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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
15/61

第12話 格闘訓練

 灰色の髪。

 漆黒の瞳。

 そこからもたらされる人間の感情は、「嫌悪感」である。

 神に見棄てられた証。

 創造術(クリエイト)が使えない証。

 灰色の髪と漆黒の瞳を持った者は、創造術が使えないから《(クラウド)》と呼ばれ、酷く蔑まれてきた。

 才能が、適性が無ければ、創造術は使えない。創造術は誰でも使える甘ったれた技術ではない。創造術師(クリエイター)は皆等しく、血の滲むような鍛練をして己を磨くのだ。そして、先天的な才能も必要である。

 努力しなければ埋まる差も埋まらないが、才能の差というのは、依然として存在する。それは創造術師達の中にも、創造術師と一般人の中にも。

 創造術師になるには、才能が、適性が必要になる。創造術が使えないという点では、一般人も《雲》も本質的には変わらない。

 では、一般人と《雲》は一体何が違うのか。

 それは、一見少しのようで、しかし絶対的な差である。

 一般人は、努力をすれば簡単な創造術くらいなら使えるようになるだろう。《融合結晶》を使用すれば、そこそこの創造術を使えるだろう。適性が無いといっても、彼らは人間であり、創造術師と根本的に同じ存在なのだから。

 対して《雲》とは、努力をしても《融合結晶》を使っても、絶対に創造術が使えない者の事を指す。適性や才能などという範囲ではなく、《雲》は創造術が使えない、というのは世界が定義したもの。

 それは常識であり、世界の必然。

 灰色の髪と漆黒の瞳を持つ者は《雲》である。

 これも世界が定義し、必然な、常識として依然とそこにある人類の認識で、事実。

 それを彼は否定していない。灰色の髪と漆黒の瞳を持ちながら創造術が使える世界の異端(イレギュラー)でありながら、彼は自分が《雲》だという「事実」を認めている。

 誰よりも知っているのは、紛れもなく自分自身なのである。《雲》だと理解して弁えているのは、誰より自分自身だ。

 少なくとも彼はそうだった。自分が《雲》だという事は、自分が一番理解している。

 だから、行動も弁えてきた。

 実技試験の直前まで顔を隠していたのも、NLFのエースという名声を手に入れないのも、自分が《雲》だと分かっているからだ。

 まぁ、後者はNLFのエースという名声に興味が無いという理由もあるが。

 しかし彼は、自分が《雲》という事に劣等感を感じてはいない。

 彼に、他の創造術師に劣っている部分など無いのだから。

 それでも、《雲》だと認識している。

 本人でさえそうなのだから、創造術が使えると言ったって《雲》という認識は変わらない。

 彼の周りの人々は、彼の髪と瞳の色に嫌悪を感じ、蔑み、嘲り、(けが)らわしい人間だと断定する。――いや、人間とさえ思っていないだろう。《堕天使》のような化け物か、薄汚れた犯罪者か。そのように《雲》を見ているのだろう。

 灰色と漆黒に刻み込まれた嫌悪感は、簡単に消える筈がないのだから。創造術が使えるからといって、いや、使えるからこそ、彼を気味が悪い存在だと思うのだろう。

 覚悟はしていた。

 蔑まれ、嘲られる事を覚悟して――といってもとっくに慣れていたのだが――創造学院に来た。

 だから。

 それにも例外はいる、という事は彼――レゼル・ソレイユの精神を少しだけだが支えていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 晴牙の左足が強く踏み込まれた。

 来る。

 そう頭で考えるより先に身体が動いて、レゼルは晴牙の右からのパンチを躱していた。

 顔面を狙った拳は空を切る。晴牙が悔しそうに唇を噛み締めた。

 レゼルが、彼に出来た決定的な隙を逃す筈がないと、分かっていたからだ。

 がら空きの(ふところ)。そこに、レゼルは拳ではなく脚――回し蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ……!」

 晴牙の表情が歪む。直後、彼の身体は横に数メートル程吹っ飛んだ。

 パンチ、だったら、多分――いや、きっと止められていただろう。レゼルはギリギリまで蹴りを放つ予備動作を見せないよう心掛けていた為、晴牙は蹴りに対応出来なかったのだ。

 しかも彼は、勝負を決めに行った右拳(パンチ)をあっさりと躱された事で多少なりとも焦っていたし、その所為で懐はがら空きだったから、蹴りを躱す余裕も受け止める余裕もなかったのだろう。

 特殊素材の床を転がりながら受け身を取り、晴牙は立ち上がった。

「う……ごほ、がはっ」

 脇腹の辺りを押さえ、彼は苦しそうに()せている。

「大丈夫か?」

 あんまり苦しそうだったので声を掛けると、恨めしそうな目を向けられた。

「……今、脇腹に直撃だったんだが」

「あー、悪い」

「お前、絶対悪いと思ってねぇだろ」

 そう言われたので、正直にレゼルは頷いた。

「てめぇ……」

 晴牙の頬はひくひくと引き攣っているが、目は楽しそうに笑っていた。

「再開!」

 その、面白がっている表情のまま、晴牙はそう言うなり突っ込んできた。

 右腕を振りかぶるモーションがレゼルの視界に映る。しかし、彼はそれに騙されなかった。それどころか、晴牙を騙し返していた。

 晴牙はパンチなど放っては来ない。それが分かっていた。

 実際、レゼルの視線が一瞬振りかぶられた腕に向いた時、晴牙は彼に足払いを掛け――ようと、した。

 だが、腕に視線を向けた事がレゼルの罠。

 軽く床を蹴って跳躍し、来るのが分かっていた――というより誘った足払いを悠々と避ける。勿論、創造術は使っていない。

 隙を突いた攻撃を躱され身体を硬直させた副代表の同級生の後ろに素早く下り立ち、レゼルは振り向きざまに右脚を振り上げた。

 首を狙った下からの蹴りは、晴牙の首に届くという五センチの所でピタッと止まった。

「……」

「……」

 二人の間に沈黙の(とばり)が降りた。

 蹴りをガードしようと晴牙の左手がピクリと震えたが、その時、首に突き付けられた(かかと)も震えた。

 勝敗は、明白だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 第一実技棟で、一学年A組の格闘訓練の授業が行われていた。

 創造学院では、前衛科(ヴァンガード)だけでなく防衛科(ディフェンス)後衛科(リアガード)の生徒も格闘訓練を受ける事が義務付けられている。特に一年の内は、格闘訓練の授業数は多い。

 一年が第一実技棟、二年が第二実技棟、というように授業で使用する実技棟は決まっている。今の時間は、A組が第一実技棟を使っていた。

 昨夜から降り続く雪は未だ止む事を知らない。曇天の空から、静かに白い氷の結晶は降ってきている。

 だが、硝子張りの実技棟の屋根に、雪が積もるという事は起きていない。

 学院の卓越した科学技術で、硝子の中に熱を通す機械が造られていた。屋根に積もる雪は、硝子に触れた直後に溶けて水に変わり、流されていく。

 硝子に熱を通す――という事は、屋根の強化硝子は熱を通しやすい素材で出来ているという事である。そうなれば、実技棟の中の暖気が外に漏れてしまう事にもなる。それでは空調の意味がない。

 これはレゼルの推測だが、屋根の硝子の内側表面には、熱を反射する特殊な何かがコーティングされているのだろう。それで、暖気が外に漏れるのを防いでいる訳だ。

「……五戦中五敗」

 実技棟の観覧席ではなく闘技場の片隅で、晴牙が大の字に寝転がって呟いた。

 その隣では、レゼルが苦笑しながら汗をタオルで拭き、胡座(あぐら)をかいて座っている。

「レゼル、お前、強い」

 はっ、はっ、と息を弾ませながら悔しそうに言ってくる晴牙。

「そりゃ、ガキの頃からレミ姉に体術は鍛えられてたからな。しかも、レミ姉は創造術込みの格闘戦で(しご)かれたし」

「レミル様の教えか。それは無理だ。つーか早く言え」

「訊かれなかったから」

「……お前な。でも、教官が負けた理由が分かった気がした。先読みとか、(うま)すぎる」

 素直な晴牙の称賛に、レゼルはどう答えたら良いのか分からなくて、結局曖昧な笑みを浮かべるに留まった。

 彼と五戦もしている理由は、正直に言うとレゼルに他の生徒が寄って来ないからだ。つまり、晴牙以外に格闘授業の模擬試合の相手がいないのだった。

 ちょっと考えてみれば当然ではあった。《雲》の身体には誰だって触れたくないと思うだろう。指が掠っただけで悲鳴を上げられた事なんて、レゼルは数え切れないくらい経験している。

 今日は晴牙が相手をしていてくれているが、昨日は違った。

 晴牙は男子生徒数人に連れていかれて、彼らの相手をしていた。あれは絶対、レゼルと晴牙を引き離したいという心境から(しょう)じた行動だろう。その時にしみじみと、晴牙は本当に副代表なんだなぁ、と感じた。

 何処にいてもムードメーカー的な存在の晴牙は男子生徒に人気があるようだ。友達だと自慢出来る、みたいな感じだろうか。

 晴牙は副代表として断る事も出来ず、やや渋々と連れていかれた。

 そういう訳で、昨日はぽつんと独りになってしまったレゼルは、特に居心地の悪い思いをする事なく――残念な耐性だが、独りなんて慣れている――強化素材の壁に寄り掛かって立ち、瞼を閉じて今にも寝てしまいそうにぼけーっとしていた。

 そこを教官に拾われ、教官と模擬試合をする事になった訳だ。

 クラスメイト達は相手にはなれなくてもレゼルの格闘能力には興味――というか好奇心があったらしく、男子も女子も関係無くA組の生徒全員がレゼルと教官の模擬試合を見詰めた。

 そこでレゼルがあっさりと教官に勝ってしまった事により、男子生徒達は余計に彼に近付き難くなったらしい。見事な負のスパイラルだった。

 レゼルは《雲》だ。

 生まれた時から創造術が使えた訳じゃない。生まれた時から使えたら、それは《雲》ではない。

 彼が創造術を使えるようになったのは十歳の頃。それまでは創造術が全く使えなかった。創造術ってどうやれば使えるんだ、というレベルだった。自分が創造術を使っている姿を少しも想像出来ないのだ。

 だから、創造術が使えない代わりに体術だけは努力した。『能力』創造で身体能力を上げた姉と毎日といって良い程、格闘試合をした。勿論勝った事はない。姉は創造術を使っているし、元々十一歳差の姉とは体格も身長も違う。

 ただ、姉が創造術無しの時は、何度か勝った事もあった。格闘訓練としては姉が創造術を使ってレゼルを(しご)く方が効率が良いので、姉が創造術を使わないで模擬試合をするのは稀だった。幾ら男と女とはいえ、十一歳下の弟に負けるのは悔しかったらしく、彼女が創造術無しの試合を避けていた節もあるが。

 最強と名高い姉に鍛えられていたレゼルが、教官だろうが何だろうが簡単に負ける訳はないのだった。

「……よっと」

 晴牙が両脚を振り上げ、その反動で勢い良く身体を起こした。

「ほれ」

 まだ脇腹を擦っている晴牙にスポーツドリンクの入ったペットボトルを投げ渡す。

 さんきゅ、という副代表の声を聞きながら、レゼルは自分のペットボトルのキャップを開けた。

 因みに、スポーツドリンクというものもペットボトルというものも、創造学院などの科学技術秘匿場所の中限定で手に入る品だ。熟々(つくづく)、外と中の時代錯誤的な差を思い知らされる。

「編入試験の日から分かっていた事だが、レゼル君は余程体術に精通しているようだな」

 背後から声を掛けられ、レゼルはゆっくりと振り返った。晴牙は驚いたようにバッと身体を反転させたが、レゼルはそんな事は無かった。

「見事だったよ、君達の模擬試合」

 そこにいたのはレゼル達A組の担任教師、ルイサ・エネディスだった。隣にセレンはいない。多分だが彼女の寮にある自室の掃除でも任せているのだろう。

 ちょっと()き使い過ぎじゃなかろうか、と思うが、セレンが「それ程大変ではありません」と言うのだからレゼルは何も言えない。

「どうも」

 短く応えて、レゼルはペットボトルの縁に口を付けた。少し失礼とも思える彼の様子に、ルイサは眉を寄せた。

「誇ったりはしないんだな、君は」

「誇って何になるって言うんです?」

 さらっと返してレゼルはルイサから目を逸らした。ちょっと気まずかったからだ。ルイサは知らないが、昨夜の《堕天使(だてんし)》討伐で色々とやらかしたのは自分だからである。

 格闘訓練の授業には、必ずクラスの担任と実技教科担当の教師、それに教官が男女一人ずつ付く事が義務付けられている。

 教官は創造術師ではなく、純粋に格闘を教えるスペシャリストだ。それを創造術無しで倒してしまうとなれば、驚嘆すべき異例の事だった。

 創造術師とは創造術有りで戦闘をする者達であり、それを前提としている。

 一年が創造術無しの格闘訓練を学ぶのは、二百五十人の内、三十人程度しか『能力』創造が出来ないからであるが、他にも理由はある。『能力』創造は、基盤が自分の身体能力だ。元々の身体能力が良ければ、『能力』創造にそれ程力を注ぎ込まなくて良いようになる。それに格闘訓練をしておいて損な事は一切無いから、創造学院では学年・学科を問わず、格闘訓練はちゃんとやっている生徒が殆どだ。

 レゼルと晴牙が小休憩している間も、男子女子を問わず皆真剣に格闘訓練を受けている。今は生徒同士の模擬試合をやっていて、男女が分かれていた。

「ところで、副代表」

「はい?」

 ルイサの声に、晴牙がスポーツドリンクのペットボトルを片手に振り向いた。

 それをレゼルは、「ミーファ(代表)は名前で呼ぶのに」とどうでも良い事を考えながら見ていた。

榎倉理人(えのくら・りひと)という人物を知っているか」

 突然放たれた名前に、晴牙は少々驚きながらも眉を(ひそ)め、レゼルは必死にポーカーフェイスを取り繕った。

 晴牙がゆっくりと頷き、口を開く。

「少しだけなら知っていますが。NLFの頭脳(ブレイン)と言われている創造術師ですよね?」

「ああ、そうだ。日本国生まれの創造術師だから、聖箆院(しょうのいん)家は流石に知っているな」

「それがどうしたんですか? もしかして、昨日の《堕天使》の件で何かありましたか?」

 晴牙が立て続けに問うと、ルイサは小さく溜め息を()いた。

(さと)いな……」

「聖箆院家の人間ですから、それなりは」

 晴牙は真顔で頷く。

 彼の言葉を聞いて、レゼルは顔に出さないまま考え込んでいた。

 聖箆院家。日本の創造術の名門だという事は知っている。実技試験の直前の自己紹介で知らないような「振り」をしたのは、聖箆院家が名門でありながら創造術師の世界の闇、所謂(いわゆる)、暗部にも然り気無く且つ濃密に接しているからだった。

 まさか、聖箆院家もNLFを調査(さぐ)っていたとは。いや、力のある家なら例外なくNLFを調べているのだろうが、クラスメイトで友達にもなった晴牙の実家が、となると、複雑な気分は拭い得ない。

「まぁ、昨日、ちょっと色々あってな。それで、榎倉理人の他の情報はあるか?」

「いえ、それだけですね。素顔などはもう知っているでしょう?」

「大体は」

「でしたら、俺はもう何も知りません。……それと、不用心に俺を情報提供人材にしないで欲しいんですが。その、レゼルもいますし」

 ちら、と振り返って晴牙が視線を向けてくる。

 だがルイサは彼の非難に構わず、

「すまないな、藁にも縋る思いだったんだ。まぁ、大した話でもないし、こういう風に世間話のように話した方が情報は得やすい。生徒に君がいて助かるよ」

「相変わらずパシられてますね、俺」

 むっ、と眉間に皺を寄せる晴牙。

 ルイサは苦笑しながらわざとらしく肩を竦めた。

「良い情報は手に入らなかったけどな」

「すみませんね」

 苛ついた声が晴牙の口から発せられ、彼はルイサから目を逸らしてペットボトルのキャップを開けた。

「レゼル君は?」

「は?」

 黙って二人を眺めていたレゼルだが、唐突にルイサから質問の矛先を向けられて困惑の声を漏らした。

「榎倉理人の事だ。君のお姉さん……《白銀(シルバリー)》から、何か聞いてはいないか?」

 それを聞いて、レゼルは内心でだけ安堵した。昨日、自分の姿を戦闘区域で見られていた、という事はないだろうが、昨日の戦争の中心は間違いなく自分で、もしかしたらバレているかもしれないという気持ちはどうしてもある。質問された理由が姉にあるのなら、バレてはいないという事だ。

「いや、名前だけしか聞いた事ないですよ」

 我ながら無難な受け答えだったと思う。

 と、レゼルが満足していると、

「成程、レゼルにはレミル様という情報ソースがあった訳か。だからレゼルの前で榎倉理人の話をした、と」

 ペットボトルを床に置きながら言い、晴牙が呆れ顔半分感心した顔半分といった表情を浮かべた。

「そういう事だ」

 ルイサが愉しそうに大人な笑みを見せる。

「それにしても、NLFは情報統制が厳し過ぎるな。所属している創造術師のプロフィールが全く手に入らない」

 徹夜で調査でもしていたのだろうか。ルイサは疲れが溜まっているとはっきり分かる溜め息を吐いた。

 彼女は厳し「過ぎる」と言っているが、NLFの情報統制が厳しいのは、レゼルからしてみれば当たり前だった。

 NLFはどんな国家にも組織・団体にも属さない自治組織。それは裏を言えば、何か切っ掛けがあれば何処の国家・組織・団体でも敵になる可能性があるという事。NLFの誇る一流以上の創造術師達のプロフィールを簡単に公開してしまっては、現在辛うじて保たれているNLFと創造術師協会(クリエイターきょうかい)、国家、組織、団体の均衡が崩れてしまうかもしれないのだから。

 まぁ、NLFのエースであるコードネーム「血塗れ(ブラッディ)」の名前も素顔も明かせないのはレゼルが《雲》という事情があるからで、国家がどうとか創造術師協会がどうとかは関係ないのだが。

 レゼル以外のNLF創造術師は、名前と素顔だけは普通に世界に公開されているが、どんな創造術が得意だとかどんな戦闘スタイルだとかは一切の公開禁止だ。ルイサや晴牙が榎倉の出身地が日本国だと知っていたのは、単に彼――榎倉の容姿が純日本人だからに過ぎない。

「エネディス先生」

 その声と足音が近付いて来たのは、レゼルが些か醒めた表情でルイサを見ていた時だった。

 長方形の空間を持つ実技棟は現在、奥が男子で手前が女子というように分けられている。レゼル達は奥の方に座り込んでいるので、実技棟の様子が一望出来る位置にいる。

 近付いて来たのは、ミーファとノイエラだった。二人ともタオルとスポーツドリンクを手に持ったジャージ姿。冬と言えども実技棟内は空調が効いているし、少し暑いのだろう。ジャージの胸元にあるジッパーがやや下がり気味だった。

 勿論、レゼルと晴牙もジャージ姿である。創造学院のジャージは市販のものなので、実技棟の中はカラフルなジャージが溢れかえっている。因みにレゼルが黒、晴牙が濃い青、ミーファがオレンジ、ノイエラが薄ピンクである。

「ミーファ、ノイエラ。どうした?」

 そう言うルイサは何時も通りのパンツスーツ姿だ。水色の眼鏡と、(うなじ)を晒した髪型。

 ミーファも変わらず金髪のポニーテールだが、ノイエラは縁無しの眼鏡を掛けていない。前髪も上げてシンプルなピンで止め、綺麗なおでこを見せていた。

 そのノイエラが、一瞬だけレゼルの方を見た。目が合った、と思った時には既に彼女はルイサの方を見ていたが。

「……?」

 何だ、と思って小さく首を傾げる。いや、目を向けるくらい自然な事という意見もあるのだろうが、今の彼女の眼鏡を通していない視線には何か意味があるような、そんな気がしたのだ。

 だが、それも気の所為かもしれない。レゼルは気にしない事にした。

「どうした、じゃないですよ。昨日、どうだったんですか?」

 ミーファのこの台詞は昨日の《堕天使》との戦争を指したもの。

 今日、リレイズ創造学院は創造祭が近付いているという事情を抜きにしても浮き立っていた。

 理由は明白。

 一年振りに堕ちてきた《堕天使》を見事撃退したのだから。小さな被害も何も起こらず。まるで《堕天使》なんて最初から堕ちてこなかったかのように、あっという間に不安な非日常が終わり日常が戻ってきたのだから。

 そしてそれを為し遂げたのがNLFエース「ブラッディ」だというのだから。

 生徒達が騒ぎ立つのも当然の事だった。――職員室では、教師や事務員まで浮き立っているのだから。(戦闘区域で「ブラッディ」の実力に絶句させられたミーナやルイサは浮き立つ事なんて出来なかったが。)

 情報規制をしているといっても、一応は創造術師協会の管轄に入る創造学院の生徒には《堕天使》との戦闘の大体の情報が伝わる。NLFのエースが《堕天使》を単独で倒したなどというものも、後学の為と名目を打ってしまえば(実際、名目では無いのだが)情報が学院に流れるのを誰も止められないし、咎める事も出来ない。

「ブラッディ様がお一人で戦ったんですよね? 戦闘とか見れました? 素顔は?」

 本人が認めた通り、ノイエラはNLFのエース「ブラッディ」のファンらしい。目を輝かせてルイサに詰め寄っている。

「待て待て、ノイエラ。ちょっと落ち着け」

 そう、ルイサが彼女を宥めている間も、「ブラッディ」の正体であるレゼルは非常に居心地の悪い思いをしていた。

 だがこの場で嫌そうな顔をする事は出来ず、表情筋が引き攣るのを抑えていた。

「昨日は何も分からなかった。NLFのエースのプロフィールは何も、な」

「レゼル、もう授業が終わる。ストレッチするから手伝ってくれねぇ?」

 顔の筋肉に意識を集中していたレゼルに、ルイサの言葉に少し被るようにして晴牙から手が差し伸べられた。それはもう、岩山をロッククライミングしていて頂上から差し出される相棒の右手の如く。(左手でも可。)

「ああ、分かった」

 声が弾みそうになるのも抑える。

 晴牙が胡座(あぐら)に組んでいた脚を横に広げ、上半身を倒す。レゼルは彼の背中を両手で軽く押す。

「二人も見たんじゃないか? 北側戦闘区域から上がる炎の壁を」

「あ、見ました! 凄かったですよね! ね、代表も見たでしょう?」

「ええ、見たわ。炎の広域創造(ワイド)……見事だったわね」

 レゼルの腕に力が入る。

「NLFのエースは炎の広域創造が出来るという事しか分からなかったよ。炎の壁に阻まれて、素顔なんて見れなかった」

 ルイサが首を横に振る。

 レゼルはその言葉を聞いて安堵し、無意識に押す腕に力が入る。

「ちょ、レゼル? 痛いんだが……っ、いでででででででででっ!?」

「正体を隠してこそブラッディ様です」

「ノイエラ、それちょっと矛盾してない? 正体知りたいって言ってる癖に」

「そ、そうですけど」

 クスクスとミーファが金髪ポニーテールを揺らして笑う。それにノイエラも控え目な笑顔になった――が、レゼルには彼女の笑顔が昨日より弱いような気がしてならなかった。レゼルよりも到底彼女と付き合いの長いミーファが気付かないのだから気の所為だろうが。

「ぎ、ギブギブ」

 晴牙が何か言っているがそれをBGMだとばかり聞き流し、レゼルは女性三人の会話に然り気無く耳を(かたむ)ける。

「レゼル、おい、腕離せって! マジで痛いから、ギブギブギブギブギ」

「ちょっと黙っててくれ、ハルキ」

「――っ!?」

 まさかの言葉に晴牙の目が見開かれる。

「ふざけんな、(いて)ぇから離せっつってんだ!」

「だからハルキ、少し静かにしろと言って――」

 ブチッ、と頭の中で何かが切れる音を、確かに晴牙は聞いた。――これは、彼の後日談だが。

「話を聞いてねぇのはお前だぁぁぁぁぁぁ!!」


 読んで下さった方、ありがとうございます。

 突然ですが、来週の更新から更新時間を変えたいと思います。新しい更新時間は、日曜の午前0時です。誠に勝手で申し訳ありません。これからも『星影月華の創造術』を宜しくお願いします!


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