第10話 一瞬戦争
第9話がかなり「続くよ!」的な所で終わってしまったので、日曜日を待たずに投稿します。勝手で申し訳ありません。
この第10話が物語の一つの区切りになっております。
では、どうぞ!
*何か色々と編集していますが、ストーリーに変更は全くありません。
〔火焔地獄〕。
レゼルが大地の下に送り込んだ融合体は、巨大な火柱となって《堕天使》を取り囲んだ。
大地の下で創造したマグマが、サークル状に噴火して壁になり、戦場を灼熱の地獄と化す。
勿論、そんな場所の中心に人間が居られる訳はないのだが、レゼルは涼しい顔をしていた。
構築したマグマの熱が自分の身体に届く前にその熱を消失させているのだ。
しかし、言葉では簡単に聞こえても、その技術は驚嘆すべきものだ。まず、現存する創造術師達の誰も、そんな事は出来ないのだから。
例えば、掌の上に炎を創造するとする。それで物を燃やすと、当然出てくるものがある。炭素と酸素が燃焼によって化合した二酸化炭素だ。そうして放出された二酸化炭素は厳密には「創造物」ではない。炎は「創造物」だが、それで物を燃やした結果発生した二酸化炭素は、創造術師が構築したもの、ではない。つまり、二酸化炭素を創造術師が消失させる事など普通は出来ないのだ。
だから、マグマを創造した結果発生した熱も、「創造物」ではない。それを消失させる事なんて、どう考えても無理なのだ。
だが。
レゼルは、それをしていた。彼にはそれが、奇跡とも言って良い技が、出来た。
これも言葉にしてみれば簡単である。
レゼル・ソレイユが創造術師として優れている点と言えば、それは第一に融合体の操作技術が飛び抜けている事だ。それだって努力に裏打ちされた技量だが。
エナジーとは違って、星の光と同調させた融合体は操作が難しくなってくる。
融合体を体外に放出して創造武器を創り手に握る、という『物』の創造は、自分からゼロ距離の創造で、融合体の操作はあまり難度の高くない創造と言える(距離だけを考えた場合)。だが、〔火焔地獄〕は《堕天使》を囲む為に自分から三十メートルは離れた創造、しかもサークル状という広域創造。融合体の操作難度は最高値に近いだろう。学生創造術師でしかも本来、創造術が使えない筈の少年がそれを創造したなど、普通に考えれば有り得ない事だった。
そこから、少年――レゼル・ソレイユの圧倒的な融合体操作技術の高さが窺える。
彼は今、その技量を奮い、発生した熱に融合体を注ぎ込んでいるのだ。熱、という曖昧な実体のないものに融合体を注ぎ込むという事はどれ程の難度なのか。それを訊かれれば、大半の創造術師は震え上がってしまうだろう。
熱に融合体を注ぎ込み、その瞬間、炎から発生した熱諸共、消失させているのだ。注ぎ込んだ融合体を消失する過程で無理矢理熱も消してしまっているのである。
しかも、熱は「一つ」という枠組みに囚われない。今、レゼルがやっている熱消失は、「広域創造&多重創造」ならぬ、大規模な「広域消失&多重消失」だった。
この壁がある限り、外からレゼルの姿を見る事は出来ない。例え、《暦星座》であろうとも。
火焔の壁は《堕天使》にも有効だ。熱をモロに受けた蟷螂は、苦しそうに咆哮を上げている。
「熱に弱いのか」
言葉に出して確認して、レゼルは予定を変更する事にした。
最初は取り敢えず力押しで行こうと思っていたのだが、あの硬そうな体表を貫くのは骨が折れそうだし、そうと分かれば熱に弱いという弱点を利用しない訳にはいかない。
炎の壁に急速に消費されていく空気中の酸素の代わりに自分の肺の中に酸素を創造し、煙や二酸化炭素も熱消失のように消し去りながら、レゼルはそう考えた。
蟷螂が唾液塊を飛ばしてくる。それを避ける為に跳躍。唾液塊もやろうと思えば融合体を送り込んで消失してしまえるのだが、熱消失を並行して行っている今は素直に避けた方が賢明だ。
まるで重力の鎖から解き放たれたように空中を舞うレゼルは、放物線の頂点で既に武器を抱えていた。
それは、レゼルの身長を超す大きさを持つ、巨大な機関銃。いや、機関銃というには口径が大き過ぎる。差し詰め、機関砲といった所か。それも、円筒型に束ねた多数の銃身を回転させながら次々と弾丸を発射する仕組みの機関砲――ガトリング砲だった。
熱に弱いなら、火力で勝負。つまりは、そういう事だった。
対《堕天使》用の創造武器――ガトリング機関砲〔滅光〕が火を噴いた。
対人用創造武器である〔闇夜〕、〔霞刀〕、〔光剣〕などとは比べ物にならない大きさを持つ漆黒のガトリング砲は、レゼルが創造して装填した弾丸を止まる事なく射出していく。
ドドドドドドドドドドドドドッ!! と。
怒濤のような轟音が、戦場を、世界を震わせる。
空中に留まる身体の周りには密度の高い空気の層を形成。勿論これも、創造術によるもの。
発射の衝撃で身体が後ろに吹っ飛ばされる事もなければ、轟音に耳がやられる事もない。高密度の空気がレゼルの身体を受け止め、音は空気を震わせて伝わるから今のレゼルの周囲の空気は密度が高過ぎて震えない為、音が伝わらない。
毎分10000発以上という弾丸が《堕天使》の硬い体表を貫き蜂の巣にしていく。
幾ら何でも無理のある射出スピードが〔滅光〕の銃身をギチギチと軋ませる。だが、創造武器は使い捨てだ。耐えられなくなっても、再度創れば良い。ただ、構築を最初からやり直すのにはそれなりの労力が必要だが。
レゼルの創造武器の強度はトップクラス。少しくらいの無茶は平然と受け止めてくれる。
ガトリング砲の銃身の回転は止まらない。弾丸を創造し続け、銃身には融合体を供給し続ける。
再装填動作が無いのは創造銃器の一番のメリットだろう。まぁ、弾丸を創造する為には当然だが生命力を消費するので、今のレゼルのように連発しまくるとかなり危険な状態になる。彼のようにエナジーの量に恵まれた創造術師でなければ、とてもガトリング砲を創造しようとは思わないものだ。
眼球や腹、羽に穴を空けられながら、蟷螂は悲鳴のような苦鳴のような咆哮を上げた。
前足の鎌を物凄い速さで横薙ぎに振ってくる。その鎌の攻撃線上にはレゼルの脇腹があった。
だが。
彼の身体が呆気なく二等分される事はなかった。
その前に、二つの鎌は落下を始めていた。
右腕でホールドするように抱えていたガトリング砲〔滅光〕を消失させたレゼルは、巨大な双剣で前足の付け根を貫いていた。
赤く、紅く、朱く、緋い、両刃の双剣。
対《堕天使》用の創造武器――双剣〔灼光〕が、無慈悲に《堕天使》の躰まで届いていた。
長さが二十メートルはある刃を両手に握り、高密度空気層を消失させたレゼルは、音も立てず地面に着地した。
ドォォォン、という地響きと共に鎌も地面に着地し、砂を巻き上げる。その上空では前足を失った《堕天使》が六枚の羽を激しく震わせている。
ギィィヤァァァ! と甲高く鳴く蟷螂は、穴を大量に空けた眼球でレゼルを捉え――
一閃が、奔る。
銀髪碧眼の少年は、左手に握っていた紅く輝く巨剣を消し、右手の剣で《堕天使》の躰を真っ二つに割った。
羽を殆ど使い物にならなくさせられていた為、《堕天使》の飛行高度が低くなり、空中から攻撃する必要が無くなったのだった。
本来、〔灼光〕は双剣として使用する対《堕天使》用創造武器だが、勿論片方だけでも使える。
ズズッ、と蟷螂の躰がずれる。左下から右上に剣を振り上げた為、斜めに切れた躰の下部が、地面に落下した。直後、羽の動きを停止した上部も落ちる。
何故、長さ二十メートルの〔灼光〕で全長五十メートルの蟷螂型《堕天使》を真っ二つに出来たかと言えば、それは剣の長さを増長したからである。
物理的には何も無い所からあらゆるものを創造する創造術師だ。剣の長さを増長する事が出来なければおかしい。
だから今〔灼光〕は六十メートル近い長さを誇っている。
ガトリング砲の〔滅光〕にしても巨剣の〔灼光〕にしても、人間の力ではとても持ち上げられるものではないが、創造術師には関係ない。筋力を創造してしまえば良いのだから。というより、『能力』創造がある程度出来なければ、《堕天使》とは戦えない。
前足の二本と躰を切断された《堕天使》は、断末魔の悲鳴を上げる事も無いまま、その体躯を光の塵に変えた。まるで、創造物を消失させる時のように。
砂を含んだ風が、幾つかの光の塵を運び、〔火焔地獄〕の火壁に当たって儚く消える。
『ブラッディ君、《堕天使》は二匹いる筈です』
右耳の通信機から榎倉の冷静な声が届いた。
「分かってます」
素っ気なく答え、レゼルは〔灼光〕の長さを十五メートル程に変えた。
蟷螂型《堕天使》は間違いなく上位個体。だが、最初から姿を現していない下位個体の方が、厄介な能力を持っていたらしい。
夜空を見据える。
光を身体に――エナジー脈に取り込み、全身に融合体を行き渡らせる。
ザッ!
大きく踏み込んだ左足が、砂と擦り合って音を立てる。
右腕を振りかぶり、握っていた紅い巨剣を投擲した。
夜空をバックに一直線に飛んでいった剣は、ステルス性能を持っていたらしい下位個体の《堕天使》を、易々と貫いた。
『お疲れ様だね? ブラッディ君?』
相変わらず疑問符をくっ付けた口調で、ルチアが労いの言葉を掛けてきた。
巨剣に貫かれた、蟷螂型と比べれば明らかに小さい蜂に似た《堕天使》は、儚く散っていく。
〔灼光〕も消え、レゼルは〔火焔地獄〕に融合体を供給するのを止めた。
『ブラッディ君、早くそこから離れて下さいね。〔火焔地獄〕が消えてしまって姿を見られる前に』
創造物は融合体の供給を止めても少しの間は消えない。
消失、というのは、創造術師が創造物の元となる融合体の二つの成分――星の光とエナジーを引き剥がす事で意識的・瞬間的に消す行為を言う。
因みに、何故榎倉がレゼルが〔火焔地獄〕を使っている事を知っていたのかと言うと、超能力――などではなく、通信機が小型のカメラを搭載しているからだ。
「分かってますよ、榎倉さん。それに、セレンが待ってますから」
そう答えて小型カメラ付き通信機を消失させ、レゼルは強化した身体能力を使って戦場からの離脱を開始した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『――それに、セレンが待ってますから』
創造した通信機から聞こえてきた少年の言葉に、ルチアーヌ・セヴェリウムは唇を尖らせた。
何か、何でも良いから話をしようと思ったのに、通信機からはブツッという無骨な音。
「あっ……」
思わず漏れる声。
『ルチアーヌさん? どうしました?』
「何でもない!」
何時もの口調を止めて榎倉に怒鳴り、ルチアは通信機を消失させた。
「昨日――いや、今日だけど――は、《融合結晶》の事とかレー君の任務とかがあってあまり楽しく話せなかったし……」
はぁ、と溜め息を吐く。
「鈍感にも程があるよ、この鈍感男……」
リレイズの街の一画にある宿屋の一室で、恋する女性の沈鬱な声が響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……どういう事だ」
創造術で視力・聴力を強化したルイサは、数分前と同じ言葉を、今度は唖然としたように漏らした。
彼女の隣にいるミーナやマズルカも、目の前――視力強化で「目の前」のように感じている――の光景を、信じられないという顔で見詰めていた。
驚愕する三人の創造術師の顔は、仄かに赤く染まっている。しかし、それは恥ずかしいからとか、そんな理由ではない。夕日、というものも、世界にはもう存在しない。
彼女らの顔は、リレイズの街・北側戦闘区域の《堕天使》迎撃区域――つまり戦場に、火柱が噴き上がっている事に因るものだ。
いや、それは火柱というより、炎の柵。円状に広がった炎が、その中の戦いを三人に見せるのを拒んでいた。
「凄い……広域創造をしながら、《堕天使》と戦えるなんて。それも一人で……」
「一人で戦えるかは、まだ分からないけどね」
金茶色の髪を揺らして呟くマズルカの言葉を、ミーナがやんわりと訂正する。
「ルーちゃん、あの炎の中に監視カメラ的な物、創造出来る?」
ミーナは既に驚きから立ち直っていた。さすがはリレイズの街領主にして学院長、という所だろう。
「……いや、無理だな。距離は問題ないが、炎の熱にやられて機械類は使い物にならないだろう」
少しの間があった後、ルイサはかぶりを振った。
「そっか。ルーちゃんが無理なら私達も無理だね」
「そうですね。しかし、エネディス様の創造物の強度を超える熱量ですと、あの炎の中では人間は即死の筈ですが……」
ミーナが同意を求め、求められたマズルカが頷き、新たな疑問を提示する。
「……どうやって熱から身体を守っている? 身体の周りに水のヴェールでも創造しているのか?」
「それは駄目、水なんて創造したら熱で沸騰して火傷だよ。あの中、百度は軽く超えているだろうし」
ルイサの発言をあっさりと否定し、ミーナは視力を更に上げた。聴力は切り捨て、眼だけに意識を集中する。
そうして見えるのは、やはり炎の壁だけだった。
「……はぁ。今回は、NLFのエースの正体を確かめるのは、諦めるしかないみたいだね」
「そうですね……姫様には申し訳ありませんが……」
マズルカが悔しそうな、落胆したような表情を見せる。
それから三人は、再び炎の壁の方に目を向けた。
「やっぱり、NLFのエースは格が違うって事なのかな。《暦星座》に劣らないどころか、もしかしたら《暦星座》よりも……」
ポツリ、と呟いた「天才」にマズルカがぶんぶんと首を振る。
「それはありません。創造術師の世界の頂点は、変わる事なく貴女達《暦星座》なのですから」
彼女――マズルカの仕えるディブレイク王国の王女も《暦星座》の一人である。ミーナの言葉は、王女を尊敬するマズルカにとって到底受け入れ難いものだった。
そして彼女の主張にルイサが大きく頷く。
「NLFは《堕天使》と戦い続ける組織だ。仮にNLFのエースが《暦星座》より強くても、それは経験の差で《堕天使》相手の時だけだろう――もしくは、エースも《暦星座》である場合だ」
「確か……『緑』はNLFだと記憶していますが。……まさか、彼女が?」
ハッ、としたようにマズルカが長身のルイサを見上げる。
「いや、それは無いな。彼女――ルチアーヌ・セヴェリウムは、炎の広域創造なんて出来ないし、彼女がNLFエースだとしたら正体を隠す必要など無い」
ルイサが水色の眼鏡の位置を指で直しながら言う。
結局、NLFエースの正体は分からないという事だった。
「……とにかく、NLFエースの創造術は謎だらけだね。どうやったら一人で《堕天使》と戦うなんて事が……」
と、そこでミーナの言葉が途切れた。
不思議に思って、ルイサとマズルカが彼女を見、彼女の視線を辿る。
そこには、段々光の粒子となって消えていっている炎の壁があった。火力もかなり弱まってきている。
「……もう、正体を隠す必要が無い、という事? まさか……《堕天使》が現れたのは20時47分、まだ五分も経ってないのよ」
元の口調に戻ったミーナの声は震えていた。
例え創造術師が百人いてもその中に《暦星座》がいても、五分で《堕天使》を倒すなんて無理だ。絶対に。
しかも、今回は上位個体+下位個体。一人で、しかも五分――いや、ミーナ達の目に触れない為に戦場から離れる時間を考えれば、それ以下の時間で《堕天使》を殲滅した事になる。
「人間じゃ、無いわ……」
神の贈り物たる創造術を使える創造術師は人間なのか。ミーナは偶にその事に疑問を持つ。しかし、創造術師も人間だと思ってきた。創造術は神から人間が受け取った技術。そう、認識していたから。
しかし――
NLFのエースとは、本当に人間なのか?
もしかしたら。
もしかしたら、NLFのエースは――
ミーナは頭を振って、馬鹿馬鹿しい考えを意識から追い出した。
ふんわりとした金髪が揺れたのを見て疑問に思ったのだろう、ルイサが消えていく炎の壁を見ながら訊いてきた。
「ミーナ? どうかしたのか?」
「……いえ、何でもないわ」
世界の脅威、《堕天使》と一人で戦う。
それくらいなら、かなりの無茶だが、全力の全力になれば《暦星座》だって出来るかもしれない。
実際、レゼル・ソレイユの姉――《白銀の創造術師》レミル・ソレイユは、単独で《堕天使》を倒した記録を持っている。
だが、最強と言われた彼女にしたって、とても五分では倒せない。
「……考えるのは、止めましょう」
ミーナのその言葉は、ルイサやマズルカに、というより、自分に言い聞かせるものだった。
「……そうだな」
「……そうですね」
しかし、それが分かっていても、二人は炎の消えた戦場を見ながら、そう返した。
荒廃した大地の上には、何も無かった。
人影も、《堕天使》も、無い。
ただ、地面が抉れた、戦闘の痕だけが残っていた。
本当に倒したのだ、NLFのエースは。世界の脅威を。一人で。
まさに炎の地獄とも思える光景が溶けるように消え、彼女達は一様にある感情を抱いていた。
――「畏れ」だ。
他の創造術師から、自分も畏れられる事がある彼女達だが、そんな事は棚の上に上げていた。
彼女達は、司令室や創造術師の控え室のある作戦本部から抜け出した直後、体長五十メートルはあろうかという、間違いなく上位個体だろう《堕天使》の姿を見ている。
その下にいる筈の人間を求め、彼女達は戦場に入り込んだ。しかし、視力を強化してやっとその人間が見える、という場所にまで来た時には、既に戦場は炎の地獄と化していた。
馬鹿でかい《堕天使》をすっぽりと覆い、姿を隠してしまう程の広域創造。
「……収穫は無し、か。こんな事なら学院でセレンと遊んでいたかったな」
「黙れ同性愛者」
ミーナが少し(?)苛ついた声でルイサの言葉を一蹴する。
「……帰りましょうか。私達がNLFの意向を無視して戦場に入り込んだ事が知られないようにしなければなりません」
マズルカの沈んだ声に、ミーナもルイサものろのろと頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女達は、気付いていなかった。
自分達の行動がNLFにとっくに知られている事を。
知られていたから、〔火焔地獄〕は創造されたのだという事を。
そして、何より。
NLFのエース、コードネーム「ブラッディ」は、ルチアや榎倉との会話プラス戦場からの離脱時間の事もあって――
――《堕天使》との戦闘時間は、一分にも満たなかったという事を。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時間が少しだけ巻き戻る。
空調の効いた暖かい女子寮の自室で、一人の少女が窓の外を眺めていた。
外は暗い。だが、それは何時になっても変わらない事だ。今は時間的に「夜」だが、時計の針が「朝」と言われる時間を指しても、外は暗く、夜空で星と月は輝き続ける。
しかし、今のその暗さは何時もと違っていた。
窓の外。
遠く離れた、リレイズの街・北側戦闘区域の《堕天使》迎撃区域が見える。
創造術師達が《堕天使》と戦う為の広大な荒れ地。――戦場が、見える。
創造学院の寮から少女が見詰めるその場所で、真っ赤な炎が燃え上がっていた。
その高さは六階建ての学院の本校舎よりあるだろう。まるで壁のように炎は戦場の空間を引き裂き、リレイズの街を淡く照らしていた。
「あれは……」
窓の鍵に震える手を掛けながら、少女は掠れた声で呟いた。
北側戦闘区域で現在戦っていて、あんな凄い広域創造が出来る人物。
深く考えなくても、それは一人しかいなかった。
「……ブラッディ様」
それは、憧れている創造術師の名前――いや、コードネーム。
本当の名前も、素顔も、何もしらないけれど、少女にとってNLFのエースは尊敬する人で憧れだった。
そんな人がこのリレイズの街に来ている。本当は、外出規制など無視して学院を飛び出し、戦闘区域にこっそり入り込みたかった。そんな事が自分に出来るとは残念ながら思わないけれど、もしかしたら、という事もある。試すだけ、試してみたかった。しかし、外出が規制――いや禁止されれば何も出来ない。
窓からこうして憧れの人の創造術が見れただけで運が良いと思うべきだった。実際、他の生徒達はそう思っているだろう。
しかし、少女は、気付いてしまった。
少し、彼女の話をしよう。
彼女は昔から誰とでも仲良くなれる少女だった。しっかりした性格で誰とも分け隔て無く接していた事もあるかもしれないが、彼女が気遣いの上手い少女だという要因もあっただろう。
基本的に、優しかったのだ、彼女は。誰にでも受け入れられる優しさを持っていた。
それは自分の良い所だと少女も自負していた。しかし、彼女は周りの人を気遣い過ぎてしまう事で自分が疲れてしまう事が間々(まま)あった。それは、マイナスに感じていた。
少女の気遣いはお節介とかありがた迷惑まではいかなくて、周りから見れば十分「優しい」の範囲だったが、気遣いの上手い彼女は、人の顔色を窺ってしまう事が多かった。
だから彼女は、観察眼がある――というのだろうか、雰囲気というものに鋭かった。
それは、彼女の創造術の分野にも影響を与えた。
北側戦闘区域の戦場に広がる炎の壁。
圧倒的で美しく、何より目が吸い込まれるような迫力のある「創造物」。
似ている。いや、似ているどころか、一致する。
彼の「創造物」と、戦場の「創造物」の、雰囲気が。
「まさか……NLFのエース、ブラッディ様は……」
どうしようどうしようどうしよう。
辿り着いてしまったかもしれない。確証なんて何一つ無いけれど。
――「彼」の、正体に。
彼女、ではなく、彼。
そういえば「彼」は、今日の夕食の時間、寮食堂に来なかった。クラスメイトの男の子は、「腹壊したらしい」なんて言っていたけれど。
どうしよう。
「もし、私の推測が合っていたとしたら……私は、彼女の応援、出来なくなるかもしれない」
ゆっくりと窓の鍵を外す。
開いた窓から、冬の冷たい空気が雪崩れ込んできた。
[第一章 創造祭編・第一部「編入生」 終結]
第一章の第一部、終了しました。
次回からは第二部「猶予期間」が創始します。
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