9 異世界召喚はありません
様々な呪いの力を提供している店、呪術師ジュジュの呪術屋に、今日もまた一人の客が訪れる。
そして本日の客であるその人物は、ずいぶんと立派そうな身なりの魔導師風の男である。
「いらっしゃいませー」
「ここが、呪いで特別な力を与えてくれるという店か…」
神妙な面持ちでやって来たその男は、ジュジュとサラの前へとやって来ると、すぐさま二人にあることを訪ねた。
「呪いの力で、異世界から救世主を召喚することは可能か?」
「……え? ちょっと意味が分からないんだけど」
客の求めるものがいまいち理解できなくてジュジュが首をかしげていると、この客は一から順を追って説明を始めた。
「すまない。いきなりこんなことを言われても、困るというものだよな。私は宮廷魔導師団の団長、クラースだ」
「宮廷魔導師団の団長ってことは、国一番の魔導師ってことですよね。すごいですねー」
しかしそうサラに褒められても、このクラースという魔導師は微塵もうれしそうな顔をせず、暗い表情でうつむいている。
「何もすごくなどないさ。私ごときの魔法では、陛下の望みを叶えることなど到底かなわないのだからな」
「それが救世主の召喚?」
「ああ」
ジュジュの言葉にうなずいたクラースは、それが何なのかについて語る。
「最近王都ではとある吟遊詩人が、異世界から召喚されてやって来た救世主がとんでもない能力で魔王も邪神も暗黒竜も軽々と蹴散らす…という詩を歌っている」
「なんだかめちゃくちゃな内容ですね」
「まあ、どう考えても雑な作り話だよね」
そう、ジュジュの予想通り、これは詩のネタに困った吟遊詩人が、その場の思い付きで適当なことを歌っただけのものである。
しかし、このめちゃくちゃな内容の歌が、一部の者たちの間でうけてしまったらしい。
その結果…
「聖剣の勇者がどうにも頼りなくて不安に思っていた陛下は、あの歌を古より伝わる伝説だと思い込んでしまって、我々宮廷魔導師団に救世主召喚の儀式を要求してきたのだ」
思いっきり無茶ぶりである。
「あんないかれた内容の話、どう考えても事実なわけないだろう! ちょっと手をかざした程度で山一つ消し飛ばすとか、無尽蔵にいくらでもアイテムを生成できるとか、そんな人間いてたまるか! 魔法を馬鹿にしているとしか思えん!」
クラースはあまりにも支離滅裂な詩の内容にかなり怒っている。
「そもそも召喚魔法とは、遠く離れた場所にあるものを強制的に呼び寄せる転移魔法の一種であって、異世界の存在などというものは一切確認されていない! 召喚獣は捕獲して手なずけて根気よく育てた魔物だ! 異世界からいきなり呼ばれた生き物が、すぐさま都合よく従ってくれるわけないだろ!」
召喚魔法のことをちゃんと理解しようとせず、ものすごく都合のいい便利な魔法だと思っている者への怒りが止まらない。
「それなのに陛下ときたら、異世界からグリフォン呼べるんだから人間もいけるだろ?…とか、ふざけるのもたいがいにしろ! あれは私が手塩にかけて育てた大事な相棒だ! はあっ、はぁっ……」
とりあえずクラースは言いたいことを言い切ったようだ。
「もう大丈夫ですか?クラースさん」
「すまない。最近ストレスがたまっていてな、つい……」
そんな国王への不満をため込んでいるクラースを見て、ジュジュは彼が本当に望んでいるものは何なのかを察した。
「つまり、この怒りを王様にぶつけるための呪いが欲しいんだね」
「いや、さすがにそれは私の首が飛ぶのでよしてくれ」
職を失うという意味ではなく、物理的に飛ぶほうと思われる。
「じゃあどうしたいの? 異世界召喚はジュジュの呪いでも無理だよ」
「それは…その、なんとか陛下を納得させる方法はないだろうか」
「難しいね……」
こうして二人が解決方法を見つけられず悩んでいると、サラからある提案が。
「ジュジュさん、この前の演出強化の呪いに、新しいバージョンの作りましたよね。あれとかどうですか?」
「あー、あれかー。試してみる価値はあるかもね」
そしてジュジュはクラースの杖に、その演出強化の呪いバージョンⅡを付与した。
その後王都へと戻ったクラースは、国王の前で救世主召喚の儀式を行うこととなった。
「さあ、早く救世主を呼ぶのだ、クラースよ」
「承知しました」
クラースは心配そうにする他の宮廷魔導師たちに見守られながら、地面に巨大な魔法陣を描いてゆく。
そしてその魔法陣に杖を突きたてると、魔法陣は七色に輝くまばゆい光を放ちだした。
「おおっ、これが召喚の儀式!」
国王は召喚の儀式だと信じているようだが、これは演出強化の呪いバージョンⅡによる効果である。
バージョンⅠは杖そのものが光ったが、バージョンⅡは魔法陣を光らせる効果を杖に宿している。
そしてそんな光り輝いている魔法陣を使って、クラースは国王に聞こえないような小声で魔法を唱える。
「アースクエイク…」
すると呪いの代償によって色を奪われて黒く染まった大地が激しく揺れ動く。
「魔法陣が震えている! 来るのか? ついに救世主がやって来るのか?」
黒く染まった魔法陣が光を放ちながら揺れ動くさまは、確かにものすごくそれっぽいが、あくまでただそれっぽいものを見せてごまかしているだけなので、何も来るわけはない。
そこでクラースはもう一つ魔法を発動させた。
「クリエイトクレイゴーレム…」
土で人形を作り出して操る魔法。
それによって魔法陣の中心に、ちょうど人間サイズくらいの土人形が現れた。
「来たぁぁぁっ! あれが救世主かっ!」
普通なら、ただの土人形を人間と見間違えることなどありえない。
だが魔法陣が激しく光り輝いていることと、土人形も色を奪われて真っ黒になっていることで、光の中に何者かの影が見えているみたいな感じになって、ギリごまかせている。
だがこの土人形をこのまま見せ続けては、さすがにばれるのも時間の問題なため、クラースは最後の仕上げに入った。
アースクエイクによって揺れる地面を限界まで揺れ動かせ、その黒く染まった大地を、黒い土人形とともに崩壊させた。
「何じゃ? 何がどうなっとるのだ、クラースよ」
「召喚の儀式は無事完了しました」
「そ…そうか。それで救世主はどこじゃ?」
とりあえず召喚の儀式っぽいものを国王に見せることは出来たが、実際には何も呼んでいないため、異世界の救世主などどこにも存在していない。
はたしてこの状況で、クラースはいったいどうするつもりなのか?
「救世主は…その、なんかすごい能力で世界の危機を察知し、すぐさま旅立たれました」
さすがにそれは無理あるだろ…と、事情を知る宮廷魔導師団一同、心の中で突っ込んだ。
だがしかし…
「さすがは異世界の救世主。そのような力まで持っているうえに、誇り高き正義の心と迅速なる行動力、見事としか言いようがないのう」
吟遊詩人の詩の内容を信じ切っている国王は、クラースがとっさの思い付きで語った雑な作り話をあっさりと信じてしまった。
そして、国王が馬鹿で助かった…とほっとする宮廷魔導師団一同。
こうしてなんとかこの場は切り抜けられたクラースと宮廷魔導師団だが、それから何かと国王がその後の救世主のことについてしつこく聞いてくるようになったため、結局ストレスから解放されることはなかったそうな。




