第14話 思いと願い
防壁を前に全く手も足も出なかったグリーンウルフたちを燃やして撃退し、続けてやってきたゴブリンたちにジェシカたち第三方面軍は対処を始める。
「投石始め!」
ジェシカの号令に従い、兵士や騎士たちが拳大の石を外に向かって投げ始めた。
防壁からなるべく遠方になるようにだけ注意を払って投げられた石は、突撃してくるゴブリンたちに当たり傷を負わせていく。
彼らの狙いが特段優れているというわけではない。まるで緑のじゅうたんのようにゴブリンたちは地面を埋め尽くしており、適当に投げれば誰かしらに当たる状態なのだ。
出来る限りの速さで騎士や兵士たちは投石を続けているが、それでゴブリンたちの侵攻を止めることはできず、防壁までたどり着いたゴブリンは壁に両手をついた姿勢でその動きを止める。
続けてやってきたゴブリンがその体を昇り、同様に壁に手をついて同じ姿勢をとる。
ゴブリンたちは自らの体を呈して防壁を昇る梯子となろうとしていたのだ。
「想定通りだな。後は任せる」
「はっ!」
防壁に取り付いてくるゴブリンたちをつまらなそうに眺め、ジェシカは副官に後を任せるとその場から退いた。
ヘイシアの応援に向かった第三方面軍は、なぜ街が滅ぼされたのかを詳細に調査していた。
軍のような行動をとっているとはいえ、その実態は軍ではありえない多大な犠牲を前提とした数の暴力による圧殺。
ヘイシアの防壁の外に築かれた、階段状のモンスターの屍はぐちゃぐちゃに踏みつぶされており、敵であることをわかっていても目をそむけたくなるような光景だった。
むろんそれらが偽装であることも考えられた。
だがこれまでのモンスターたちの動き、そしてその指揮を執る魔人の態度を見る限り綿密な作戦を練っているようにはジェシカには思えなかった。
それさえも偽装である可能性はあるが、それも含めてジェシカは副官と協議を重ねている。ジェシカがいようがいまいが、防衛に大きな影響は出ないように考えられているのだ。
階段を下りきったジェシカの前に100余名の騎士や兵士たちが並び立つ。
彼らは精鋭たる第三方面軍の中でも個として優れた武力を持つ者たち。参加すればほぼ確実に死に至るであろう戦いに自ら手を挙げた馬鹿者たちであった。
覚悟の決まった鋭い彼らの視線を一身に受けたジェシカは、死出の旅に同行してくれる仲間たちに向けてニヤリと笑みを浮かべる。
「予想通り敵将は無能のようだ。良かったな、お前ら。少しは生き残る可能性が出てきたぞ」
「ははっ、そうですな。儂は団長の花嫁姿を見るまでは死なんと決めておったので、それは重畳」
「レイラス様。それよりまずお相手が……」
「大丈夫だぞ、シドニー。どんなじゃじゃ馬でも、それを乗りこなす者は必ず現れるものだ」
白髪交じりの歴戦の勇士レイラスと、さわやかだが、どこか軽薄にも見える笑顔を浮かべるシドニーという2人の騎士の会話に周囲の人々が肩を震わせる。
見渡した騎士や兵士の顔に浮かんだ余裕にジェシカはわずかに笑みを浮かべ、そしてじろりと2人に目を向けた。
「そこの2人、戦いより先に私に殺されたいのか?」
「いえ、兵の死に場所は戦場と心得ております」
「あれっ、そうなんですか。レイラス様は幾多の戦場を潜り抜けて生き延びてきたので、てっきり僕は死ぬ気がないんだとばかり思ってましたよ」
「儂の命をくれてやってもよいと思うほどの相手がおらんかっただけだ。せめてあの世で待つ妻に誇れるだけの者が相手でなくてはのぅ」
「そういえばレイラス様は浮気して、奥様に殺されかかってましたね。なんど僕が仲介したことか」
「ははっ、良い訓練になっただろう」
「確かに命がけでしたね」
「少し黙れお前ら。どうしてこう緊張感がないんだ」
ジェシカの脅しにも全く動揺を見せない2人の姿に、大きなため息をついて彼女はこれ以上の追及を諦める。
そして再び皆に視線を向けると、良い顔に変化した部下たちの姿がそこにはあった。
「予定通り強襲は世闇に紛れて行う。各自十分な休息と準備をしておけ」
「「「はっ」」」
三々五々と別れていく兵士たちをジェシカは見送る。
レイラスたちのおかげで張り詰めていた緊張感を緩めることはできたものの、この作戦が無謀であることに変わりはない。
なにせ100余名で敵本陣を強襲し、魔人を討ち取ろうというのだ。
魔人の周囲には地竜を始めとした強力なモンスターがひしめいており、いかに精鋭の彼らと言っても生きて帰ることのできる保証などないに等しかった。
そしてそれを誰よりも知っているのは彼ら自身なのだ。
「どちらが無能な指揮官だというのだ」
自分自身にしか聞こえないほど小さな声で呟いたジェシカは、小さく拳を握りしめながらその身をひるがえす。
ヘイシアの教訓を生かすために、ジェシカは策を練り続けてきた。敵の動きも想定どおりでしかなかった。
それでもなお、ジェシカは彼らに自分と共に死んでくれということしか言えなかった。それを無能と言えずに何と言うのか。その思いは彼女の胸を強くしめつける。
振り返った先では、ランディが穏やかな顔でほほ笑んでいた。そのことにジェシカの胸に申し訳のない気持ちが湧き上がる。
ジェシカについていくことを決めたランディが進む先は、希望など見えない死地でしかない。
自分をはるかに上回る強さを誇るランディであっても、その運命を変えることはできないだろう。
「良い部下たちですね」
「ああ、私にはもったいないくらいのな」
去っていくジェシカの部下たちを眺め、ランディは穏やかな口調で語りかける。
彼らは第三方面軍において宝というべき人材。これまで軍を支え続けてきた者、今まさにその柱となろうとしている者、そしてこれから柱となるべき者たち。
そんな彼らの未来を奪う命令をしなければならない無力さが、ジェシカの顔には現れていた。
わずかにうつくむジェシカの肩にランディは手を置き、まるで子どもをあやすかのように優しくぽんぽんと叩く。
「あなただからこそ、彼らはついていこうと思った。自らを卑下することは、彼らへの侮辱に繋がりますよ」
「そうだ、な。だが……」
続けられようとしたジェシカの言葉を、ランディの人差し指が口をふさいで止める。
顔を上げたジェシカが見たのは、まるで愛する我が子を慈しむ母のようなまなざしだった。
「ジェシカ。君は素晴らしい人だ。軍団長という命を奪い、奪われる決断をする立場にいながら、兵を駒ではなく1人の人として考え、苦悩することができる」
「そんなのは当たり前だろう」
「そうかな。私にはそれがとてもまぶしく映るけどね」
ランディの目にわずかに悲しみの色がにじむ。
過去にローザとして王族であったランディは、人の命を計りにかけることが当たり前だった。
多くの者を救うために、少ない者を切り捨てる。物も時間も有限であり、全ての者を救うことなどできないと否応なくわからさられてしまっていた。
よりよい未来を得るために、人に死ぬように命じたことも1度や2度ではない。
それは最終的には王であるベネディクトの命でなされたが、そこには相談を受けたローザの意思も含まれているのだから同じことだ。
ランディはいつしか人の死を純粋に悲しむことができなくなった。その前にそれが意味のある死であったかを考え、そうであるのならば仕方ないと思うようになってしまったのだ。
そんなランディだからこそ、部下たちに死に向かう任務を命じ、それについて思い悩み、自らの無力を嘆くジェシカの姿がとても美しいものに見えた。
かつて自分が失ったなにか大切なものを、思い出させてくれる。そんな気がしたのだ。
戸惑うように自分を見つめるジェシカの額に、ランディは顔を寄せるとそこに唇を落とす。
「な、なにをする!」
一瞬、なにが起きたのかわからずに硬直し、すぐに顔を赤く染めながら鋭い目つきで睨みつけてきたジェシカに、ランディは満面の笑みを浮かべる。
「あなたを死なせないという決意表明みたいなものです」
そう言ってくるりと身をひるがえしたランディが階段を昇っていく。
「ちょっと待ちなさい。何を言っているの。いくらあなたが強いと言っても……」
動揺のせいで口調まで崩れているジェシカの様子に小さく笑いながら、ランディは彼女に向けてウインクする。
「今回はちょっと彼女たちに特別なお願いをしようかなと。もちろん時間をかければ私たちでもできることですけどね」
そう言ってランディは防壁の上で戦場を眺めているであろうレジーナを探しに向かったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
だいぶ体調が戻ってきましたので更新ペースを上げられると思います。
頑張って完結まで書き続けますので、お付き合いいただければ幸いです。




