第6話 紫の石
村長の家の玄関先にぽつんと置いてあったバスケットを取り、そそくさと洞窟に向かったレジーナはお役目の掃除をささっと終わらせると、いつもの像との話すらせずに洞窟の外の森を探索し始めた。
「うーん、やっぱりなかなかないなぁ。こっちの方はあんまり探していないと思うんだけど」
手に3つの薄い紫色をした小石を持ちながら、レジーナはキョロキョロと視線を左右に振る。
いつも通っている道にあった紫の石はとうの昔に拾い尽くしてしまっているため、レジーナが歩いているのは道すらない森の中だ。
この洞窟の周辺には村人は近寄らないためレジーナの好き放題にできるのだが、そもそも森の地面は長年積み重なった落ち葉などで覆われていることも多い。
レジーナもすり足で進みながら、視線と並行して足の裏の感触でも小石を探していたがその結果はなかなか思わしくなかった。
森の中で多少涼しいとはいえ夏の日差しは甘くはなく、汗をあまりかかない体質のレジーナの額にも汗が滲んでいる。
レジーナはパタパタと服の首元を緩めて風を送り、少しでも体温を下げようとしたがその効果はあまり感じられなかった。
「もう少し涼しくなれば……あー、そうすると落ち葉がひどいことになるよね」
独り言を呟きながらレジーナは見つけた紫の石を見つめる。
ティムは濃い紫の石を望んでいた。しかしレジーナが見つけたのはどうみても薄紫であり、ティムが望むものではないことは明白だった。
値段がつかない、ということはないだろうが、高く売れるかと言われればそうではないだろう。
「うーん、どこかにもっと紫色の石があれば」
このまま探してもうまく行かないかもしれない。そう考えたレジーナは、必死に記憶を探っていく。
基本的に洞窟の掃除をするだけでお勤めの終わる夕方まで比較的余裕のあるレジーナは、なにか食べられるものはないかとよくこの周辺を散策しているのだ。
その時にどこかで見ている可能性もあると思っての行動だったが……
「紫の石ってどこかで見たような気が……あれっ」
なにかに気づいたレジーナは一目散に洞窟を目指して走り始めた。
森を抜け、バスケットの置かれた石の台を通り過ぎ、洞窟の最奥、像のある部屋に飛び込んだレジーナはその壁際に顔を覗かせる紫の石に釘付けになる。
レジーナが手に持っている薄紫ではない。より深く、濃い紫をしたその石は、言われてみれば宝石のように輝いて見えた。
「紫の石! これならきっとティムさんも喜んでくれるはず。でも……」
レジーナがゆっくりと振り返り、像に目を向ける。
いつもどおり真っ直ぐに前を見据えた偉丈夫の像が、レジーナのことを気に掛ける様子はない。それは像なのだから当然だ。
勝手にこの石を持っていったとしても問題はない。そう頭で理解しながらも、レジーナは像の前に歩を進めると腰を曲げて大きく頭を下げた。
「ごめんなさい。この部屋にある紫の石を少し分けてほしいの。レミおばさんが倒れて、その治療にどうしてもお金が必要で。でも私にお金を稼ぐ方法なんてないし。でもそんなときに行商人のティムさんが紫の石を持ってきたら大丈夫って。外を探したけれどなかなか良い石が見つからなくて。ここの石ならレミおばさんを助けられるって思うの」
思いの丈をレジーナはぶつけるが、像は前を見据えたまま動こうとはしない。
「あなたのいる部屋の物を持っていってしまってごめんなさい。その代わりにこれまでよりもっと綺麗に掃除します。もし許されないなら、どうか私だけをとがめてください。お願いします」
そう言い切り、より深くレジーナは頭を下げる。
レジーナの声が途絶え、いつも通りの静寂が洞窟の中に戻ろうとする。それでも暫くの間レジーナは頭を上げなかった。
今のレジーナにできることなど、このくらいしか思いつかなかったからだ。
「好きにするがいい。短き人の生だ。悔いの残らぬようにな」
「えっ、誰!?」
不意に聞こえた低く、渋みのある男性の声にレジーナは周囲を見回す。
しかしどれだけ探してもここにいるのはレジーナ1人のみである。半球形のこの部屋には隠れる場所などない。
まさかと思いながら、レジーナは顔を上げるが男の像はいつもどおりに真っ直ぐに前を見つめたままだった。
「もしかして、あなた、なの?」
その問いかけに像は答えない。
だがレジーナは、その像の表情の中にいつもとは違う慈しみの色を見出していた。
それは他人には気のせいだと言われてしまうほどの小さな違い。当のレジーナでさえも確信を持てないほどの微妙なものだったが、なぜか直感的にそれが正しいと信じられた。
「本当にありがとう。じゃあ私はすぐにティムさんに石を渡してくる。掃除はまた明日しっかりやるから!」
そう言ってレジーナは像に背を向け、壁に埋まっていた紫の石を掘り出すとブンブンと手を振って洞窟を去っていった。
像はその背中が消えるのをじっと見送り、誰もいなくなった洞窟の中で僅かにその口角を上げたのだった。
森を小走りで駆け、いつもよりかなり早い時間に村に戻ったレジーナは、ティムに会うために村長の家に向かった。
まだまだ夕方というには早い時間であり、畑には汗水を垂らしながら働く村人の姿も見える。
いつもなら見ないはずのレジーナの姿に驚く人々に構うことなく彼女は歩を進め、村の中心までやってきた。
「ティムさん!」
村長の家の前の広場に馬車を停め、その横に敷かれたゴザに座って金勘定をしていたティムがその声に顔を上げてにこやかに微笑む。
「やあ、ちょうどお客さんが途切れたところで良かったよ。その顔を見ると良い石があったのかい?」
「はい!」
自信満々に答えて手を差し出すレジーナの様子にティムはその笑みを深め、そして開かれたレジーナの手の上にあった紫の石を見てぴしりと固まった。
それは今までティムが村で仕入れていた薄紫の石とは一線を画す、完全な紫に染まった石。これを見てしまえば、今までの物がクズであると断言できるほどの物だった。
ティムの頭の中が高速で回転し続ける。
ティムにとってこれは千載一遇のチャンスだった。これを活かし最大の利を得られれば、しがない旅商人などやめ、自らの店を持つことさえ夢ではないだろう。
いや、それ以上のことにも現実味が……
「あの、ティムさん?」
「んっ、ああ悪いね」
戸惑った表情で見つめてくるレジーナに笑みを返し、ティムはその手から紫の石を受け取る。
そして胸元に入れていたサラサラとした布地の小袋を取り出すと、そこに入っていた小さな宝石などを別の箱に移し替え、その小石を入れて壊れ物でも扱うかのように慎重に胸元にしまった。
それを待っていたレジーナは、おずおずと声を掛ける。
「あの、これならおばさんのポーション代に足りそうですか? あとおばさんの病気も完治させたいんです。これくらいの石がいくつあれば足りますか?」
「ということは、まだまだあるのかい?」
「えっと、たぶん頑張って探せば見つかるかなぁ、と」
ティムの質問に、レジーナは視線を泳がせ言葉を濁す。
この紫の石は、レジーナにしてみればあの像から譲ってもらったものである。あの時に聞こえた言葉が空耳でないのであれば問題ないような気もしたが、それでも人の物を無制限にもらっていってもいいとはレジーナには思えなかったからだ。
ティムは苦笑しながらもそれ以上は聞かず、真っ直ぐにレジーナを見つめる。
「ポーションについてはおそらくこれで足りると思う。まあ先方の評価を聞いてみないとなんとも言えないところだけれどね。レミさんの治療については病気の特定のために人を連れてくる必要があるし、その後の治療にもお金がかかるだろう。何個と聞かれても、なるべく多くとしか現状では言えないね」
「わかりました」
そう返事をして、決意を秘めた表情でぐっと拳を握りしめるレジーナをティムはしばし眺める。
そしてふっ、と息を吐くと、安心させるかのように頬を緩めた。
「人の命に関わることだから私もすぐに動くよ。幸い今日1日で殆どの物を売り切ることができたし、明日に出発して、早ければ半月後には戻ってこられるだろう」
「本当にですか?」
「ああ。商人は信用第一。半月後には君の悩みは解決しているはずだ」
ぱぁ、っと顔を明るくするレジーナをよそに、ティムはいそいそと片付けを始める。
通常であれば休息を兼ねて最低1週間は滞在することを考えれば、昨日やってきて明日には発つという日程は強行軍に近い。
自分たちのためにそんなことをしてくれるティムがこの村にやってくる行商人であった幸運に、レジーナは思わず両手を組んで神に感謝を捧げる。
そして改めてティムに感謝を述べると、スキップしそうなほど軽い足取りでレジーナは家に帰っていったのだった。
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