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あなたの優しさは、暴力でした  作者: 熊猫ぱんだ


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治らない不安

「大丈夫だよ。俺がいるから」


 その言葉を、私はお守りみたいに握りしめていた。


 夜中の二時過ぎ。

 部屋は静かで、冷蔵庫の低い音だけがやけに大きく聞こえる。


 胸の奥がざわざわする。理由はない。

 ちゃんと仕事もして、彼とも喧嘩していない。

 なのに突然、世界から切り離されたみたいになる。


 ――嫌われたかもしれない。

 ――重いって思われたかもしれない。

 ――そのうち捨てられるかもしれない。


 頭の中で勝手にストーリーが進む。

 スマホを握る。

 電話履歴の一番上。彼の名前。


 こんな時間にかけたら迷惑かな。

 でも、今かけないと壊れそう。


 3コール目


 「どうした?」


 眠そうな声。でも、ちゃんと優しい。

 その瞬間、涙が溢れる。


 「ごめん……なんか、息が苦しくて……」


 「また不安きた?」


 否定できない。

 私は昔から、こういう発作みたいな不安に襲われる。

はさカウンセリングで言われた言葉が頭をよぎる。


 “愛着不安傾向が強いですね”


 簡単に言えば、捨てられる恐怖が異常に強い人間。


 彼はため息をつかない。

 怒らない。

 面倒くさそうにもしない。


 「ほら、吸って。ゆっくり。俺の声聞いて」


 私は言われるままに呼吸する。


 「大丈夫。俺がいるから」


 その言葉を聞くと、胸のざわざわが少しだけ引く。


 ――この人がいれば、生きていける。


 依存だってわかってる。

 でも彼は笑って言ったことがある。


 「頼られるの嫌いじゃないよ。むしろ嬉しい」


 その時、胸が熱くなった。

 私は重い女だと思っていたから。

元彼には言われた。


 「毎日連絡求めるのやめて」

 「不安不安ってうるさい」

 「自立しろよ」


 だから私はずっと思っていた。

 こんな私は、誰にも愛されない。

でも彼は違った。


 毎日おはようをくれる。

 仕事終わりに電話をくれる。

 飲み会の写真も送ってくれる。

 位置情報も「安心するならいいよ」と共有してくれた。


 「疑われるより安心してくれた方がいいじゃん」


 私は泣いた。

 こんな人、いるんだって。


 付き合って二年。

 喧嘩もあったけど、彼はいつも折れた。


 「俺が年上だしな」


 そう言って、頭を撫でる。


 私は本気で思った。


 ――この人と結婚するんだ。


 そして二年目の冬。

 レストランで、彼は言った。


 「一生、大丈夫って言い続けるよ」


 プロポーズだった。

 指輪をはめられた瞬間、胸の奥の空洞が埋まる気がした。

 やっと、私は捨てられない側になれた。


 そう、思った。

 あの頃の私は知らなかった。


 優しさは、使い方を間違えると

 人を縛る鎖になることを。

 そして、


 「俺がいるから」


 その言葉が、

 いつか私を壊す刃になることを。




 段ボールだらけの部屋で、私たちは笑っていた。


 「なんか、新婚っぽくない?」


 そう言うと、彼は照れたように笑う。


 「まだ入籍してないけどな」


 同棲初日。

 彼の服と私の服が、同じクローゼットに並んでいる。

 歯ブラシが二本、洗面台に立っている。

 冷蔵庫には私が作った常備菜。

 それだけで胸がじんわり熱くなる。

 “捨てられない場所”が、できた気がした。


 彼は後ろから抱きついてくる。


 「逃げ場なくなったな」


 冗談っぽく笑う声。

 私は振り返って、彼の胸に顔を埋める。


 「逃げないよ」


 本気だった。


 夜。

 初めて同じ家で眠る。

 ベッドは少し狭いけど、それが嬉しい。

 彼の腕が私の腰に回る。


 「これから毎日これできるの最高」


 私は胸がいっぱいになる。


 「不安、減りそう?」


 不意に聞かれる。

 私は少しだけ考えて、頷いた。


 「うん。だって、もう帰ってくる場所一緒だもん」


 彼は満足そうに微笑む。


 「よかった。俺、ちゃんと治してやりたいし」


 治す。

 その言葉に、少しだけ引っかかる。

 でもすぐにかき消す。

 だって彼は優しいから。


 「お前が泣くの、もう見たくない」


 そう言って、額にキスを落とす。

 私は思う。


 この人がいれば大丈夫。

 この人の言葉を信じていれば、私は普通になれる。


 普通の、重くない女に。


 深夜、ふと目が覚める。

 隣を見ると、彼がいない。

 胸がひゅっと縮む。

 リビングの明かりがついている。


 トイレかな。


 でも、少しだけ長い。

 ――考えすぎ。

 私は布団を握りしめる。

 ほどなくして、彼が戻ってくる。


 「ごめん、ちょっと仕事の連絡」


 スマホをベッドサイドに伏せて置く。


 私は何も言わない。

 言えない。


 だって疑うなんて、最低だ。

 彼は優しい。

 私を選んでくれた人。

 私はもう、捨てられない側なんだから。

 そう、思い込もうとする。


 けれど胸の奥に、ほんの小さな棘が刺さる。


 痛いほどじゃない。

 でも、確かにそこにある違和感。


 その夜、私は彼の腕の中で眠りながら、

 なぜか少しだけ、息が浅かった。




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