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あなたの優しさは、暴力でした──愛していたから、全部壊した  作者: 熊猫ぱんだ


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21/21

あなたを愛していた私へ

 あの日から、数年が経った。


 あの家を出たあと、私はしばらく何もできなかった。

 朝起きて、窓を開けて、ぼんやり外を見るだけの日もあった。

 体は自由なのに、心だけがまだあの部屋に残っているみたいだった。

 大きな声を聞くと、体がびくっとする。

 誰かが腕を強く掴む夢を見て、夜中に目が覚める。


 それでも。

 少しずつ、戻っていった。

 友達とご飯を食べて、笑えるようになった。

 髪を切って、新しい服を買った。


 何でもない日常が、少しずつ帰ってきた。

 そしてある日、気づいた。

 あの人のことを、一日思い出さなかった日があった。


 その瞬間、胸が静かにほどけた。


 彼のことは、風の噂で聞いた。

 会社では昇進の話が消えたらしい。

 あの騒ぎのあと、職場にも少し話が広がった。

 浮気相手とは、すぐに別れたと聞いた。

 慰謝料の話でも揉めたらしい。

 結局、どちらとも終わった。


 それから転職を繰り返していると、共通の知人が言っていた。

 私は、何も感じなかった。

 ただ、そうなんだと思っただけだった。


──


 数年後。


 私は駅前のカフェにいた。

 休日の午後。

 窓際の席。


 向かいには、今の恋人がいる。

 穏やかな人だ。

 声を荒げない。

 不機嫌で黙り込んだりもしない。

 私の言葉を、ちゃんと最後まで聞く。


 当たり前のことを、当たり前にしてくれる人。

 それだけで、安心できる。

 彼がコーヒーを一口飲んで言う。


 「緊張してる?」


 私は少し笑う。


 「ちょっとだけ」


 彼は優しく笑う。


 「大丈夫だよ」


 来月、私たちは結婚する。


 その時だった。

 視線を感じて、顔を上げた。

 少し離れた席に、一人の男が立っていた。


 彼だった。

 少し痩せている。

 スーツは前よりくたびれている。

 髪も整っていない。

 でも、その目だけはすぐに分かった。


 私を見ている。

 彼はゆっくり近づいてくる。

 足取りは迷っている。

 でも、止まらない。


 私のテーブルの前で立ち止まる。

 数秒、何も言えない。

 やっと口を開く。


 「……久しぶり」


 声が掠れている。

 私は軽く会釈する。


 「久しぶり」


 それだけ。

 彼の視線が、私の隣の人に移る。

 それから、私の左手。

 指輪。

 細いリングが光る。

 彼の呼吸が止まる。


 「……結婚?」


 私はうなずく。

 隣の彼が穏やかに言う。


 「来月です」


 落ち着いた声。

 それだけで、彼は何も言えなくなる。

 彼は笑おうとする。

 でも、うまくいかない。

 目が赤くなっている。


 「そうなんだ」


 小さく言う。


 「良かったな」


 その言葉は、どこか壊れていた。


 沈黙。

 数秒。

 彼は急に言う。


 「俺さ」


 言葉が詰まる。


 「ずっと考えてた」


 声が震える。


 「なんで、あんなことしたんだろって」


 私は何も言わない。

 ただ聞く。

 彼は続ける。


 「お前、本当にいい女だったよな」


 目から涙が落ちる。


 「俺、全部壊した」


 私は静かに答える。


 「そうだね」


 責める声ではない。

 ただ、事実。


 それが一番、彼に刺さる。

 彼は縋るように言う。


 「やり直せない?」


 震えた声。

 昔と同じ。

 でも、立場は逆。

 私はゆっくり首を振る。


 「無理」


 短い言葉。

 それだけ。


 隣の彼が、そっと私の手を握る。

 自然な動き。

 守るためじゃない。

 ただ、そこにいる。


 私はその手を握り返す。

 迷いなく。


 彼はそれを見る。

 完全に理解する。

 終わったんだと。

 取り返せないんだと。

 膝が少し揺れる。


 立っているのもやっとみたいだった。


 私は最後に言う。


 「幸せになってね」


 その言葉に、彼の顔が崩れる。

 泣きながら笑う。


 「無理だよ」


 小さく言う。


 「お前失ったのに」


 私は答えない。

 席を立つ。

 会計をして、店を出る。

 外の空気が気持ちいい。

 隣の彼が言う。


 「知り合い?」


 私は少し考える。

 そして答える。


 「昔、好きだった人」


 それだけ。

 もう振り返らない。

 彼がどうなったかも、知らない。


 知る必要もない。


 でも一つだけ、確かなことがある。

 あの頃の私は、本当に愛していた。

 壊れるくらい。


 それでも。

 あの愛があったから、今の私がいる。

 心の中で、静かに言う。


 あなたを愛していた私へ。

 もう、大丈夫。

 ちゃんと幸せになったよ。

最後までお読み頂きありがとうございました!

投稿の励みになりますのでブクマ、評価、コメントして頂けたら幸いです!


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― 新着の感想 ―
面白かったです。 来月結婚すると分かってて復縁口にする。自分でも無理だろうとは理解してるんだろうけど、男のが引き摺るなぁ。
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