第17話 変わる意識
無策なまま数で押す戦い方から、確実にその生命を摘むにはどうするべきかという思考へ。
そしてレイレが両手をそれぞれランディとそれを援護する兵に向ける。
「行きなさい」
残っていたモンスターたちが2つに割れ、目標を蹂躙するべく走り出す。
ランディは兵たちに向かうモンスターたちを防ぐべく動こうとしたが、戦い続け疲労のたまりきった体では目の前に迫るモンスターに対処するだけで精一杯だった。
援護していた兵たちのもとへ大回りで向かっていくモンスターの姿にランディは歯噛みする。
「援護はもういい。堀へ逃げろ!」
兵たちに向け、そう叫んだランディは覚悟を決める。
表面上平気な顔をしていたランディだったが、終わりの時が近いことはよくわかっていた。
もってあと10分程度。それも、残りの体力のほとんどを逃げに注ぎ込んだとしてもそれ以上は厳しいと言わざるを得なかった。
堀に繋げられた地下通路の幅は狭く、その途中に仕掛けられた小部屋は侵入してきた外敵を迎え撃つのに適した作りになっている。
援護していた兵士たちがそこまで逃げ延びることができれば生存確率が上げられる。そう思ってのランディの言葉だったが、兵士たちが逃げることはなかった。
「第三方面軍を舐めてもらっては困りますな、ランディ殿。我らにとってここは眠りにつくと決めた場所。我らの望みは、少しでも多くの敵を道連れにすること」
その言葉とともに、ランディに襲いかかろうとするモンスターめがけて一斉に矢と魔法が放たれる。
その一矢たりとも、自らの元へ向かってきているモンスターたちには向けられてはいなかった。
兵士たちは自らの攻撃の結果を見ることなく、その半数が腰の剣を抜き放ちモンスターたちを見据える。
「さあ楽しい殺し合いの時間だ。最後まで生き残ったやつには俺のとっておきの酒をやるぞ」
「それ昨日、皆で飲んじまったじゃないですか」
「馬鹿野郎。前払いだよ、前払い。だから死ぬまで戦え!」
「そういうのを詐欺って言うんですよ。後で団長にしかってもらいますよ」
「ああ。そんときは皆、一緒にな」
馬鹿話をしていた兵士たちのもとにモンスターが到達する。
セイナット帝国でも精強と名高い第三方面軍の中でも精鋭なだけあり、兵士たちはモンスターを相手になんとかわたりあっていた。
だがどんどん数を増していくモンスターたちの前に、その形勢は不利に傾いていく。しかしランディにはそれを助けに行く余裕はすでになかった。
ランディは鋭いモンスターの爪を避け、振り下ろされる大木のような棍棒を剣で受け流し、遠距離から飛んできた魔法を敵を跳ね飛ばして身代わりにする。
ランディが持つ剣はすでに限界が見え始めているのだが、援護がないため代わりの剣を取りに行く余裕はなく、それどころかその剣が置いてある堀の周辺にはモンスターたちが警戒するように陣を張っていた。
「さすがに気づきますか」
一瞬、無理をしてでも予備の剣の周辺にいるモンスターたちを倒してしまうかと考えたランディだったが、わずかに首を振ってその考えを捨てる。
もう作戦は引き返せないところまで来てしまっている。今ランディがすべきことは……
「うおぉぉぉー!!」
裂ぱくの気合をランディは声に乗せ、それが周囲の空気をびりびりと震わせる。
それは周囲にいたモンスターのみならず、レイレの周辺に残っていたモンスターたちの気を引いた。
本能故かランディへの敵意をむき出しにし、体を震わせるモンスターたちをレイレは押しとどめる。
「何のつもりかしらないけど、大声を出したところで結果は……」
「アブソリュート!」
戦場に響いたその凛とした声と共に、レイレの周辺に氷の世界が広がる。
それらはレイレの周辺に残っていた多くのモンスターたちの体を凍り付かせ、その動きを封じてみせた。
そしてランディたちがおり、今まさにモンスターたちに埋め尽くされている堀の反対から15名の騎士たちが姿を現す。
「増援!?」
「お主が見落としておっただけじゃ」
驚愕するレイレを目指し、騎士たちがわき目もふらずに突っ込んでいく。
その先陣を切るのは老兵レイラス。
進むに邪魔な動きの鈍ったモンスターたちを切り捨てながら、レイレをあざ笑い進んでいく。
その左右を固めるのは俊英たるシドニーともう1人の騎士。そして3人が切り開いた道を残りの騎士たちは走り抜ける。
その姿はさながらレイレ目掛けて突き進む1本の矢のようであった。
氷系の上級魔法であるアブソリュートは敵だけでなく周辺の環境すら凍りつかせる広範囲魔法だ。
その効果はもちろん地面にも及んでおり、氷が張られた地面に足を取られモンスターたちは思うような動きが出来ていない。
一方、この状況も想定して訓練を重ねていた騎士たちのブーツの底には、何本ものスパイクがついており、行動の支障にはなっていなかった。
「さすが団長の魔法ですね。詠唱が長いから乱戦では使えませんけど」
「うむ。数分かかるからのぅ」
「うるさいぞ、先頭の2人。デニスを見習え。それに、これでも他の術師に比べれば早い」
「うわっ、レイラス様。出ましたよ、団長のデニス推し」
「団長、デニスは既婚者ですぞ。さすがに略奪愛は……」
「お前ら覚えておけよ。後でくびり殺してやる」
「ははっ、お待ちしております」
いつもどおりの軽口をたたきあい彼らは進んでいくが、次第に敵の密度が濃くなっていく。ランディたちの堀へとモンスターの大半を向けてはいたが、レイレは最低限の守りを周囲に置いていた。
環境の有利はあれど数の差を完全に覆すまでにはいかず、武器や体力の消耗からそのスピードが徐々に落ちていく。
先頭を掛けていた3人は周辺、そして自らの状況を把握し、即座に判断を下す。
「2陣、行けい! その牙を首級に届かせて見せよ!」
「「「おう!」」」
先頭を譲り、その場にとどまったレイラスたちを残し、後ろについていた3人の騎士たちが先頭に立ち駆け抜けていく。
その最後尾に走っていたジェシカは、モンスター相手に剣をふるいその場を死守するレイラスたちの横を通り抜けた。
「あの世で会おう」
「ははっ、先に行って宴会の準備でもしておりますわい」
「団長はごゆっくり。準備に何十年かけますから」
「ご武運を」
それぞれの言葉を受け、ジェシカはそれ以上何も言わずに前を向く。
後ろで聞こえる戦いの音がいつまでも消えないことを願いながら、自らの使命を果たすためにジェシカは走り続けた。
視線の先で一面に広がった氷の世界を捉えながら、ランディは焦りを覚えていた。
(足らない。引き付けられなかった)
死をもたらすモンスターの攻撃をすんでかわしながら、ランディの胸の内に後悔がうずまいていく。
たしかにジェシカたちは順調にレイレに向かう道を進んでいる。だがその進む速度、そしてレイレの周囲に配置されたモンスターたちの数と質を考えればその刃は一歩届かない。
それはもっとランディに力があれば、もっと敵を引き付けられれば変わっていたはずのことだ。
「ぐぅ!」
余計なことを考えていたせいか、モンスターの攻撃を避け損ねたランディは吹き飛ばされ、地面を転がる。
とっさに剣で防御したために致命傷とはなっていなかったが、手に持っていたはずの剣はすでにどこにもなく、土とモンスターの体液にまみれた体は細かく震え、ランディの動けという指示を拒否しようとしていた。
顔を上げたランディの視界には、覆いつくさんばかりのモンスターの姿があり、それは死を悟らせるには十分すぎるほどのものだった。
ランディにとって、死は終わりではない。新たな始まりの鐘に過ぎない。だからこそ後悔はすれど、死を受け入れようとランディはしたのだが、モンスターの隙間から見えたジェシカの横顔がそれを止める。
レイレを目指し、仲間の屍を超えて進む彼女の姿はとても美しかった。
死を周囲にまとわりつかせながらも、限りある命を燃やし、輝かしい光を放ちながら彼女は生きていた。
その光景にランディは脳を剣で突き刺されたかのような衝撃を受ける。
「ふふっ、ふふふふっ」
幽鬼のようにふらりと立ち上がったランディの顔には笑みが浮かんでいた。
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