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あなたの優しさは、暴力でした  作者: 熊猫ぱんだ


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2/21

幸せな日

 「ソファ、どっちの色にする?」


 床に広げたカタログを覗き込みながら、彼が言う。


 「グレーかな。汚れ目立たなそうだし」


 「えー、せっかくなら白じゃない? 新婚感ある」


 新婚感、という言葉に胸が跳ねる。


 「じゃあ白にしよっか」


 そう言うと、彼は満足そうに笑う。


 「すぐ折れるじゃん」


 「だって、あなたが使うんだもん」


 本音だった。

 彼が心地よく暮らせる家にしたい。

 彼が帰ってきたくなる家に。

 逃げ場をなくすためじゃない。

 繋ぎ止めるため。


 夜、キッチンに立つ。


 「今日、俺の好きなやつ?」


 後ろから覗き込む彼。


 「うん。覚えてた」


 「覚えてた、って可愛いな」


 背中に腕が回る。


 「こんなちゃんとしてる子、他にいないよ」


 その一言で、心臓がぎゅっと掴まれる。

 他にいない。

 唯一。

 選ばれてる。

 私は振り向いて、彼を見上げる。


 「ほんとに?」


 自分でも情けないくらい確認してしまう。

 彼は笑う。


 「疑いすぎ。俺が選んだの、お前だよ」


 その“選んだ”という言葉に、安堵が広がる。

 食後、彼は私を膝の上に乗せる。


 「結婚式さ、どんなのがいい?」


 「え?」


 「海外とかもありじゃない?」


 未来の話。

 逃げない前提の会話。

 それだけで、胸の奥の不安が溶けていく。


 「子どもは?」


 不意に聞かれる。

 私は一瞬だけ戸惑う。

こんな私が、母親?


 「……できたら、ほしい」


 「絶対いい母親になるよ」


 迷いなく言う。

 その自信が、私の自己否定を少しずつ削っていく。


 ――この人が言うなら、本当かもしれない。


 夜、ベッドの中。

 彼が私の髪を撫でる。


 「不安、最近減ったよな」


 私は頷く。


 「うん。だって、隣にいるし」


 「だろ? 環境って大事なんだよ」


 環境。


 治す。


 選ぶ。


 彼の言葉はいつも、少しだけ上からだ。

 でも、それすらも安心材料に変えてしまう。

 私より大人で、強くて、安定している人。

 だから、私を守ってくれる。

 守られる側でいることは、こんなにも楽なんだ。

 眠りに落ちる直前、彼が囁く。


 「お前は俺がいないとダメだからな」


 冗談みたいに笑いながら。

 私はそれを、愛の言葉だと思った。

 思ってしまった。


 雨の日だった。


 仕事終わり、駅まで迎えに来てくれた彼は、少し照れた顔をしていた。


 「今日さ、寄りたいとこある」


 手を引かれる。

 連れて行かれたのは、夜景が見えるレストラン。


 「記念日でもないのに?」


 「同棲一週間記念」


 そんなの聞いたことない。

 でも嬉しくて笑ってしまう。

 料理の味なんて、正直ほとんど覚えていない。

 覚えているのは、彼がずっと私を見ていたこと。


 「最近さ」


 グラスを置いて、彼が言う。


 「お前、変わったよな」


 「え?」


 「ちゃんと笑うようになった」


 胸が、じんわり熱くなる。


 「俺のおかげ?」


 冗談みたいに聞かれて、私は迷いなく頷く。


 「うん」


 彼は満足そうに目を細める。

 その瞬間、ポケットから小さな箱を出した。


 「え、なに……?」


 開いた瞬間、光る。

 細いリング。

 婚約指輪とは別の、普段使いできるシンプルなデザイン。


 「同棲記念。ちゃんと形にしときたくて」


 言葉が出ない。

 涙が勝手に溢れる。


 「重い?」


 彼が笑う。


 「重くない。嬉しい」


 本当にそう思った。

 指輪をはめられた瞬間、胸の奥がきゅっと締まる。


 ――もう、離れない。


 店を出たあと、雨は止んでいた。

 彼は私の手を握り直す。


 「お前さ、俺と出会えてよかった?」


 また確認。

 私は即答する。


 「うん。人生で一番よかった」


 彼は少しだけ黙ってから、言った。


 「なら、絶対裏切るなよ」


 一瞬だけ、意味を測りかねる。


 「え?」


 「浮気とか。俺、そういうの無理だから」


 私は笑う。


 「しないよ」


 そんな発想すらなかった。


 「だよな」


 彼は安心したように笑う。

 その夜。

 指輪が、ベッドサイドのライトに反射して光る。

 彼はいつもより優しくて、ゆっくりで、丁寧だった。


 「好きだよ」


 何度も言う。

 私はそのたびに頷く。


 「私も」


 抱きしめられる。

 息が重なる。

 体温が混ざる。

 この人となら大丈夫だと、心から思う。

行為のあと、彼は私を胸に抱き寄せたまま言った。


 「俺がお前を幸せにする」


 その言葉が、何より甘かった。

 私は目を閉じる。

 安心しきった呼吸。

 眠りに落ちる直前、彼のスマホが一瞬だけ光った。


 小さな通知。


 でも彼は、私を抱いたまま動かない。

 既読にもせず、無視する。

 私はその光を見なかったことにした。


 だって今日は、幸せな日だから。


 疑うなんて、最低だから。

 指輪が指に少し重い。

 でもそれは、愛の重さだと信じていた。


続きが気になったらブクマ、コメントお待ちしております

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