第5話 薬の対価
レジーナが握っていたレミの手を離し、わなわなと震える。
もしかしたらこの手がレミを苦しめているのではないか。その考えがぐるぐると頭の中を廻り、体の震えを大きくさせていく。
まるで化け物を見るかのように1歩後に引いた村長たちをよそに、ティムはそんなレジーナの肩にそっと手を置いた。
「それはないと思うよ。魔力は血に宿ると言われている。君が自分の血をレミさんに飲ませていたり、魔術師のように魔力を操作できれば別だろうけど。基本的に人が持つ程度の魔力が体外に影響を及ぼすことなんてないんだ」
「なら、なんで?」
「うーん、わからない。それに私が知っている病気の中で当てはまりそうなものが魔力汚染症なだけであって、全く別の病の可能性もある」
そう言いながらティムは思案するように目を閉じる。
ティムの言葉はレジーナにとって救いでもあり、同時に絶望を与えるものでもあった。
自分がレミの病の原因ではないらしいということには安心感を覚えたが、それでレミの症状が良くなるわけではない。それどころかティムの見立てが間違っている可能性さえあるのだ。
なまじ情報が得られてしまったことで、レジーナの絶望は深くなるばかりだった。
ぽたぽたと流れ落ちる涙もそのままに、再びレミの手を握ることすらできずレジーナは動けなくなってしまった。
そんなレジーナに向けて、ティムは人差し指を立ててみせた。
「1つだけレミさんの命を救える可能性がある」
「本当ですか!?」
ばっ、と顔を上げたレジーナに、ティムは真剣な表情を向け、その腰につけた布袋からぐるぐると布に巻かれた物体を取り出す。
ティムはその布を丁寧に巻き取っていく。そしてその中から現れたのは、ピンク色の液体の入った小瓶だった。
「これは、私がいざというときのために持っているダンジョン産の状態異常回復ポーションだ。普通の薬はその病にしか効かないものがほとんどだが、ダンジョン産の物は違う。かの英雄もこれを飲み、治療方法を見つけるまでの命を保ったという」
「そんな薬が……それなら」
思わずレジーナの手がその小瓶に伸びる。しかしその手は瓶に触れることなく空を切った。
表情を歪ませながら、瓶を見つめるレジーナに、ティムは冷静に告げる。
「君には悪いが、これはとても希少なものなんだ。人の命を救うためとはいえ、簡単にあげられるものじゃない。それこそ自分の身を守るために決死の思いで買ったものだからね」
「そんな!? でも、レミおばさんを助けるには……お願いします。私にできることなら何でもします。なんでもしますから……おばさんを、私の家族を助けて」
そう言ってティムにレジーナはすがりつく。しわになるほどに掴まれたその服は、思いの深さを示しているようだった。
ティムは口を手で抑えて少し表情を歪めると、小さくうなずきそのポーションをレジーナに差し出す。
思わぬ光景に動きを止めてしまったレジーナに、ティムは柔らかく微笑んでみせた。
「わかりました。家族を愛する気持ちは、私もよくわかります。旅商人なんてしていると、なかなか会うこともできませんけれどね」
「ありがとうございます。本当に、ありがとう」
まるで神をあがめるように感謝を示し、レジーナがポーションを受け取る。
細かく震える手が瓶を落とさないように、両手で大事に持つレジーナに向けて、ティムは人差し指を立ててみせた。
「ただ、私も商人だからただであげるというわけにはいかない。なので君には1つお願いがあるんだ。以前、君が良く集めてくれていた紫の石を、より紫色の強いものを探してきてほしい。それもなるべく多くね」
「なるべく紫色の濃い石を探せばいいんですね?」
「ああ。お得意様に、この村の紫の石を好む人がいてね。良い値段で買ってくれるんだよ。まあポーションは紫の石1つ、2つでどうにかなる値段じゃないが、継続的に持ってきてくれればいつかは足りるはずさ」
「わかりました」
服の袖でぐいっと目を拭い、レジーナは力強く首を縦に振った。
たしかに最近は森で紫の石をあまり見なくなっている。ただそれはレジーナが積極的に探そうとしていないだけだ。
普段行かない場所を探せばきっと見つかる。普段人が足を踏み入れない森で石を探すことは簡単なことではないが、レミの命に比べれば些細なことだった。
「交渉成立だね。じゃあ早く飲ませてあげなさい。そのポーションはもう君のものだ」
「ありがとうございます」
ティムはレミから離れ、レジーナにその場所を譲る。
レジーナは慎重に瓶の蓋を開け、苦しそうに顔を歪ませるレミの口に少しずつ状態異常回復ポーションを流し込んでいった。
その効果は劇的であり、レミの顔の赤みがひき、その表情も平生と変わらぬものになった。穏やかに繰り返される呼吸音に、一度は止まったはずのレジーナの目から涙が溢れ出す。
「良かった、良かったよぉ」
そう言ってレミに抱きつくようにして泣くレジーナの姿を背後で眺め、ティムは満足そうに笑ったのだった。
翌日、なんとかレミは意識を取り戻していた。まだまだ本調子とは言い難いが、普通に歩けるまでには回復しており、心配するレジーナに対して「さっさとお勤めに行きな」と家から蹴り出す程度にはいつもどおりに戻っている。
嬉しそうに笑いながら蹴り出されたレジーナは、徹夜の看病のせいかふらふらする足取りながらもその頬を緩ませ村長の家へと向かっていく。
いつもどおりの村の家々から漂う朝食の匂いが鼻をくすぐり、レジーナのお腹がグーと大きな音を立てた。
「そういえば昨日ご飯食べ忘れてた」
そう意識した途端、そうだそうだと合唱をし始めたお腹を抑え、レジーナは苦笑する。
レミの回復が嬉しくて全ての思考回路が停止していたレジーナだったが、ふぅ、と息を吐いて気持ちを落ち着ける。
これからしなくてはならないことはまだまだたくさんあるのだ。
「まずはティムさんに言われた色の濃い紫の石探しでしょ。レミおばさんも症状は良くなったけど完全に治ったわけじゃないからその治療代もいるし、そもそも病気が本当にそうなのか判断できる人に来てもらわないといけないよね。うわー、どれだけ石が必要なんだろう」
冷静になるとやるべきことがレジーナの頭に次々と浮かんでくる。どれも簡単ではなく、レジーナはうんうんと首をひねりながら考えをまとめていく。
必要な人、物。それらをどうにかするためにかなりのお金が必要になるのは、辺境の村育ちでお金などほとんど使ったことのないレジーナにもわかった。
だが具体的な金額となると、とんと検討がつかなかったのだ。
「とりあえず日中に石を探してみて、帰ったら集めた石を渡しがてらティムさんにそのあたりを聞いてみよう。いい石が見つかるといいんだけど」
そんな風に考えながら、レジーナは少しでも石を集める時間を増やすために足を早めたのだった。
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