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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
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第11話 戦争の後

 前回に言い忘れたのですが、戦闘時の理論とか理屈とかそういう類のものは全て適当です(←ぶっちゃけた)。科学的根拠などは一切ありませんので、理論的に可笑しい所は多々あると思います。その時はどうぞ、ご指摘下さい。出来る範囲で修正致します。

 では、今回から第一章の第二部「猶予期間(モラトリアム)」が創始します。

[第一章 創造祭編・第二部「猶予期間(モラトリアム)」 創始]










 リレイズ創造術師育成学院(クリエイターいくせいがくいん)の近くにある創造術師協会(クリエイターきょうかい)支部の事務員達は慌てていた。

 彼らは創造術師(クリエイター)ではない。事務の仕事を創造術師に任せる事が出来る程、創造術師は多くない。

 広いオフィスの中はデスクが所狭しに並べられ、何人もの事務員が一般人には秘匿されている科学技術の結晶である事務機械(コンピュータ)の画面を凝視し、キーボードを指で弾いていた。

 創造術師協会は、国境を越えて全ての戦闘区域を統括する国際組織だ。その支部は、戦闘区域のある街――つまり、世界全ての街にある。

 だが、数ある支部の中でも、リレイズ創造術師協会支部は規模も人員も大きく多かった。

 この支部にいる人々が慌てている理由は、NLFのエースの正体を掴む事に失敗した上、そのエースが炎の広域創造(ワイド)などという大技をかましてくれたからだった。

 炎が燃えれば、二酸化炭素が出る。十歳の子供も知っているような化学反応だ。

 勿論、NLFエースの創造術「炎の広域創造」でもそれは同じ訳で。

 二酸化炭素が環境を壊すのも、誰もが知っている事。

 あれだけ炎が立ち上ったのだ。一体、どのくらい二酸化炭素が排出されてしまったのか、事務員達はそれを考えるだけで頭が痛くなっていた。それでなくとも、NLFエース「ブラッディ」に関する情報といえば炎の広域創造を使ったというくらいで、他には一切分かった事がない。顔も性別も分からず、身元確認が全く出来なかった。そんな状況で環境を破壊したとなれば、創造術師協会の上層部――本部にいる幹部達に睨まれてしまう。

 炎の広域創造で環境を破壊した張本人はNLFエースでも、とばっちりを喰らうのはリレイズ支部だ。創造術師協会は、世界の守護神たるNLFには大きな顔が出来ないから。

 その為にオフィスは沈鬱な空気に包まれていたのだが――

 一人の事務員が、デスクの上の事務機械(コンピュータ)の画面を見ながら突如叫んだ。

 その声には、困惑が色濃く混ざっていた。

「大気検査員からの報告、届きました! ……リレイズの街・北側戦闘区域、《堕天使(だてんし)》迎撃区域の二酸化炭素量、せ、正常値、だそうです!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ただいま、っと」

 靴を脱いで窓から男子寮の自室に入ったレゼルは、身体能力強化の創造術を解除した。

 彼の髪と瞳が元の色――灰色と漆黒に戻る。

 北側戦闘区域の戦場から疾走してきたが、創造術を使っていた為息が切れているという事はない。ただ、冬の凍える空気の中を走ってきたのでかなり寒い――という事はなく、『能力』創造と並行して身体の周囲に暖気を創造していたし、漆黒の戦闘服は防弾・防刃に加えて防寒の性能も高く備えているので、寒いなんて感覚は一切合切無かった。

「……?」

 緋色の髪の少女から返事――お帰りなさい、と彼女は言ってくれる筈だ――が無いのが気になったが、よく見れば脱衣場の証明が付いているのが扉の曇り硝子を通して確認出来た。

「風呂入ってるのか」

 ポツリ、と独り言を漏らし、レゼルは自室の玄関に向かった。手に持った靴を戻す為だ。

 寮に馬鹿正直に表の大玄関から入れば外出していた事がバレてしまう。行きに窓から飛び降りたように、帰りは四階の窓に飛び上がってきた訳だ。我ながら良い手際だったと思う。

 玄関に靴を置いて、リビングに戻る。

 その空間に誰かの気配がある事を、レゼルは既に察していた。風呂から上がったのだろう、きっとセレンだ。

「セレン、ただい……」

「レゼル! お帰りなさい、早かったですね」

 弾んだ声を掛けてくる少女がぱたぱたと駆け寄ってきた。

 しかし、レゼルは言葉を失ってしまっていた。

「大丈夫だとは思いますが、怪我は無いですよね? 疲れてはいませんか? 私、夕食を作ったので食べましょう」

 彼女の今の姿は、短めのバスタオルを身体の前面に当てているだけで、巻いてすらいなかったのだ。

 小柄な身体は折れそうに細く、女の子らしいくびれの曲線がはっきりと見て取れる。桜色に上気した透き通るような白い肌と(あか)い髪から滴る雫、それに濡れた真紅の瞳は、レゼルに艶かしさを感じさせるに十分だった。

「な、何して……いや、早く服を着ろ!」

 さしものレゼルも、ポーカーフェイスではいられなかった。

「いえ、大丈夫です。そんな事よりレゼル、疲れてはいませんか?」

 上目遣いに見詰めながら、セレンは戦闘服を脱ぐのを手伝おうと襟元に手を掛けてくる。

 そうなると必然的に、バスタオルは片手だけで押さえられるという危ない状況になり。

「だ、大丈夫だ! 自分で脱げるから、セレンは早く服を着てくれ」

 セレンの手をやんわりと襟元から外し、早口で捲し立てる。

 少しだけ(めく)れたバスタオルの隙間から、ちらっと小さな膨らみが視界に入ってしまって目を逸らす。

「そうですか。では、お風呂場に戻りますね。リンスを持っていくのを忘れただけなので」

 セレンは何処か寂しそうな口調でそう言うと、リンスを棚から取り出して風呂場に姿を消した。

 そういえば昨日は編入試験や《融合結晶》のルチアからの依頼の事もあって風呂には入れず、今日の朝にシャワーで済ましたのだった。つまり今が風呂場を使うのが初めてで、棚に入っている備え付けのシャンプーやリンスを持っていくのを忘れれば風呂場に無いのは当たり前だ。

 パタン、と脱衣場の扉が閉まる音がして、レゼルはやっと天井に向けていた視線を前に向き直した。

「……同室っていうのはちょっと、問題だったかもしれないな」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 漆黒の戦闘服を脱いで風呂に入り、寝間着のスウェットに着替えたレゼルは、セレンの作ってくれた夕食を次々と口に運んでいた。

 因みに、創造術で食べ物を創って食べる、という行為には意味がない。創造術の『物』の創造は融合体を体外に引っ張り出す時に創造物を構成する原子を創造するが、根本にあるのは融合体――つまり、エナジーと星光だ。生命力たるエナジーを消費して創造物の食べ物を食べるのは、味はあるが栄養が無いのと等しい。それを食べた後、自分の体内の栄養分はエナジーを使った分とプラスマイナス0(ゼロ)で変わらないのだから。

美味(うま)い。……美味い、んだけど……」

 濃厚な味わいのマカロニグラタンをもぐもぐと咀嚼してから呟いて、テーブルの上をまじまじと見詰める。

 そこには、キラキラと照明の光に反射して輝くディナー達が乗っていた。

 今レゼルが食べているグラタンは適度に茶色い焦げ目があり、ホワイトソースは多分かなり手がこんでいるだろう。何と言うか、味が深いと感じさせるのだ。

 そして極めつけは、カリカリに焼かれたパンだった。驚く事に、それはセレンの手作りだ。午後、レゼルが仮眠を取っている間に生地を練ったらしいのだが、彼女は本当に料理が上手いと感じさせるのは生地からパンを作った事ではなかった。

 いや、勿論それもあるのだが、レゼルはセレンが何でも作れる事を知っている。彼が改めてセレンの料理技術に脱帽したのは、パンの種類が沢山あったからだ。

 人参(にんじん)薩摩芋(さつまいも)、トマトなどの野菜ペーストを練り込んだパンに、どうしたことか砂糖を(まぶ)したラスクやココアパウダー、チョコチップを練り込んだものまであったのだ。

 パン以外にもサラダやスープなど、今日は何時にも増して料理に気合いが入っている。

「……セレン、どうしたんだ? これ作るの、大変だっただろう」

 レゼルはグラタンのマカロニをフォークで突き刺してから手を止め、そう言った。

 セレンが料理を作っている姿は微笑ましいし、出来上がった料理を自分に振る舞ってくれるのは嬉しい。だが、彼女に無理をさせてしまいたくはなかった。

「対抗したかったのです」

「え?」

 隣に座ってスプーンでスープを掬いながら言う寝間着姿のセレンに、レゼルは何の事か分からずきょとんと首を傾げた。

「学院の食堂に、対抗したかったのです。寮食堂は和・洋・中と、かなりの種類の料理を扱っていましたし、私からしても美味しかったですから、悔しかったのです。自分の料理が負けている、とは思いませんが、レゼルが『美味い』と(しき)りに言っていたので、その……」

 そこで彼女の言葉はぷつんと途切れた。彼女が口籠もったりするのは珍しい。

 セレンは掬ったコンソメスープで口を湿らせてから、続けた。

「しかも、寮食堂は本校舎の横にあるもう一つの食堂に味が劣る、とエネディス先生が(おっしゃ)っていました。負けてはいられません」

 闘志の籠る声音を聞いて、レゼルは苦笑しながらマカロニを口に運んだ。

「……成程、な。でも、無理はするなよ。セレンの料理が一番美味いのは俺が知ってるから」

「……はい」

 相変わらず無表情の彼女は、だが声は少しだけ嬉しそうに弾ませて、頷いた。

 それからは二人とも食事に集中し、パン以外は粗方食べ終わった所でセレンがソファを立った。

 パンは保存が効くので様々な色のそれをバケットに詰めながら、レゼルは彼女を見上げた。

「どうした?」

 レゼルは座っているので、小柄とはいえセレンも彼を見下ろす形になる。

「キッチンにデザートがあります。アップルパイとチーズケーキ、どちらがよろしいですか?」

「……えっと、じゃあチーズケーキで」

「分かりました」

 まだ料理あったのか、と思いながら、レゼルはキッチンに消える緋色の髪を見送った。

 テーブルの上を綺麗にして――といっても、空っぽの皿を端に寄せただけだが――少しすると、セレンがアップルパイとチーズケーキを運んできた。

 それをテーブルに置き、セレンはストンとソファに座った。勿論、レゼルの隣だ。

「どうぞ、レゼル」

 チーズケーキを前にしたレゼルに、彼女はフォークを差し出した。レゼルは礼を言って受け取りながら、ケーキを呆気に取られたように眺める。

 滑らかなチーズケーキの表面は、既に芸術の域に達しているだろう飴細工(あめざいく)で飾られていた。食べるのが勿体無いと感じる。

「どうしたのですか?」

「いや……やっぱり、セレンの料理は一番だって思っただけだ」

 もう彼女の料理は、そこらの店を超えている。一流レストランで出てきても誰も文句は言わないだろう。

 それをレゼルが殆ど独り占めしているのは良いのだろうか。店を出したら絶対成功すると確信出来るのだが――

「店、か。それも良いかもな」

 ふと、「セレンが人間になれたら」、そうして生きていくのも良い、とレゼルは思った。

「何か、言いましたか?」

「いや、何でもない」

 セレンには聞こえなかったようだったので、レゼルはかぶりを振った。

 チーズケーキの飴細工にフォークを当てて軽く力を加えると、パリン、と高い音を立てて砕けた。

「……やっぱ、勿体無いなぁ」

 そう呟きながらも、砕けて一口サイズになった飴とケーキを一緒に食べる。味は言わずもがな、甘い香りさえ美味しいと思えた。

「そういえば、レゼル」

「何だ?」

「レゼルが戦闘区域に向かった後、ハルキが夕食を誘いに来ました。『レゼルはお腹を壊した』と言って、丁重にお断りしましたが」

 アップルパイをフォークで丁寧に一口サイズに切り分けて、セレンが言う。

「……ちょっと、無理がないか?」

 腹を壊した、だなんてベタ過ぎだろう。

「編入初日だったから、と言ったらハルキは納得してくれました」

「あぁ、成程」

 レゼルは感心したように頷いて、チーズケーキを欠けさせていく。

 アップルパイも食べてみたかったが、流石にそれは食べ過ぎだ。レゼルはチーズケーキを完全消費すると、皿を洗う為にソファを立った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 唐突に肌寒さを感じてレゼルは瞼を押し開いた。

 男子寮の自室。ベットはセレンが使っているのでソファの上。

 部屋の空調はタイマーで停止時間を設定してから寝ているので、時間的に朝の今はもう止まっている。

 レゼルは上半身を起こすと、乱れていた毛布を身体に掛け直してテーブルの上の操作端末(リモコン)を手に取った。今日の朝は昨日とはかなり違う厳しい寒さだった。ピッ、という軽い音と共に空調が再起動する。

 ちら、と横に目を向ける。今の音で起こしてしまったのだろうか、一人用のベットの上でセレンが目を擦っていた。

「悪い、セレン。起こしてしまったか」

「いえ、もう起きようと思っていたので……」

 レゼルが寝起きとは思えないはっきりした声音で謝ると、こちらは少々寝惚けたセレンが身体を起こしながら言う。

 彼女は、ふぁぁ、と可愛らしい欠伸をして、それからぶるるっと小さく身を震わせた。

「何だか今日は寒いですね」

 寒さで眠気が多少なりとも覚めたのか、セレンの声は段々とはっきりしてくる。

「そうだな。……もしかしたら」

 呟いて、掛け直した毛布から抜け出た。二度寝しようかと思ったが、セレンが起きようとしていた時間ならばそんな事をしていい時間ではないという事だ。レゼルは部屋の照明を点け、ベランダに出る窓に近付いた。

「レゼル?」

「昨日の夜、少し雲が出ていたからな」

 ベットの上から不思議そうに問うてくる少女の声に、レゼルは短く答えてカーテンを開けた。シャッ、という小気味の良い音が部屋に響く。

 相変わらず暗い外だが、今日はそれが輪をかけて暗く、夜空の星は全く見えなかった。何故なら、空全体を灰色の厚い雲が覆っていたからだ。

 そして、その雲から、白い花弁(はなびら)のようなものが降ってきていた。雪だ。ぽつぽつと灯り始めた街の民家の明かりが、白いそれを淡く照らしている。

「雪……」

 緋色の髪と瞳の少女も相変わらず無表情だが、囁くように言う彼女の声はレゼルにはちょっと無邪気っぽく聞こえた。

「だから寒いんだな。……屋根に積もってる。結構長い時間降ってるみたいだ」

 創造学院の外、街の風景を硝子越しに見ながら呟く。

 一年生である彼のこの部屋は四階にある。街の民家よりは明らかに高さが違い、その屋根を見下ろす事が出来る。

 民家の屋根には、真っ白な雪が目測で二十センチ程も積もっているようだった。学院の敷地は広大で、普通なら学院外の積雪量など分かるものではないが、創造術を使わなくても優れているレゼルの視力は、街の風景を正確に捉えていた。

「……静か、ですね」

 隣に歩み寄ってきたセレンが、窓の外を見ながら言った。生地の薄い寝間着では寒いのだろう、右手が左の二の腕を掴んでいた。

「朝だしな。冬だから、鳥の鳴き声もないし。雪が降っていれば、尚更だろう」

「そうですね。今更ですが、周りの環境が本当に変わりました」

「学院に編入したっていう実感が俺にはまだ無いよ。それに比べれば、今更でもないさ」

 小さく笑って、レゼルは見下ろしていた雪景色から目を逸らした。

「セレン、寒いだろ。早く着替えて来い」

「はい。では、ついでに洗濯物を干してしまいましょう」

 コクリと頷き、セレンは洗濯機も置いてある脱衣場に小走りに入っていった。

 レゼルも、脱衣場にセレンがいる間に着替えてしまおうと、部屋に備え付けのクローゼットから創造学院の制服を取り出した。

 それをソファの上に無造作に投げて、彼は寝間着のスウェットに手を掛け、一気に脱ぐ。

 と、その時。

 部屋の扉の前で、誰かが立ち止まった気配がした。

 恐らくは晴牙だろう、と思ったし、別に彼じゃなくても男だろうからレゼルは見られても大した事ではない。裸なのは上半身だけなのだし。

 だが、今はセレンも着替えているのだという事を思い出して、レゼルは慌てて廊下に呼び掛けた。

「今、着替えてる! ちょっと待ってくれ」

「え? あ、そうか、分かった」

 扉の向こうから聞こえてきたのは晴牙の声だ。

 またか、と思いつつ、何かあったのか? ともレゼルは思った。

 彼が着替えを終え、セレンが制服姿で洗濯物の詰まった(かご)を抱えて脱衣場から出てきたのを合図に、レゼルは晴牙に再び呼び掛けた。

「入って良いぞ、ハルキ」

 ガシュッ、と気の抜けるような音が鳴って扉がスライドする。

 昨日から疑問に覚えていたが、扉のロックは彼に作用しない。副代表権限という所だろうが、ロックのエナジー感知システムを誤認させている事がバレないか、ちょっと不安である。今の所、晴牙に気付かれた様子は全くないが。

「おっす、レゼル。腹、大丈夫か?」

「おはよう。……ああ、もう大丈夫だ。悪いな、心配掛けて」

 腹、大丈夫か? のくだりで訝しげな顔をしてしまいそうになったが、何とか昨夜のセレンの話を思い出して、ポーカーフェイスを取り繕った。ちょっと、反応が遅れてしまったが。

「おはようございます」

 それを晴牙が不思議がる前にセレンが彼に挨拶をして意識を逸らす。ナイスな援護射撃だ。

「おっす、セレンちゃん」

 晴牙はセレンの抱える籠を見て、

「あ、すまん。朝だもんな、忙しいか」

「いえ。これを室内に干すだけです。朝食は昨日の残りがありますし」

 ふるふる、とセレンが首を横に振る。

 昨日の残り、とは、夕食に食べた色とりどりのパンの事だ。

「そっか。夕食はセレンちゃんの手作りだったんだもんな、昨日」

「ああ。悪いな、食堂に誘ってくれたみたいなのに」

「いや、気にする事ねぇよ。……だけど、今日の朝食は寮食堂で食ってくれないか?」

 頼む、と付け加え、手を合わせて頭を下げ、何故か懇願する晴牙。

 レゼルはただ、ぽかんとしてしまった。

 ちら、と後ろを振り返ってみれば、セレンは部屋の中のハンガーに昨日着用した制服を引っ掛けている。その中に下着は無い。それは人目に付かない場所――脱衣場にでも干したのだろう。漆黒の戦闘服は、学院の寮などで大っぴらに晒せる訳がなく、脱衣場に洗濯機と並んである乾燥機を使う。

 何故他の服を乾燥機を使って乾かさないかと言えば、それは学院がなるべく制服は干して乾かす事を推奨しているからだ。服に星の光を浴びせておくと、創造術を使う際に星の光を取り込み易くなる事は、データで証明されている。

 乾燥機は下着を乾かす為という用途で用意されているが、レゼルとセレンは下着を乾燥機で乾かさない代わりに戦闘服を乾燥機で乾かす事にしたのだ。

 閑話休題。

 レゼルはこちらの話に無関心なセレンから目を外して、未だ頭を下げている晴牙に向き直った。

「別に良いけど、理由は?」

「良いのかっ? マジで、本当か?」

「本当だから、俺が寮食堂で朝食を摂らなきゃならない理由を教えてくれ」

 ガバッ、と顔を上げて詰め寄ってくる晴牙に、レゼルは後退りながらそう対応した。

 だが、晴牙は何とも言えない困ったような表情をして、それはその、と口籠もった。

「何だ? 言えない事か」

「い、いや、そうではないんだけど。……昨日、ミーファがさ」

「ミーファ?」

 思いがけず突然出てきた名前に、レゼルは訳が分からず問い返した。

「ああ。ミーファが、今日はお前を絶対食堂に連れて来いって言ってて」

「何故に? 何かあるのか?」

 本気で分かっていないレゼルの発言を聞いて、晴牙が溜め息を()いた。

 後ろからも、小さく息を吐く音が聞こえた。

「ともかく、そういう事だから、来い」

 有無を言わさない口調で晴牙が言うので、レゼルは頷くしかなかった。といっても、断る理由なんてなかったのだが。

 ミーファが何故そんな事を言ったのか気になったが、この後、何故かセレンが少し不機嫌になった事の方が、レゼルは気になった。


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