第8話 待っていたもの
翌日、レジーナは痛む体に鞭を打って、いつもどおり洞窟へのお勤めに向かった。
まだ痛みに顔を歪める姿に、レミは自分が代わりに行くと言っていたのだが、レジーナが断っていた。
以前はレミが洞窟にお勤めを行っていたため代わること自体は可能だったが、病で倒れたレミにはなるべく安静にして欲しかったのだ。
いつもより2倍以上の時間をかけて洞窟にやってきたレジーナは、緩慢な動きでお勤めを果たしていく。
いつもなら涼しい時間に終えていたはずの草むしりが終わったのは、日が真上に登る少し手前の時間だった。
レジーナはいつも通りに小川で手を洗い、バスケットに入った朝食を食べていく。
レジーナの怒りを買うと呪われるとでも思っているのか、それとも詫びのつもりか、いつもだったら萎びたサラダが新鮮なものに変わっていることにレジーナが気づいた。
「こんなこと、望んでいないんだけどな」
シャキシャキとした食感を味わいながら、レジーナは寂しそうに笑う。
レジーナが望んでいたのは、ただ普通の日々。少し疎まれているけれど、真面目に勤めを果たしていればいつか自分も村の仲間と認めてもらえるはず、という些細な夢の先にあったもの。
その夢が2度と叶わないだろうことをレジーナは理解していた。
ふぅ、と小さくレジーナは息を吐き、そしてぶんぶんと顔を振って気分を入れ替える。
「だめだめ。まずはおばさんの病気を治すことに集中しないと。でも、また私がやられて動けなくなったらまずいよね。かといって体格では敵わないし……」
ティムが助けてくれるのは、善意だけではなくレジーナが紫の石を持ってきてくれるからだ。
万が一、レジーナが動けなくなって紫の石を持ってこなくなったら、ティムがレミの治療に協力してくれなくなるかもしれない。それだけは絶対に避けなければならなかった。
しかし満足な栄養を摂取できていないレジーナの体格は華奢であり、男でガタイの良いスティーブンに殴り合いで勝てるはずがない。
かといって身を守るための武器や道具などこんな辺境の村に早々にあるわけがなかった。
「となると、やっぱり魔法だよね」
手に残ったパン粉を払い、自らの小さな手のひらをレジーナは見つめる。
そしておもむろにその手を前に出すと、近くの木に狙いを定めた。
「『我は望む、緑の旋風』」
ゴオっと吹きだした強風が、木の枝をしならせ揺らしていく。
数枚のちぎれた木の葉がひらひらと落ちていく様子を眺め、レジーナは自らの手のひらに視線を戻した。
魔法。それは村人の持たない、レジーナだけの力。
「レミおばさんには禁止されたけど、私は力が欲しい。おばさんを、家族を守れる力を」
そう言ってレジーナは拳を握りしめ、決意を秘めた瞳で前を見つめる。
そしてレジーナは精一杯の速さで洞窟内の掃除を終えると、像とのおしゃべりの時間すらとらずに、洞窟の外で魔法の練習に励んだのだった。
そして10日後。
約束の半月を少し過ぎ、まだかまだかとわずかに焦る気持ちはありつつも、レジーナはいつも通りにお勤めを続けていた。
レミを治療するためには、まずはその病気が何なのか診断してもらうことが必要だ。
この村に来る人間はティムのような行商人とその護衛を除けば、年に1度だけ来る徴税官しかいない。
それだけここに来るのは大変なんだろうとレジーナもおぼろげには理解していた。
「医者探しに手間取ってるのかな?」
そう言いながらレジーナが腕を振るう。
するとまるでその腕が巻き起こしたかのように一陣の風が周囲の木々を揺らしていった。
それは無詠唱での魔法の行使。他の魔法使いが見ればありえないと目を見開くに違いない魔法の極致であった。
しかしレジーナはそれを誇るでもなく、ただ当たり前のように使っていた。
レジーナは魔法について教えを受けたことなどなく、他の魔法使いについてほとんど知らない。
だから魔法を訓練といっても、ただいたずらに同じ魔法を繰り返すばかりだった。
しかし何度も繰り返すうちに、なんとなく、本当になんとなく詠唱って必要なのかなという疑問が頭に浮かんだのだ。
いざという時に、詠唱するわずかな時間が命取りになるかもしれない。
そう思うと、試さずにはいられなかった。
最初は失敗ばかりだった。
半日続けても何の成果もなく、やっぱり無理かとレジーナも諦めかけた。
しかしそこで新たな疑問がレジーナの頭に浮かんだ。詠唱を短くすることはできないかと。
そして魔法の詠唱についてレジーナは改めて考えてみた。
レジーナが使える魔法は、突風を起こす『我は望む、緑の旋風』だ。この詠唱だが、そもそも魔法を使おうと考えているんだから、『我は望む』の部分は必要ないのではないか。
そうしてそこを略して唱えられた『緑の旋風』は、レジーナが望む魔法の行使という結果をもたらした。
威力こそいつもより弱かったが、確かにその手からは風が吹いたのだ。
喜んだレジーナはそのまま訓練を続け、そしてついには無詠唱での魔法の行使に成功してしまう。
レジーナが無詠唱での魔法の行使に成功するまでの訓練期間はわずかに7日。
それは天才と言っても差し支えないほどの魔法の才能だった。
「うーん、待つしかないんだけど」
そう言いながらレジーナはググっと背を伸ばし、ふぅと息を吐く。
空を見上げると、日はだいぶ傾きかけておりわずかに赤色に染まり始めていた。
「そろそろ帰ろうかな」
ぽつりとそう漏らすと、レジーナは洞窟の中に向かい、偉丈夫の像の前で頭を下げる。
「じゃあ、今日は帰るね。ティムさんが早く戻ってきて、レミおばさんの病気が良くなったらまたいっぱいお話ししようね」
そう言ってにこりと笑うと、レジーナは洞窟から去っていった。
スティーブンにやられた箇所はあざが残ってしまっているが、もう痛みはほとんどない。
以前のような軽快な足取りでレジーナは森の中を進み、実がほとんどなくなったナツミグの木を見て少し頬を緩める。
「そういえばナツミグのジャムがあるんだった。早く帰ろっと」
一昨日レジーナが採取したかご一杯のナツミグは、昨日のうちにレナによってジャムにされている。
一晩寝かせないと味が落ち着かないということで昨日は食べられなかったが、今日の晩御飯にはナツミグのジャムというデザートが待っているのだ。
口元をにんまりさせながらレジーナは足を早める。そしてもう少ししたら村に着くというところで、鼻をくんくんと動かした。
「なんか、焦げ臭い?」
まるで焚火でもしているかのような臭いが周囲に充満しており、レジーナが顔をしかめる。
まだ焼き畑の季節には早いはずだけど、そんなことを考えながら山を下りたレジーナの目に飛び込んできたのは、村の家々から立ち上る炎と煙という異様な光景だった。
「なに、これ……」
持っていたバスケットが地面に落ち、軽い音をたてて転がる。
失火などではない。目に見える範囲の全ての家々が燃えているのだ。誰かが火をつけて回った。それしか考えられなかった。
「レミおばさん!」
レジーナの判断は早かった。燃え盛る家々には目もくれず、一目散に自分の家に向かって駆けだした。
村のはずれにあるレミの家ならば、まだ被害にあっていないかもしれない。そんな奇跡を願いながらレジーナは力の限り走り続ける。
不安によるものか、全速力で走っているせいか、跳ねる心臓の鼓動が全身を震わせていく。
願うのは、レミの身の安全だけ。
それを確かめるために、レジーナはその細い足をできうる限りの速さで回転させていった。
わずかな時間がなん十分にも感じられる中を走り続け、ついにレジーナの目に自分たちの家が飛び込んでくる。
「よかった。ここは無事だ」
ボロ過ぎることで無人だとでも思われたのか、2人の家は火に包まれることもなくいつもどおりの姿でそこにあった。
レジーナは荒い息を整えながら周囲を見回し、危険がないことを確認すると玄関のドアをさっと開ける。
「レミおばさん。村が!」
「逃げな! レジー……けはっ」
「えっ?」
今まで聞いたことのないような切羽詰まったレミの声に動きを止めてしまったレジーナの目に映ったのは、自らの顔目掛けて振るわれる分厚い剣の鞘だった。
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