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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
17/61

第14話 青と紫の創造術

 リレイズ創造術師育成学院は各学年250人、全校生徒は250×四学年で1000人になる。

 人数はあまり多くないが、一人一人が快適に過ごせるようにする為、創造学院の建物は非常に大きい。寮に至っては一人一人が個室なのだから相当な広さになる。フロアで学年が分かれるので高さというより横幅が尋常ではなくなるのだが、その横幅が一番尋常ではないのは寮ではなく、実技棟であった。

 奥行きが200メートル近くある長方形の実技棟は左右に観覧席がある。

 午前中にも格闘訓練の授業で訪れた、授業時は一年生専用の第一実技棟の観覧席で、レゼルは闘技場を見下ろしていた。

 入り口から見て右奥の観覧席。隣にはセレンが座っている。

 そこから彼が見下ろすのは、一人の少女と一人の教師の、戦闘だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 金色の、束ねられた長髪が舞う。

 ミーファは第一実技棟の闘技場の床を踏み締め、両手に握る青く発光する拳銃(ハンドガン)の引き金を引いた。

 彼女が創造術(クリエイト)で創り出した愛銃だ。対人用創造武器――双銃(ツインガン)双星(ジェミニ)〕。

 パァン、パァン、と軽快な銃声が次々に実技棟の内部に響く。排出(イジェクト)された青く煌めく空薬莢(からやっきょう)が宙を舞う。

 彼女――ミーファ・リレイズの《星庭(ガーデン)》は〈双子座〉。(ただ)一人しか契約者を持たない《暦星座(トュエルブ)》の一つ。

 ミーファは《蒼碧の創造術師(シアン・クリエイター)》という創造術師(クリエイター)としての名を持ち、青を冠する《暦星座》だ。彼女自身の二つ名は「神童」。ただ、ミーファは周りに勝手に呼ばれているこの名をあまり気に入っていない。母親が「天才」と言われているし、自分はまだ若く、創造術の才能と実力も同年代の創造術師から見れば高いのも自覚している。「神童」というのはそこから来た二つ名で、それには敬意と称賛が確かにあるのだが、何だか才能だけを褒められている気がして好きになれないのだった。

 だが今は創造術の対人戦中。正確に言えば、創造術の実技授業の模擬試合中。ミーファに自分の二つ名の事など考えている暇は無かった。

 相手が生徒であったなら、相手には悪いが模擬試合と関係の無い事も彼女なら考えられただろう。しかし、この模擬試合は生徒との模擬試合ではない。相手は教師。それも、ミーファと同じ《暦星座》の一人だ。

 ミーファの放った弾丸は、相手が手に持つ武器に易々と弾かれた。キィン、キィン、と甲高い音を響かせながら、相手は小さく微笑する。

 端整な顔に浮かべられた微笑みは、男の心を簡単に絡め取ってしまいそうな妖しい魅力を醸し出している。だが、誰も今の彼女――ルイサ・エネディスには近付こうとはしないだろう。

 現在、ミーファを相手に戦闘を繰り広げる彼女は、「死神」という自身の二つ名を体現しているのだから。

 ミーファの〔双星〕から射出される何発もの弾丸は、ルイサの持つ巨大な鎌で(ことごと)くブロックされているのだった。

 鈍い紫色に輝く鎌は、(まさ)しく「死神」に相応しい武器。それを振り回しながら笑みを見せるルイサは、紛れもなく「死神」だった。

 対人用創造武器――戦鎌(バトルサイズ)菫鎌(すみれがま)〕。

 長い()に巻き付けられた、これも紫色の包帯のように長細い布が、ルイサが弾丸を弾く度に不規則に(なび)く。

 ルイサ・エネディスの《星庭》は〈蠍座(さそりざ)〉だ。無論これも、《暦星座》の一つである。

 この模擬試合は、模擬試合にしておくには勿体無さすぎる。観覧席にいるギャラリー達は皆、そう思っているだろう。

 何せ、《暦星座》である創造術師は世界中で十二人しかいない、創造術界の頂点(トップ)なのだから。


《蒼碧の創造術師》ミーファ・リレイズと、


菫の創造術師(バイオレット・クリエイター)》ルイサ・エネディスの、


 これは、創造術戦闘。


 一発も当てられない自分の技量に、ミーファが歯を食い縛る。

 ルイサと戦うのはこれが初めてではない。それこそミーファが《暦星座》となった時から、彼女には良い練習相手になってもらっている。最初は経験の差で勝てる事は稀だったが、今ではもう勝率はフィフティフィフティだ。どちらが勝っても負けても可笑しくない。

 今日は調子が悪いのかもしれない、とミーファは思う。だがすぐにその思考を打ち消した。自分の不利を調子の所為にするのは最低だ。例え体調の所為でも、しっかりと身体の調整が出来なかったのは自分。それは自分以外の何か――偶々調子が悪いだとか――の所為にしてはいけない。

 ミーファは途切れる事なく銃弾をルイサに撃ち込む。それをルイサは、大鎌で一弾残らず明後日の方向に飛ばしていく。

「どうしたんだミーファ、何時もの力が出ていないようだが?」

 鎌を掴む両腕を高速で動かしながら、ルイサが眉を寄せた。

 彼女は戦闘と会話をしながらも、その場から全く動いていない。

「どうもしてません!」

 ミーファは鋭く言い返し、右手に握る拳銃を消失(バニッシュ)させた。青く輝いていた銃身が光の粒子となって虚空に消える。

 ルイサが「おや?」という顔をする。だが、弾数の減ったこのチャンスを逃す彼女ではない。

 一気にミーファと距離を詰めようと、脚部に融合体を供給する。『能力』創造だ。

 並行創造(パラレル)――『能力』創造と『物質』創造を同時に行う事――を戦闘開始時から行っていたルイサが、ダンッ、と床を蹴って跳躍。

 今までずっと不動だった彼女が動いた為に観覧席が多少ざわつく。

 因みに、ルイサが戦闘開始時から並行創造を行っていた、というのは、最初から『能力』創造にあたる神経伝達速度向上の創造を行っていたからだ。そうでもしなければ、不調といえどもミーファの放つ高速の弾を防ぐ事など到底出来ない。

 ミーファが残っている左手の〔双星〕の片方の銃口を向けてくる。

 パァン、と乾いた音が響き、

「教師として、生徒の不調の理由は知っておきたいんだがなっ!」

 易々と、空中にいるルイサは〔菫鎌〕で放たれた弾丸を弾いた。

 これでミーファには攻撃する(すべ)がない。今まで防戦一方――いや、攻撃の機会を窺い続けていたルイサに与えられた好機(チャンス)だ。

 ルイサは唇の端を妖艶に吊り上げながら、大鎌を振りかぶり――

「……っ?」

 ――見たのは、「神童」と言われる少女の、不敵な笑みだった。

 左手に握られた拳銃の銃口はこちらに向いたまま。だが、先程の一発で、まだ次弾が放てる状態ではない。

 それなのに。

 その銃口から、来る筈のない次弾が既に放たれていた。

「――!」

 何故、と思う前に行動する。

 ルイサは咄嗟に鎌を身体の前へ。弾丸は紫の刃に防がれる。

 弾を空中で弾いた反動でルイサの身体が後ろに流れる。

 彼女が床に足を付けた時には、更にもう一発が飛んで来ていた。

 それも()かさず、大鎌を振って弾く。

 そうしながら、ルイサはミーファの持つ拳銃に目をやった。――いや、もうそれは拳銃ではない。まず、二丁拳銃として扱う〔双星〕が一丁になった時点でルイサはその事に気付くべきだったのだ。

 ――拳銃(ハンドガン)が、回転式連発拳銃(リヴォルバー)に変わっていた事に。

「何時の間に?」

「〔双星〕の片方を消失した時ですよ。もう片方も部分的に消失させてリヴォルバーに必要な部位を創造して構造を変えました」

「成程」

「気付きませんでしたか?」

 リヴォルバーの銃口をルイサに向けたまま動かさず、ミーファは笑顔を浮かべながら言う。

 ルイサは水色眼鏡の奥の瞳を細め、

「気付かないようにしてたんじゃないか、ミーファが」

「まぁ、そうですけど」

 そう言って、ミーファは小さく舌を出した。

 彼女はリヴォルバーを創る為の部位を構築(コントラクション)する時には無光創造を徹底し、実体化してからはその銃身を発光させていたのだ。

 銃の構造が、普通の拳銃ではなく回転式連発拳銃になっている事を、ルイサに気付かせない為に。

 光の創造は、創造術の中で最も簡単なものである。いや、光ではなく電磁波と言った方が適切だろう。

 ともかく電磁波の一種である光は、最初から融合体の中にあるのだから、簡単でなければ可笑しいのだ。(レゼルの〔光剣(ライトセーバー)〕も同じ理屈で構築(コントラクション)スピードが異常に早い。)

 光の創造で左手の銃の輪郭を(ぼか)し、ルイサにリヴォルバーである事を勘付かせなかった訳である。

「右手の銃を消失させたのは、私の攻撃を誘う為、という事か」

「はい。距離が近くなれば銃弾は避け難くなりますし、鎌で弾く事も困難になります。エネディス先生は中距離型創造術師ですから、長い柄の付いた鎌では、小回りが利かないでしょう?」

 結果的には防がれてしまいましたが、と付け足したミーファの空っぽの右手に、陽炎(かげろう)のような空気の揺らぎが生まれた。

 それは、星光とエナジーの融合体が『物質』創造の為に外に引っ張り出された証。実体化の、一歩手前。創造術師はここから物質の成分を創り出し、形創(かたちづく)る。

「行きますよ」

 ミーファの言葉が実技棟に響いた時、彼女は左手に青く輝く銃を、右手に青く輝く短剣を、握っていた。

 対人用創造武器――拳銃(ハンドガン)連星(カストル)〕。最大で三発、と連射数は極端に少ないが、〔連星〕の特殊さはここにヒントがある。

 対人用創造武器――短剣(ダガー)雹刃(ハイル・エッジ)〕。

 ルイサが〔雹刃〕をまじまじと凝視する。

「それは……見た事が無いな。新作か。(めい)は?」

 楽しそうに訊ねてきた彼女に、ミーファは頷きと「雹刃」とだけ答えた。ぐだぐだと話している暇は無い。――彼が、見ているのだから。

 ミーファは心に気合いを入れ直し、短剣を握った右手を――

「ああ、そういう事か。恋する乙女、という奴だな」

 担任教師から放たれた聞きずてならない言葉に、ビタッ、と手が止まる。

 そのミーファの挙動を視界に収め、ルイサは大鎌の柄で床を鳴らしながら笑った。

「成程成程。鎌を持って鎌を掛けてみたんだが……図星だったのか」

「……それ、全然上手くないですよ」

「して、実際の所、不調の原因はどうなんだミーファ? 彼がいるからか?」

「う……」

 恥ずかしくて顔が熱くなる。どうやらルイサには自分の恋心を見抜かれていたらしい。まぁ、ノイエラに気付かれていた時点で母親は勿論、晴牙にも気付かれているだろうとは思っていたが。

 不調の原因。

 それは、とっくに――模擬試合が始まった時から分かっていた。不調である事を自分以外の所為にしてはいけないと思っていたけれど。

 そして、ちょっと癪だがルイサが言った通りだった。

 彼が――想い人が、この試合を見ているからだ。

 六年も前からの、好きな人が。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……?」

 観覧席に座るレゼルは、闘技場で模擬試合をしている二人から一瞬だが視線を向けられて首を捻った。

 しかもミーファは顔がほんのりと赤く染まっている。

 彼がミーファの創造術を見たのは今が初めてだが、その彼にも、彼女が本当の実力を出せていないと容易に分かった。

 不調なのだろうか、と思っていたが、顔が赤い所を見るともしかして熱でもあるのだろうか。

「どうかしましたか、レゼル」

 隣に座るセレンが見上げてくるのに、レゼルは小さく頷いた。

「……ミーファの事なんだが、熱でもあるのかもしれない。今日は冷え込んだし」

 レゼルはそう言って硝子張りの天井を仰ぐ。

 灰色の分厚い雲からは雪が降り続いており、一向に止む気配がない。

 ディブレイク王国は(れっき)とした北国で雪国だ。その中でもリレイズの街は北にある為、一度(ひとたび)雪が降れば、一週間一瞬たりとも途切れる事なく雪が降り続けるのは当たり前だという。

 ディブレイク王国の北方に来たのは久し振りであるレゼルとセレンは、雪が降って改めて、雪国の寒さを感じていた。

「……その心配はないと思いますよ、レゼル」

 ミーファは寒さにやられて風邪を引いたのではないか、というレゼルの推測をセレンは否定した。

 それでレゼルは思い出す。

 リレイズ家は代々、創造学院の学院長とリレイズの街の領主を務める家系だ。

 つまりミーファは生まれた時からずっとリレイズの街に住んでいるのであり、冬の寒さになどとっくに慣れている筈なのである。彼女が風邪なんて引く訳がない。

「そうだな。ここはミーファのホームタウンな訳だし」

「……まぁ、そうですが、ミーファが不調の理由は他に明らかですし」

「え?」

「何でもないです。とにかく、ミーファは心配要りませんよ。段々、元の調子も取り戻しているみたいですし……あ、模擬試合が再開されましたよ」

 セレンの言葉に視線を前に戻す。

 第一実技棟の闘技場では、何故か一旦中断されていた模擬試合が再開していた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼が――レゼル・ソレイユが見ている。

 その事実は、ミーファの身体にも精神にも多大な緊張を与えていた。

 彼に少しでも、創造術が上達した所を見せたい、伝えたい。

 彼はあの頃から、何も変わっていなかったから。

 いや、何も、というのは正しくない。

 彼は変わった。多分、性格や考え方、生活、趣味嗜好に至るまで、変化しただろう。

 髪と瞳の色はあの頃と何一つ変わっていなかったけれど、顔立ちはちょっと男性の大人っぽくなった。それだって彼は中性的な顔をしているが、ミーファが顔を見ただけでは彼だと分からなかったのはその所為だ。声を聞いた時に既視感(デジャビュ)を覚えただけだったのも、彼が六年という歳月の内に変わっていたから。

 だが、ミーファは「変わっていなかった」と思った。

 根本的で本質的な所で、彼は変わっていない。彼の漆黒の瞳には確かに光が宿っているのだから。

 大抵の人間は《(クラウド)》の瞳を「光を拒絶する眼」というけれど、そんな事はない。ミーファの知っている《雲》はレゼルしかいないが、少なくとも彼は瞳にしっかりとした光を(たた)えている。

 ――前に進む、という確固とした光を。

 だから。

 六年前(あのとき)から変わらない光を持っている彼に、ミーファは見せたいのだ。

 自分の創造術(どりょく)を。

「……緊張してたら、駄目よね」

 ミーファは自身に言い聞かせる為に囁いて、対峙するルイサと視線を交わす。

「……本気だな」

 くすっ、とルイサは笑った。

「ええ、本気です」

 ミーファも頷きながら微笑む。

 ここからが、本当の「戦い」だ。

 実技棟にいる者は皆、模擬試合用の戦闘服を着ている。闘技場で戦闘を繰り広げる《暦星座》二人は勿論、観覧席のギャラリーも授業中だから戦闘服着用だ。

 この戦闘服は学院が一人一人の分を厳重に保管し、実技の授業と放課後の時だけに着用出来る。これは戦闘服が、防弾・防刃・防寒・防水などなど、科学技術がふんだんに使われている代物だからであって、学院の外に持ち出す事は余程の事が無い限り固く禁止されているからである。

 こういう制度があるから、レゼルは「血塗れ(ブラッディ)」の時に使う戦闘服を隠さなくてはならなくなる訳だが、今重要なのは戦闘服がかなりの高性能という事だ。

 実技授業の模擬試合中は、剥き出しの頭を狙ってはいけない。戦闘服に包まれた身体の何所(どこ)かに攻撃を一発当てればそれで模擬試合は終了、というのがルール。

 戦闘服は攻撃が当たってもそれを通さない。衝撃は伝わるが怪我はしない。もし戦闘服の繊維を突き破るような攻撃を放てばルール違反となり即負けだ。

 この、安全に創造術の戦闘をする為のルールは、《暦星座》同士の模擬試合にも適用されている。(完全に安全という訳ではなく、実際、一年間に何人も負傷者が出ている。)

 だからミーファは右手の〔雹刃〕を、ルイサの腹――中心目掛けて投擲した。

「成程、投擲用……スローイングダガーという訳か」

「正解です!」

 不敵な会話を交わし、ルイサは紫色の大鎌を振るう。

 キンッ、という金属質な音が響き、弾丸と同じように投擲用短剣(スローイングダガー)が弾かれる。

 だが、そこから後は、弾丸と同じように、とはいかなかった。

 ピキン、という小さな音をルイサは強化してあった聴覚で捉えた。

 その発生源――両手に握る大鎌に目を向ける。

「なっ……」

 ルイサは向けた目を見開いた。

 投擲用短剣を弾いた部分の刃が、薄い氷の膜を張り付けて凍っていた。

「これは……」

 何だ、と考え込む前に対戦相手から攻撃がきた。

 ミーファが左手に構える回転式連発拳銃(リヴォルバー)から、紫に発光した弾丸が飛んでくる。

 ――紫?

 ルイサは着弾するまでの刹那的な時間に首を捻ったが、弾丸はその間も飛翔を続けている。

 反射的に鎌で防ごうとしたが、強烈な違和感を覚えて腕の動きを中断し、代わりに脚を動かして弾を避けた。

 その後に続く二発の銃弾も一切鎌を使わずに避ける。

「良い判断です」

 三発全て避け切ったルイサの視線の先には、不敵に笑うミーファがいる。

 彼女はルイサが銃弾を弾くのではなく避けた事を称賛していた。やはり経験の差はどうしても実力の差を作ってしまうものなのだと、改めて認識する。

「……だから(ハイル)、か。〔菫鎌〕が凍ったのは、スローイングダガーの表面に液体窒素を付加していたからだろう?」

「流石です、エネディス先生。〔雹刃〕は凍結し難い素材で創った剣で、表面に液体窒素を薄く纏わり付かせる事により、接触した部分を凍らせます」

「液体窒素を付加している事も、意図的に隠していたな? 短剣を発光させて」

『物質』創造で創られたものは例外なく、仄かに発光している。

 融合体を身体から引っ張り出す時には強烈な光――創造光(クリエイトフラッシュ)(ほとばし)るが、それは時間にして長くても精々二、三秒程だ。

 創造物が淡く光り続けるのは創造光とは違い、一瞬ではない。融合体の中にある余分な星の光が『物質』の外に漏れ出している事により創造物は光るのだが、融合体のエナジーと星光の比率を全く同一にすればこの発光を抑える事も出来る。ただ、それをするには卓越したエナジー制御能力が必要となる為、《暦星座》クラスでなければ無理だ。

 ミーファやルイサは発光を抑える事が出来るが、今は最初から面と向かい合って戦う模擬試合。発光を抑える意味も無いし、エナジーを精密に制御する無駄な労力も要らない。

 発光は融合体の中のエナジーと星光の比率によって程度が変わるが、《暦星座》であるミーファなら、意識してエナジー制御をしなくても、発光はそれなりに抑えられていた筈だ。

 だが思い返してみれば、ミーファの創造した投擲用短剣は青く輝き過ぎていた。それには必ず何かの意図がある。

 では、それは何か。

 ルイサの出した答えは、〔双星(ジェミニ)〕が〔連星(カストル)〕に変わっていた時と同じだった。

 液体窒素は、冷気が白い煙のように視認出来る。勿論、それは〔雹刃(ハイル・エッジ)〕に付加された液体窒素も同じだ。

 つまり。

 ミーファは視認出来る冷気を、発光の光で隠したのである。

 再び彼女は、光の創造でルイサの目を誤魔化していたのだ。(余分な星光が創造物から漏れる事も、定義としては光の創造となる。)

「そして相手の武器が凍った所を、炎を付加した銃弾で狙う、か。冷やされた物が急に加熱されると頑丈な物にも(ひび)が入る、あるいは崩壊するように、武器破壊を狙っていた訳だな」

 ふむ、と形の良い顎に手を当てて〔菫鎌〕の凍った部分を見詰めるルイサ。

 炎を纏った弾丸が紫色だったのは、元々のミーファの「色」である青色と、炎の赤色が混ざった結果である。

「今日は随分と(から)め手で攻めてくるじゃないか、ミーファ」

「今日だけは絶対に勝ちたいんです。エネディス先生に勝つには、一筋縄ではいきませんから」

 闘志に燃えた瞳がルイサを射抜く。

「……凄いな、恋という感情は……」

 ルイサは些か呆れ気味に呟き、一部分が凍ったままの大鎌を構えた。

 一度、消失させて構築し直しても良いが、それではミーファの思う壺だ。彼女は武器破壊――ルイサの手から武器が消える隙を狙っていたのだから。

 構築し直しすなどという時間を武器も無しに持ち(こた)えるのは、ミーファ相手では流石にキツイ。

 ルイサの二つ名は「死神」であるように、それの由来ともなった〔菫鎌〕は彼女のよく使う武器だ。構築スピードは彼女の創造物レパートリーの中で最も速い。同じ《暦星座》でなければ視認する事の敵わない、一瞬よりも短い時間で鎌を創るには事足りる。(ミーファの場合の愛用武器(=構築スピード一番)は〔双星〕になる。)

 だが相手がミーファならば、その刹那の時間で自分に一発攻撃を当て、試合を終わらせてしまうだろう。

 今日のミーファは、本気の本気だ。

 後で、彼女をこんなにした鈍感少年に何かしら奢って貰わなければ、と思いながら、ルイサの瞳にも炎が灯る。

「愉しいな、今日は」

 ポソッと囁いた声は、誰にも――いや、ただ一人、右奥の観覧席にぽつんと座る二人の内の一人だけが、見て取った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あの人、ちょっと戦闘狂の気があるよな……」

 ルイサのとても上機嫌な言葉を見たレゼルは、少し醒めた表情をして呟いた。

 彼はルイサの声を聞き取った訳ではない。言葉を見、理解したのだ。

 一言で言うと、「読唇術」である。

 読唇術は、唇の動きを読む技だ。

 これはルイサと同じ(?)戦闘狂――NLF創造術師、通称「切り裂き魔」こと(レゼル曰く)、サーシャ・ディメイオンに習ったものだった。因みに、セレンも読唇術を習得しているが、ルイサの呟きは見ていなかったようだ。

 閑話休題。

 見下ろす闘技場では、再び戦闘が停止していた。

「ミーファが戦術を駆使しているから、それの説明をしていますね」

「ああ」

 短く返事をして頷くと、セレンが周りを見渡して言う。

「それにしても、見事に避けられていますね、私達」

「正確には、俺が、な」

 彼らの周りの席には誰も座っていない。どころか、右側の観覧席には彼らの他にもう一人しかいなかった。

 晴牙は男子に、ノイエラは女子に連れて行かれて、左側の観覧席でミーファとルイサの模擬試合を観戦している。

 実はセレンも男女問わず幾度となく声を掛けられ(レゼルが傍にいない時だ)、一緒に観戦しようとも誘われていた。だが彼女は一向に首を縦に振らず、観戦するならレゼルも、という意志を示し続けた事で、生徒達には諦められたようだ。

 セレンの気持ちは嬉しいが、そんな事で彼女が嫌われでもしたら、と思うと複雑な心境である。セレンが自分の巻き添えになるのは、何をしても避けたい所だ。

「……見られてますね」

「ああ、見られてるな」

「何でですか?」

「分からない。……まぁ、予想はつくが。どうせ俺の創造術が気になるとかだろう」

 そして、彼らは避けられると同時に視線を浴びてもいた(正確には避けられているのはレゼルだけ)。

 レゼルは《雲》、セレンは超の付く美少女なだけあって、創造学院にいる間で彼ら二人が注目されない事はない(一人は嫌な意味で、もう一人は良い意味で)。

 だから今も大多数の生徒達からチラチラと窺うような目を向けられている。《暦星座》同士の、悪い例えになるがお金を取れそうな試合が行われているにも関わらず、である。

 しかし、レゼルとセレンの会話の「見ている」は、生徒達からのものではない。

 唯一一人、右側真ん中の観覧席に座っている実技授業担当の教師のものだった。

「名前は確か、ジェイク・ギーヅ先生でしたね」

「ああ。昨日の格闘訓練の授業には来なかったけど、今日の格闘訓練の授業は来た人だ」

「どんな覚え方ですか」

 レゼルはセレンの呆れ顔に、だって事実だろ、と目で語り掛ける。

「……実技担当だけあって、視線を隠すのが上手いな」

「私達には通じませんでしたが」

「そうなんだが、この視線の隠し方……ただの教師ではないだろうな」

 レゼルもお返しとばかりにジェイクの方を見る。

 目が合った。

 ジェイクがぎょっとしながらも然り気無く目を逸らす。

 視線を隠していた訳だから、まさかそれに気付いていて見返されるなんて思っていなかったのだろう。

 レゼルは吹き出してしまいそうなのを(こら)え、目が合っていないような振りをして視線を闘技場に戻した。

「……レゼル、あまり遊ばないで下さい」

「べ、別に遊んではいないぞ?」

 セレンに窘められながら視線を向けた闘技場では、「神童」と「死神」の模擬試合が再び火蓋を切ろうとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ルイサが鋭く床を蹴る。

 彼女は一瞬でミーファに肉薄した。

 ブンッ、という風切り音を立てて紫色の大鎌が横薙ぎに振られる。

 脇腹を狙ったその攻撃を、ミーファは後ろに飛び退いて避けた。

 足が少し浮いた空中で左手の〔連星〕の引き金(トリガー)を一回だけ引く。

 それをルイサは余裕綽々の表情で、連射によって襲い掛かってきた三発とも鎌の「柄」で防いだ。

 炎を纏った弾丸は、凍った刃の部分に掠る事もなく弾かれて、一発は天井に、後の二発は床に突き刺さって、消失した。

 女性の手で持てる細い柄で銃弾を防がれ、ミーファは舌を巻いた。弾道を完全に見極められている。それは、彼女も本気モードに移行している証だ。

 と、ミーファが攻撃のタイミングを図っていた時だった。

(ばく)!」

「――っ!」

 ルイサの声と共に、ミーファの目の前に陽炎のような空気の揺らぎが発生した。

 ミーファが「何か創造される」と感じた時にはもう、陽炎は実体を持ってそこにあった。

 大鎌を片手に持ち直して、空いた右手を、ぎゅっ、と力強くルイサが握り込んだ。

「くっ……」

 ミーファの喉から苦々しげな呻きが零れた。

 彼女の身体の周りに螺旋を描いて顕現した「鎖」は、ルイサの右手の動きとリンクしてミーファを縛り付けようとしてくる。

 離れた所――いや、自身の身体に接触しない所に創造された創造物を、実体化させてから操る技術は、《暦星座》レベルでもかなり困難な技術である。

 理由は、融合体制御の能力が異常な程必要になるからだ。ルイサが掛け声と手の動きを使って、よりイメージを正確にしようとしたのも、それが無ければ創造が成功しないからである。

 紫色に発光する鎖が身体を締め付けてくるのは、彼女が高度な技術を使った結果。融合体を鎖に送り込み操っている、ルイサの実力。

 まさか、彼女がこれ程の力を注ぎ込むくらいの本気を出していたとは予想していなかったミーファは、(せば)まってくる鎖に対抗するのが一瞬だけ遅れた。

「対人用創造武器――縛鎖(レストライン・チェイン)菫鎖(すみれぐさり)〕!」

 ルイサが満足そうな笑みを浮かべ、鎖に捕らわれたミーファを見る。

 鎌の柄を握る手に力を込める。このまま、動けないミーファに一撃を与えれば、彼女には悪いが自分が勝つ。

 ルイサはミーファの事を好敵手だと思っている。彼女は若いながら《暦星座》であり、自分と並ぶ創造術師で、試合に負けた所で恥ずべき事ではないし、実際ルイサは恥ずかしいと思わない。創造術師に歳の差など関係無いのだから。

 だが、自分と彼女は教師と生徒という関係にある。一人の創造術師ではなく、教師としての自分からミーファに負ける事を考えると、出来れば避けたい――というより負けたく無かった。

 放課後なら良い。一人の創造術師として自分を考える事が出来る。

 しかし今は実技の授業中。疑う余地もなく、ルイサ・エネディスは現在「教師」だった。

 拘束しただけでは勝ちにはならない。一撃を与える為に、ルイサは〔菫鎌〕を構えて脚の筋肉に融合体を注ぎ込む。

「……っ」

 ミーファの表情に苦し気な色が過る。

 身体が、動かない。腕さえも鎖に縛り付けられた今の状況では、ルイサの攻撃を素直に受けるしかない。

 空いた右手に武器を構築するとしても、腕が動かないのでは剣も銃も使えない。それに、ルイサの攻撃が届くまでの一瞬で『物質』創造を、となると、その創った物質に満足な強度は望めないだろう。仮に腕が動いたとして攻撃を防ごうとしても、ルイサの鎌に接触した時点で破壊されてしまう事は明らかだ。

 対抗する手段は、左手に握られた一つのリヴォルバーしかない。

 どうする、とミーファは無理矢理冷静な思考を保たせている頭で考えた。

「……一か八か」

 紫色の鎖に身体の自由を奪われたまま、彼女はポツリと呟いた。

 ルイサはもう、目前にまで迫っている。

 大鎌を構え、眼鏡の奥の瞳に真剣な光を宿らせて。

 あれを使おう、と決めた。

 他ならぬ自分自身と、母親であるミーナしか知らない、〔連星〕の本領を見せてやろう。

 本当に負けられない戦闘の時に使おうと隠していたもの。練習だって母親以外には見せなかった。

 だが。

 今は、個人的にだが決して負けられない。

 正直、一瞬に等しい時間でそれが正確に使えるかは分からなかった。だからこその「一か八か」という台詞だ。

 ミーファは唯一動く手の指を握り込んだ。

 と同時に、銃口が下に向いたリヴォルバーの引き金も引かれる。

 ミーファの契約した〈双子座〉の二つの星の一つ、カストルは三重連星である。計六個の星が集まって一つの星のように見えているだけだ。

 連星とは、二個あるいはそれ以上の恒星が比較的近距離にあって、互いに重力による起動運動を行うものを言う。

 カストルは二個ずつの連星が三つ集まって出来た星系の総称で、実際には六個の星から成るのである。

 もう一度言うが、カストルは三重連星である。

 それは、今ミーファが握る創造武器、〔連星(カストル)〕にも現れているのだ。


 銃口から、同時に二つの弾丸が(つら)なって発射された。


 だが、排出される空薬莢は――唯、一つ。


 床に当たった青く輝く銃弾が、強化素材のそれを削る。同時二発発射だからこその威力。

 ルイサはそれを悪足掻きと取ったのか、空薬莢を一瞥しただけで鎌を振り被っている。

 それは、ミーファにとって好都合だった。

 ルイサは気付いていない。今の発射が、二つの弾丸によって成された事を。

 もう一度引き金を引かずとも、連射性能によって連星の弾丸が射出される。続けてもう一発――いや、二発の一発か。

 二つの空薬莢が舞い、削れた床が、本来床に当たって消える筈だった銃弾を――

「防げるものなら、防いでみなさい」

 ――ルイサの元へ、高速のまま(いざな)う。

 ミーファの口元が不敵に弛む。

 ミーファ・リレイズの本領は、緻密なまでの「正確さ」にある。

 それは銃の扱いにしても、創造物の構造にしても、当て嵌まる。

「――!」

 床から跳ね返って、まるでビリヤードの要領で向かってきた二つの弾丸を、ルイサは「面白い」と思いながら、易々と鎌で弾いた。

 ――別方向から飛んでくる、伴星(ばんせい)のもう二弾に気付かないまま。


 出ました、インチキ銃。構造とか、一体どうなっているんでしょうか。この駄文を読んで下さっている方の中で銃器等にお詳しい方がおりましたら、おかしい所などを指摘して下さると嬉しいです。


 そして、申し訳ありませんが、来週は更新をお休みします。

 理由はズバリ、クソ忌々しい「テスト」があるからです。――では、作者は勉強します。

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