挨拶準備
数日後。
彼が言った。
「今度さ」
私は振り向く。
「うちの親に会ってほしい」
結婚の挨拶。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、静かに冷えた。
遅い。
本当に遅い。
でも、ちょうどいい。
私は少し驚いた顔をする。
「いいの?」
「当たり前だろ」
彼は笑う。
「結婚するんだから」
私は頷く。
「うん」
その笑顔の裏で、心は動かない。
ただ計算する。
タイミング。
場所。
順番。
全部。
──
挨拶の日が決まった。
日曜日。
彼の実家。
両親も揃うらしい。
彼は少し緊張していた。
「うちの親、厳しいからさ」
私は笑う。
「大丈夫だよ」
本当に大丈夫。
むしろ、好都合。
前日の夜。
彼は私を抱きしめた。
「やっとここまで来たな」
幸せそうに言う。
私は頷く。
「そうだね」
でも心の中では思う。
終わりの場所に。
挨拶の朝。
私は服を選ぶ。
上品なワンピース。
清楚な色。
誰が見ても『いい婚約者』
鏡の前で微笑む。
完璧。
演技として。
バッグの中には、封筒が一つ。
中身はコピー。
LINE。
日付。
写真。
そして。
弁護士の名刺。
すべて揃っている。
車の中で、彼が言う。
「緊張してる?」
私は首を振る。
「少しだけ」
彼は笑う。
「大丈夫。俺がいるから」
その言葉に、胸はもう揺れない。
私は窓の外を見る。
空は晴れている。
穏やかな日。
結婚の挨拶には、ぴったりの日。
そして。
崩す日にも。




