7 おとぎ話でよくある呪い
本日、呪術師ジュジュの呪術屋にやって来た客は、とある商家の令嬢とその家のメイドとのことだが、その令嬢は妙なことをジュジュに尋ねてきた。
「ねえ、豚に変えられた呪いって、お姫様以外のキスでも解けるのかしら?」
突然のそんな質問に、ジュジュはどう答えたらいいのかが分からず戸惑っている。
そこでサラは、その呪いが何のことなのかを確認するために、令嬢に一つ質問をした。
「それっておとぎ話とかでよくある、魔女の呪いみたいなのですか?」
「そう、それよ!」
これで令嬢の言っている呪いが何のことなのかは分かったのだが、するとなおさら腑に落ちない点がジュジュにはあった。
「ああいうのっておとぎ話の中ではよくあるけど、実際にはそんな呪いの話、ジュジュは一切聞いたことないよ」
そう、呪いでも他の魔法でも、他人を全く別の生き物に変えてしまう術などは、今のところ一切存在が確認されていない。
「誰かが突然豚に変わったのなら、それは幻を見せたり催眠にかけたりする類の、一時的に見た目をごまかす魔法なんじゃないかな」
しかしジュジュにそう言われても令嬢は納得しない。
「そんなのじゃありませんわ! あれは完全に、存在そのものが完全に別のものになってましたもの」
「じゃあ、いったいどこの誰がどんな豚に変わったの?」
すると令嬢は、ほほを赤らめながらその人物のことについて語りだした。
「その方は、あたくしのお見合い相手です。とても見目麗しい、貴族の殿方…」
「それでその人がどんな豚に変わったの? 普通の豚? それともオークみたいな豚の獣人系?」
「いえ、そこまで完全に豚というほどでは…」
この令嬢の言葉では、ジュジュもサラも、その人物がどんな豚になったのかがいまいち分からないようである。
そこでメイドが補足説明を。
「その方がどう変わったかといいますと、最初に会ったときのすらっとした美しい容姿のときと比べて、ものすごくお太りになられた…ということです」
「あー」
「そういうことですか」
ジュジュもサラも納得した。
そんなわけでジュジュの結論。
「それ呪いじゃなくて、普通に太っただけじゃない?」
「そ…そんなわけありませんわ! だって、たった三日ですよ! たった三日で、あのお美しい姿から丸々と太った豚に代わるだなんて、どう考えてもありませんわ! 絶対に呪いです!」
令嬢はどう考えてもこれは絶対に呪いのせいだと思い込んでいるようだ。
そこでジュジュから令嬢に提案。
「わかったよ。じゃあとりあえず、別のものに変化させる呪いではなく、太らせる呪いと仮定して考えてみよう」
「ぜひお願いします!」
だがその直後、この場にもう一組の客がやって来た。
「先日はすまなかった、呪術師の娘よ。余はすぐに呪いの効果が出なかったことにあせり暴言を吐いてしまったが、あれは完全に余の間違いだった。本当の幸運は、あの後すぐに訪れたのだ。そう、余は運命の相手と出会い結ばれた! あのペンダントの効果は本物だったのだ!」
そう言いながら店に入って来たのは、先日呪いのペンダントを投げつけて去っていったクリストファーであった。
するとそんなクリストファーを見て、令嬢がぽつりとつぶやく。
「ぶ…豚…」
そう、不幸のペンダントの効果で痩せたクリストファーは、リバウンドして再び丸々と太っていた。
「おおっ、そこにいるのは、我が運命の相手リーシャ嬢ではないか!」
「いやっ、来ないで!」
「はっはっはっ、照れずともよいではないか、リーシャ嬢!」
豚のように太った貴族から必死に逃げ回る商家の令嬢リーシャと、そんなリーシャを追い回すクリストファー。
そしてそんな二人の後ろでは、ぺこぺこと謝りあっている執事とメイド。
「申し訳ありません、メルリ殿。うちの坊ちゃんが、こうもすぐに太ってしまって」
「いえいえ、うちのお嬢様こそ面食いすぎてすみません」
つまりこの状況はこういうことである。
クリストファーはペンダントの効果で痩せた状態で見合いを行い、そして見合い相手であるリーシャからその容姿を気に入られ、見事婚約は成立した。
だがその直後、クリストファーはまた太って元の姿に戻ってしまったため、リーシャはあんなのこの前のイケメン貴族とは違う、別ものだ…となっていると。
「カオスですね、ジュジュさん」
「うん、ひどいありさまだね」
こんな今のこの状況にあきれまくっている二人の前に、クリストファーはリーシャを引っ張って連れてきた。
「世話になった二人にはちゃんと紹介しておかないとな。我が婚約者、リーシャ嬢だ!」
「放して、放してってば!」
「もうすでに婚約破綻しかけてるけど」
しかしジュジュにそう言われても、自己肯定感が高すぎるクリストファーは一切真に受けない。
「はっはっは! これはただ照れているだけだ。なあ、リーシャ嬢」
「違うわよ! あたくしは豚と結婚するつもりなんてないんだからぁっ!」
丸々太ったクリストファーとなんて絶対に結婚したくないリーシャは、なんとかクリストファーの手から逃れ、ジュジュにあることを要求してきた。
「太っている人に近づかれない呪いかけて!」
鬼気迫る表情でそう頼み込んでくるリーシャ。
「まあ、一応そういうことのできる呪いはあるけど…」
「だったら早く、お願い!」
あまりにもリーシャの様子が必死だったため、ジュジュはリーシャがはめていた指輪を杖でコンコンと叩き、呪いの力を付与させた。
「はい、完了」
「これでもう大丈夫なのね」
「まあ、それはそうなんだけど、それの代…」
だがジュジュがこの呪いの代償について説明しようとしたそのとき、クリストファーがリーシャを抱きしめようと迫ってきた。
すると…
「リーシャ嬢!」
「きゃあぁぁぁっ!」
リーシャの体は見えない力によって吹っ飛ばされた。
「ジュジュさん、あの呪いの代償って確か…」
「うん。あれは特定のタイプの人間と距離をとれる呪いだけど、その代償は相手が近づいてきたとき、動かされるのが自分のほうってこと」
つまりクリストファーが勢いよくリーシャに迫ってくるたびに、リーシャは見えない力によって吹っ飛ばされ続けるということ。
「どうしたのだ、リーシャ嬢! なぜ逃げ回る?」
「きゃあぁぁぁっ! いやぁぁぁっ!」
こうしてクリストファーに追い回されたリーシャは、見えない力によって店の外まで吹っ飛ばされていった。
「どこへ行くのだ、リーシャ嬢っ!」
「知らないわよ!」
なおそのころ、執事とメイドは。
「本っ当に申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ…」
「いや坊ちゃんのほうが…」
「そんなっ、うちのお嬢様こそ……」
相変わらず謝りあっていた。
「あのー、ご主人様、どちらも行っちゃいましたよ」
「何ですと?」
「どこへ?」
「外だよ」




