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あなたの優しさは、暴力でした──愛していたから、全部壊した  作者: 熊猫ぱんだ


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6/21

二度目の振動

 夕飯は、彼の好きなハンバーグにした。

 玉ねぎを刻むたびに、さっきの通知が頭をよぎる。


 「さ……♡」


 包丁を持つ手が、ほんの少し震える。

 考えすぎ。

 証拠はない。

 私はフライパンに向き直る。

 ジュッ、と油が跳ねる音。


 そのとき。

 ポケットの中で、ぶるっと震える音がした。


 彼のスマホ。

 さっきポケットに入れたままの。

 彼はソファに座ってテレビを見ている。

 振動に気づいたはずなのに、すぐには取り出さない。


 わざと?

 それとも気づいてない?


 数秒。

 長い。

 私は無意識に彼を見る。

 彼は視線に気づき、ようやくスマホを出した。

 画面を見る。


 その瞬間。

 ほんのわずかに、口元が緩んだ。


 柔らかい、見覚えのある笑み。

 私に向けるのと、同じ笑み。

 喉の奥が、ひりっと焼ける。


 「誰?」


 気づけば、声が出ていた。

 彼は顔を上げる。


 「ん?」


 とぼけた顔。


 「今の」


 できるだけ軽く。

 できるだけ、何でもないふうに。

 彼は一瞬だけ視線を落とす。

 そして、笑う。


 「仕事だよ」


 即答。

 でも画面はもう消えている。

 私はフライ返しを握る手に力を込める。


 仕事。

 ハート付きの名前が?


 いや、まだ見たわけじゃない。

 見えてない。

 さっきも、途中までしか。

 もしかしたら“さとう部長”かもしれない。

 でも部長に♡つける?

 つける人もいるかもしれない。

 いる、よね。


 「ふーん」


 それ以上聞けない。

 空気が変わるのが怖い。

 彼はスマホを裏返してテーブルに置いた。

 その仕草が、やけにゆっくりに見える。


 「お前さ」


 彼が言う。

 心臓が止まりかける。


 「最近、ちょっとピリピリしてない?」


 やわらかい声。

 責めるわけじゃない口調。

 でも、矢は私に向いている。


 「してないよ」


 即答してしまう。

 本当は、ずっとしてる。

 ずっと不安で、ずっと怖い。

 でも言ったら面倒くさい女になる。


 彼はソファから立ち上がる。

 私の後ろに来る。

 背中に腕が回る。

 ぎゅっと抱きしめられる。


 「大丈夫だって」


 耳元で囁く。

 その声に、一瞬だけ涙が出そうになる。

 ああ、やっぱり好きだ。

 この匂い、この体温。

 安心する。


 でも。

 安心している自分が、馬鹿みたいに思える。

 さっき、笑ったよね?

 あの顔、私だけのものじゃないの?


 「信じろよ」


 彼が言う。

 言ってないのに。

 疑うって、言ってないのに。

 胸がぎゅっと潰れる。


 なんで?

 なんで“信じろ”って言うの?

 私は何も言ってないのに。

 それって、もう。

 疑われる前提で、言ってる?

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 ハンバーグが焦げる匂いがする。


 「あっ」


 慌てて火を弱める。

 彼はくすっと笑う。


 「ほら、集中しろって」


 その言い方が、少しだけ子ども扱いみたいで。

 胸の奥に、小さな棘が刺さる。


 夜。

 ベッドに入っても眠れない。

 隣で彼はすぐに寝息を立てる。

 本当に寝てる?

 それとも、寝たふり?

 私は天井を見つめる。


 “さ……♡”


 あの途中で切れた名前。

 今もやり取りしてるのかな。

 今日のコンビニの帰り道、返信したのかな。

 私がキッチンにいる間に、消したのかな。

 証拠はない。

 でも、疑いはもう芽を出している。


 見なきゃ。

 ちゃんと見なきゃ。

 疑うなら、ちゃんと。

 彼が言った通り。


 でも。

 見たら戻れない。

 私はそっと横を向く。

 彼の寝顔は穏やかで、優しい。

 この顔を、私は知ってる。

 この顔を信じてきた。


 それでも。

 胸の奥で、小さな声が囁く。


 ——もう、気づいてるよね?


 私は、目を閉じる。

 明日。

 明日こそ。


 ちゃんと、見る。

続きが気になったらブクマ、コメントお待ちしております

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