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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
12/61

第9話 夜空の要塞

 第4話にある男子寮のレゼルの自室描写を改稿しました。シャワールームがある、というところを風呂場がある、にしました。

 それ以外も大幅に(というか1~8話全部)編集しましたが、4話ほどの編集は行っていません。

 誠に勝手で申し訳ございません。尚、この改稿に因るストーリーの変更などは全くありません。読み直す必要も無い……です。多分。(←す、すみませんっ)


 想像と、創造は、表裏一体である。

 想像(イメージ)したものを、創造(クリエーション)する。

 想像する。

 彼女が笑顔になれる未来を。

 創造する。

 ただ、彼女の為だけに。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 リレイズの街・北側戦闘区域、司令室。

 半円形のその部屋では、十数人のオペレーターがタッチボード上で忙しなく手を動かしていた。

 半円の弧の部分にある大型モニターに視線を送りながら、先程からオペレーター達は戸惑っていた。

 理由は、唯一つ。

 モニターが、何をしても起動しないのだ。

 モニター自体が故障しているのではない事は確認済みだった。となれば、原因は何処からかの妨害である。

 しかしオペレーター達は、どうして妨害などが行われるのか分からなかった。考えてみれば、当たり前だ。妨害をしたって、ディブレイク王国には何一つメリットなど無いのだから。

 他の国からの妨害なら理解出来るが、この妨害電波(ジャミング)は国内からのものだ。戦闘区域司令室のモニターにハッキングするなど、国内の上層部でしか出来ないという認識は、油断や余裕ではなく事実だからだ。

「これはどういう事だ!」

 苛ついた男性司令官の怒号が飛ぶ。

 しかし、八つ当たりしたいのはオペレーター達も同じで、司令室の雰囲気は悪くなるばかりだ。

 その重い空気が最高潮に達しようとした、正にその時だった。

 何をしてもピクリとも反応を示さなかったモニターが、起動したのだ。

 一瞬、オペレーター達や司令官の表情に希望が戻る――が、それは本当に一瞬だった。すぐに彼らは、訝し気な顔をする。

 モニターに映っていたのは、若い男だった。綺麗な黒髪、茶色の瞳。人の良さそうな、優しそうな顔をした東洋人の青年だ。

『初めまして――ではない人もいるかと思いますが、この場ではそう言っておきますね』

 モニターの中の人物が、見た目に違わぬ丁寧な口調でそう挨拶した。

『僕はNLFの創造術師(クリエイター)で、榎倉(えのくら)と言います。申し訳ありませんが、今回の《堕天使》討伐作戦に於いて、作戦指揮はNLFの方で行わせて頂きます。その為、モニターを起動不能にさせて頂きました。ご了承下さい』

 モニターの向こう側で深く頭を下げられ、司令室を沈黙が包んだ。

 NLFの名を聞いた時、司令官は勿論、オペレーター達も怯んだ表情をしたのは仕方の無い事だろう。

 NLF――世界を回り、《堕天使》を殲滅し続ける最強の創造術師達の組織。

 どの国家にも属さず、あの創造術師協会とも協力関係という対等な立場を維持する、自治組織。

 戦闘区域は、創造術師以外は立ち入り禁止の区域。当然オペレーター達も、司令官も、創造術師である。NLFの名前がどれだけ創造術(クリエイト)の世界に影響があるか、彼らが知らない訳はなかった。

 創造術師なら、誰でも知っている。

 NLF。

 Night Langit Fortress.

 夜空の要塞。

 その、名前の意味を。

 オペレーター達や司令官は、妨害電波を掛けてきているのは国の上層部だと思っていた。

 しかし、実際は、違った。

 国の上層部も逆らえない、創造術師協会でさえ大きな態度は取れない相手――NLFだった。

 NLFは、《堕天使》を殲滅する為だけに存在する組織。国と国の間、街と街の間の(さかい)を《堕天使》から守る者達の、戦闘部隊。

 NLFという組織が存在しなければ、世界は《堕天使》によって壊滅していたとまで言われているのだ。例えNLFが様々な国家や団体の支援を受けているといっても、それに(かこつ)けて逆らう、なんて事をするには、NLFに恩がありすぎる。それは、何処の国家も組織も団体も同じ。

 恩がある、という事だけではなく、NLFの背後には沢山の勢力が控えている。外見では中立を保ちながら――いや、実際保っているのだが――NLFに支援をする国家や団体が、NLFの背後にいるのだ。だから、NLFには逆らえない。これは何を示すか。

 答えは明白。

 NLFに敵対した国はNLFという守護神に見棄てられ、他の国家や団体とも敵対してしまう。

 つまりは、そういう事。

 NLFには逆らえない。

 それは正規創造術師(プロ)達の常識であり、掟であり、暗黙の了解だった。

 戦闘区域司令室のモニターにあっさりハッキング出来たのも、それをしたのがNLFというならば、納得出来る。出来過ぎて、しまう。

 だが、どうして今回の《堕天使》との戦争に、NLFが関わってくるのか。

 その理由くらいは訊ねなければ、司令官もオペレーター達も納得は出来なかった。

 NLFは戦闘区域など関係なく、《堕天使》の現れたその場所で戦争を始める。その殆どが、国や街の境である荒廃した土地や人間の影などある筈もない密林などの――上空、だ。

 NLFは《堕天使》を地に着かせない。

 空で、戦う。

 だから、NLFは、(まさ)しく――


 夜空の要塞。


 そういう名前のあるNLFだからこそ、何故地上の戦いに介入してくるのか、分からなかった。

 司令官が僅かに震える声で、NLFの創造術師だと言う、榎倉と名乗った青年にそれを問うた。

『貴方方は、今回の討伐作戦――いえ、殲滅作戦にNLFの創造術師が出る事を知っていますね?』

 モニターから帰ってきたのは、質問だった。しかし、司令官はそれに不満を覚えられる筈もなく、頷いた。

「はっ、勿論です。ブラッディ殿が参加されるとの朗報を(うけたまわ)っております」

『参加される、ですか? おや……何処かで食い違いでもあったのでしょうか?』

「……と、言うと?」

『いえ、今回は創造術師協会の方からの頼みでブラッディ君をそちらに行かせるのですが……』

 創造術師協会の頼み。

 その言葉に司令室がざわついたが、それはすぐに収まった。――榎倉の、驚愕すべき一言の影響で。

『しかし頼みを受けるに当たり、ブラッディ君を単独で戦場に出す、という条件をNLFは提示したのですが』

「……単独、ですか? ブラッディ殿は《堕天使》と一人で戦われると?」

 信じられない、という響きを含んだ司令官の声に、あっさりと榎倉は頷いた。

『ええ。ですから、作戦指揮はNLFの一存という事で宜しくお願い致します』

「で、ですが、今回はプロが六十人は動員されてもおかしくない戦争です! いくらNLFの創造術師と言っても、《結界》を張る結界師の防衛班もいなければサポートをする後衛班もいないなんて! とても一人では……」

 声を上げたのは司令官ではなかった。ここにいるオペレーター達の中で一番創造術師としての実力がある男だ。(司令官は含まない。)

『何を言っているのですか、貴方は?』

 しかし、返ってきたのは冷めた青年の声と表情だった。

『そこは戦闘区域でしょう? 我々NLFの戦場である空に比べれば、そこは大して強い《堕天使》は堕ちて来ない筈です。今回は上位個体が堕ちるそうですが、それにしたってたかが一体。ブラッディ君なら一瞬ですよ』

 何て事も無さそうに言う榎倉に、司令室にいる人間は何も言えない。

『――では、僕はこれで失礼させて頂きます。今回はNLFにお任せあれ』

 榎倉が一礼する。

 プツン、と微かな音を立てて電源を落としたモニターは、やっぱり何をしても起動しなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 広大な荒れ地に、一人の少年が立っていた。

 細身で中背。漆黒の戦闘服に身を包み、耳には大型の通信機(インカム)。これは少年が創造術で創造したものだ。よく見ると、少しだけ発光していた。ただそれは、黒い光だ。

 吹き(すさ)ぶ砂の混じった風が少年の灰色の髪を(なび)かせる。

 少年――レゼル・ソレイユは、リレイズの街・北側戦闘区域の《堕天使》迎撃区域――戦場で星の瞬く夜空を仰いでいた。

 五分前とは違い、しっかりと、この場所には星光が降り注いでいた。空も何処か、透き通って見える。

「……《誘導結界》が解除されたか」

 そんな空の様子を見て、レゼルはポツリと呟いた。

 頭上に広がる夜空よりも深く綺麗な漆黒の瞳は、空から視線をずらした。

 右耳の通信機(インカム)から若い男の声が聞こえたからだ。

『ブラッディ君、準備は出来ましたか?』

「はい、俺は何時でも行けます。――榎倉さんは作戦指揮権を奪えたんですね?」

 戦闘区域から《誘導結界》が消えたという事はつまり、NLFが今回の戦争の作戦指揮権を手に入れたという事だ。

『またまた、奪うなんて物騒な。貰ったんですよ、正当な手段で』

 と、榎倉は言うが、その正当な手段とはつまり(おど)しである。

 それはレゼルも分かっていたし、だから奪えたか、なんて言い方をしたのだ。ただ、それくらいの事は何でもないので、彼は深く突っ込まない事にした。

『ちょっと食い違いがあったみたいで、司令部の皆さんはブラッディ君が一人で戦う事を知らなかったですけどね。誰かが情報伝達を妨害した可能性があります』

「え? 大丈夫なんですか? 顔を見られるなら俺、今回の任務、放棄しますよ」

『あぁ、大丈夫ですよ。ちゃんと伝えましたから。貴方方の戦力は金輪際(こんりんざい)要らないですって。だから他の創造術師は戦場には出て来ません――いえ、出て来れませんよ』

「……うわぁ、ストレートに言いますね」

『だって本当の事でしょう?』

「……俺はそこまで自分を評価してはいませんが、確かに助けは要りません」

 そう言って、レゼルは再び夜空を見上げた。

「……来ました」

 彼が呟いた直後、それは起こった。

 星の浮かぶ空に、波紋が広がった。

 湖に大きな石を投げ入れた時のように、それは何処までも続く夜空を歪ませていく。

 その、中心。

 世界が震え、怯え、恐怖した、その瞬間。

 ゆっくりと、「それ」は姿を現す。

 ――空から、天から、遥か彼方から。

 世界の脅威は、堕ちてくる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「どういう事だ!」

 戦闘区域、創造術師達の控え室。

 そこにはこれから《堕天使》との戦争に臨む筈だった創造術師達が集まっていた。

 総勢四十人程の創造術師の中に、《暦星座(トュウェルブ)》が二人いた。

 天才、ミーナ・リレイズと、死神、ルイサ・エネディスである。

 学院からここに駆け付けた二人は、NLFのエース「ブラッディ」が戦争に参加する事を知っていながら、いや、知ったからこそ、普段は戦闘区域で《堕天使》と戦う事が本業である正規創造術師(プロ)達に任せる戦争に出てきたのである。

 正体不明のNLFのエースとやらの顔を見てやろう、と。

 勿論、今回堕ちてきたのが上位個体だと言う事もあるが。

 NLFのエース、そして《暦星座》が二人もいるとなれば、彼らを抜いて他の創造術師など四十人程度で十分だ。この中から援護(サポート)に当たる後衛班や《堕天使》を弱体化させる《結界》を張る防衛班に行く創造術師もいるから、戦いメインの前衛班はミーナやルイサ、NLFのエースも含め十人にも及ばない。四十人の中の半数は結界師だからだ。

 だが、これで《堕天使》は倒せただろう。あっさりと。

 なのに。それなのに。

 どうして、何故、NLFのエース以外には出動の禁止が命じられるのか?

 もう、《堕天使》が現れる時刻が目前に迫っているのに。

 何故、戦場に出る事が出来ないのか?

 何故、NLFのエースだけが単独で戦う、という情報が伝えられるのか?

 どういう事だ、そう言葉を漏らしたルイサは困惑していた。

「ルーちゃん、ちょっと落ち着いて。冷静に状況を整理しよう」

 そんな彼女に、白い戦闘服を着たミーナがそう声を掛けた。

「……あぁ、すまない、ミーナ。そうだな、落ち着かなければ」

 こんな時でもバレバレの猫被りを続ける学院の長に、ルイサは素直に頭を下げた。

 ルイサとミーナは同じ《暦星座》という事もあって仲が良い。親友、と言っても(はばか)られない間柄だった。

「まず、NLFのエースが今回の戦争に介入して来たのは、創造術師協会からの要請だったね。創造祭を中止したくないって理由で」

「ああ。創造術師不足の問題は深刻だ。創造術師の才能がある者が創造祭で創造術に興味を持ってくれるかもしれない。中止したくないのは同意だから、NLFのエースが来てくれるなら文句などあろう筈もない」

「私達の実力が協会に信頼されてないのは気に障るけど、私達は本職教師だからね。《堕天使》も堕ちて来たのは一年振りで、私はもうここ二年は戦場に出てないし。協会は確実性が欲しかったみたいだから、私達じゃなくてNLFに要請が行くのは納得出来るね」

「そうだな。……だが、戦うのはNLFのエース一人。エースに自殺願望があるとしか、思えない」

 苦虫を噛み潰したような顔でルイサが言う。

 ミーナはそれに頷いた。《堕天使》と一人で戦うなど、無茶だ。一体NLFは何を考えている――いや、何を考えているかは分かる。

 正体不明の、NLFのエース。

 彼(もしくは彼女)の正体を公開したくないのだろう。どんな理由があるのかは分からないが。

 しかし、いくらNLFと言えど《暦星座》を二人も捩じ伏せてまで頑なに隠すエースの正体とは、一体?

 エースの正体を掴めば、NLFという守護神を完全な味方に付ける事も可能かもしれない。

 だから、ミーナやルイサは戦場に出てきたというのに。

 戦場に出る事を禁止されてしまえば、NLFの正体を掴めない。

「……司令室」

 紫色の戦闘服に身を包んだルイサがポツリと呟いた。

「……は、駄目か。司令室には《堕天使》との戦いを援助・記録するモニターがあるが、そこはもう機能不能になっているだろうな」

「そうだね。NLFによって北側戦闘区域の監視システムは全て麻痺したと考えて良いよ」

「しかし、NLFのエースが一人で戦う、という情報が来るのが遅かったよな……」

「それは、私が情報伝達をちょっとだけ妨害したからです」

 音も無く開いた控え室の入り口からそう言って入って来たのは、メイド服を着た背の高い女性だった。

 金茶色の髪に瞳。お母さんとかお姉さんが持つような暖かい雰囲気を纏う彼女は、美人と形容しても良い容姿をしている。戦場の一歩手前である控え室に、少しほんわかとした空気が漂った。

 ミーナやルイサも目を見張るような美人だが、それは人を安心させるような(たぐい)の美しさではない。

「マズルカさん? 何故貴女が戦闘区域に?」

 そう首を傾げるミーナだが、彼女――マズルカがここにいる事に驚いたような様子は全く無かった。恐らくミーナは、マズルカがここにいる理由をある程度予想しているのだろう。

 ルイサに至っても、よく考えてみれば彼女がここにいてもおかしくはない、という結論に到っていた。

 マズルカは苦笑気味にクスリと笑って、

「姫様に頼まれてしまったのですよ。NLFエースの顔を見てこい、と」

「……やはり、そうか。生徒は全員、学院寮に閉じ込めたからな」

「《暦星座》であるミーファと歌姫ちゃんは連れてきても良かったんだけど、それじゃ他の生徒が不安を覚えるかもしれなかったんだよね。マズルカさん、歌姫ちゃんにはそう伝えてくれるかな」

 ルイサとミーナが口々に言う。

 ディブレイク王国のあの聡明な王女様なら、今回の事態に黙って学院寮に引き籠っている筈はない。自分が動けないなら自分の腹心のメイドを動かす、という訳だ。確かに、外出規制は生徒だけに命じたものだった。

「大丈夫ですよ。姫様はミーナ様の外出規制の(めい)に納得していらっしゃいましたから」

 ニコッ、と優しく笑ってから、マズルカは真面目な顔になった。

「話が元に戻りますが、NLFが創造術師協会の要請を受けた時、NLFは単独での戦闘を提示していました。しかし、その事の創造術師協会からの伝達を私が妨害しました。姫様の命令であるNLFエースの顔を見る為です」

「王族権限を使ったな?」

「正解です、エネディス様。姫様の、ですけど。NLFに睨まれるのは好ましくありませんが、NLFエースの正体を知ってしまえばこちらのもの。守護神(NLF)はディブレイク王国の味方に付かざるを得ません」

 肩までの髪を揺らして先程と変わらない笑顔で笑う彼女は、何処か妖しく見えた。

 流石は王族御用達のメイドさんと言う事だろうか。

「しかし、先程NLFに司令室のモニターをハッキングされてしまい、結局、NLFのエースが一人で戦う事になってしまいました」

 声を潜めたマズルカの言葉にミーナとルイサがぎょっとする。

「……それは、伝達妨害をした事がNLFにバレたという事?」

 メイド服を着た「創造術師」に、ミーナは声を小さくして訊ねた。

「そうですね。でも、ハッキングした榎倉という方は、あまり気にしていないようでしたし、何処の誰が妨害したかなんて確証は取れないでしょうから大丈夫だと思いますよ」

 その回答に、ルイサは安堵したような息を小さく()いた。

 マズルカの表情は真顔だったが、そこにも少しだけ焦ったような色が浮かんでいた。

 NLFを敵に回せば、ディブレイク王国は終わりだ。

 だが、敵に回してしまう前にNLFエースの正体を(あば)ければ、どうだろうか。

 これ程、頑なになって隠す人物を知られたら、NLFはディブレイク王国を見棄てられなくなる。

 今は、チャンスだった。

 NLFのエースと共に戦場に出る事を禁止され、監視システムをダウンさせられ、司令室のモニターで《堕天使》とNLFエースの戦闘データが取れなくされても、諦める訳には行かなかった。

 だから――

 この時、三人の創造術師――ミーナ、ルイサ、マズルカのこれからの行動予定は決まっていた。


 だから――

 こっそり戦場に忍び込んで、NLFのエースとやらの顔を見てやろうではないか。

 その戦いを、しっかりと眼に刻んでやろうではないか。


 三人の女性は気配を消すと、そっと(こっそりと、とも言う)控え室を後にした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 空から、異形の怪物が堕ちてくる。

 レゼルはそれを見上げながら、意識の集中を始めた。

 その集中は一秒もしない内に形になり、彼に力を与える。

 ――創造術、という形で。

 灰色の髪が煌めく銀色に変わる。

 夜空よりも深かった漆黒の瞳が、雲が晴れるように蒼穹の青に変わる。それはもう、世界から失われてしまった色。

 彼は『能力』の創造をしながら、無表情にその場に佇む。

 それは、真上にいる怪物になど何一つ恐怖を感じていない態度だった。

 砂嵐が巻き起こり、レゼルの姿を覆い隠す。

 その代わり、のようなタイミングで。

 やっと、《堕天使》が姿を現した。

 全長は五十メートル程だろうか。流石(?)、上位個体だ。街の戦闘区域に現れるにしては大きい。

 その姿は、あれに似ている、とレゼルは思った。

 古代――世界に朝があった頃に棲息していたという昆虫。

 ――「蟷螂(かまきり)」。

 だが、背中の羽は左右三つずつで六枚。その羽は目一杯広がり、ぶぶぶぶぶと耳障りな音を戦場に響かせている。障害物の無い荒野に、羽音は己の存在を誇示するように空気を震わせる。

 大きな一つ眼には光が無く、しかし生々しい艶を持つ眼球がぎょろりと動いてレゼルを捉えた。

 硬そうな体表は、人間の力では絶対に傷一つ付かない事を窺わせる。

 足はざっと数えて十本程。今はぷらん、と垂らしているが、その関節は力強い筈だ。それをレゼルは経験則で知っている。

 そして、前足の二本にはギラリと光沢を放つ鎌が付いていた。もしその鎌の斬撃が街に放たれたなら、人間は言うまでもなく建物ごとリレイズの街は刈り取られるだろう。

 戦場に蟷螂型の《堕天使》の影が落ちる。

 レゼルは身体の中で練った融合体を脚の筋肉に吸収させ、それに耐えられるように身体全体の細胞にも融合体を送り込み、強化した。

 五月蝿い羽音を不快に思いながら、上空を飛ぶ蟷螂に跳躍して肉薄しようと脚に力を込め――

 ――止めた。

 右耳の黒い大型通信機(インカム)から、微かなノイズが聞こえたからだった。

 NLFの創造術師である榎倉とは未だに通信が繋がっている。まだ何か伝える事があったのだろうか、と思ったのだが、通信機(インカム)の向こうから響いてきたのは女性の声だった。

『はぁい、レ……っと、間違えたぁ? はぁい、ブラッディ君?』

「ルチアさん?」

 相手は中途半端ロリのルチアーヌ・セヴェリウムだった。

『むっ、今、失礼な事を考えたでしょ?』

「いえ、特にそんな事はありませんが」

『いえ、特にそんな事はありませんが』

 レゼルと榎倉の声が被った。

『……』

「……」

『……』

 それぞれの通信機(インカム)を通して、三人は沈黙する。

 この間、レゼルは《堕天使》を完全無視していた。キィヤァァアアァ、と赤子の泣き声のような咆哮を上げての威嚇動作も、まるで視界に、耳に入っていないかの如く、無視。

「……えっと、それでルチアさん、何ですか?」

『そうですよ、急に通信割り込みしてきて。貴女はこの街であまり派手に動けない筈では?』

『……これだから男はッ……!』

 疑問符の付く口調が消えた声は怒りに震えていた。

 レゼルは「男に手酷く振られた経験でもあるのだろうか」と、かなり失礼な事を考える。

『ま、まぁ……あたしは優しいからね? こんな見た目でも貴方達より断然大人だから、許してあげようじゃないの?』

 自分が外見子供(ロリ)だって事、自覚していたのか。

 思わず口に出しそうになった台詞をレゼルは何とか(のど)で食い止める。

『ところで本題だよ? あのね、諦めが悪いというか何と言うか……創造術師三人がブラッディ君の顔を見たくて戦場に忍び込むっぽい? 全く()しからんね、ブラッディ君はあたしのものなのにぃ?』

「何時から俺はルチアさんのものに?」

 正直、嫌である。

『だって、レ……じゃない、ブラッディ君、赤毛ちゃんの事しか見ないんだもん? 妬いちゃうよ?』

 彼女がさっきから途中で口籠もっているのは、レー君、と呼びそうになっているからである。

 この通信を傍受なんて出来る訳が無いのだが、この三人は全員慎重派だった。ただ、仮に傍受されたとしてレゼルの名前を隠す事がどれだけ役に立つのかは怪しいものだったが。

「何でルチアさんが妬くんですか?」

『……潰れてしまえ、鈍感男』

「は? ……それは、俺にこの戦いで死ねと?」

『……』

「……」

『あの、二人とも、良いですか?』

 沈黙を破ったのは、珍しく困惑したような声を割り込ませた榎倉だった。

「あ、すみません、榎倉さん」

 そう言ってレゼルは強化した脚力を使って右に飛んだ。

 戦場を飛ぶ《堕天使》が無理矢理引き裂くように口を開けて鋭い牙を覗かせ、そこから粘着質な唾液と思われる気持ちの悪い(かたまり)を放ってきたのだ。

 びちゃびちゃっ、と音を立てて唾液の塊は地面に着地。ただその場所は、今レゼルがいる場所から遠く離れていた。

 飛行蟷螂の影から一回の跳躍で抜け出た彼は、再び通信機(インカム)に意識を戻す。

『それでルチアーヌさん、三人の創造術師とは?』

『天才と死神、後は女の創造術師が一人だよ?』

『……それはまた、面倒臭いですねぇ……』

 通信機(インカム)の向こう側で会話が交わされ、榎倉が溜め息を漏らした。

 感情的に弱くなっている所を彼はあまり見せないので、ちょっと驚く。

「……榎倉さん、疲れてますか?」

『そうですね。ルチアーヌさんや君達二人が今、飛空艇には不在だから』

 声の雰囲気から榎倉が苦笑したのが分かった。

 君達二人、とはレゼルとセレンの事だ。ちょっとだけ申し訳無くなってくる。

『それで、どうしましょう? ルチアーヌさん、追い払えますか?』

『無理に決まってるよ?』

 ルチアの答えは即答だった。

『まぁ、そうですよね』

 榎倉もそれが分かっていたようだ。

 ルチアも《暦星座》とは言え、あちらは《暦星座》が二人+α。この戦力差は幾ら何でも厳し過ぎる。

 そもそも、ルチアが三人を追い払うなんて派手な行動が出来るなら、レゼルはここにいない。戦場には彼女が出ていた筈だから。

「まぁ……大丈夫ですよ、榎倉さん。俺の方で何とかしますから」

『本当ですか? ……すみません、余計な労力を掛けさせてしまって』

「いえ。元はと言えば、俺が《(クラウド)》なのがいけないんですから」

 真摯にすまなさそうにする榎倉にちょっと軽い口調で言う。

 NLFのエース、コードネーム「血塗れ(ブラッディ)」の正体がレゼル・ソレイユだという事を隠す理由。

 それは、レゼルが《雲》だからだ。

 世界の守護神NLFに《雲》がいると知られればパニックが起こってしまう。それは、誰もが避けたい事態だ。

『……ブラッディ君、では、宜しくお願いしますね』

 少し間があって、榎倉の声がした。

『……天才と死神ともう一人は肉眼でブラッディ君の戦いを見るみたいだね? 戦場に忍び込んでくるまで、後一分て所かな?』

「ありがとうございます、ルチアさん」

 ――と、ここまで唾液塊を避けながら会話をしていたレゼルだが、通信機(インカム)に向かって「静かにして下さい」と伝えると、立ち止まった。

 通信機(インカム)からは、何も聞こえなくなる。

 部外者――戦場に忍び込んでくるという三人――の目に触れないようにするには、早い話、壁を創ってしまえば良い。

 部外者を徹底的に拒み、それでいて中の《堕天使》にも有効的な壁を。

「あれをやるか……」

 ポツリ、と呟く。

 全長五十メートルの《堕天使》を囲む壁を創造するなどという広域創造(ワイド)は疲れるのであまりやりたくはないのだが、仕方無い。

 身体の中で渦巻いていた膨大な融合体を一気に体外に放出。

 送り込むのは、荒廃した大地の下。

 地面が隆起し、地震が起きた。ゴゴゴゴッ、という重低音が蟷螂型《堕天使》の羽音を掻き消す。

 その瞬間。

 レゼルと《堕天使》を囲む柵のように、柱のように、巨大な火柱が幾つも噴き上がった。


 Night→英語で「夜」。

 Langit→フィリピン語で「空」。

 Fortress→フィリピン語で「要塞」。

 あ、要塞(fortress)は英語でも変わりませんね。

 バラバラですみません。

 空は「sky」でも良かったんですが、何と言うか、字面?

 すっ、すみません!(←今回2回目……)


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