる」

 澄んだ可愛らしい声が、今ある状況を簡潔に示した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 視界の端に開いたスライドドアが閉まるのが映って、司令官は一瞬だけモニターから目を外した。だがすぐに戻す。

 フードで顔を隠していた少年と、人形のように綺麗な少女が出ていったのだろう、と彼は司令室に二人の姿がなくなった事から推測した。

 結界師の事前感知が無い《堕天使》の襲撃という危機的状況。ただの学生創造術師(アマチュア)に構っている暇は無い。

 それにしても、と彼は思う。

 ミーファ・リレイズとルイサ・エネディスがここにいて良かった、と。

 彼女達がいなければ、リレイズはきっと壊滅していた。史上最悪と言われる第二次堕天使侵攻戦争のように国が無くなる程のものではないが――

 そこまで考えて、司令官は頭を振って思考を掻き消した。

 あの戦争は、何物とも比べられない程「最悪」なのだから。

 オペレーターの一人が怪訝そうな表情で通信機に手を伸ばしたのは、彼が再び今の戦争に集中し始め、それから五分程経った時だった。

「司令官、通信です」

「何? 何処からだ?」

「はい、えっと……南側戦闘区域から通信です」

「南? ……私の通信機に繋げ」

「はっ」

 すぐに彼が懐から取り出した通信機が震える。

「西側戦闘区域司令官、ジーレンだ」

『此方、南側戦闘区域!』

 司令官――ジーレンは眉を(ひそ)めた。相手の声には全く余裕が無い。

 その理由はすぐに判明した。

『報告する! 南にも《堕天使》が堕ちた! そちらの戦闘が終わり次第、創造術師を此方に向かわせてくれ!』

「……な、何だと……」

 西と南、二つの《堕天使》襲撃。過去にリレイズでこんな事があったのは、もう二十年近くも前の事ではないだろうか。そう、今の学院長、ミーナ・リレイズがまだ学生だった頃の――

「……了解した。そちらの状況はどうなっている」

『感謝する! 此方の状況は――』

 そこで通信にノイズが(はし)った。

「――!? おい、どうした!?」

 ジーレンは通信機に呼び掛けるが、一向に返事が返って来ない。

 だが通信自体が切れた訳ではないようだ。微かにモニターの起動音が通信機のスピーカーから聞こえている。

 もし《堕天使》が南の司令室にまで入り込んだとしたら悲鳴や轟音が上がるし、戦闘区域のオペレーターは正規創造術師(プロ)だ。《堕天使》以外の理由で通信が続けられない状況になったと考えた方が良い。南側戦闘区域が落ちたと見るのは性急過ぎる。

 やがて通信機の向こうから、微かな息遣いが聞こえてきた。

「無事か、良かった! 何があっ――」

『此方の事は何も考えなくて良い。支援も要らない』

 だが、通信機から返されたぶっきら棒な声は、先程のオペレーターとは違って、まだあどけない少年のものだった。

 ジーレンは思わず緊張に身を硬くした。コイツは誰だ?

 彼が困惑している内に、プツン、と呆気ない程の小さな音を立てて通信が途絶えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 時間はレゼルとセレンが司令室にいた頃まで遡る。

 部屋の隅で、二人は会話を交わしていた。

「《堕天使》が堕ちるのは何処だ?」

「南です。……どうしますか?」

「……どうするかな。学院長もウィスタリア様ももうここに向かっているだろうし。それにしても、成程、南が本命って訳か」

 レゼルは口の端を持ち上げ、苦い笑みを浮かべた。

 これは創造術師の中にもあまり知られていない事だが、《堕天使》には「知能」も「意思」もある(・・)。いや、あまり知られていないというより、これはレゼルとセレンの二人しか知らない事だ。NLFの総司令官にだって全容は伝えていない。

 リレイズに殆ど連続して《堕天使》が堕ちてきた事といい、やはり《堕天使》は活性化(・・・)してきている。

「西は(デコイ)。知能も発達してきたという事だろうが……」

「面倒ですね」

 レゼルの心中をセレンが一言で体現した。

「……で、どうするか、だよな……」

 彼は大型モニターに目を向けた。

 そこでは異形の怪物と、彼の友達と先生が戦っていた。

「……戦うしか無いだろうな。《雲》だからと迷っている時間は無い」

 司令室の出入口に向かうレゼルの言葉に、セレンは力強く頷いた。

 彼はそれを視界の端で確認すると、彼女に告げる。

「セレンはミーファ達のところへ行ってくれ」

「……え?」

 思わずレゼルを見詰める。前を行く背中は、少し苦笑したようにセレンには見えた。

「……それでは私の事がバレてしまいます。そうしたらまた、嘘をつく事になります」

「気にするな。……俺には迷っている暇なんて、猶予なんて無いんだ、セレン」

 彼女は無表情のまま、深い溜め息を()いた。


「分かりました。――貴方に猶予が無いのなら、私にも猶予時間(モラトリアム)はありませんから」


 溜め息に反して、その声は少しだけ嬉しそうに聞こえた。

「迷っている時間なんて、ありませんね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 レゼル・ソレイユは雪降るリレイズの街の郊外を疾走していた。

 今彼は、西側戦闘区域から南側戦闘区域へと向かっている。

 戦闘区域は街の外れの外れと言っても良い場所にあるので、特に広い街面積のあるリレイズだと西側から南側まで行くのに一般人の足だと一時間半以上、創造術師の足でも三十分強は掛かる。

 実際問題として、創造術師は機巧車――科学技術でいうところの軍用車だ――を創造出来るから所要時間は自分の足で走るほども掛からないが、彼はそういう訳にもいかなかった。

 機械系の創造は得意な彼だ、機巧車の創造なら本領発揮というものだ。しかし彼には一瞬たりとも外れる事のない《雲》という名の鎖が絡み付く。

 まさか、街の中を目立つ機巧車で走り回る訳にはいかなかった。

 まぁ彼の場合、機巧車など創造しなくても視界に映らないくらい速いのだが。

 創造術の『能力』創造で強化した脚力と元々の身体能力に物を言わせて、たった一分ちょっとで南側戦闘区域にまで辿り着いたレゼルは、馬鹿正直に正面から突入などせず、側面に回ってフェンスを飛び越えた。

 フードを手で押さえた恰好(かっこう)のまま、フェンスには一切手も足も触れずに戦闘区域内に着地する。

 再び疾走開始。

 遥か遠く後ろに見えるリレイズの街並みが見る見る小さくなっていく。戦闘区域を囲むフェンスと街の間には農耕地や荒野が広がっていたり森があったりと様々だが、リレイズの街は農耕地に囲まれていた。太陽の光が無くても育つ「現代種」の農作物は冬の今では流石に実ってはいなかったが。

 そしてフェンスを越えてからも司令基地までは結構な距離があるので、今もリレイズの街の中心部とは距離がどんどん開いている。

 正面から普通に入れば機甲車――ややこしいが此方は機巧車と違って創造物ではない――で基地まで警備員とかが乗せてくれるのだが、ミーファが隣にいない今のレゼルでは勿論無理な話であった。

 そして彼の隣には、緋色の髪の少女も今はいない。彼自身が、自分の方ではなくミーファ達の方に加勢してやってほしいと言ったからだ。

 正直言えば、彼女を戦わせたくはなかったし、離れたくもなかった。

 ――だが。

 同時にセレンには、ミーファ達を助けてやってほしいという気持ちがあった。

 何だかもう懐かしくさえ感じるが、実技試験の時の彼女らの対応にレゼルは驚いていた。

 灰色の髪と漆黒の瞳。《雲》の証であるそれを見ながら、ミーファも晴牙もノイエラもルイサも、彼がまるで普通の人間のように接した。表情や言葉には出さなかったが、それは彼にとって驚愕すべき事だった。

 驚いたという他に、嬉しかった、というのもある。

『黙りなさい!!』

 実技試験でそう叫んでくれた彼女が、自分の中で大切な存在になっているのも分かる。

 リレイズの街に来て、創造学院に編入して、まだたった四日なのが信じられない。それ程までに、彼がこの街で出会った友人や教師達は、彼にとって大切な存在になり始めていた。

 だから、セレンには彼女達を守って欲しかった。

 世界から排除される為に生まれてきたような《雲》であるレゼルでは、モニターに監視された西側戦闘区域で戦う事は出来ないし、彼女達にでさえ彼の本当の力を明かす事は出来ない。

 ならばレゼルは南側戦闘区域で戦い、ミーファ達の事はセレンに頼むしかないのだった。

『迷っている時間なんて、ありませんね』

 西側戦闘区域を出る前に(混乱していたので脱出は容易かった)、セレンが言った言葉だ。

 それにレゼルは、走りながら苦笑した。

 全くその通りだったからだ。

 今、空に波紋が広がり、《堕天使》が堕ちてきているように、

 彼には迷っている時間も暇も、無い。


「――猶予時間(モラトリアム)を与えられる資格が、俺には無いからな」


 呟いて、レゼルは自嘲気味に苦笑する。

 冷たい風にコートの裾を靡かせ、フードを片手で更に強く押さえ付けた。

 セレンがいてくれたら、センサー類を誤認させて楽に進入――正確には侵入――出来たのに、と思いながら司令基地内部に突入、人間は勿論、監視カメラの類にも見られないように一瞬でエントランスを駆け抜ける。

 街の中を疾走していた時とは比べ物にならないスピードだ。多分、視力を強化した創造術師でも《暦星座》クラスでなければ姿を捉えるのは難しいだろう。

 まぁ、エントランスには西側と同じように誰もいなかったのだが、要心する事に損は無いし、カメラに映ればデータを破壊――消去、ではない――するのは面倒だ。

 此方でも結界師による《堕天使》感知は無かったのだ、基地に人の姿は殆ど見られなかった。恐らく司令室に数人戦闘区域常駐の創造術師がいるだけなのだろう。

 だがそれはレゼルにとって好都合極まりない。

 NLFによる情報規制が無い分、司令官やオペレーター達に対してちょっと荒っぽい手段を取るしか無くなるが、レゼル・ソレイユは既に、容赦なく暴れさせて貰うつもりだった。

 読んで下さりありがとうございました!


 猶予期間(モラトリアム)が既に終わっている少女。猶予期間が今終わった少年。まだ猶予期間の中にいる少女。そして、猶予時間(モラトリアム)を委ねる少女と、猶予時間を与えられる資格の無い少年。

 そういうコンセプトで書いてきた第二部ですが、もうちょっと続きます。長くてすみません。

 因みに、モラトリアムの「期間」と「時間」の違いは意図的なものですのでお気になさらず。


 来週も普通に更新……出来る、と良いなぁ。

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