6 パーフェクト豚貴族
呪術師のジュジュと解呪師のサラが営む呪術師ジュジュの呪術屋に、今日もまた一人…いや、二人の客が訪れてきた。
それは貴族らしき格好の男と、その使用人と思われる老執事である。
「初めまして、私は執事のセバスチャンと申します。そしてこちらが私の仕える侯爵家の嫡男、クリストファー様にございます」
「うむ、余がクリストファーである」
そんな二人はいったい何を求めてこの店にやって来たのか。
それを確認するために、まずはサラがそのことについて尋ねた。
「本日のご用件は何でしょうか?」
すると執事のセバスチャンは、少し言いづらそうな雰囲気でその要件を語る。
「あの…実は…ですね、我が侯爵家の旦那様から、早くクリストファー坊ちゃんの婚約者を見つけるよう言われているのですが、どうにも…その…あまりうまくいっていないという状況でして……」
「なるほど、わかりました。つまり痩せる呪いが必要ってことですね」
クリストファーは丸々と太っていた。
そしてセバスチャンはサラの言葉にうんうんとうなずいているものの、当のクリストファーはというと…
「ちがぁぁぁう! 余の容姿はすでに完璧、変える必要などどこにもない!」
どうやら自分が太っていることを全く気にしていない模様。
「じゃあ、欲しいのは痩せる呪いではないと?」
「当たり前だ」
だがそんなクリストファーの後ろでセバスチャンは思いっきり首を横に振っているため、結局どっちなの?…となるジュジュとサラであった。
「えっと、何の呪いが欲しいのかはっきりさせてほしいんだけど」
そうジュジュに言われて、もちろんセバスチャンはあれだという意志を伝えようと、クリストファーをシュッとさせたい…みたいな感じのジェスチャーを行っていたが、クリストファーは丸々とした体でそんなセバスチャンのジェスチャーを覆い隠しながら、自分の欲するものを宣言した。
「余が欲しいのは運だ!」
「運…だけでいいの?」
「そうだ。全てにおいて完璧な余に足りないのは、運…ただ一つのみ。これほどパーフェクトな余が良縁に恵まれないのは、どう考えても運が足りないとしか思えぬ」
クリストファー自身はそう信じてやまないが、周りの三人はそれよりも体型が…と言いたくて仕方がない。
「というわけで呪術師の娘よ、呪いで余の運を上げることは可能か?」
「それはもちろん可能だけど……運は万能じゃないよ」
「どういう意味だ?」
「運っていうのは、コインを投げて表の出る確率を上げるようなもので、どこにも落ちていないお金はいくら運が良くても拾えないし、自分に対して何の魅力も感じていない人間は、いくら運が高くても好きにはなってはくれない」
「つまり何が言いたい?娘よ」
「痩せたら美形っぽいのにもったいない」
ジュジュは正直に言った。
「ジュジュさん、貴族の方相手によく言えました!」
「言いにくいこと言ってくださってありがとうございます、お嬢さん!」
サラとセバスチャンは正直に言ってくれたジュジュをほめたたえている…が、そんなジュジュの言葉はクリストファーには全く響いていなかった。
「痩せたら美形だと? 何を言っている、余は今の時点で美しい!」
クリストファーはあまりにも自己肯定感が高すぎる自信家なせいで、美的感覚がくるっていた。
「さあ、早く余に運を高める呪いを!」
もはやクリストファーには何を言っても無駄っぽいので、三人ともあきらめて、彼には運を高めるための呪いを与えることにした。
「じゃあ、何か首に装備するもの持ってる?」
ジュジュはクリストファーとセバスチャンにそう尋ねたが…
「いや…。セバスは?」
「私も持っておりません」
どうやら二人ともそういったものを所持していないようなので、今回はそれを店側で用意することとなった。
「サラちゃん…」
「はい。……ええっと、このペンダントあたりでいかがでしょう。多分、金貨三枚くらいですかね」
サラはとりあえず店に置いてあった首に装備するアイテムの中で、一番高そうなものを持ってきた。
そしてそれを受け取ったジュジュはクリストファーとセバスチャンに告げる。
「うちは呪いの力は無償で提供しているけど、呪いの媒介はタダじゃないから…」
「ふっ、金などいくらでもくれてやる。セバス!」
「はい。これくらいでいかがでしょう」
セバスチャンは金貨十枚をジュジュの前に置いた。
差し引き七枚分のもうけである。
「そう。じゃあこれはありがたくもらっておくね」
そしてお金を受け取ったジュジュは、早速先ほど用意したペンダントに呪いの力を付与し、それをクリストファーに差し出した。
「はい、これが呪いのアイテム、不幸のペンダントだよ」
「不幸…だと? それでは余が求めるものと逆ではないか! どういうことだ!」
いきなり不幸とか聞かされて怒っているクリストファーに、ジュジュはこのペンダントの効果を説明する。
「ジュジュの呪いは代償の力。何の代償もなしに、ただ運を上げることは出来ないよ」
「だから何だというんだ?」
「このペンダントを装備している間は運が悪くなる。でもその代わり、これを装備していた時間に応じて、これを外した直後の運が一気に高まる」
要は本当に運が必要ないざというときのために、普段の運を抑えてストックしておくというようなものである。
そこでこの呪いのアイテムの有効な使い方をセバスチャンは考えた。
「つまり坊ちゃんにはしばらくの間このペンダントを身に着けていただいて、外した直後にお見合いでもすれば、その成功率は格段に上がる…ということですかな?」
「運でなんとかなる状況ならね」
そう、運ではどうにもならない状況の場合、いくら運を上げたところで意味はない。
だがクリストファーは、自分に足りないものは運のみと思っているため、これさえあれば何でもうまくいくと思ったようだ。
「そうか、そういうことか。ならばこの呪いのアイテムはいただいていこう。完璧な余に運の力が加われば、もはや敵は無し!」
それから何日か後のこと……。
「おい呪術師の娘、これはいったいどういうことだぁっ!」
突然美形な青年が店に怒鳴り込んできたが、全く知らない人物にいきなり怒鳴られても、いったい何で怒鳴られているのかさっぱり分からないジュジュとサラ。
だがそんな怒っている美形な青年の後に続いて、二人の知る人物がここにやって来た。
「申し訳ありません、お嬢さん方。私がふがいないばかりに、坊ちゃんを止められず…」
それは侯爵家の執事、セバスチャンであった。
つまり今目の前にいる美形な青年は…
「太ってた人?」
「激やせしてるじゃないですかっ!」
そう、クリストファーであった。
そしてこのクリストファーがなぜこうも怒っているのか。
それは…
「呪術師の娘っ、このペンダントは付けている間不幸になった分、外した後に運が高まるものなのだよな?」
「そう…だけど…」
「だから余は耐えた。これを付けている間、いまいち体調がすぐれず、食事もあまりのどを通らなかったが、それでも外した後の幸運のために耐え続けた」
「それでどうなったの?」
「外した直後に病に倒れ、さらに腹も壊し、おかげでこんなにもやつれてしまったぞ! 不幸の後にさらなる不幸が来るとはどういうことだっ!」
その結果痩せて美形になったのだから、十分すぎるほど幸運なのでは?…と皆思ったのだが、元の太った状態で容姿も完璧だと思っているクリストファーには、これが幸運だとは思えなかった。
「よくもこんな不良品を押し付けてくれたなぁっ!」
クリストファーはそう叫びながら不幸のペンダントを投げつけると、怒り狂ったまま店を後にした。
「すみません、すみません、本当に申し訳ありません!」
「いえいえ、セバスチャンさんが謝ることじゃないですよ。ですよね、ジュジュさん」
「うん。……でも、せっかくの幸運を理解できないのって悲しいね」
なおこの後クリストファーは、即リバウンドして元の姿に戻った。




