表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの優しさは、暴力でした──愛していたから、全部壊した  作者: 熊猫ぱんだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/21

崩壊

 後ろから、足音が聞こえる。

 荒い。

 焦った足音。


 「待て!」


 彼の声。

 私は止まらない。

 門を出て、歩き出す。


 「おい!」


 腕を掴まれる。

 強く。

 昔と同じ掴み方。

 でも、もう怖くない。

 私はゆっくり振り返る。


 彼の顔は、さっきまでとは別人だった。

 余裕はない。

 焦りと恐怖。


 「なんなんだよ、あれ」


 声が震えている。


 「親の前で…」


 私は静かに答える。


 「事実だから」


 彼は言葉に詰まる。

 視線が揺れる。

 怒りたいのに、怒れない顔。


 「……なんで、そこまで」


 かすれた声。

 私は彼の手を見る。

 私の腕を掴んでいる手。


 昔はこの手に縋っていた。

 安心していた。

 でも今は、何も感じない。


 「離して」


 小さく言う。

 彼は一瞬ためらう。

 それでも、手を離す。

 その動きだけでわかる。


 立場が変わった。


 彼は一歩近づく。


 「やりすぎだろ」


 弱い声。

 さっきまでの強さはどこにもない。


 「慰謝料とか…」


 言葉を探している。


 「そこまでしなくても」


 私は少しだけ笑う。

 皮肉でもなく。

 ただ、不思議そうに。


 「そこまで?」


 彼は黙る。

 私はゆっくり言う。


 「浮気して」


 「嘘ついて」


 「暴力振るって」


 言葉を重ねる。

 彼の顔が歪む。


 「それでも、そこまで?」


 沈黙。

 風が吹く。

 庭の木が揺れる音。


 彼は突然、私の肩を掴もうとする。

 でも途中で止まる。

 掴めない。


 掴む資格がないと、やっとわかった顔。


 「違うんだよ」


 必死な声。


 「俺、あいつとは本気じゃない」


 出た。

 その言葉。

 私は首を傾ける。


 「知ってる」


 彼が驚く。


 「え?」


 私は続ける。


 「あなたが本気だったのは」


 少しだけ間を置く。


 「自分だけ」


 彼の目が揺れる。

 深く。


 彼は急に声を荒げる。


 「でもお前だって!」


 焦り。

 怒り。


 「離れなかっただろ!」


 胸が少しだけ痛む。

 それでも私は答える。


 「離れられなかった」


 正直に。

 彼は言葉を詰まらせる。


 「好きだったから」


 静かに言う。


 「本当に」


 その一言で、彼の顔が崩れる。

 今さら理解する顔。

 彼は一歩下がる。


 「……ごめん」


 小さい声。

 初めて聞く、本当の謝罪。


 でも、遅い。

 遅すぎる。

 彼は続ける。


 「俺、間違えた」


 声が震える。


 「お前みたいな女、いない」


 涙が浮かんでいる。


 「やり直せない?」


 私は答えない。

 ただ、見つめる。

 その沈黙が、彼をさらに追い詰める。


 「頼む」


 声が崩れる。


 「もう浮気しない」


 「怒らない」


 「なんでもする」


 必死。

 今まで見たことのない姿。

 でも。


 胸は動かない。


 私は静かに言う。


 「あなた覚えてる?」


 彼は顔を上げる。


 「私が泣いてた時」


 彼の目が揺れる。


 「あなた、言ったよね」


 ゆっくり。

 一言ずつ。


 『俺から離れられないくせに』


 彼の顔が固まる。

 思い出した。

 完全に。


 私は少しだけ微笑む。

 悲しい笑顔。


 「離れられたよ」


 彼の目から涙が落ちる。

 ぽつり、と。

 でも私はもう、手を伸ばさない。


 私は最後に言う。

 静かに。

 はっきりと。


 「あなたの優しさは」


 彼が息を止める。


 「暴力でした」


 その言葉は、刃みたいに落ちる。

 彼の体が揺れる。

 崩れるみたいに。

 膝が少し折れる。


 私は背を向ける。

 歩き出す。

 彼の声が後ろから聞こえる。


 「待って」


 弱い声。


 「行くな」


 もう、振り返らない。

 道路に出る。

 風が吹く。

 空が広い。


 後ろで、彼が崩れ落ちる音がした。

 私は歩き続ける。

 止まらない。


 もう二度と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ