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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第一章 創造祭編
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第8話 不安と恐怖と無感情

 今回はタイトルに反してシリアスではない話です。

 では、どうぞ!

 幸い、五人が座れるテーブルはそれ程苦労せずに見付かった。

 レゼル達が座った窓際の席の周りには、全く生徒が寄って来ない。窓際、といっても壁一面硝子になっていて、校門から本校舎の昇降口を繋ぐ(みち)――学院通り(スクールストリート)を見渡せて、何時もは人気席らしいのだが。

 それを教えてくれた晴牙は、レゼルの向かいで、意外に品のある所作で天麩羅蕎麦(てんぷらそば)を口に運んでいる。

 レゼルも自分の周りだけがぽっかりと空虚になっている事など気にせず、ほかほかと湯気を立ち上らせるクリームシチューをスプーンで掬う。

「あ、美味(うま)い」

 滑らかな口当たりと、クリームのまろやかさはかなり美味しかった。冬に食べるべし、と言った晴牙の言葉は少しも嘘ではなく、身体がぽかぽかしてくる。――まぁ、セレンの料理には負けるのだが。

「ところでレゼルさん、学院の授業はどうでしたか?」

 晴牙の隣に座るノイエラが、パスタをフォークに巻きながら訊ねてきた。

 巻き方の美しさに感心しそうになったが、左隣のミーファに「シュガーポット取って」と言われてテーブルの端にあったそれを渡しながら、ノイエラの質問に答える。

「うーん、とりあえず、数学が問題だな……」

 理科はまだ授業をしていないが、数学は二時限目にやった。正直、訳が分からなかった事しか印象に残らない授業だった。

 理系は本当に駄目なんだと、これから何度思い知らされるのだろうか。

 ノイエラはクスクスと可笑しそうに笑う。

「語学や世界史は凄かったですけど」

「エネディス先生に聞いたけど、筆記試験、理系以外は完璧なんだって?」

 晴牙が緑茶の湯呑みに手を伸ばしながら問う。

「完璧って訳じゃないが……まぁ、理系はかなり苦手だ」

「最早、出来なさ過ぎて苦手という域では無いですが」

 紅茶――ハーブティーらしい――のカップをソーサーに戻しながら、右隣のセレンが呟く。

 勿論、聞こえなかった振りをしたレゼルは、ミーファが角砂糖を紅茶に次々と落としていく光景を見ながら、砂糖の入っていないブラックコーヒーを口に含む。

 因みに、食堂の飲み物は珈琲や紅茶一つとってみても、それなりに種類がある。レゼルの珈琲はエスプレッソ、ミーファとノイエラの紅茶はピーチティーだ。味の方は、本校舎横の建物の中のカフェに劣るらしいが。

「創造術科目の方は、気味悪いぐらい天才だしさ。レゼル、どんな勉強法してんだよ」

「そりゃ、もうひたすら勉強? 特別な事は何もしてないな」

「何だよその天才気質はぁ……」

 眉を顰めて唸った晴牙に、レゼルは思わず苦笑してしまった。

「まぁ、努力はしたし、俺は皆より半年以上も学習時間があったからな。筆記試験はそれなりの点数取らなきゃ駄目だろ」

「筆記試験はそうとしても、理系以外の今の授業に楽々付いてきてるんだからレゼル君は凄いわよ。――あ、蜂蜜(はちみつ)取って」

 レゼルは「理系以外、な」と苦々しく呟きながら、ミーファからシュガーポットを受け取り、蜂蜜の入った瓶を彼女に渡す。

「でも、一番凄かったのは創造術無しの格闘訓練ですね。一瞬で教官を倒しちゃったんですもん」

 ノイエラが少し興奮した表情で言う。

「あー、あれな。レゼルお前、どうやったんだ? そんな細身の身体で」

「細身か? 俺って」

「俺からしてみれば充分な」

 体格の良い晴牙が箸で蕎麦を(つゆ)に投入しながら頷く。

「クラスの女子達、皆密かにキャアキャア言ってましたよ。もう《(クラウド)》の容姿なんて気にしていないのかもしれません」

 ノイエラの言葉に、緋色の髪の少女がサラダを頬張りながら、金髪の少女が紅茶に蜂蜜のスプーン四杯目を入れてかき混ぜながら、一斉にレゼルに視線を送った。

「……な、何だ?」

 四つの瞳に宿った眼光に少し怯む。が、少女二人のそれはすぐに消えた。

「ま、まぁ、女子達はレゼルさんに話し掛けたり出来なさそうですけど」

 慌てて付け加えられた、ノイエラの台詞によって。

 何だったんだ、と思いながら、レゼルは食事を再開した。

「創造術の実技授業は午後だったからなぁ。レゼルの創造術、色々と見せてもらいたかったんだけど……」

「中止になったな。つーか、俺は見世物か」

 晴牙に突っ込んだところで眼前に蜂蜜瓶を突き付けられた。

「レゼル君、何度もごめんね。シロップ取ってもらって良いかしら?」

「あぁ、分かった」

 ミーファの手から蜂蜜瓶を受け取り、元の場所に戻す。

 レゼルは彼女に言われた通り、シロップ瓶に指先を伸ばした。――が、そこでピタッと停止。

「ミーファ、シロップも紅茶に入れるつもりか?」

「何を言っているの、レゼル君? シロップって、飲み物に入れる物よ?」

 きょとんとした顔で首を傾げるミーファ。その際にポニーテールが揺れて可愛いのだが、それよりも言いたい事がある。

「いや、紅茶に砂糖と蜂蜜、かなり入れてたよな?」

「砂糖八個と蜂蜜スプーン五杯よ」

 正確な数量を聞いて、うっ、と眉を顰めるレゼル。それだけでも舌が痺れそうなくらいの甘さになっていると思うのだが、ミーファは更にシロップも入れるつもりらしい。

 もう、彼女のピーチティーはドロドロになって飲むのに苦労しそうな感じだ。明らかに砂糖が溶けきっていない。

「……甘くないか?」

 短く、簡潔に訊ねると、

「これにシロップを足せばちょうど良いわ」

 即答されて、真顔で頷かれてしまった。

 のろのろとシロップ瓶をミーファに手渡しながら周りを見てみれば、セレンは気にしていないらしくパスタを小さな口に運んでいる。

 晴牙やノイエラはと言えば、呆れていたり苦笑していたり。どうやら、ミーファの(レゼルから見てみれば)異常な甘党は、もうお馴染みの事となっているようだ。

 自分も気にしない事にしよう、と心に刻み込みながら、レゼルは天井近くに浮かぶ空中投影ディスプレイを眺めた。

 カラフルなフォントの言葉が流れる沢山のディスプレイの中、食堂の真ん中にある一際大きなそれに目を留める。

 そこには、可愛らしい水色の文字で、

『本日のサラダは学院の地下栽培室(ジオプラント)で育ったものです! 園芸部が心を込めて……』

 学院に地下栽培室があったのか、とレゼルは思いながらシチューを食べる。

 サラダなら、テーブルの上に三つある。ちょっと、味が気になる。

「……セレン」

「はい? 何ですか?」

 好奇心という(ささ)やかな欲に負けたレゼルが声を掛けると、セレンはフォークを握る手を止めた。

「サラダ、少しだけ食わし――」

「レゼル君、私のサラダ食べて良いわよ」

 ――て欲しいんだけど良いか、と言う前に、ミーファの声が被った。

 左を向くと、蜂蜜瓶ではなくフォークが突き付けられていた。その先には瑞々(みずみず)しい野菜が。

「……何だ?」

「た、食べて良いって言ってるの。ほら、早く」

 小刻みに野菜の突き刺さったフォークを動かしながら、ミーファはそっぽを向いて早口で言う。

 表情は見えないが、耳が真っ赤になっていた。

 再び、「何だ?」と思うが、食べて良いなら遠慮無く食べるまでだ。

「ありがとな」

 礼を言ってフォークを受け取ろうとする。

「って待ちなさい!」

 フォークをミーファの手から抜き取る寸前、彼女が高速で振り返ってきた。

 その顔が赤い――が、レゼルはそんな事より、彼女の剣幕にぎょっとしてフォークから手を離した。

「な、何だよ」

「何だよじゃ無いでしょ!? 普通、こ、こういう時は、あ、あーん……じゃないの?」

 ほれ、食え! とばかり野菜付きフォークを近付けてくるミーファ。

 熱があるんじゃないかと心配するくらい顔が赤面し、翠色(みどりいろ)の瞳は少し濡れているように見える。

 恥ずかしいならやらなければ良いものを、と不思議に思いながら、レゼルは口を開けた。ここでレゼルが食べなければ収拾がつかないと思ったからだ。

「あ、あーん……」

 囁くような小さな声が聞こえた。

 野菜を口に含み、シャクシャクと咀嚼する。

「ん、美味(うま)いな」

 どうやら学院の園芸部は野菜を育てるのが上手みたいだ、と心のメモ帳に(しる)す。

 満足して、隣で手に持ったフォークを凝視するミーファは気にしない事にし、珈琲カップに手を伸ばした、その時。

「レゼル、こっちを向いて下さい」

 今度は右から、心なしか苛ついた声がした。

 セレンの言葉だ。それに拒否権は無いと考えているレゼルは、素直に振り向く。

 そして、眼前にあったのは野菜の突き刺さったフォークだった。

「……え?」

 訳が分からないのは、レゼルだけなのだろうか。

 横目で見てみれば、晴牙は面白く無さそうな目でセレンの持つフォークを見詰め、ノイエラは困惑顔でミーファとセレンを交互に見ている。

「食べて下さい」

「えっと」

「食べなさい」

「……はい」

 一ミリたりとも変わらないセレンの無表情に押されて、レゼルは彼女のサラダを俗に言う「あーん」でパクッと食べた。

「……んっ、美味いよ。ありがとな」

 それでも食べさせてくれたのは嬉しいので、レゼルは笑顔になる。

「どういたしまして」

 するとセレンの声音も柔らかくなった。さっきまで、何が不満だったんだろうか。

 そして、何だかセレンとミーファに挟まれたこの席は居心地が悪い気がする。ここだけ重力が倍になっているような感じがするのだ。

 しかも離れたテーブルから途切れず突き刺さる視線が鋭くなった。主に男子から、一部女子から。

 まぁ、何となく理由は分かる。今日見た限りでは、一年代表で美少女のミーファは生徒に人気があるっぽいし、セレンは生徒ではなくルイサの美少女補佐という特殊な立場から、生徒達に(良い意味で)注目されている。ノイエラも頭脳明晰でしっかりした性格の美少女だし、晴牙は何処にいてもムードメーカー的な存在だ。そんな四人が《(クラウド)》の容姿をして学院に入ってきた未確認生物と一緒に楽しく食事をしているのだから、睨みたい気持ちもあるだろう。

 それは分かるのだが、レゼルは自分の自虐的な思考にうんざりした。

「未確認生物って……俺はUMAか」

 しかし、他の生徒達には自分がそう見えるのだという事も理解していた。

 口の中だけで呟いた台詞は、彼の耳だけにしか届かず霧散していった。

「レゼル」

 ふいに向かいから声が掛けられた。

「はい、あーん♪」

 晴牙がこれ以上無いくらい良い笑顔で、刻み(ねぎ)を大量に掴んだ箸を差し出してきた。

 レゼルは思いっきり鬱陶しそうな目で彼を見やってから、

「キモい」

 そう言って一蹴した。

 というか、刻み葱だけって、普通に要らないんだが。

 がはぁっ、とか言って葱を(つゆ)の中に投入しながら()()った晴牙だが、すぐに復活した。

「つーかレゼル、サラダ食いたいなら注文すれば良かったのに」

 葱の浮いた汁に蕎麦(麺)と天麩羅(てんぷら)を浸しながら、そう言ってくる。

「いや、さっきディスプレイ見て、サラダの野菜が学院の地下栽培室(ジオプラント)で育ったものだっていうから、どんな味かなぁ、と」

「えっ、そうなの?」

 レゼルの言葉に反応を示したのはミーファだった。しかし、彼女の質問はノイエラに向かっていた。

 レゼルがノイエラに顔を向けると、彼女は少し吃驚した様子でパスタに伸ばした手を止めた。

「あ、そうです。レタスは私が育てたものです。今日の朝、収穫出来たんですよ」

 ミーファにそう答えてから、ノイエラはレゼルを見た。

「レゼルさん、私、園芸部なんです。さっき、サラダ美味しいって言ってくれましたよね。とても嬉しかったです」

 眼鏡の奥で細められた瞳が、優しい光を帯びていた。きっと、植物や野菜などの栽培が本当に好きなんだろう。

 因みに、地下栽培室(ジオプラント)では季節など関係なく栽培出来る。この設備は立派な科学技術なのだが、食べ物が無いと人間は生きていけないので、地下栽培室(ジオプラント)の技術だけは詳しい事が説明されていないだけで秘匿はされていない。

「レゼル、朝に食べたベーグルの具の野菜も購買に売っている園芸部のものです」

 セレンが付け足すように教えてくれる。

「へぇ。そうなのか。あれ、美味かったな」

 レゼルが言うと、ノイエラは少し気恥ずかしそうに、けれどかなり嬉しそうに微笑んだ。

「……ベーグル? この食堂にそんなメニューは無いはずだけど。購買にも売って無いわよね?」

 ミーファが、もう何か異物という表現が正しい気のする紅茶の入ったカップをソーサーに戻しながら首を捻る。

「セレンちゃんの手作りだよ」

 晴牙の言葉に彼女は、

「……セレンって、料理出来たの?」

 何時からセレンを呼び捨てで呼ぶようになったのだろうか、と考えるレゼルの両脇で、朝のセレンと晴牙の間で交わされたような会話が再現された。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 五人共に食べ終わり、空の皿とそれを乗せたトレーを持って立ち上がったレゼルの耳に、

「……ねぇ、大丈夫かな、《堕天使(だてんし)》。かなりの上位個体なんでしょ?」

 そんな、不安そうな声が聞こえてきた。

 それはあっという間に食堂全体に伝わり、生徒達の不安や怯えを煽る結果となってしまう。

「リレイズの街、壊滅したりしないよね?」

「……こんなとこで死ぬ訳ないよな……」

「学院長やエネディス先生も北側戦闘区域に向かったって」

「……ヤバイんじゃないの?」

「一度も《堕天使》と戦った事のない俺達が、今日急に戦う事になったら……」

「戦えるのかな、僕達」

《堕天使》が堕ちてくるという報告は一般人には伝わるものの、それに関する詳しい事は、創造術師(クリエイター)でなければ教えられない。

 そしてその創造術師の中には、学生創造術師(アマチュア)も含まれる為、学院には正確な情報が伝わる。それは生徒達の将来を考えると大切で重要な事だが、逆に不安を(もたら)す事にもなるのだ。

 特に、《堕天使》は上位個体だとか、《暦星座(トュウェルブ)》である学院長やルイサが学院には不在だという情報は。

「……なぁ、ハルキ」

「何だ?」

 生徒達の不安そうな声を聞きながら皿&トレー返却カウンターに向かう途中、レゼルは晴牙に声を掛けた。

「今、不安か?」

「……そりゃまた、ストレートな質問だな。まぁ、正直不安だ。《堕天使》なんて街には滅多に堕ちて来ないし」

「……やっぱ、そうだよな」

「……まぁ、俺はそれなりに創造術が出来ると自負してるから、他の一年程じゃないけどな。《暦星座》だってリレイズには四人もいるし」

 四人――そう、四人だ。

 ミーナ、ルイサ、ミーファ、そして「歌姫」と言われるディブレイク王国の王女様である。

「ミーファは? 不安か?」

 ちょっと気になって、《暦星座》の一人であるミーファにも聞いてみる事にした。

「ん、私? ……まぁ、誰でも少しは不安に思うし、怖いんじゃないかしら? 私は何回か戦場に出てるから、それが他の人よりまだマシってだけで」

「にしては落ち着いてますけどね、代表」

 流石です、と付け加えて控え目な笑みを浮かべるノイエラに、ミーファは気恥ずかしそうな表情になった。

 戦場――《堕天使》との戦闘の場。

 血に(まみ)れる、殆どの創造術師の存在する場所。

「で、レゼルは?」

 晴牙が返却カウンターに皿とトレーを戻しながら訊いてくる。

「え?」

「怖いか? 《堕天使》」

「……少しだけな」

 嘘だった。

 学院に来るまで彼がいた場所は、《堕天使》が怖いなんて甘ったれた事を言うどころか感じる事も出来ない――否、感じてはいけない場所だった。

 いや、学院に来るまで、ではない。今もレゼルは、その立場にいる。

 そして実際、レゼルは《堕天使》に対して、何の感情も持ってはいなかった。

「まぁ、今回は大丈夫だと思うわよ。お母さんに聞いたけど、あのNLF(エヌ・エル・エフ)のエースがリレイズに来るらしいから」

「ブラッディ様が!?」

 ミーファが軽い口調で言った台詞に、ノイエラが眼鏡の奥の瞳を見開いて叫んだ。

 ブラッディ、の名前にセレンの肩がピクッと震えたが、気付いたのはレゼルだけだった。

「本当にノイエラは、ブラッディ様が好きね」

「だ、だってNLFの正体不明のエースですよ! 顔も本名も不明、NLFの中だけの最重要機密事項に指定されているとまで言われている創造術師なんですよ! 格好良いじゃないですか!」

 興奮して叫ぶノイエラに、食堂中から視線が集まる。

 生徒達の話題が編入生の事から《堕天使》の事にシフトしたと思ったのに、彼女に視線が集まると同時、近くにいたレゼルにもとばっちりのように再び視線が突き刺さる。

 ノイエラの言葉にもその視線にも居心地の悪くなったレゼルは、そそくさと返却カウンターに向かうのだった。

 その後、今回の《堕天使》との戦争にはあのNLFのエース「ブラッディ」が出るという情報が広まり、生徒達の不安は少なからず払拭されたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 レゼルはセレンと共に寮の部屋に戻ってきた。

 生徒寮の個室には、学院長室のようなセキュリティサーバーは無く、扉にはロックが掛かる程度だ。だが、そのロックにしてもかなり厳重で、エナジー感知システムが組み込まれている。

 人間の身体に流れるエナジーは、十人十色。全く同じものは一組も無いと言われている。何せ、現在世界は深刻な創造術師不足。子供が生まれればすぐにエナジーを検査をし、創造術師としての適性があるか調べる事になる折に、同じ質のエナジーは発見されていないのだ。

 エナジー感知システムも科学技術だが、一般人は創造術の技術だと認識している。否、させられている。

 レゼルが強化素材でできている、見た目はそうと思わせない扉の前に立つ。

 すると、音も立てずにスライドした。

 エナジー感知システムを作動させるには、本来扉に触れないといけない。

 エナジー登録は、最初に扉に触れた時に学院のメインサーバーにアクセスされ、自動で行われる――のだが、レゼルはちょっと、いやかなり細工をして自分のエナジーをサーバーに誤認させていた。それをしたのはセレンで、だからレゼルは心配など一切していない。

 心配しなくて良い証拠は、扉に触れなくてもあっさりと横に滑った扉が証拠だろう。

 何食わぬ顔をして自室に入り、昨日、部屋には監視カメラや盗聴機が無いのを確認したが、もう一度確認して、レゼルはセレンに申し訳なさそうに言った。

「セレン、司令官と連絡取れるか?」

「はい。勿論です」

 ベットにちょこんと座ったセレンが頷く。

「……悪いな。あまり、それは使いたくないんだが……学院に来たからには、頻繁に使うようになると思う」

「やっぱり、レゼルは優しいですね。でも私は、貴方の為なら何でもします」

 そう、キッパリと言い切ってくれる事は、レゼルにとってとても嬉しい事であり、彼の中の罪悪感や不安を多少なりとも消す事だ。

 だが、その代わりに――と言って良いのか分からないが――自分に、怒りが沸いてしまう。

 しかし、八つ当たりなんて事をしたら本末転倒だ。セレンには、負の感情を表に出した表情は見られたくない。

「……司令官と、繋いでくれ」

 自分への怒りを押し殺した所為で少し声が震えた。幸いにしてセレンは気付かなかったようで、頷いて瞼を下ろした。

 ベットに腰を下ろす緋色の髪の少女の前に立つ。

 それから五秒程経ち、セレンが口を開いた。

『お久し振りですね、レゼル君』

 しかし、彼女の口から聞こえてきたのは、彼女のものとは全く違う、落ち着いた大人の女性のものだった。

「……まだ、飛空艇を離れてから四日しか経ってませんけど」

(わたくし)にとっては久し振りですよ。レゼル君の声を四日も聞かないなんて、寂しかったんですから』

 その声音は本当に寂しそうだ。それがセレンの口から発されている事に、レゼルはむず痒そうな顔をした。勿論、相手に表情が見えていないから出来た所業だ。

「ところで、今回の任務の事ですが」

『レゼル君がリレイズの街・北側戦闘区域で《堕天使》を単独で殲滅する任務ですね?』

「はい。その任務に俺以外のNLF隊員が関与出来ないのは分かりますが、そもそもNLFが出る必要があるのですか? 今、リレイズの街には十二人しかいない《暦星座》が四人もいるのですよ。他にも、正規創造術師(プロ)は大勢います。いくら《堕天使》が上位個体だといっても、リレイズの創造術師に任せておけば良いのでは?」

 一気にレゼルが言うと、セレンの口からは多少困ったような声が聞こえてきた。

『それがですね、今回の任務は創造術師協会(クリエイターきょうかい)からのものなんですよ』

「協会の?」

『はい。リレイズの街で近々、創造祭(そうぞうさい)があるでしょう? 協会はそれを中止したくない、という事です』

「街には決して被害が及ばないように、NLFの創造術師に《堕天使》討伐の任務を与えたという事ですか。まぁ、それが一番、最適とは思いますが」

『そういう事ですよ、レゼル君。協会とは無駄な争いをしたくないので、今回の任務、頼めますか?』

 相手には見えない、と分かっていながら、レゼルはしっかりと頷いた。

「分かりました。情報規制は、そちらで?」

『ええ、勿論。レゼル君の事は戦闘区域の司令室のモニターにも映せないようジャミングを掛けますよ』

「何時もの事ですが、徹底していますね」

『そうする理由は、レゼル君の方がよく分かっていますよね?』

「……そうですね」

 レゼルは思わず苦笑してから、セレンを通じて話している女性に本題を問い掛けた。

「それで、《堕天使》の詳細な情報は手に入りましたか?」

『あぁ、そうでしたね。ルチアちゃんが君に任務を言い渡した時は、調査中でした』

 危ない、伝え忘れる所でした、と女性が嘘を言う。

『《堕天使》は上位個体一体、下位個体一体です。どちらも飛行タイプのようですね。まぁ、他にも色々な情報はあるのですが……レゼル君なら、要らないでしょう。普通なら全体で正規創造術師(プロ)約六十人程で当たる戦闘です。……レゼル君、頑張って下さい』

 最後に付け足されたエールにレゼルは力強く返事をして、女性との通信を終わらせた。

「レゼル。任務に行くのですね?」

 瞼を開けて訊いてきたセレンの声は、元の彼女のものに戻っていた。

「ああ。……時間になったら、セレン、留守番頼むぞ。すぐに終わらせて帰ってくるから」

「……はい」

 相変わらず、その少女は無表情だ。けれど、声には力が無かった。

「大丈夫だ、セレン。俺はお前を守り続けるんだから。――20時迄に北側戦闘区域だから、俺は少し仮眠するぞ」

「はい。お休みなさい、レゼル」

 一転して嬉しそうな声を受け、レゼルは身体をソファに横たえた。


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