表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの優しさは、暴力でした  作者: 熊猫ぱんだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/15

昨日と今日

 次の日、彼はやけに優しかった。

 朝、目が覚めると、もう起きているはずの彼が隣にいた。


 「今日、午前休」


 「どうしたの?」


 「なんかさ」


 私の頬を指でつつく。


 「昨日ちょっと言いすぎたかなって」


 胸がきゅっとなる。

 言いすぎた?

 怒ってないって言ってたのに。

 でも“気にしてくれてる”ことが嬉しい。


 「私こそごめんね」


 条件反射みたいに謝る。

 彼は小さく笑う。


 「ほら、そうやってすぐ謝る」


 優しく、でもどこか楽しそうに。


 「別に責めてないよ。たださ」


 私の額にキスを落とす。


 「俺、不安にさせたいわけじゃない」


 その言葉で、昨日の棘が少し溶ける。


 「ほんとに仕事だから」


 説明。

 求めてないのに。

 でも安心する。


 「うん、わかってる」


 本当にわかってる?

 わからない。

 でも、わかってるって言わないといけない気がする。

 彼はベッドから起き上がる。


 「今日さ、夜出かけよ」


 「え?」


 「デート。ちゃんと」


 久しぶりに聞く響き。

 胸が跳ねる。

 夜、彼はいつもより整えた髪で待っていた。


 「可愛い」


 会った瞬間、言う。

 その一言で、昨日の不安がどこかへ飛ぶ。

 手を繋ぐ。

 指輪が触れ合う。

 居酒屋でもなく、チェーンでもなく、

 少しだけおしゃれな店。


 「最近さ」


 彼がグラスを傾けながら言う。


 「お前、前より安定してるよな」


 また“評価”。

 でも今日は嬉しい。


 「一緒に住んでるからかな」


 そう答えると、彼は頷く。


 「やっぱ俺が正解だったな」


 正解。

 私を選んだことが?

 それとも、同棲を決めたことが?

 曖昧な言い方なのに、私は深く考えない。

 帰り道、彼は私の手を強く握る。


 「疑われるのは嫌だけどさ」


 唐突に言う。

 胸が止まる。


 「でも、お前が不安なのはわかる」


 優しい声。


 「だからさ」


 立ち止まって、真剣な目で言う。


 「俺のことちゃんと見とけよ。他の女なんか見ないから」


 安心させる言葉。

 宣言。

 私は笑う。


 「うん」


 本当は、

 “他の女なんか見ない”って言葉が出る時点で

 少しおかしいって気づくべきだった。

 でも私は、その言葉にしがみつく。

 家に帰る。

 彼はやけに甘い。

 キスも、触れ方も、言葉も。


 「好きだよ」


 何度も言う。


 「俺のだろ?」


 耳元で囁く。

 独占欲。

 それすら愛だと思う。

 眠る直前、彼が私を抱きしめる。


 「疑うなら、俺のことちゃんと見てからにしろ」


 優しい声。

 でもどこか、試されているみたいで。

 私は頷く。


 「疑わないよ」


 本心かどうか、わからないまま。

 その夜、彼はぐっすり眠った。

 私は、目を閉じながら思う。

 昨日の冷たい目は、勘違いだった。

 やっぱり彼は優しい。

 優しい人。

 ……だよね?

 変化は、ほんの少しだった。


 朝のキスがなくなる。

 行ってきますのハグも、軽くなる。

 それだけ。

 本当に、それだけなのに。


 「今日、遅くなる」


 玄関で靴を履きながら彼が言う。


 「何時くらい?」


 聞いた瞬間、やってしまったと思う。

 重いかな。


 「わかんない。会食」


 視線はスマホ。

 前なら、

 「寂しい?」って笑ってくれた。

 今日はない。

 ドアが閉まる音が、やけに響く。

 私は玄関に立ったまま、しばらく動けない。


 ──考えすぎ。


 仕事なんだから仕方ない。

 夜、時計が二十三時を回る。

 連絡は一度もない。


 前なら、

 「今終わった」

 「もうすぐ帰る」

 ってくれていた。

 送ろうか迷う。


 __まだ?

 いや重い。

 __お疲れさま

 それも催促みたい?


 結局、何も送れない。

 スマホを握ったまま、ソファで丸くなる。

 日付が変わるころ、やっとドアが開く。


 「ただいま」


 酒の匂い。


 「おかえり」


 立ち上がる。

 抱きつこうとして、ほんの一瞬だけ迷う。

 彼は先にスーツを脱ぎ始める。


 「疲れた」


 それだけ。

 私は腕を下ろす。


 「ごはん、温める?」


 「いらない。食ってきた」


 前なら、少しは一緒に食べてくれたのに。

 シャワーの音がする。

 スマホを持って浴室に入ったのが、視界の端に映る。


 ──前も持ってたよね。

 でも今日は、やけに長い。

 十分。十五分。二十分。

 水音が止まっても、すぐには出てこない。

 心臓がじわじわ速くなる。

 出てきた彼は、何事もなかったみたいな顔。

 ベッドに入る。

 私は勇気を出して近づく。


 「今日、疲れた?」


 「うん」


 短い返事。

 背中を向けられる。

 それだけで、胸が締まる。


 昨日はあんなに甘かったのに。


 私はそっと背中に触れる。

 少しだけ、体が硬い気がする。


 「最近、忙しいね」


 彼はため息をつく。


 「だから言ってんじゃん」


 強くはない。

 でも、柔らかくもない。

 私はすぐに引く。


 「ごめん」


 また謝ってる。

 静かな部屋。

 距離は数センチなのに、遠い。

 私は天井を見つめながら考える。


 昨日は優しかった。

 今日がたまたま冷たいだけ。


 仕事で疲れてるだけ。

 私が気にしすぎ。

 でも。

 昨日の甘さが濃かったぶん、

 今日の温度差が、やけに痛い。

 胸の奥に、あの棘がまた刺さる。


 今度は、少し深く。



続きが気になったらブクマ、コメントお待ちしております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ