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あなたの優しさは、暴力でした──愛していたから、全部壊した  作者: 熊猫ぱんだ


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記録と接触

 録音ボタンを押したとき、指の震えは止まっていた。

 怖いはずなのに、不思議と冷静だった。


 翌日。

 彼がイライラし始めた瞬間、私はわざと少しだけ言い返した。


 「でもそれは違うと思う」


 空気が張り詰める。

 彼の目が変わる。

 来る。

 分かっているのに、逃げない。


 「は?」


 低い声。

 私はスマホをポケットに入れたまま、息を整える。


 「俺に口答えするようになったんだ」


 肩を掴まれる。

 痛い。

 でも、動かない。


 数秒後。

 音が鳴る。

 頬に衝撃。

 録れている。

 頭のどこかで、そう確認する自分がいる。

 彼は気づかない。


 「誰のおかげで生活できてると思ってんの」


 「俺がいなきゃ何もできないくせに」


 その言葉が、クリアに残る。

 涙は出る。

 でも前みたいに崩れない。

 代わりに、記憶する。


 彼の顔。

 声。

 言葉。


 叩かれたあと、彼はいつも通り抱きしめる。


 「俺を怒らせるなよ」


 録れている。

 全部。


 その夜、私は音声をイヤホンで聞き返した。

 自分の泣き声が、知らない女みたいだった。

 でも彼の声は、はっきり加害者だった。


 初めて。

 客観的に聞いた。

 ああ。

 これ、普通じゃない。

 その実感が、静かに私を強くする。


──


 朝ごはんを作り、彼を送り出し、洗濯を回す。

 いつも通り。

 何も変わらない日常。


 でも、その裏で少しずつ動いている。

 私はスマホを開く。

 保存していたものを、もう一度確認する。


 スクリーンショット。

 LINEの履歴。


 「今日彼女いないよ」


 「昨日も一緒に寝た」


 「結婚とかまだ先かな」


 どれも、日付が残っている。

 婚約後。

 全部。

 証拠としては、十分だった。


 私は弁護士事務所のメールを開く。

 送信履歴。

 返事はシンプルだった。


 『婚約の事実を知っていた場合、不貞行為として慰謝料請求は可能です』


 つまり。

 逃げられない。

 私は深呼吸する。

 怒りはもうない。

 ただ、整理しているだけ。

 壊れたものの後始末。


 それだけ。


 浮気相手の名前は、すぐに分かった。


 彼のスマホ。

 ロックは変わっていない。

 変える気もないのだろう。

 バレない自信。

 舐められている。


 女のSNSを見つける。

 笑顔。

 若い。

 私より少し派手。

 彼と撮った写真はない。


 でも、同じ店。

 同じ時間。

 匂わせは十分だった。

 私は震える指でメッセージを送る。


 『あなたは彼に婚約者がいることを知っていますよね?』


 既読は、すぐについた。

 数分後、返信が来る。


 『知ってますけど?』


 その一文を見た瞬間。

 胸の奥が、静かに冷えた。

 さらに続く。


 『でも彼、あなたと別れるって言ってましたよ?』


 『むしろあなたがしがみついてるって聞いてます』


 私はしばらく画面を見つめる。

 怒りは、もう湧かない。

 ただ、理解する。


 ああ。

 この人は、そういう人なんだ。

 私はゆっくり返信する。


 『そうですか』


 それだけ。

 するとすぐに返ってくる。


 『彼のこと本気なんで』


 『邪魔しないでもらえます?』


 数秒、指が止まる。

 でもすぐに動く。

 私はもう一枚、画像を送る。


 婚約指輪の写真。

 日付。

 彼のメッセージ。


 「両親に紹介する」


 沈黙。

 既読がついたまま、返事は止まる。

 五分。

 十分。

 それからやっと届く。


 『……だから何ですか』


 私は最後のメッセージを送る。


 『慰謝料請求の準備をしています』


 それだけ。

 送信。


 既読。

 そして、返事は来ない。



 その夜。

 彼は何も知らない顔で帰ってくる。

 私は夕飯を出す。

 味噌汁を置く。

 ご飯をよそう。

 普通の夜。


 でも、裏ではもう動き出している。




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