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あなたの優しさは、暴力でした  作者: 熊猫ぱんだ


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10/21

お前のため

 彼は、怒鳴らない。

 殴らない。

 だから余計に、壊れる。


 朝。


 「その服、ちょっと派手じゃない?」


 柔らかい声。

 鏡の前で立ち止まる。

 昨日までは何も言わなかったワンピース。


 「え、そう?」


 「男いる職場だろ?」


 笑っている。

 冗談みたいに。

 でも目は本気。

私はクローゼットに戻す。


 「そっちの方が似合うよ」


 彼が選んだ、無難な服。


 『似合う』

 否定じゃない。

 提案。

 優しさの形。



 夜。

 スマホを触っていると、彼が覗き込む。


 「誰?」


 声は軽い。

 でも視線が鋭い。


 「大学の友達」


 「男?」


 「うん、でも…」


 「でも?」


 沈黙。

 彼は小さく笑う。


 「俺が嫌だって言ったら?」


 その言い方。

 選択権があるようで、ない。


 「……じゃあ、連絡しない」


 彼は満足そうに頷く。


 「ほら、わかってるじゃん」


 頭を撫でられる。

 ご褒美みたいに。

 胸がじわっと苦しくなる。



 少しずつ。

 本当に少しずつ。

 世界が狭くなる。

 友達と会う回数が減る。


 「最近忙しいから」


 と、私が言うようになる。

 彼は言わない。

 「行くな」とは。

 でも行くと、機嫌が悪くなる。

 無言になる。

 ため息をつく。

 私は耐えられない。

 だから行かなくなる。



 ある夜。

 私がふと聞く。


 「まだ、あの人と連絡取ってる?」


 一瞬の静寂。

 彼は、ゆっくり振り向く。


 「まだその話するの?」


 怒っていない。

 呆れた顔。

 それが一番きつい。


 「俺、ちゃんとしてるって言ったよな」


 『ちゃんと』

 その言葉が、鎖みたいに絡む。


 「信じられないなら、結婚無理じゃない?」


 さらっと。

 軽く。

 でも、心臓に直撃する。

 結婚無理。

 それは、私が一番怖い言葉。


 「……ごめん」


 また謝っている。

 本当は違うのに。

 彼はため息をつく。


 「俺さ、お前の不安全部受け止めてきたよな?」


 受け止めてきた。

 確かに。

 泣いた夜も。

 発作のときも。

 抱きしめてくれた。


 「でも俺のことは信じないんだ」


 違う。信じたいから苦しい。

 でも言葉にならない。

 彼は静かに言う。


 「俺のほうが疲れてるかも」


 その瞬間。

 胸の奥で何かがひっくり返る。

 疲れてる?あなたが?

 でも顔を見ると、少しやつれている。

 私のせい?疑ったから?泣いたから?

 重いから?

 思考が絡まる。


 「……ごめん」


 また。

 また、私。

 彼は優しく抱きしめる。


 「いいよ。俺はお前捨てないし」


 その言葉。

 安心のはずなのに。

 なぜか、ぞわっとする。


 『捨てない』


 対等じゃない。

 選ぶ側と、選ばれる側。

 私は、選ばれる側。



 ベッドに入ってから、彼は囁く。


 「俺がいないと無理だろ?」


 冗談みたいに笑う。

 私は、笑えない。

 否定できない。

 それが事実に思えてしまうから。

 胸の奥で、冷たいものが広がる。

 優しさはある。

 でもその優しさは、

 私の足を少しずつ縛っている。

 逃げられないように。

 自分で逃げる力を、削るように。

 私は天井を見つめる。


 いつからだろう。

 彼の言葉を、確認せずに受け入れるようになったのは。

 いつからだろう。

 自分より、彼の機嫌を優先するようになったのは。

 でも。

 心の奥で、まだ消えていないものがある。

 あの日見たLINE。


 『あいつ依存してるし楽』

 あの言葉は、消えていない。

 私は壊れかけている。


 でも、完全には壊れていない。

続きが気になったらブクマ、コメントお待ちしております

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