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あなたの優しさは、暴力でした  作者: 熊猫ぱんだ


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7/15

最初から

翌朝。

 彼はシャワーを浴びていた。

 水の音が、やけに大きく聞こえる。

 私はダイニングテーブルの前に立っている。


 スマホが、そこにある。

 今日は、伏せられていない。

 画面は暗いまま。

 手が冷たい。

 でも、昨日より震えていない。

 もう逃げられないって、どこかでわかっているから。


 私は椅子に座る。

 深呼吸。

 心拍が早い。

 だけど昨日みたいな混乱はない。

 静かだ。

 嵐の前じゃなくて、嵐の目みたいな静けさ。


 スマホを手に取る。

 重い。

 こんなに重かった?

 画面をつける。

 ロック画面。

 通知はない。


 誕生日を打ち込む。


 指は、今度は止まらなかった。

 解除。

 ホーム画面。

 指が、勝手にLINEを開く。

 一番上。

 昨日の「さ……♡」。

 ちゃんと見える。


 “さやか♡”


 視界が狭まる。

 トークを開く。

 最新。


 ——昨日楽しかったね

 ——やっぱりあのときのホテル好き

 ——彼女にはバレてないでしょ?笑

 ——当たり前。あいつは俺から離れないから


 息が止まる。

 スクロール。

 日付が遡る。


 昨日。

 一昨日。

 先週。

 先月。

 同棲を始めた日。

 その前。

 プロポーズの前。

 さらに前。

 付き合って半年。

 一年。

 一年半。


 最初のメッセージ。

 ——彼女できたけど、そっちのほうが落ち着くわ笑


 手が止まる。

 付き合って、すぐ。

 最初から。


 ずっと。


 私が不安で泣いていた夜。

 「大丈夫だよ」って言ってくれた夜。

 そのあとに。


 ——今から行っていい?


 同じ日付。

 時間も近い。

 頭が真っ白になる。

 吐き気がする。

 画面が揺れる。


 写真。

 ホテルのベッド。

 彼の横顔。


 私に向ける笑顔と、同じ。

 違いが、わからない。

 私といるときと、何が違うの?

 私が泣いてるとき。

 私が不安で震えてるとき。

 あなたは別の女に


 “愛してる”って送ってたの?


 スクロールが止まらない。

 ——結婚するけど、形だけだから

 ——あいつ依存してるし楽なんだよ

 ——手放す理由ない笑


 指から力が抜ける。

 スマホがテーブルに落ちる。

 音が響く。


 シャワーの音が止まる。

 やばい。

 戻さなきゃ。

 でも体が動かない。

 視界が滲む。

 涙が落ちる。

 声が出ない。

 全部、演技だった?


 優しさも。

 抱きしめる腕も。

 「俺がいるから」も。


 楽?

 私は、楽?

 依存してるから手放さない?

 愛じゃなくて、都合?


 足音が近づく。

 タオルで髪を拭く音。

 私は急いでスマホを元の位置に戻す。

 椅子から立ち上がる。

 でも足がもつれる。

 彼が出てくる。

 目が合う。


 「どうした?」


 いつもの声。

 優しい声。

 私はその顔を見る。

 同じ顔。

 あの写真と、同じ顔。


 胸の奥で、何かが完全に壊れる音がした。


 「……ねえ」


 声が、かすれる。

 彼が近づく。


 「なに?」


 私は、震えない声で言った。


 「最初から?」


 一瞬。

 本当に一瞬だけ。

 彼の表情が止まる。


 「……は?」


 とぼける。

 でも、目が泳ぐ。

 私は続ける。


 「付き合ったときから、ずっと?」


 沈黙。

 数秒。

 彼の顔から、優しさが消える。

 冷たい目。

 初めて見る顔。


 「……見たんだ」


 低い声。

 責める響き。

 私の胸がぎゅっと縮む。

 なのに。

 今はもう、前みたいに崩れない。

 ただ、静かに、理解していく。


 ああ。

 これが本当のあなたなんだ。

 彼は舌打ちをする。


 「なんで勝手に見るんだよ」


 出た。

 その言葉。

 私は笑いそうになる。

 涙が流れたまま。


 「最初からって、聞いてるだけ」


 彼は視線を逸らす。

 そして、小さく言う。


 「……大した意味ない」


 大した意味ない。

 二年間が?

 私の全部が?

 胸が裂ける。


 でも。

 泣き叫びたいのに。

 不思議と、静かだった。

 私は思う。


 ああ、終わったんだ。


 やっと。


 終わった。

続きが気になったらブクマ、コメントお待ちしております

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