紅茶と硝煙のあいだ
午後の日差しは、カリスティア王国の庭園を柔らかく包んでいた。
白いティーカップに注がれた紅茶から、甘い香りが立ち上がる。
「……静かすぎて逆に不安ね」
紫色のリボンのカチューシャを指で整えながらエマはそう呟いた。
金糸のような長い髪に紅の瞳。
冷たい美しさの奥に、壊れそうな儚さを秘めた姫。国民の誰もが彼女を信じ崇めている。
エマは"世界一のお姫様"と謳われている。その呼び名が、どれほど重いかを知る者はいなかった。
「姉様は考えすぎよ」
対面に座るティファが、足を組んで笑う。
翡翠の瞳は生意気に輝き、赤いリボンが彼女の気性の荒さを象徴していた。
「最近は国家間の問題も落ち着いてるじゃない!あのアメジスト王国の王子も、噂だけでしょ?」
その名を聞いた瞬間、
エマの指先が微かに震えた。
--アメシア。
誰よりも強く、誰よりも美しく、
そして誰よりも危険な男。
「油断は禁物です、お二人とも。」
低く穏やかな声が割って入る。
執事のセバスチャンだった。
銀縁の眼鏡越しにエマを見つめる視線は、
主従を超えぬように、必死に抑え込まれている。
「近頃は警備を増やしております。万が一のことがあれば私が―」
「ありがとう、セバスチャン。」
エマは微笑んだ。
それだけで彼の心臓は、罪深く跳ねる。
--その瞬間だった。
遠くで爆ぜる音。
地鳴り。
悲鳴。
空気が、一気に冷める。
「……来たわね。」
エマは立ち上がりスカートを翻した。
壁に立てかけられていた剣を迷いなく掴む。
「ティファ、城を守ってちょうだい。セバスチャン、民を守って。」
「姉様!!」
「命令よ」
その声はただの姫ではなく国を守る責任と亡き両親の想いを何もかも背負った女のものだった。
夜の帳が降りる城外。
エマは冷静に軍の動きを指揮する。
そこに広がっていたのは地獄だった。
紫水晶の紋章。
アメジスト王国の軍勢。
そして―
血と闇を従え、悠然と歩く一人の男。
「……見つけた。」
低く、愉悦を含んだ声。
月明かりに照らされたその顔は、噂を超えて、あまりにも完璧だった。
鋭い眼差し。
微笑みすら、刃のように冷たい。
アメシアはエマだけを見ていた。
「――君が、"世界一のお姫様"か。」
次の瞬間、剣と剣がぶつかり合う。
火花が散り、衝撃が腕を痺れさせる。
強い。
――強すぎる。
それでも、エマは笑った。
「……いいわ。
簡単に負けるほど、私は弱い女じゃないもの。」
だが、彼は嘲笑った。
「その瞳。
壊したら、どんな顔をする?」
背後から迫る兵。
一瞬の隙。
世界が反転する。
「――ねえさま!!!」
ティファの叫び声は、夜に溶けた。
気づけば、
エマはアメシアの腕の中にいた。
「捕まえた♡」
その声は、甘く、狂気に満ちていた。
「君は――
俺のものだ。」
闇がすべてを飲み込んだ。




